開会式

『――皆様、本日はようこそ、杜之宮学園祭へ』


 スピーカーから流れて会場となるホールに響き渡る、澄んだ音色を奏でる可憐な少女のソプラノボイス。


 その声に軽く驚きを見せる観客の前で……ステージ中央に複数のスポットライトが当たり、そこにいつのまにか佇んでいた小さな人影を映し出す。




 ここは、杜之宮の敷地内にある公演ホール内。

 かなり座席に余裕を持たせた広いホールはしかし、この日ばかりは生徒や教員のみならず、学校関係者や学生の家族、来賓客などで満席となっていた。




 そうしてついに始まった今年の杜之宮学園祭。


 期待の視線が集中する中始まった開幕のセレモニー、その最初の言葉と共にライトアップされたステージに立っていたのは――芸能科のお姉様がたが親切の限りを尽くして煌びやかに彩られた可愛らしいアイドル衣装を身に纏い、魔法の髪飾りによって黒に染め上げられた髪を、頭の横で一房ずつ括りツーサイドアップに整えた、紅の姿。



「可愛いー!」

「やだ、ちっちゃ可愛い!」

「あんな子、うちの生徒に居たっけ?」

「なんか、どっかで見覚えが……」

「この時点で惚れた……」



 髪色と髪型が違うため、やはりというか紅であると気付かれてはいないみたいだが、観客席から騒めきの声と、少女の姿を褒め称える歓声が飛ぶ。


 そんな無数の目が集中する中にあっても、幾度も繰り返された自信からか今の紅には不思議と緊張もない。

 観客の声をきちんと聴き分けることが出来ていることに感動しながらも、自分のやるべきことを実行に移す。


「あはは、ありがとうございますー、お褒めいただきありがとうございます!」


 褒めてくれたと思しき場所に向かい、ここはアドリブで、笑顔を向けて小さく手を振る。このあたりは藍華の指導だ。


 すると効果は覿面で、紅が笑顔を向けたその周辺の観客たちが笑顔になるのを見て、『ちょっと気分いいかも……』と目覚め掛けた何かをそっと胸に押し込めながら、愛想を振りまく。


 そうして少しだけサービスした後は、理事長による挨拶と、生徒会長による開会の言葉、しばらく粛々と開会セレモニーの進行をする。


 その後に控えているプログラム説明を前に――紅のソロパート最後の大仕事、ゲストであるメインパーソナリティの紹介の時が来た。


「それでは、皆様お待ちかねでしょう! 呼んでみますね、宜しければ皆様も拍手でお迎えください!! 今年度の杜之宮学園祭のメインパーソナリティ…………今話題のヴァーチャルの歌姫、霧須サクラちゃんです、どうぞー!!」


 いっぱいに溜めを作ってから、頭上に掲げた指を「パチンッ!」と鳴り響かせる。


 すると、ステージ上が一瞬眩い光に包まれて――


『――はい、しっかり聴こえてきましたよ、可愛い司会さん』


 頭上から降ってくる、柔らかく綺麗な声。


 見上げるとそこには、季節外れの桜が舞い散る中からゆっくりと、桜色の髪を靡かせて降りてくる和服を基調としたドレス姿の女の子が降りて来た。



 ――もちろん現実世界に彼女が居る訳ではなく、これはこのホール内全てのNLDを介して着用者の視覚に投影されているホログラムだ。



 だが精巧なその立体映像はあまりにも鮮明かつ自然であり、会場の皆はそんな事は忘れて、桜吹雪と共にステージ上から降りてくる少女という幻想の光景に見入っていた。


 紅が、そんな頭上の桜色の少女へと手を貸すように伸ばすと、少女はその手を掴み、握り、引かれるままふわりとスカートを翻してついに地面に着地する。


 そうして彼女は服装をさっと直すと、これまでずっと静謐を保っていた顔をフッと緩め、観客席へとふわりと柔らかな笑顔を向けた。



 ――すごい。



 静と動の緩急。これまで紅に見惚れていた観客たちの視線を、彼女は笑顔の一発で自分のもとへと手繰り寄せてしまった。その手腕に、紅は内心で舌を巻く。


 これが……プロ。

 現実世界では優しく面倒見の良いお姉さんであり、ゲーム内ではお茶目なところを強調していた新進気鋭ヴァーチャルアイドルの、プロフェッショナルとしての真の姿。


 隣に立てばよくわかる。その存在感は、圧倒的だった。



 そうして幻想的な演出と共に現れた可憐な少女に、会場がワッと大きな歓声に包まれる。


 オープニングは大成功。紅とサクラは壇上で手を繋いだまま、目を合わせて、ニッコリと微笑み合うのだった。




 その後のプログラム説明も、二人仲良く話を弾ませながらどうにかやり切って……紅の出番である開会式も、終わりに近づいてきた。

 すでに後ろの垂れ幕の裏では、最初の演目である芸能科の合唱準備が着々と終わりに近づいており、先程ステージ脇の控え室からもOKの指示が出た。



『ではでは、ここまで皆さまを案内してくれた可愛らしい彼女は、ここでお別れになります。君からは、最後に何か言っておくことはあるかなー?』


 そう言ってサクラが紅へとマイクを向けてくる。これは、快く司会を受けてくれた紅への礼も兼ねた、宣伝タイムである。


「はい。という訳で名残惜しいですが、サクラさんが言う通り私はここで皆さんとはお別れです。もし私に会いたいというお客様が居たら、本校舎三階にある『ファンタジー喫茶 ナイトメアハウス』までよろしくお願いしますね。皆様のご来店、お待ちしております!」


 そう宣伝を終えた紅は、満面の笑みで観客席へと笑い掛ける。

 そしてスカートを軽く摘まんで一礼すると……突如ステージ脇から飛んできたマントを空中で掴み取ると、バサリと身体に巻き付けるようにして身に纏う。


 ――次の瞬間、一瞬だけステージのライトが消え、直後すぐにまた点く。


 が、明かりが戻った時にはすでに、そのマントだけをステージ上に残して――紅の姿は、ステージ上から消え失せていたのだった。




 ◇


 まぁ、種を明かせば何ということはない。


 派手に翻したマントに観客の注意が飛ぶ瞬間ライトを消して貰い、紅はそのままマントは残し、足音を殺しながらダッシュで退場しただけだ。

 ライトが消えたのは一瞬であるが、今の紅の身体能力であればそう難しい事ではないという力技である。


 だがおそらく、観客からは突如現れて最後にはマントだけ残し姿を消した謎の少女、というイメージが焼きついたことだろう。


 そうして紅の出番は、大成功のまま幕を閉じた。


 今も興奮冷めやらぬままにざわつく会場内にて、ステージ上ではサクラが最初の演目にむけて軽妙なトークで会場を沸かせていた。



 ――と、これ以上ないほど上手くいった紅のステージだったが。



 よもや、この事が原因となってひと騒動起きる事になるなど、この時の紅は予想だにしていなかったのだった――……

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