モンスター・テイム
まるで暴風が通過した後のような、水没都市一層、B-12エリアの一角。
「お、収まったか……」
「な、何人殺された?」
「わからん……わからんが、半分以上はやられたみたいだ」
辛くも難を逃れたプレイヤーたちが、お互いの安否を確認しあう。
周囲の建造物はズタズタに引き裂かれており、この場で暴れていた存在の秘めていた凶悪なまでの力をこれ以上ないくらいに誇示していた。
だが……逆に言えば、その程度で済んでいた。
それは所詮、追い詰められた幼子の癇癪にすぎず、戦略など無い大暴れは、敵にそこまでの被害を与える事は叶わなかった。
そして当の暴れていた存在は、今は縮んだ手足に対応できずにまともに立ち上がることも叶わず、それでも逃げようともがいていた。
その、憐みすら誘う少女の姿に……さしもの不届きものの集団も、顔を見合わせて躊躇いの表情を見せていたのだった。
「いや……でも、かえって愛で易くね?」
そんな誰かの言葉によって再びその目が少女を向き、対象となった少女が恐怖に引きつった表情で後ずさった――その時だった。
「そこまでじゃあ……っ!!」
――ドンッ! という、地面を揺るがす衝撃。
追い詰められた幼子の前に立ち塞がるように落ちてきた人影が……もうもうと立ち込める粉塵の中からゆっくりと立ち上がった。
「ま……まおーさま!?」
「え、本物!? 本物なんで!?」
騒然としているプレイヤーたち。
その眼前で腕を組んで仁王立ちした、白い髪を赤いオーラでなびかせた少女……クリムが、怒りに満ちすぎたせいで涙が少し滲む目で、周囲を睥睨する。
「よってたかって女児を一人取り囲み、恥ずかしいとは思わぬのか!」
「え、いや、その子エネミー……」
「……あ゛?」
「……イェ、ナンデモナイデス」
口答えしようとした先頭に居たプレイヤーが、クリムの今はドラゴンさえ射殺せそうな目で睨まれて、黙り込む。
彼らは、ひしひしと感じていた。
目の前のトッププレイヤーに君臨する少女魔王が……珍しく、本気でキレていることに。
ゴクリと息を飲むプレイヤーの視線が集中する中で……クリムが、その口を開く。
「良いか、たとえNPCじゃろうが、モデル元が同意しておらず、その事を不快に思っておるならばな……」
ここで、すうっと大きく息を吸い――叫ぶ。
「立派なセクハラじゃこのバカものどもーッッ!!!」
顔を真っ赤にして、涙目で叫ぶクリム。
その様子に……追手たちがハッと息を飲み、次々と膝から崩れ落ちていく。
「そ……そうだ、まおーさまの言うとおりだ……」
「俺たちは……何ということを……」
今回はお祭り騒ぎに少々暴走が行きすぎていたが、熱狂さえ収まれば話がわからぬ者たちではない。
クリム渾身の正論にうなだれ、正気に返ったプレイヤーたちの様子に……案外と丸く収まったことに拍子抜けしつつも、安堵の吐息を吐くのだった。
「うむ、うむ、なんとなく我を呼ぶイントネーションは気になるが、どうやらわかってくれたよ――」
『お、ねえ、ちゃん……ッ!』
「お゛ふぅ……ッ!!?」
突然の、背後から腰に対しての子供一人分くらいの結構な質量が結構な速度で衝突する衝撃に、クリムが変な声を上げて膝から崩れ落ちる。
――我、最近やけに腰に痛打を受けてない?
そんなこと考えながら呼吸を整え、いったい何じゃと小鹿のように震える膝で立ち上がり背後を睨むと……そこには、小さくなった自分と同じ姿の女の子が、クリムの背中に顔を埋めて震えていた。
『怖かった……ずっと怖かった……ッ!』
「はぁ……うむ、もう大丈夫じゃぞ?」
『ぅ……うわああああああんッ!!』
弟や妹に憧れを持つクリムは年下に弱く、泣く子には勝てぬ。
やれやれと、クリムがその頭を撫でてやると……『ドッペルゲンガーのクリム』はその胸に飛び込んできて、とうてい戦闘用AIとは思えぬような、幼き子供らしい激しい嗚咽を上げ始めたのだった。
【『ドッペルゲンガー:クリム』が、プレイヤー:クリムにテイムされ、仮契約されました】
◇
「さて……連れ帰るならば、まさかいつまでも『ドッペルゲンガーのクリム』なんて呼ぶわけにもいかぬよなぁ」
頃合いを見てそう呟いて、いまだぐずりながら真っ赤に腫れた目を擦るドッペルゲンガーの少女を見つめつつ、むむむ、と首を捻る。
「……よし、お主は今日から『ルージュ』じゃ、そう名乗るが良い」
『ルー……ジュ?』
「うむ、別の言語で『紅』……我の名の由来と同じ意味を持った名前なのだが、どうじゃ?」
クリムの言葉に、ドッペルゲンガーの少女は『るー、じゅ……? 私は……ルージュ?』と反芻していたが、それを何回か繰り返したあたりで嬉しそうにパッと顔を上げた。
「……うん、私はルージュ!」
「お、気に入ったか、うむ、うむ」
テイムモンスターに名前がついたせいか、気持ち言葉が流暢になったような気がする『ドッペルゲンガーのクリム』……改めルージュは、嬉しそうにルージュ、ルージュと自身の名前を繰り返し口にしていた。
――しかし、
先程のログにそんな疑問を感じつつも、嬉しそうにしている少女の様子を満足げに見守っていると……不意に、ルージュが慌ててクリムの影に隠れてしまう。
その、クリムを挟んだ対面には……
「なぁ、これ……」
「ああ……もしかして今、眼前で最高にてぇてぇ光景が展開されてないか?」
「うう、良かったなぁ……」
ざわつく周囲のプレイヤーたち。彼らはすでに戦意もなく、ただほっこりと眺めているだけだが……どうやらルージュは、クリム以外の他のプレイヤーの視線がすっかりトラウマになっており怖いらしい。
経緯を考えると、さもありなん。
ここまではっきりした自我を獲得したのは驚いたけれど、これはもう戦闘AIは廃業じゃなとその行く末を案じる。
城でアドニスたちを教育係に当てがい、今は背後でホッとした表情を浮かべている雛菊とリコリスのドッペルゲンガー共々、セイファート城のメイド見習いにでもしてもらうかのぅ、と考えていた……その時だった。
「――あらぁ、魔物まで絆してしまうなんて……さすが、魔王さまといったところかしら?」
鈴を転がすような、しかしどこかざわざわと心に絡みついてくるような声が、周囲に響いた。
その声に、ルージュはクリムに身を寄せてその服の端をキュッと握りしめ、ドッペルゲンガーの雛菊とリコリスはそんなルージュを守ろうと、敵意もあらわに声がした方向へと各々の武器を構える。
「……馬鹿な、いつのまに接近された?」
自身も鎌を構えながら……いつのまにか出現していた、真紅のローブを羽織り目深にフードを被った少女へと向ける。
――我は、こやつを知っている。
以前、ファーヴニル討滅の際に、闇の中に佇んでいた、あの少女。
「――ダアト=クリファード……っ!?」
てっきりこちらを避けているものと思い……よもや向こうから、クリムの前に姿を現すなど予想していなかった。
驚愕の表情を浮かべるクリムの言葉に……少女はフードから除く紅を差した口の端を、ゆっくりと持ち上げるのだった――……
【後書き】
セクハラは受け手がそう感じたら成立しますからね仕方ないね。
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