学園祭に向けて
――時は流れ、学園祭の一週間前。
中間考査も無事終わり……紅たち一行、今回は負けるものかと皆敵意むき出しで必死になった結果、学年順位は二位が紅、三位が玲央、四位が昴。
三人ともそれぞれ一点差というギリギリで鎬を削っているため、教師たちには苦笑されたが……しかし、何点差だろうが紅の勝ちは勝ちである。
今回ばかりは紅の全力の「ドヤァ」という小憎らしい顔を、男二人はしかし止めることができずにギリギリと悔しそうに睨むのだった。
……ちなみに一位は特進クラスのいかなる試験も満点でパスしている謎の人物なため、これに関しては学年全員が『またか……』と言った反応である。
そんなわけで、中間考査という憂鬱なイベントも無事終わり――校内は一気に楽しい話題、すなわち学園祭一色のムードに包まれていた。
紅たちのクラスも喫茶店で使う衣装の製作が修羅場を迎えており、皆で使用できそうな古着を持ち寄ったり、必要なパーツを縫ったりしながらと、皆慣れない作業に右往左往しながらも盛り上がりを見せていた。
そんな中――紅はゲーム部の部長、神楽坂桜からの助けを求めるメールを受けて、部室へと顔を出していたのだが……
「――なんて?」
信じられないといった様子で、紅は思わず桜に聞き返す。
「その……開会式だけでいいから、サブの司会を頼めないかな……って」
心底申し訳なさそうな様子で、珍しく歯切れが悪く話す桜。その様子に、紅は先を続けてと促す。
「本当にごめんなさい! もう一人、ヴァーチャルで『霧須サクラ』をやる私と一緒に、リアル側で補助で司会進行をするはずだった芸能科の子が、レッスン中の怪我でステージに立てなくなっちゃったの!」
「あー……それは災難ですね。でも、他の芸能科の人たちは?」
「うん……芸能科って各学年一クラス20人しかないから、なかなか、ね」
興味のない進路だったためあまり詳しくはない紅だったが……それでも、この学校の芸能科は非常に募集人数が少ないため、ヘタをすると特進科よりも倍率が高いらしいという話は紅も聞いたことがあった。
尤も、要求されるスキルが違うために難易度は一概にどちらが上とは言えないが……
「もちろん、芸能科で可能な限りどうにかしようって、なんとか一年生と二年生の中から出れる子で持ち回りでやってもらう事になったんだけど……」
芳しくない表情の彼女を見れば、どうやら駄目だったらしい。
「その、ね? 芸能科の子ってステージ発表が自分のアピールの場だから、学園祭は自分のことに手一杯な子ばっかりで人手が足りなくて。直後に科全員でのステージもあるから、どうしても開会式の時だけは誰も入れなくて、誰か他の科からヘルプ頼めないかってことに……」
「なるほど……でも、何で私なんですか?」
「可愛いから!」
「アッハイ」
即答され、その勢いに紅は思わず生返事を返す。
「いや、大事なことだよ。だってみんな『芸能科の前座なんて嫌!』ってすごい拒否されるもん」
「あー……なるほどねぇ。確かにプレッシャーだよね」
少数精鋭の芸能科はやはりというか超ハイレベルな美男美女揃いであり、専用の校舎を持つために一般の生徒とは接点もなく、高嶺の花の存在だ。
稀に敷地内で見かけるあのキラキラした光を放っているような人たちの前にステージに立つなど、やりたくはないだろう。
……が、幸いほとんど芸能関連に興味のない紅は、特に気にしていなかった。
「それで、パッと思いついたのは君と聖ちゃんだったけど……聖ちゃんよりは君の方が場慣れしてるかなって」
彼女が言っているのはおそらく、ゲームでのクリムとしての体験のことだろう。
たしかに、なんだかんだで大勢の前でスピーチもしているし、不特定多数が見る配信なんかもしているため、普通の人よりはよほど慣れはあるはずだ。
もちろん、紅だって人前で話すのが得意という訳ではないのだが……
「……いいですよ、協力します」
「……本当!?」
頷く紅に、パッと明るい表情をする桜。
「はい、開会式だけならクラスの迷惑にはならないと思いますし、桜先輩にはお世話にもなってますからね。私で良ければお手伝いしま――」
「満月さん、本当にありがとー!!
「わぷ!?」
感極まった彼女に抱きつかれ、またいつものように真っ赤になって四苦八苦する紅なのだった。
◇
――一応、クラスの皆に話はしておくべきだろう。
やるとは言ったものの、そう思ってクラスに戻って相談したところ……皆は反対どころか『私たちのクラスの満月さんの晴れ舞台だ!』となぜか大喜びだった。
すっかり大盛り上がりとなり、放っておいたら衣装用の生地で横断幕を作り出し始めそうな……というか実際に着手していた……思い切りの良すぎるクラスメイトを制するのに、紅は一苦労する一幕が展開される羽目となった。
こうして、衣装など喫茶店の準備は任せてそちらに専念すべきというクラス皆の気遣いによって――紅はクラスの喫茶店の接客の練習に加えて、文化祭までの間、芸能科へ出向して色々と指導を受けることになった。
初めこそ、クラス皆の温かな心遣いに、ジーンと感動に打ち震えていた紅なのだったが……
――あれ、喫茶店で着るコスプレ衣装、自分の分の選択を全面的に皆に任せる羽目になってない?
ふと紅がそんな風に思った時には、全て手遅れになっていたのだった――……
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