変装アイテム
――紅が芸能科で指導を受け始めて、三日が経過した。
この日、自分の持ち場の部分、開会式の台本の最後まで読み切り……紅が、声を止める。
――やり切った。
一日、二日と練習を続けるにつれて指導役の黒乃から受ける指摘は減っていき――今回は、三日目にしてとうとう初めて指摘が最後まで一度も入らなかった。
はたして、彼女の御眼鏡には叶ったのか……紅はゴクリと唾を飲み込んで、難しい顔で推移を見守っていた彼女の裁定を待つ。
そして……
「――うん、よし。すごく良くなった」
「ほ……本当ですか!?」
黒乃の太鼓判に、紅は嬉しそうにパッと顔を上げる。
そんな紅へと……黒乃はフッと表情を緩めて、ポンポンとその頭を撫でながら笑いかける。
「うん、頑張ったね。これならもう、最低限は大丈夫だと思う」
「さ、最低限は、ですか」
さすが、その道を目指す人は厳しい。だが紅はガックリする以上に、もっと頑張らなければと安堵しかけた心を切り替える。
紅などより遥かに台本を読み込んでいるはずの桜と藍華でさえも、つい先程まで二人でああでもない、こうでもないと激論を繰り広げては台本を修正していたのだし、紅と同じく二年生の指導を受けに来ていた芸能科の一年の子たちも同様だ。
この場にいる皆の練習を見ていたからこそ、へこたれてなどいられない……そう、グッと拳を握り締める、が。
「その前に、休憩ね」
「無理して声を枯れさせたら意味ないからねー」
一年生の皆の分までドリンクなどの買い出しに出ていた桜と藍華が、ちょうどその時、部屋へと戻ってきた。
「うん、それに……あとは現場でのアドリブ力勝負だからね。大丈夫、その辺りは桜ちゃんが得意だから、何があってもフォローしてくれるよ」
「あはは、何いきなりハードル上げてくれるのかなぁ藍華ちゃん?」
隣でさらっと責任を桜に押し付けた藍華に、桜が笑顔を引き攣らせる。が、すぐに咳払いして紅を安心させるよう微笑んだ。
「……こほん。まあ、あまり奇抜な事をされたら自信は無いけどね……でも満月さんなら真面目だから安心かな?」
そう言って、はい、と桜が紅に渡してきたのは、先程買ってきたばかりのホットのミルクティー。だいぶ肌寒くなってきたため、その手に感じる温かさが心地良い。
「あとは……はい、これ。貸してあげる」
紅がありがたくミルクティーのペットボトルのキャップを開けて喉を潤している間、何やら部屋の隅にうずくっていた上着のポケット内をごそごそ漁っていた桜が……周囲に別の子たちがいないのを確認した後、一つの小さなケースを紅に渡してくる。
開けてみて、と促す彼女に従いケースを開けると、その中に収まっていたのは……小さな髪飾り。
「え、これは……?」
ちょっとした細工をされ、中央には小さな宝石のようなものが象嵌された、あまり目立たない真鍮の髪飾りだった。
「これを、一体どうすれば……?」
「うん、適当に髪のどこかにつけてみて?」
そう促されるままに、紅は耳のあたりの髪をひとふさ掬い、クリップになっているその髪飾りを付ける。
すると……
「な、何これ!?」
「凄いでしょ。うちの芸能科で何かしらデビューした皆に、理事長がくれる謎の変装アイテムなんだ」
驚きの声を上げる紅に、ふふん、と自慢げに胸を張る桜。
――紅の真っ白な頭髪は今はその色合いを一転し、光加減で茶色にも見えるような、薄めの色合いの黒髪に染まっていた。
壁に掛けられた鏡を覗きこんで、紅は食い入るように、すっかりカラーリングが変わってしまった自分の姿を見つめる。
「これで髪色を変えるだけでも、結構身バレは防げるんじゃないかな?」
「あっ……」
言われて、初めて気が付いた。
学園祭ともなれば、学外からの来客も……さらには芸能科を有するこの学校の場合は。マスメディアのカメラも入る。
そうなれば、『赤の魔王』クリムがこの学校の在校生であることがバレる可能性も高くなるのだ。
――まあ、ネットという無尽蔵に情報飛び交う場で情報が流出するのも、いずれ時間の問題ではあるのだろうけれど……それも、なるべく遅いに越したこともないだろう。
そして、染めずに髪色を変えることができるとなれば、これは非常に助かる。
事実、紅が目立つ最大の要因とは、その真っ白な髪にある。その色を変えて、髪型を少し弄れば、だいぶイメージも変わるだろうし『クリム・ルアシェイア』を連想するのは難しくなるだろう……とは思う。
思うのだが……
「これ、一体どういう原理ですか……?」
なぜ髪飾りを身に付けるとこうなるのがが、さっぱり分からない。
最初は、NLDのARの表示を強制的に噛ませて視界を誤魔化しているのかと思った。
だがしかし、NLDを切っても髪色が黒のまま変わらないのだ。かと思うと、髪飾りを外した瞬間に元の真っ白に戻る。
――それは、まるで魔法だ。
しかし今は、そうしたものが存在していることを紅は身をもって知っている。
さらには紅自身が簡単な超常の力を操ることができるため、それ自体は今更さほど驚くことではない。
ならば……何故、アウレオ理事長がそんな物品を所有しているのか、という疑問にぶち当たるのだ。
「ねえ先輩……理事長、何者なんですか?」
紅の質問に、桜は「さぁ?」と、ただ困ったように肩を竦めるだけなのだった。
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