城砦都市ガーランドの悲劇

 話がしたい――そう告げた幽霊、元リッチのアルベリヒが、地面からスレスレの場所を滑るような動きで、行軍するクリムたちの横を並んでついてくる。


「それで……話したいこととは?」


 そんな彼に対してまだおっかなびっくりに、フレイヤの法衣の袖をちょんと摘みながら尋ねるクリム。ちなみにそんなクリムの様子にフレイヤはニコニコと上機嫌だったが、それはそれ。


『……はい。話したいこととは他でもありません、この城砦都市のアンデッドたちの王について……そして、この難攻不落の城砦都市が、何故アンデッドに支配されたのか、についてです』


 そう言って、彼はクリムたちに語って聞かせ始めるのだった。




 ◇


 ――事の始まりは、今から百と少しの年数昔。


 当時このガーラルディア大橋の鎮護を任されていた帝国の『ガーランド辺境伯』家は、大陸南西に上陸し、帝国を侵略しようとしていた別の大陸の勢力と戦争状態にあった。


 辺境の防備を任され、難攻不落の要塞を構える辺境伯の騎士や兵士たちは精強ではあったが……しかし、絶え間なく襲い来る南西からの襲撃により、徐々に、徐々にと負傷者が増していく。


 自分自身が勇猛な将であり、兵たちと共に前線でその剣を振るっていた当時の辺境伯ガーランド三世は、しかし同時に情に厚い彼は、そんな疲弊していく兵たちの様子に心を痛めていた。



 ――そんな時、それを解決する物をもたらしたのは、数代に渡りガーランド家に仕えてきた錬金術師だったという。



 新たに開発した新薬だという、その粉末薬。

 信を置いて重用していたその錬金術師の言葉を信じ、辺境伯自らがまずは己が身でその効能を試したところ……それは、まるで奇跡の薬のような効き目を見せたという。


 一包飲むだけで、たちまち消えていく傷と疲労。

 さらにはしばらく力が漲り、睡眠すら僅かにしか必要とせずに、まさに一騎当千の働きをできるようになるという……前線で戦う兵たちにとっては夢のような効能を発揮して、もはや我らに敵はなしと、外の大陸からの侵略者を橋から押し戻し、彼らの港間近まで押し返した。


 初めのうちは、あまりの効能に首を傾げ、不審に思っていたガーランド伯は……やがてその薬の力に魅入られたように摂取し、部下たちにも配り始める。


 だがしかし、その数ヶ月後、快進撃を続けていたガーランド辺境伯領内で不審な噂が出始める。


 初めは、難攻不落のはずの砦内部で、まるで全身を獣に食いちぎられたような変死体がいくつか見つかった事に端を発した。


 やがて……夜な夜な、動き回る亡者を見たという者が現れ始め、そんや報告は加速度的に増えていった。



 そんな中で術師隊を率いていたアルベリヒとその部下たちは、砦内部を調査するべきだと主君、ガーランド三世へと進言するが……しかし何故か彼は、その首を縦には振らなかった。


 だがその時にはすでに、彼の様子はかなりおかしかったという。顔色は青白く、頬は僅かながらやつれ、眼窩も落ち窪み始めていた。

 一方でその武勇には翳りが無く、むしろ最前線で誰よりも雄々しく戦っていた無双の主君に、残念ながら、周囲の皆はさほど気にしてはいなかったそうだ。


 そしてその異変は、やがて彼の周囲の騎士たちにも同様に波及していった。その原因として考えられる物は、もはやあの錬金術師のもたらした粉末薬以外に考えられないと、薄々ながら察していたアルベリヒを始めとした術師隊。


 だが――前衛の騎士たち程ではないが、アルベリヒたち術師隊も、すでにあの薬を摂取して、その恩恵を受けていた。



 ――そんな、まさか。

 ――まさか、すでに自分たちも。



 そんな疑念を――そんなはずがあるわけがない、自分たちは正常だと自分に言い聞かせて、目を背けていた事が……結果として、全てが手遅れとなるまで判断を誤る結果となった。






 崩壊の始まりは……その辺境伯、ガーランド三世が突然心臓の発作により逝去した事に端を発した。


 城砦都市中から、偉大な英雄の領主を見送りに参列する中で……安置された柩の中で永遠の眠りに就いていたはずのガーランド三世が、突然その柩を破壊して目覚めた。


 だが……そこに居たのは、もはや別物。理性なく生者を壊して回り、切っても刺しても止まらぬ、暴虐の魔人。


 さらには、そのガーランド三世に殺された件の粉末薬を飲んでいた者たちが、次々と不死者となって蘇り――以降、まるで凪いだ湖面に投じた石によって拡がっていく波紋のように、たった一日という瞬く間に、難攻不落だったこの城砦都市ガーランドは不死者に制圧されて壊滅した。



 そんな中でアルベリヒ本人も、周囲の者と同様に致命傷を負い、肉体のみならず自我さえも崩れていく感覚の中……倒れ伏し見上げた先に、『奴』が居た。


『ハハハ、見たまえ諸君、帝国の忠臣だった君たちの王が、帝国へ仇為す不死者の王となったその瞬間を! そして諸君らもその眷属として、死者の王国を築くがいい!』


 ただ一人、安全な高所で下界の騒ぎを大笑しながら見下ろす、その人影。


 それは……元凶である粉末薬の製造者であった、あの錬金術師。


 アルベリヒは薄れゆく意識の中でその姿を睨みつけるも……その人物はただ、その憎々しげな視線を向ける死に体のアルベリヒを、気持ち良さそうに見下ろしていたという。




 こうして……ガーラルディア湖周辺は、不死者の支配地となった。


 侵略者であった外の大陸の者たちでさえこの場所の攻略を放棄して……以後百余年、この地は死者の静寂に支配されてきたのだった――……




 ◇


『――そうして私もアンデッドとなりましたが……あなた方に一度リッチとしての体を滅されたことで、魂だけ抜け出すことができました……全ては、生前の心残りを片付けるために』


 そう彼が語り終えた時……丁度、クリムたちは城砦都市ガーランドの前、テレポーターのある広場へと到着した。


 彼の話全てを聞き終えたクリムは……頭痛を堪えるようにこめかみを指で抑え、心の奥底から絞り出すようにして呟く。


「何というか……我を忘れていたとはいえ、正直すまんかった」


 突然出てきたあまりにも重厚なストーリーに、先日の己が行いを思い返してちょっと死にたくなってきたクリムだったが……


『いいえ、おかげで永劫に続くかと思われた、死者の肉体に縛り付けられた生から解放されたと、君に討たれた皆も喜んでいました』


 そう、実に大人な態度で告げるアルベリヒに、クリムもホッと息を吐く。


「それで……お主の心残りというのは?」

『はい、他の皆同様に、敬愛した主人を不死の呪いから解放し、最後の忠義を果たすこと……そしてその元凶となったあの者に、騎士たち、民たちを苦しめた落とし前を付けさせることです』


 目に怨念の炎を揺らめかせ、アルベリヒがクリムの問いに答える。


「では、我らの倒すべき目的は、不死王ガーランド三世の討滅、浄化。そして……」

『呪いを蔓延させ、今もどこかで高みの見物をしているであろう、錬金術師を騙っていた魔族……』


 そう、城砦の大手門を見上げながら、アルベリヒがここに来て、憎々しげな感情を露わにして呟いた。




『――いいえ、の討伐です』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る