Undead May Cry

 ――金髪の忍者少女セツナを、新たにメンバーに加えた翌日。




「それじゃ……いいんだな、フレイの坊ちゃん」

「はい、撮影開始してください、リュウノスケさん」


 フレイがそうリュウノスケに告げると、彼が頷くと同時にその傍からマギウスオーブが浮き上がり、録画中の赤い灯火を内部に点灯した。


 それを確かめ……よし、とひとつ頷いたフレイが、カメラの前に立って口を開く。



「アディーヤ。クリムだと思ったか? 残念、僕だ」



 コメント:アディ……あれまおーさまは?

 コメント:エルフ♂は◯せ!

 コメント:あなんか背後に見知らぬ金髪の子居ない?

 コメント: ( ゜д゜)、ペッ

 コメント:ニンジャ!? ナンデ!?



 時折めざとく金髪のクノイチを見つけた反応こそあるものの……途端に流れるコメントの大半は、期待とは違った進行役への辛辣な内容のコメント。


 そんなコメントの群に対し、しかしフレイは今さら気にした風もなく、眼鏡の位置を直しながら淡々と進行を続ける。


「ふん、そんな反応は想定済みさ。しかしうちのギルマスが今はポンコツになっているから、僕がやるしかなくてね」


 そんなフレイの指し示した背後が、なんだか騒がしい。


 そこでは……


「もーやだー我セイファート城に帰るー!!」

「く、クリムちゃんとりあえず第二波来たよ、もう少し頑張ろ?」

「もーやだ腐乱死体とか骨とかもう嫌じゃ我の視界に入るなー!!」


 泣き言と、派手な破壊音と……そして、あー、とかうー、とかしか言えないゾンビの苦悶の声。

 声のした方向にカメラを向けさせると、その向こうには無数の影や血色のエフェクトが乱舞しているのを見えた。

 それは……今まさにアンデッドに囲まれて泣き喚いているクリムが暴れている、その証左だった。



 コメント:あーあ、まおーさまガチ泣きじゃんw

 コメント:悲鳴たすかるw

 コメント:ほんとホラー苦手なんだね……

 コメント:ねぇまおーさま吸血鬼じゃなかった?

 コメント:しかし被害甚大なのはアンデッド側w



 クリムの存在を認識し、いつもの空気になった視聴者たちの配信コメントに満足して頷きながら……あらためて、『ガーラルディア大橋』攻略へと戻るフレイだった。






 ◇


 ――大陸南西部を封鎖している険しい山脈を抉るように存在している、南西部に行くための玄関部分、ほぼ真円に近い形状の巨大な湖『ガーラルディア湖』。


 交通の要所としてその湖上を北東から南西にかけて貫くのは、巨大な石橋『ガーラルディア大橋』と、そして橋と同化して中心に聳える『城砦都市ガーランド』。


 今、フレイたち『ルアシェイア』がいま居るのは、そのガーラルディア大橋の北東部だった。



 上の方が真っ白に雪化粧された連峰に周囲を囲まれ、常に凪いだ鏡のような湖面は澄んだ空の青を映しだし、壮大な自然の風景に囲まれたこの地を覗くのが……旧帝国によって建造された、幅およそ100メートル、長さおよそ20キロメートルにも及ぶ、この巨大建造物。


 そんなガーラルディア大橋は上層と下層の二層構造になっており、上層は軍などの行軍のためのひたすら平坦な一本道だったと思われるが、現在ではあちこち崩落し、まともな通行は不可能となっている。


 というわけで必然的にフレイたちが進軍しているのは下層ということになるが、こちらは幾度も増改築された居住エリアになっており、建物の遺跡と上層から崩落してきた破片により複雑に入り組んでいる。




