回り道

 ――ルアシェイア連王同盟国建国の、翌日。


 いくらゲームの中では大事件であったその出来事も、現実世界においては何の影響を与えることもなく、ただいつも通りの日常が流れていた。


 ……今日は、土曜日。


 午前中で授業が終わり、皆で一緒に某軽食が重い系の喫茶店にて昼食の約束をしていた紅たちだったが……残念ながら紅と聖はクラスでの用事が入り、待ち合わせ時間を決めての別行動となっていた。






「はい、満月さん、もう服着ていいよー?」

「あ……うん、ありがと」


 採寸用のメジャーを仕舞いながら、手芸部所属のクラスメイトの女生徒が紅を撫でつつ声を掛ける。


 子供扱いを不服に思いながらも、その言葉にホッと安堵の息を吐きながら、紅はいそいそと制服を着込み直し始めた。


「衣装は要らないと思ってたのに……まさか採寸が必要になるなんてなぁ」

「そうだねぇ……まさか、昴の案が受け入れられるとはねぇ」


 苦笑しながら、こちらもちょうど採寸を終えて服を身につけ始める聖。その、まだボタンを上までしっかり閉めていないためにブラウスからチラチラ見える水色の布を見ないよう、紅は必死に目を逸らす。

 しかし周囲もまた、他の残っているクラスメイトの少女らが居るため、似たような状況であることに気付き、俯いてただひたすら黙々と自分の身支度に集中する。



 ――今、紅たちは……この、男たちが完全に追い出された教室にて、体の各所の数値を取られていたのだった。



 文化祭のクラスの出し物は、第一希望の喫茶店で問題なく通過した。そんな訳で紅たちのクラスでのメインイベントは、AR技術を駆使して妖怪やモンスターに扮してのコスプレ喫茶。


 ただコスプレ喫茶をするだけならば、実のところ服装は制服のままで何の問題もない。教室内に限定してNLDのARモードを起動してもらうだけで、あとは入室した客たちからは、皆の服装がそれぞれ設定した仮装の姿に見えるからだ。


 衣装代はかからないし、途中の衣装チェンジも思いのまま。昔ながらのコスプレイヤーからは不評ではあるが、実に便利な時代となったものだと紅は思う。


 では、なぜ現実世界での服の採寸が必要かというと……そこに、今回の企画の最大の仕掛けがあった。





「毎度ながら、昴も性格の悪い企画出すよねえ……」

「あはは……面白そうってノリノリで衣装を作り始めたクラスのみんなも、大概イタズラ好きだよねぇ」


 現実での衣装を回す優先度の関係で、今日はまだ採寸予定ではないほかの友人たちは、すでに待ち合わせの喫茶店に先に行っている。


 着衣を整えて、皆よりだいぶ遅れて帰路についた二人は……揃って、呆れ混じりで今回の企画について評する。


 たしかにARをフル活用した面白そうな話だと思うが……まぁ、今はクラスの外へは箝口令が敷かれている。うっかりポロッとネタバレを話さないように気をつけなければならない。


 ……と、そんなこんなで他愛ない談笑をしながら歩く二人だったが、校門から出たところで。


「それで、あの……そろそろ」

「うん……はい、おいでー?」


 紅の窺うような視線を受けて、聖がそんな紅の方へと手を差し伸べる。校門を出たところで、周囲の目を気にしつつもお互いの手を握る。

 指を絡めてしっかり握り、すっかり街路樹の銀杏いちょうが黄色く染まった歩道を並んで歩くが……紅は、未だ慣れぬ暖かく柔らかい手の感触に、気恥ずかしさからついつい目を逸らしてしまう。そしてそれは聖も同様らしく、こちらは照れたように笑っていた。



 ……二人の関係は、この一月で大きな変化があった。


 以前、カラオケに行った際に桜先輩からアドバイスを貰った数日後、紅は聖に、以前のデートの時の告白の返事をした。


 それ以来、二人はめでたく公認のカップルとなった訳だが……今はまだその変化した関係に対する照れの方が強く、こうして学外、友人知人のいない時を狙って手を繋いで歩くことが精一杯。スキンシップが増えた以上の進展は、今のところは無い。


 そしてそれは聖の方も同様であり……結果、実は周囲から二人の交際はバレバレなため、クラスメイトは非常にやきもきしているのだが、知らぬは本人ばかりなり、であった。


「す、昴たちとの待ち合わせって、何時だっけ」

「えっと、十四時だよ。採寸が早く終わったから……あと三十分くらい、だね」


 ここから、目当ての喫茶店までは十分もあれば到着する。つまり……時間にはまだまだ余裕がある、ということ。


「えっと……紅ちゃん、もし良かったらちょっとだけ、回り道していこうか?」

「…………うん」


 すでに喫茶店で待っているであろう皆には悪いと思いつつ……紅と聖は、通り道の脇にあった自然公園へと、連れ立って進路を変えたのだった。


 そして……結局、待ち合わせ場所に紅と聖が姿を見せたのは、待ち合わせ時間ギリギリであった。

 そんな二人を素知らぬふりをして迎え入れてくれた昴、佳澄、玲央、そして中等部から合流していたラインハルトらいつもの皆からは、生暖かい目で見られるのだった――……






【後書き】

ちなみに昴たちは待っている間「あいつら何分遅れて来ると思う?」とコ◯チキを賭けていました。ピッタリに来ると賭けた委員長の総取りです。

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