神那居島出立前のひととき
「わー、あのお姉ちゃんきれー」
キラキラとした目で紅を見つめてくる小さな女の子に……紅は微笑んで手を振ると、向こうも嬉しそうにブンブンと手を振り返す。
両親らしき二人の男女も、我に返って会釈しながら、仲睦まじい様子で離れていく、そんな親子連れの様子にふっと頬を緩めると……紅は、女の子の相手をして少し遅れてしまっていたため、薄いレースの裾を翻し、たたっと小走りで少し先を行く皆に追いつく。
……この日の紅は宙のリクエストにより、クリーニングより戻ってきた、初日に着ていた白と青のワンピースを再び纏い、白いレースの日傘を差して歩いていた。
時折、その避暑地のお嬢様然とした姿に他の観光客からのギョッとしつつも好意的な視線を受け、若干ながら居心地悪い思いをしつつ……少しだけ、可愛いと褒められることに対して気分が良くなってきている自分に戸惑っていた。
◇
――宿泊施設のチェックアウトは午前の9時であり、すでに済ませてある。
本土に戻る連絡船の出発が昼の11時とのことなので…… 旅行最終日にしてようやく皆が揃ったこともあり、一行は船着場のコインロッカーへと荷物を預け、せっかくだからと帰る前の最後となるこの時間で島の散歩に繰り出していたのだった。
とりあえず……絶対にここに行きたいと主張する雛菊と深雪に引っ張っられるように訪れた、島の最北端にある灯台。
「完成したです!」
「ま、間に合ったの……!」
嬉しそうに、お互いの手を繋ぎながら喜んでいる雛菊と深雪。
どうやら、初日以降すっかり忘れて放置していたオリエンテーリングのチェックポイントが全て埋まったらしく、皆でそんなはしゃぐ二人を暖かく見守っていると。
「よーしお前ら、折角の絶景だ。写真撮るぞ、並べ並べ!」
今時珍しいデジタル一眼レフを取り出した龍之介。そんな彼の言葉に、待ってましたとばかりに皆で集合し、思い思いのポーズを取る。
そうして、記念撮影を終えた後。
「しかし、君は……」
「な、何……?」
紅の方を見てふいにポツリと呟いたのは、撮影役を買って出た、この場で一人だけ場違いな人物……見送りに来て、そのまま付いてきた玲央だ。
彼は、なぜか紅のすぐ横の背後をジッと見つめて思わせぶりなことを呟いたため、紅がおそるおそる聞き返す。
「いや、ただ……随分と小さな男の子に好かれてるな、君は。ああ、悪戯のしがいがあると思われているのかな?」
「やめろぉおおおッ!?」
あまりに具体的すぎる「何か居る」発言に、いやいやと頭を抱えて首を振る紅。
そんな様子を、実に楽しそうに眺めている玲央なのだった。
「全く……そこまでにしてやってくれんか。こやつはまだ見えておらんのじゃから、刺激が強すぎよう」
「ええ、失礼しました」
すっかりビビッて天理の袖を掴みその背後に隠れてしまった紅の姿に、天理はちょっと嬉しそうにしながらも玲央を嗜める。
「ていうか、なんでお前が居るんだ」
「はは……そう邪険にしないでくれ、私はもうこの時くらいしか交流できないのだからな」
昴のジトッとした目に、肩をすくめて答える彼。
なんでもアウレオの仕事の都合で予定がずれ込んでしまい、予定が合わなかったことを「残念だ、ああ本当に残念だよ、くそぅ」と昨夜はぼやいていた。
「でも、玖珂さん。紅ちゃんを虐めるのは許さないからね」
「……ハイ、申し訳なかったデス」
オカルトの気配に怯える紅を庇うように抱き締めて、玲央の方へニッコリと……だが笑っていない目で冷たく睨む聖に、さしもの彼も肝を冷やしたらしく、素直に頭を下げる。
そんな風に、姦しく帰路に着く中で。
「さて……それじゃ、ただ歩いて戻るだけならばだいぶ余裕もあるじゃろうし、宇治金時の美味い店があるから皆で行こうかの」
もちろん我が奢ってやろう、と胸に手を当て踏ん反り返り、太っ腹なことを言う天理に、皆から歓声が上がるのだった。
――そうして皆でやってきた海辺の茶屋で、天理おすすめの宇治金時を皆で注文する。
時折、キーンと走る頭の痛みに頭を抱えたりしながら、皆でわいわいとカキ氷を食べている時……不意に、雛菊が呟く。
「……なんだか、旅行が終わるのがもったいないです」
「雛菊ちゃん……」
寂しそうに呟く彼女に、なんと言うべきか迷った紅が、慰めるようにその頭にポンと手を置く。
「雛菊ちゃんは、ちょっとおうち遠いもんねー」
「同じ県だったのは驚きでしたが、南の山間部でしたっけ?」
聖と昴が、桔梗に確認する。
「そうよぉ。そこで結構古い神社をやってるの。もし機会があったら詣でに来るといいですわぁ」
「はいです、その時は歓迎するですよ!」
そう、どこか空元気のような明るい調子で言う雛菊だったが……
「ならば、今度はウチに泊まりに来ても構わんぞ、来週の花火大会の時にでも」
何という事はないように呟いた天理の言葉に、雛菊がぱちくりと目を瞬かせる。
「ああ、そうだね。客室は空いてるし、良かったら遊びにおいで?」
「なんなら、深雪嬢も来るかの?」
「わ、私もです?」
宙と天理に誘われて、唐突な展開に目を白黒させる深雪は、両親へと視線を向ける。そんな期待混じりの視線を受けた龍之介と沙羅も、構わないよと頷いた。
「あ、あの、お母様、私……」
「構わないわよぉ、ちゃんとそれまでに宿題を片付けたらねぇ」
「あ……帰ったら、頑張って終わらせますです!!」
ゲーム内のアバターのように尻尾があれば、きっとブンブン振っていたであろう……そんな様子で嬉しそうに言う雛菊。
こうして……あれよと言う間に、第二回オフラインミーティングの日取りが決定したのだった――……
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