喫茶ナイトメアハウス
「はい、8番テーブル紅茶とキャロットケーキのセット二つ注文入りました!」
「これ、誰か2番テーブルにお願い!」
注文された料理を盛り付け、給仕担当の者へ渡す。
ただそれだけの作業は、しかし次々と訪れる来店、飛び交う注文の数によって、すっかりと修羅場と化していた。
「お客様、外にまだまだ結構並んでます!」
「テーブル追加して席数増やせ、たしか余裕もって配置してあったから、まだ二つくらい窓際に設置できるだろ!」
もはや待機要員まで動員し、とにかく回転率を上げるべく奔走するクラスメイトたち。
「な、なんでこんな慌ただしくなっちゃったのじゃろうなー!?」
「お前の宣伝がそれだけ上手かったって事だろ!」
「二人とも、いいから手足動かしてぇ、3番テーブル、ベイクドチーズケーキと特製野菜ジュースセット三人前でーす!」
そんな修羅場の中を紅も、昴や聖共々慌ただしく、しかしこぼさぬよう注意して皿を運びながら、テーブルの合間を縫って配膳して回る。
開店から、すでに二時間。お昼ご飯時となり客足も怒涛のように増え、すっかりデスマーチ進行で接客や配膳揃って息もつけない中。
紅はまだ開店したばかり、余裕のあった頃のことを思い出していた――……
◇
――杜之宮学園本校舎、三階にある紅たちのクラス『1-A』。
そこにはこの日『ファンタジー喫茶 ナイトメアハウス』という看板が掲げられ、賑わいを見せていた。
この教室に入った客たちがまず目にするのは、店内が見えないように間仕切りされた小さな空間に架けられた、ホワイトボードにおどろおどろしい筆致で描かれた『この店内では必ずAR表示をONにしてください』という赤文字。
それと一緒に絶対に視界に入るよう貼り付けられている視覚認識コードにより、自動で来客のNLDからAR機能が立ち上げられた状態で、ようやく店員に席へと案内される。
「――ふはは、客人よ、よくぞ我らが店に参られた。今から席へと案内するが故、ゆるりと過ごして行くが良い!」
そう胸に手を当てて、まるで演劇の舞台上のような大仰な動作、尊大で時代がかった喋り方をしているのは……黒髪に黒のゴシックドレスを纏い、顔の左半分を奇妙な仮面で覆い隠した、白い肌とのコントラストが映える可憐な少女。
それは……今もまだ、桜に借りた変装用髪飾りを借りたままの紅だった。
――ちなみに髪飾りは本来ならば、司会が終わり次第返すはずだった。
しかし桜が「私はそもそも顔出ししないから必要ないんだよねー」とそのまま貸してくれたため、ありがたく使用させてもらっている。
接客にしては普通ならば無礼になりそうなその紅の言動は、しかしクラス内でも目に見えて背の低い紅がやっている分には、微笑ましげな視線が向けられるのみ。
なんだか生暖かい視線を背中に感じたまま客の手を引いて席まで案内すると、また別の接客担当が席に近寄ってくる。
「お冷、お持ちしました。ご注文はお決まりでしょうか……わ、わん」
そう、まだまだ照れ混じりで着席した客に尋ねるのは……その頭に犬耳を乗せ、和服にエプロンという大正時代のウェイトレス姿をした佳澄。
――んっ可愛い。
顔を真っ赤に染めながらもわんわん言っている文学少女のそんな姿に、つい表情を緩めそうになる内心を鋼の意思で胸中に押し込める紅だった。
ちなみに……コスプレ喫茶店といっても学校行事であるため、衣装には殊更厳しいチェックが入ったため、露出等は極めて少ない。
しかし、耳や尻尾を生やした獣人系や妖怪系の女の子が、色とりどりの和風の給仕服やエプロンドレスを纏い、あるいは男子たちが大正時代くらいのものを模したウェイター服を纏い、あちこち歩き回りながら接客する様は、なかなか華やかなものがあった。
だが、やはりというか紅以外に特に客の目を引くのは……一人の男子生徒。
「ようこそいらっしゃいました。こちらへどうぞ、レディ?」
「は、はい……」
柔らかく微笑み、ごく自然に手を差し出してすっかり真っ赤になったお嬢さんたちを席までエスコートするのは、旧日本軍士官用の軍服に白のマントという、ともすれば派手な衣装を見事に着こなした玲央。
彼に案内されている女性たちはすっかり目がハートと化しており、王子様っぷりを遺憾なく発揮していた。
そして……もう一人同じくらい目立つ男子がいる。
「ようこそいらっしゃいました、お嬢様。どうぞこちらへ」
こちらは勤めて事務的に接客する、オールバックに撫でつけた髪型とグレーのベストに燕尾服という執事服姿の昴。
