ルージュ救出御礼配信

 ――ルージュ救出から二日後の夜。セイファート城内にある配信スタジオ内。



「む、これカメラ近すぎんか?」


 クリムの疑問に、以前の撮影時より少し近い気がする位置を飛んでいたマギウスオーブが少し距離を空ける。

 そうして丁度いい位置まで下がってもらうと、こほんと一つ深呼吸をする。


「っと、カメラはこれで大丈夫かのう。では……こほん」


 ようやく、カメラへと向き直るクリムが……バサっと、マントを翻す。


 ――なお、ここまで間違えてカメラを回していたことに、最後までクリムは気付いていなかった。





 ◇


アディーヤこんにちわ! よく来たな人間ども……っとと。今日は我から皆への返礼じゃから、偉そうなのは無しじゃな。改めて、メイン進行のクリム=ルアシェイアじゃ」

「今回は助手として来ました、フレイヤです。みなさん、よろしくねー?」



 コメント:あでぃーやー!!

 コメント:キター!

 コメント:まおーさままた開始ミスって……

 コメント:シッ、全然アリだから黙ってろ

 コメント:エルフお姉ちゃんもあでぃーや!!

 コメント:待ち焦がれたぞ少ね……少女!!



 ワッと流れ出すコメント群。

 今回はきっちりお礼配信をする旨をSNSで告知していたのもあり、閲覧者は開始時点でかなりの人数となっていた。


 そんな中……



 コメント:ところで魔王様、そのお召し物は一体?



 戸惑ったような、視聴者の声。

 そう……今のクリムはアドニスのものと同型の、クラシカルなロング丈のメイド服を身に纏っていたのだった。


「うむ……視聴者からの要望の一つでな。今回はメイド服で配信してほしいとな」



 コメント:お題出したやつグッジョブ!!

 コメント:可愛いが可愛い服を纏ったもんだが可愛い。

 コメント:やっぱメイド服は清楚なロング丈だよなぁ!

 コメント:安易な露出が無い、100点。


 概ね好評らしい視聴者の反応に、クリムはうむ、うむと満足そうに頷く。が、すぐに本題を思い出して表情を引き締めた。


「まずは……皆のおかげで助けることができた三人から、皆に礼を言いたいということでこの場に来ておる。皆、暖かく迎えてやって欲しい」


 そう告げて画面端の側へと手招きすると、画面端から入ってくる、メイド服姿のルージュ、ヒナ、そしてリコの三人。



 コメント:可愛い……っ!

 コメント:こういうの大好きもっと頂戴……!

 コメント:ちゃうねんロリコンじゃないねん……むしろ父性やねん……



 三人が着慣れぬメイド服をしきりに気にしながら入ってくるなり、凄まじい勢いで称賛コメントが流れ始める。


 そんな中……画面中央で、両脇にヒナとリコを侍らせたルージュが、ペコリと頭を下げた。


「あの……みなさん、ごめいわくををお掛けしました、でも助けてくれて、ほんとに、ありがとうございました!」


 頬を紅潮させたルージュは、緊張した様子で、一息に言い切って頭を下げる。言葉までは発せないヒナとリコも、そんな彼女に続いて同じように頭を下げた。



 コメント:いいんだよー

 コメント:無事で良かった、まおーさま家で幸せにねー

 コメント:いやそれおかしく……別におかしくはないか

 コメント:ちっちゃいメイドさん、良い……



 そんな三人に向かってパラパラと流れる、暖かいコメント。

 どうやらエネミー時代の怨恨も無さそうで、今度こそ完全に一件落着したことに、クリムをはじめとした関係者はホッと安堵の息をつく。


 ……と、そんな時。


「きゃっ!? も、もう、二人とも……」


 お礼を言い終わり次第、元の影人形姿に戻って、定位置であるルージュの肩に飛び乗るヒナとリコの二人。

 急に重さを増したことで慌てた声を上げたルージュが、わたわたと二人が落ちないように抑える。



 コメント:ごめん、俺死ぬわ

 コメント:奇遇だな俺もだ、ゲフッ

 コメント:死因・尊死

 コメント:この子が元戦闘AIってマジ……?

 コメント:まおーさまがやけに必死だった理由把握

 コメント:これは……守護らねばならぬ



 一斉に称賛コメントの流れるコメント欄。

 それは配信側も一緒であり……


「どうしようフレイヤ、うちの妹が可愛い」

「どうしようもないね、可愛いもんね」


 ……そんなことを、クリムとフレイヤは二人でガックリ椅子へと崩れ落ち、テーブルに肘を着いて口元を隠して真顔で語るのだった。





 ◇


「さて……では、本題に入るとしよう。リクエストにあったやってほしい事じゃが、非常に多数の応募があってだな……」


 苦笑しながら、何通の応募があったかの数字が書かれたウィンドウを、掲げた右手の上に出現させる。



 コメント:100件超えてる……

 コメント:こんなたくさん投稿したのか、ぱねぇな



 数字を見て若干引き気味な視聴者に、クリムは、さもありなんと頷く。


「流石に全部やっていたら朝になってしまうからの、とりあえずリクエストにあった服装でのコスプレと、あとは……え、ASMR? の耳掻き? ボイスなんぞを用意してみたのじゃが」



 コメント:ガタッ!?

 コメント:まおーさまのASMRだとぉ!?

 コメント:録音、録音の準備を!



