魔王と勇者の茶会②

「っと……この城に来たのは二回目だが、ずいぶん庭園が立派になったな」

「ほぇ……すっご、お花畑だ」


 セイファート城に響く、普段は無い2人の人物の声。

 その人物……『竜血の勇者』スザクは以前来た時との比較をしながら、その連れであるダアト=クリファードは「あれ、でも私この場所来たことある?」と首を傾げながら、庭園の向こうにある白亜の城へと歩いていると……


「フハハ、よくぞ来たな、勇者とそれを導く精霊の少女よ」

「……何やってんの君?」

「いや……魔王が勇者を出迎えるならこうかなと」


 思い切り冗談が滑り、バツが悪そうな顔をした出迎えの少女……この城の主である魔王クリム=ルアシェイアは、「ちょっとくらいノッてくれても」と愚痴りながらも、来客のエスコートを始めるのだった。




 ――好評に終わった救出御礼配信の翌日。


 クリムは、特にルージュ救出にあたって貢献してくれたスザクの労をねぎらうため……そして、その連れの少女に会わせたい者がいるからと、二人を茶会に招待していたのだった。


「……珍しいな。普段のお前なら、お城だーって騒いで走って行ってしまいそうなモンなのに」

「む、私そんなことしないもん!」

「はいはい、そういう事にしてやるよ」


 城へと向かう途中、食って掛かる少女の頭をポンポン叩いてスルーしながら、スザクは後方へと視線を向ける。


「ところで……アレは?」


 困った様子で、スザクが後方のプランター影を指差す。

 そこには……まるで猫のように警戒心剥き出しのまま、隠れて覗き込む少女の姿があった。

 本人はおそらくきちんと隠れているつもりだろうが……残念ながら、頭の横で結った白い尻尾が見えている。


「仕方あるまい。ルージュは我と共に、お主には腹をぶち抜かれたのじゃ、苦手意識も持たれようぞ」

「それは……彼女にも、君にも本当に悪いことをしたと思っている」

「気にするでない、あれは我が立てた作戦じゃったからな」


 そう言って肩をすくめ、にっと笑って見せる。


「ま、放っておいても、しばらくして警戒の必要が無いと分かれば出てくるじゃろ。あの子もお主に礼を言うのだと、さっきまで張り切っておったからの」

「そうか……分かった」


 釈然としない様子ながら、スザクは大人しく付いてくる。


 そうしているうちに城門を抜け、2人を案内した中庭の庭園、テーブルが設えた一角。

 そこには……控えていたアドニスとエルヒムによって菓子や茶器が並べられ、万端にお茶会の準備が整えられて、来客の到来を待っていた。





「お茶のお代わりはいかがですか、お嬢様?」

「あ……そ、それじゃ、いただきます……」

「はい」


 にこやかに、空になったダアト=クリファードのカップに紅茶を注ぐアドニス。

 その客人であるダアト=クリファードはというと……身の回りの世話をされるのがこそばゆいらしく、居心地悪そうに小さくなっていた。


 てっきり、連れの少女がこのような菓子の山を見たら「ケーキだ、ケーキだ」と騒ぐものと思っていたスザクは……今、借りてきた猫のように静かになっている少女に、意外そうな目を向けていた。



「……相変わらず、茶会や会合の席は苦手なのですね?」

「……ぅえ?」


 そんな中に現れた1人の女性が、ガチガチにカップを持つ手を震わせている少女に近づいていく。


「……あなたが、勇者様と一緒にいるというダアト=クリファードですか」

「えっと、お姉さんは?」


 ダアト=クリファードの問いに、ダアト=セイファートはそのフードを脱ぐ。


「……私と、同じ顔?」

「私は、ダアト=セイファート。貴女の姉……という事になるのですが、覚えていますか?」

「……ごめんなさい、覚えてない」

「そう……ですか」


 ダアト=クリファードの言葉に、若干哀しげに目を伏せるダアト=セイファート。

 唯一、同じ時を歩むはずだった同位存在。そんな彼女に忘れられるというのは、クリムたちには理解できない葛藤があるのだろう。


「でも、お姉さんはなんだか懐かしくて……一緒に居ると安心する気がする」

「……ありがとう。それだけで、私は十分です」


 最後に、そっと手に触れながら告げられたダアト=クリファードのその言葉に……ダアト=セイファートは、本当に嬉しそうに微笑んだのだった。




 そんな様子を、居心地悪そうに見守りながら、茶を啜っているスザクだったが。


「あ、あの……お茶の、お代わりはいかがですか……!」


 そんなスザクのカップがちょうど空になった頃……精一杯にアドニスの所作を真似をしながら、いまにも気絶しそうなほど緊張した様子でスザクに声を掛けて来たのは、同じくティーポットを携えたルージュ。


「……それじゃ、頂こうかな。ありがとう、レディ?」


 その姿にスザクがふっと表情を緩めて告げた言葉に、彼女はパッと嬉しそうな表情を浮かべると、「よいしょ、よいしょ」という声が聞こえてきそうな拙い所作ながら、彼のカップに紅茶を注ぐ。


「……なるほど、君が必死だった訳だ」

「可愛いじゃろー? でも妹はやらんからな」

「いらねぇよ……君、キャラ変わってないか?」


 デレデレと表情を緩めルージュの様子を見守るクリムに、呆れたような目線を送るスザク。だが、すぐに思い出したように居住まいを正す。


「そうだ……礼にという訳じゃないが、魔王さまに一つ頼みがある」

「む? 構わぬ、言ってみよ」


 急に、彼がそんなことを言い出す。

 元々、スザクに先日の礼はするつもりなので、願ってもない……そんな様子で、彼に先を促す、が。


「俺と……一戦、勝負してくれないか?」


 その一言に、クリムは目をすっと細めた。



「……ほう?」



 先を続けよ、と目線で促す。

 スザクは、そんな急変したクリムの視線に若干ビビった様子で、改めて口を開き始めた。


「先日の一戦、君と一緒に最前線に居て思ったんだ」

「む……ついて来れるほど育っていた事に、正直我は驚いたぞ。もうそこまで育ったのかとな」

「ああ……だが、ついていくのが限界だった」


 そう言って、はぁ、とため息を吐く。

 確かに……バイアス抜きで客観視すれば、現時点では剣士としては彼より雛菊の方が完成度は高いだろう。

 だがそれは、両者の間にどうやっても覆せない『プレイ時間のアドバンテージ』が存在するからだ。


「言っておくが、先発組の我と後発組のお主とでは、プレイ時間もスキルの完成度も、まるで違うというのは理解しているな?」

「ああ、もちろんだ。だからこそ……」


 そこて、一度彼が言葉を切る。

 そして――告げた。


「君は、このゲームの内で頂点に位置するプレイヤーだ。俺はその頂点が今、どれだけの高さかにあるかを知りたい」


 そう真っ直ぐに見つめられ、言い切られて、クリムはポカンとした表情を浮かべる。

 だが……じわじわと腹の中から込み上げてきたのは、愉快だという気持ち。


「ふ、ふふ、はは……ッ!」


 気付いたら、クリムは笑っていた。


「良かろう、勇者に敗北を与え、一度挫折を与えるのも魔王としての役目……その勝負、承ろう!!」

「感謝する……!」


 嬉々として、ここぞとばかりの魔王ロールプレイしながら挑戦を受けるクリムに、膝を手についつ深々と頭を下げ、感謝の言葉を告げるスザク。




 こうして……後日、生配信下で二人が決闘を行うことが、決定したのだった――……

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