 つまり、それがどういう事かというと……


『ァアアァア゛ア゛……』

『ニン……ゲン……ア゛ア゛ァ……』


 ……と言った感じに無数の呻き声が群れを為し、生者に襲いくるアンデッドの集団――ゾンビたちの絶好の隠れ家となっているのである。




「……という訳で、散々指摘のあった大陸南西部の攻略を配信していこうと思う。あとクリムは精神的にいっぱいいっぱいだろうから、申し訳ないが今回は僕が司会進行を務めさせてもらうぞ」



 コメント:はーい

 コメント:ようやくか。しかし綺麗な場所だな

 コメント:ゾンビがあちこちの物陰から来る以外はな

 コメント:昔、最初の方のバイオ◯ザードで見た光景

 コメント:頻繁にまおーさまの悲鳴聞こえてるのすき



 改めて今回の生配信の趣旨について、フレイが視聴者に理解を求めると……概ね好意的な声が返ってきて、フレイはひとまずほっと安堵の息を吐く。


「しかし……そうは言ったがやる事がないな」

「あはは、確かに……撃つ間もなく、全部クリムお姉ちゃんがやっつけてますの」


 パーティー最後尾を守るカスミの前を、手持ち無沙汰に武器を構えながら苦笑する、フレイとリコリス。


 さすが一般フィールドな事もあり……ちょっとアレなバランス調整がされたルルイエのエネミーなどと比べたらの話だが………拍子抜けなほど容易い相手でしかない。

 それは、攻略を伸ばしに伸ばしまくって戦闘力の極まった今の『ルアシェイア』の敵ではなかった。


 だが、それ以上にフレイたちがのんびりできている理由は……



『コロセェ……コロシテクレェ……』

「黙って永眠していろぉッ!!」


『ドウシテ……ドウシテコンナメニ……』

「お主の事情など知るかァッ!!」



 ……と、怨みつらみを並べ立てながら襲い来る全てのアンデッドを、半ばガチ泣き状態のまま出会い頭に瞬殺していくクリムのせいにあった。

 その破竹の勢い(ただし本人はたぶん限界)に、仲間たちや視聴者全て、呆気に取られていた。


「すごい、ゾンビを見たくない一心で見敵必殺になってるの」

「ああ、しかしやる気を出してくれたのはありがたい、このまま……ん?」


 そんなことを、暢気に後ろで話している後衛陣だったが……ふと、クリムの喚き声がピタリと止まった。

 そのクリムは現在、おそらく直接触れたくなかったのだろう、一体のゾンビを魔法で宙吊りに締め上げているところだったが……


「ああ、そうじゃ……そうじゃな? 一切鏖殺いっさいおうさつしてしまえば、もう怖がることも無くなるのではないか……?」

「あー、く、クリム?」


 そんな呟きと共に、クリムは光の消えた目で、『ハンギングウィング』の魔法でゾンビの一体を吊り上げた手をグッと握る。

 次の瞬間、ゴキリと骨が砕ける音と共に『見せられないよ!』とばかりに頭をシステム側からのフィルターのダークゾーンに包まれて地面に落ちるゾンビ。


「くっ、くく、くはは……!」

「あー、く、クリムさん?」


 サラサラと灰になって消えて行くそのゾンビの姿を、まるで養豚場の豚を眺める目で見つめていたクリムが、不気味な笑い声と共に肩を震わせ始めた。

 思わず敬語となったフレイが恐る恐る声を掛ける、が。


「くはは、やはり暴力……! 暴力は全てを解決する……ッ!!」

「あ、おい、待てクリム!」


 先程までとは一転し、嬉々とした目でゾンビをなます斬りにし、スケルトンを蹴り砕きながら大橋を爆走しはじめたクリム。そのあとを、皆が慌てて追いかける。



 コメント:キレたwww

 コメント:これは一時的狂気www

 コメント:まおーさまは こんらんしている!www



 騒然と爆笑の渦に包まれる、コメント欄。

 こうして……ついにキレたクリムによる、アンデッドが泣く羽目となる一日が始まったのだった――……

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