 三度騒然となる、視聴者たち。その食いつきに気を良くしたクリムが、指を構える。


「というわけで、試聴用の抜粋じゃ」


 そう告げて、クリムがその細い指をパチンと鳴らす。




 ◇


『――耳掻き? うむ、まあ何でもやると約束した故、構わぬが……それで良いのじゃな? 仕方ないのぅ……ほれ、ここに、我の脚の上に頭をのせるが良い。


 ……正直、我は人にこのようなことをした経験は無いからの、痛かったらすぐに痛いと言うのじゃぞ、良いな?


 うむ……な、なかなか見えんのぅ……ちょ、あまり頭を動かすでない、なんだか脚がこそばゆいのじゃ。うむ、そのままじっとしておれよ……?


 よっ……ほっ……う、うむ、なかなか手強い相手じゃった。痛くはなかったかの? ふむ、これくらいならば気持ち良いとな。ならば良い、続けるぞ?


 力加減はどうじゃ?

 そうか、ちょうど良さそうじゃの。お主はこのくらいの加減が好みみたいじゃな、少し分かってきたぞ。

 膝はどうじゃ、固くはないか? ……なんじゃと、良い匂いがするじゃと? ば、ばかもの、あまり嗅ぐでないわ、ほら、反対側の耳を上にするがよい!


 こら、遠くて見えんぞ、もっと顔を腹に近う寄せろ。何、恥ずかしいじゃと? ばかもの。今更そのようなこと……言うでないわ……ばかものが。



 む……なんじゃ。眠くなってきた? はは、構わぬ構わぬ、ほれ、遠慮せずに我の膝に頭を預けて眠ってしまうといい。


 うむ……よし、もう眠ったかの。全く、気持ち良さそうに眠りよって。まあ……こうした甲斐もあるというもので、嬉しく思っているのは秘密じゃがな。


 む、また大物がおったの。どれ、起きるでないぞ……くっ……ふっ……ん…………よし、いっぱい出てきたのう。全く、ずいぶん溜め込みおって、ふふっ』



 ◇


「ぁあああああああああぁっ!?!?」



 コメント:発狂したwww

 コメント:むしろよく頑張て耐えたよ!!

 コメント:さすが羞恥耐性クソ雑魚まおーさまwww

 コメント:お耳がしあわせでした、買います

 コメント:どこに行けば買えますか!!

 コメント:しかもAR仕様だったぞ、これ。



 とうとう羞恥心の限界を迎え、頭を掻き毟って絶叫するクリムと、予想外にガチなリクエストへの対応に盛り上がる試聴者たち。


「し、試聴はここまでじゃ!! な、なんかこれ改めて録音した自分の声を聴くと恥ずかしいのぅ……!?」


 顔を真っ赤に染めたクリムだったが、「これはお礼、これはお礼」と自分に言い聞かせ、先へ進行する。


「はぁ……はぁ……こほん。ダウンロードは今日から三日間限定で、こちらのURLのアップローダーから可能じゃから、よろしく頼む」


 そう告げて、クリムは手元にダウンロードページのリンクが記載されたウィンドウを、看板のように掲げる。

 同時に、画面下にリンクボタンが現れたのを確認して、次のリクエストを選ぶ


「あとは……のう、ルージュ。これなど面白そうじゃないか?」

「う?」


 そう、クリムがニヤリと悪戯っぽい表情でルージュを手招きする。すると彼女は素直にトコトコとクリムの元まで来て、その手元のウィンドウを覗き込んだ。


「えっと……この指示通りにしたら良いの?」

「うむ……できるか?」

「うん、やる!」


 そう満面の笑みで頷くルージュ。


「なになに、次はどうするの? ……きゃ!?」


 二人の様子に気になったらしいフレイヤが、自分にも見せて欲しいと近寄ってくる……その瞬間を狙い澄ましていたクリムとルージュは、彼女の腕を捕まえてしまう。


「あの、二人とも……?」

「よいな、ルージュ?」

「うん、いいよ、せーの」


 戸惑う彼女を他所に、クリムとルージュがタイミングを揃え……


「「……お姉ちゃん大好き!」」


 二人で耳元でそう告げ、フレイヤの頬に両側に口を寄せる。



「……と、まあ、二人でお主に好きと言って欲しいというリクエストと、キスしてみようというリクエストを両方合わせてみたのじゃが、どうじゃ?」


 若干の照れにより顔を赤らめて視線を逸らしつつ、ドヤァ、とフレイヤに語りかけるクリムだったが。


「……きゅう」

「って、あ、フレイヤぁ!?」

「お、お姉ちゃん大丈夫!?」


 刺激が強すぎたのか、顔を真っ赤にしてパクパク口を開けていたフレイヤが、オーバーヒートして倒れてしまった。



 コメント:まおーさま大好きお姉ちゃんだしな……

 コメント:そりゃこうなるよな……

 コメント:あ、強制切断食らったな。

 コメント:心拍数異常ってとこか。

 コメント:何にせよ、良い絵を見せてもらいました。



 倒れ、回線切断中のアイコンを頭上に浮かべたフレイヤに慌てふためくクリムとルージュの姿に……コメント欄には、さもありなんという生暖かい空気が流れるのだった。





 ◇


 この後は、復帰したフレイヤとウェディングドレス(ジェードが「私だって着たこと無いのにぃ!!」と血涙を流しながら一日でやってくれた)を着て披露したりとか。


 鬼畜難易度で有名なバッティングゲームで、最初は余裕綽々だったクリムが、最後の方であまりにも理不尽な球を投げる相手に負けず嫌いを発症し、クリアまでに東の空が明るくなり始めたりとか。



 そうして様々なリクエストを消化して、ルージュ救出御礼生配信は、好評のまま幕を降ろすのだった――……

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