洗練された動作でクールに立ち振る舞う彼もまた、女性客、とくに年上のお姉様方から熱い視線を受けていた。しかも、そんな視線に動じることもなく淡々と仕事をこなす姿がまたいいと評判だった。
――すみません、そいつ鬼畜眼鏡なんですよ。
などとはもちろん口に出すわけにはいかず、幼なじみの友人の思わぬモテっぷりに微妙な気分になる紅なのだった。
そんな目立つ男子生徒も居ることには居るが、やはり華となっているのは様々な衣装を纏う女子生徒たち。
皆甲乙つけ難い可憐さだが、しかしその中で特に目立つのは、紅の贔屓目を差し引いてもやはりというか聖だろう。
あいも変わらずニコニコと笑顔を浮かべる彼女、その恵まれたスタイルを若干のゴシック調の意匠が施された白の着物で包み込み、同じく白のエプロンを纏う姿は……雪女モチーフでありながらも、どこかホッとするような暖かく柔らかい雰囲気を纏っている。
彼女にはその優しげな雰囲気から、主に小さなお子様連れの客の相手をして貰っているが……時折その姿に見惚れる男性客を見かけるたびに、紅は気が気でない時間を過ごす羽目となった。
また、意外なダークホースとなっているのが、犬耳少女……一応人狼なのだがどうにも子犬っぽい……の姿をした佳澄。
すっかり照れが入っているためぎこちなく、しかしそれが良いと皆暖かい視線を向けるものだから、ますます恐縮してしまっている彼女。
それでも不思議とミスをしないのだから、凄いなぁと舌を巻く紅だった。
そんなふうに、自分の仕事はこなしつつも徐々に繁盛し始めた店内を見回す紅だったが、その時。
「〜〜〜〜ッ!?」
小さな、悲鳴を噛み殺した声が教室の一角から聞こえてきた。
――掛かった!
駄目と言われたら、やってみたくなるのが人の性。おそらく入店時の警告を破り、AR表示を止めてしまったのだろう。
めざとくも、顔を青くしている女性客を見つけた店員一同が、バッとその方向を注目する。
「くふふ……どうやら見て、しまったのじゃな?」
皆を代表してすっと近寄っていき、その耳元へ囁く紅の声に、女性客がビクッと肩を震わせた。
おそらく……彼女が見ているのは、AR表示を切り、元の現実そのままの姿をした紅たち『1-A』の生徒の姿。
手の込んでいるように見える衣装はARによる投影であり、実際は普通に制服姿なのだろう……おそらく彼女はそんな軽い気持ちで確かめてやるつもりだったのだろうが、そこに待っていたものは。
玲央が鬼、昴は紅と同様に吸血鬼の姿だが、それ以外の男子の大半はゾンビや人狼など。
女の子たちも、妖怪や魔物の身体的特徴を付加しただけのAR表示の姿とは違い、皆リアルな特殊メイクが施されている。
つまり――クラスの接客担当は皆、特殊メイク以前の綺麗なコスプレ姿を、AR表示によって特殊メイク後の怪物となった姿の上から被せていたのだ。
更には部屋の照明自体がNLDの補正を噛ませたものであり……その補正を切ってしまうと、実際の部屋は薄暗い上に赤系の色をしたおどろおどろしい照明によって照らされている。
こうして可愛らしい妖怪たちが闊歩する喫茶店は、しかしAR表示をキャンセルしたその瞬間から、ホラーハウスへと姿を変貌させるのだった。
――これが、紅たち『1-A』が他のクラスへの箝口令を敷いてまで用意した、最大の特徴。
昴の「普通に喫茶店をするだけじゃつまらん」という発言と提案に、クラス全員で悪ノリした結果である。
それをうっかり前知識無しで見てしまった彼女の驚きは、いかばかりか。
もうこの辺でいいだろう。あとはアフターケア担当の紅や昴や聖、そして玲央ら四人のうちいずれかの出番である。
「――まあ、良かろう。じゃが決して口外するでないぞ?」
そう正面から告げながら、紅が顔の左を覆う仮面を女性客の目の前でそっとズラす。その下にあった目……金色の、縦に長い瞳孔を備えた虹彩を見て、またもビクッと震える。
しかし……そんな彼女に紅は安心させるよう優しく微笑みながら「しーっ」と口に人差し指を当てて黙っているよう告げる。
そして今度は何故か呆けたようにボーっとしている女性を残し、紅は再び仮面を被ると仕事へと戻るのだった。
――杜之宮学園三階に店を構えている、喫茶店『ナイトメアハウス』
ここは、可愛らしい吸血鬼のお姫様がオーナーを務め、その配下の魔物や妖怪たちがせっせと働く、ちょっとだけホラーな喫茶店。
その裏側を探るのは……彼女たちは決して悪さをするような子らではありませんが、くれぐれも、自己責任で。
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