踏破
――もう何十年も前から生者の往来が途絶え、死者たちがただ存在しているだけの静寂と停滞に閉ざされた大橋。
そこに今……謎の紅い粒子のような光を身に纏い、光跡を残しながら複雑に入り組んだ廃墟の街を駆け抜ける魔王の姿があった。
少女……クリムは、橋の柱や建造物の壁を利用し、三次元軌道で猛然とゾンビに襲いかかってはその都度生み出した武器でその冷たい身体を解体していく。
その様は、まるであらゆるものを無慈悲に飲み込む赤と黒の竜巻の如く、進路上に存在するあらゆるものを粉砕していった。
それは……まさしく先程クリムが言ったように、『暴力は全てを解決する』と言わんばかりの光景だった。
コメント:ぱねぇ……
コメント:理性の楔から解き放たれたまおーさま……
コメント:視界に入ったエネミーに反射で襲ってる?
コメント:もうほぼ人造人形決戦用のアレだこれ
これには、さすがの視聴者たちも苦笑い。
一方で、気が気でないのは昨日一戦交えた記憶も新しいセツナだろう。
「……私、アレに挑戦したのね」
「ああ……しかし今はどうも、いつもより絶好調のようだな」
その背中を追いながら、セツナは横合いから飛び出してきた幽霊に火炎を発生させる札を投げつけ炎上させ、フレイは火炎魔法で前方から湧き出てクリムとの分断を図るゾンビの群れを焼き払いながら、苦笑いしてそう評する。
「ところでフレイさん! このゾンビたちの動きなのですが!」
「分かっている、どうにも統制され始めているな。近くに指揮官でも居るのか?」
そう首を傾げながら……
「雛菊、委員長、君ら足の早い二人はクリムのすぐ後ろでサポートしてあげて!」
「はいです!」
「うん、フレイ君、分かった!」
「フレイヤ、リコリス、僕らはとにかく進路にいるアンデッドを最低限君らのターンアンデッドの魔法と銃撃を主軸にして撃退しながら、三人に追いつこう! セツナは殿よろしく!」
フレイの指示に、足の早い二人はその速度を上げ……雛菊はアンデッド特効の青い焔を振るい、カスミはその突破力によりクリムの背後を狙う集団を蹴散らしながら進む。
一人でゾンビやスケルトン、あるいは少しずつゴーストなども混じり始めたアンデッド軍団の群れ奥深くまで切り込み、高笑いを上げながら獅子奮迅の勢いで屠殺しているクリム。
だがもちろん、現在の視野が非常に狭まっているクリムでは、そのままではすぐに取り囲まれてしまうだろう。
そこで、クリムの後を追うフレイたちはカスミと雛菊を先頭に皆で援護しながら、そのクリム穿った場所へと斬り込んでさらに広く削り取り、猛スピードで先行するクリムに必死に追い縋る。
結果としてルアシェイア一同はクリムを先頭に置いた「凸」型の陣形を形成し、クリムに引っ張られる形で破竹の勢いで進軍する事となったのだった。
――そうして、一体どれだけの時間、長大な橋を駆け抜けただろうか。
幾百幾千の屍の山と瓦礫を踏み越えて……目の前に拓けた空間と見上げるような城塞都市が見えて来た、そんな時だった。
『オロカナ生者ヨ……立チ去ルガイイ、ココハ我ラ死者ノ安息ノ……』
「ならば大人しく寝ていろぉおおおッ!!」
『チョ、マッ……!?』
いかにも中ボスらしき、巨大な骸骨の魔術師……装飾の施された豪奢なローブを纏い、宝石の散りばめられた魔導杖を携えたその死霊術師『リッチ』らしき者が、どこからともなく現れてクリムたちの前に立ち塞がり、口上を述べようとしていた。
だがしかし、クリムはその言葉を完全に無視したままその懐へと飛び込み、勢いのままに高速回転しながらの回し蹴りでその顔面を蹴り飛ばした。
『グウ……ッ!? オ、オ前、人ノ話ハキチント聞カヌカ!?』
「……は?」
クリムの体重と速度と回転が乗った飛び蹴りに、流石にひとたまりもなくたたらを踏み、数歩後退したリッチ。
そんな彼はクリムに対し抗議の声を上げるが……しかし、まるで台所に出たGを見下ろすかのような冷たい目でリッチを見つめるクリムが、その手に黄昏色の輝きを放つ大鎌を顕現させた。
コメント:ちょ、ラグポンwww
コメント:一切容赦の無い初手極大魔法www
コメント:容赦なさすぎワロタw
コメント:極大魔法は全てを解決するw
騒然となるコメント欄。
剣呑な輝きを放つその大鎌にたじろぎ黙り込む、ちょっと引き気味なリッチに向けて……クリムは、全く熱の籠らぬ冷たい声で、告げた。
「だってお主……人じゃないじゃろが」
その十分後――エリアボス【術師隊長 死霊導師アルベリヒ】撃破のメッセージと共に、サービス開始から今までの4カ月に渡り未開の地であった『城砦都市ガーランド』エリアが解放されたのだった。
◇
「酷い……事件だったな」
問答無用とばかりに撃破され崩れゆくリッチを前に、諸行無常を感じたフレイが、雲一つない青空を眺め、やるせなさげに呟く。
コメント:おいなんか元凶が言ってるぞ
コメント:だいたいお前のせいだから
コメント:お前が嫌がるクリムちゃん連れて来たんだろ
コメント:これだから鬼畜眼鏡は……
罵詈雑言のコメント欄をさっくりスルーして、フレイが橋を抜けて城砦都市ガーランドの北門前広場へと踏み入る。
そこは……アンデッドが跋扈していたここまでの橋の様子とは一変し、清浄な空気が流れていた。
「ここは……いわゆるセーブポイントか?」
広場中心に、トランスポート・プラザも鎮座している。どうやらこれを起動すれば使用可能となるようで、ここまでかなり道程が長かったため非常にありがたかった。
「おいクリム、お前が最大の功労者なんだから、プラザ起動はお前が」
そう、クリムを呼ぼうと振り返るフレイ。しかし……
「うわぁぁああん怖かったよぉおおお!!」
「はいはい、よしよし。もう大丈夫だよー?」
……そこには、新エリアへの感動などしている余裕はまるで無く――狂騒状態が切れたクリムが、すっかり幼児退行してフレイヤに抱きつき泣きじゃくっている姿があった。
少し離れた場所で、そんな女の子同士がじゃれあう光景を眺めていたフレイは……不意に、ポツリと呟く。
「……文化祭、お化け屋敷もいいな」
コメント:やめたげてよぉ!
コメント:鬼か!w
コメント:鬼畜眼鏡ぇ!www
……と、視聴者と共にそんな盛り上がりを見せていたのだった――……
【後書き】
南無。流石に一回の征伐で砦落としはやらず、今回はここまで。
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