水没都市戦線異常有り
「あぁ〜生き返るぅ〜……はぅ……」
ガタゴト振動するマッサージチェアに座る聖が、体を機械に揺らされながら、そんなリラックスしきったあられもない声を漏らす。
そんな様子の聖からなんとなく目を逸らしながら、紅はそんないいものだろうかと首を傾げる。
「私は、どうにも好きじゃないなぁ。揺れるし、痛いし……」
「わたしは〜……すごく肩こりするからね〜……」
生返事を返しながら夢見心地といった様子の聖の様子に、紅もようやく合点がいった。なるほど、紅にはよくわからないが、さすがにあのサイズくらいになってくると大変なのだろう。
「まぁ、お前はまだ必要ないよな」
「どういう意味かな、昴?」
余計なことを言った昴を睨みつける。そんな昴は何事も無かったように明後日の方を向いて口笛を吹いていたが。
――今、紅たちがいるのは、温泉に併設されたリラクゼーションルーム。
パーティは、大人たちがだいぶアルコールが入ってきたほどほどのところで退出し……ドレス姿を解いて化粧品を落とし、温泉で一日の疲れをしっかり洗い流して一息ついた紅たちは、最終日の入浴後の気怠い時間をそこで過ごしていた。
さまざまなニーズに対応するためのその施設。
その中にあった、家族皆で寛げるようマッサージチェアが6台ある大ルームの一つを借りて、紅たち『ルアシェイア』の年少組は思い思いに過ごしていたのだった。
「雛菊ちゃん、桔梗さんたちは?」
マッサージが苦手なため、緩く揺られるような弱い振動設定にしていた紅が、聖とは反対側の隣で同じ設定で面白がって揺られている雛菊に尋ねる。
「みんな、向こうの部屋のマッサージチェアでダウンしてるですよー」
「……大人は大変だなあ」
よほど疲れが溜まっているのだろう、今はそっとしておいてあげようと満場一致で可決し……マッサージチェアに身を預けながら、あるものはひたすら静養に専念し、あるものはネットや電子書籍を読み耽け、紅たちも寛ぐ事に専念し始めたのだった。
――と、しばらくひたすらのんびりとした時間が流れていたのだったが。
「うわぁ……」
そんな、マッサージチェアで寛ぎつつネットで攻略情報漁りをしていた昴が、不意にドン引いたような声でうめいた。もちろん皆の視線は、そんな声を上げた昴へと集中している。
「あれ、どうしたの昴、真っ青な顔で黙り込んで」
「具合悪い? お薬要る?」
心配して声を掛ける紅と聖に、昴は重々しく口を開く。
「……ちょっと、まずいことになってた」
「「まずいこと?」」
紅と聖が、首を傾げて昴の提示したウィンドウを覗き込んで動画をチェックする。
そこには……プレイヤーの間で暴れ回る、とても見覚えのある姿の少女が暴れ回っていた。
それは……
「私?」
「クリムちゃん?」
揃って首を傾げる紅と聖に、昴はそうだと頷く。
画面に映っていたのは……本人との差別化のためであろう、水着姿の全身の肌に紫色のファイアパターンが刻まれてはいるものの……明らかにクリムの姿そのものだった。
しかも……なんだろう、周りの発言がおかしい。
『そっち行ったぞ!』
『捕まえろ、本人に触れたらハラスメントでBANだがあれはエネミー、ハラスメント防止規約は適用されな……ぐはぁ!』
『馬鹿やろう、今はそんなことやってる場合か、そもそもクリムちゃんに揉めるほどあるわけないだろせいぜい撫でゲフゥ!?』
――なんだこのカオス。
紅の背に冷や汗が伝う。ぞくりとした悪寒に背筋が震え、鳥肌が立っているのも気のせいではないはずだ。
画面内のクリムにはすぐ思い当たるものがあった。おそらく先日話題になった『ドッペルゲンガー』であろうが……あの時は『ソールレオンが模倣されたらまずいよな』と他人事に考えていた。
だが今はこうしてクリムの姿とステータスがコピーされていて、それ自体がもはや一種の災害のような死をまき散らしており、大問題となっていたのだった。
大問題なのだが……今、眼前では、それとはまた別種の大問題が起きてはいないだろうか?
「あー、あった。多分これだな、原因」
「な、何があったの!?」
調べ物をしていた昴が見つけたネットのページらしきウィンドウを、紅がひったくるように奪い取る。
それは、匿名掲示板の書き込みらしく、ざっと目を通す。
———————————
0831:名無しの探索者
今一層で大問題になってるまおーさまドッペルゲンガーだけど。
エネミーってことは、捕まえようとして間違えてもにゅんな所に触れてしまってもハラスメントBANされないんじゃね?
0832:名無しの探索者
>>831
そ れ だ !?
0833:名無しの探索者
>>831
天才現る
0834:名無しの探索者
>>831
馬鹿やろうまおーさまにそんなむにゅんするボリュームあるわけないだろだがそれがいい
ワンチャン着てる水着ドロップする可能性も捨てきれない
———————————
「だぁぁあああアホかぁぁああっっ!?」
「紅ちゃん!?」
「男って、本当男って……ッ!?」
「お、落ち着いて紅ちゃん!?」
発作のように暴れ出した紅が、聖と佳澄、二人がかりで宥めすかされる。
ぜぇはぁと荒い息を吐きながら、配信動画の方へと目を戻すと……
次々と斬り裂かれて絶命していくプレイヤーたちだったが……なぜか皆一様に士気が高く、しかもなぜか皆揃ってドッペルゲンガー・クリムを捕獲しようと躍起になっており、紅はマジかこいつらガチだとドン引きする。
画面内のドッペルゲンガー・クリムも、どこか泣きそうな様子で必死に逃げ回り続けているように見えるのだが、何故だ。何故こうなった。
そう、紅は引きつった顔で、動画を眺める。そして……
「……さて、雛菊ちゃん、深雪ちゃん、宿題で見てほしいところとか無いかな!?」
「待て紅、目の前の問題から逃げるな」
紅は問題を見なかった事にした。
しかし回り込まれてしまった。
「嫌じゃー! 我こんな案件に関わりとうないー!!」
「あの、紅ちゃん口調がゲーム内のものになってるよ?」
「本当嫌なのね……うん、満月さんの気持ちも分かるけど」
駄々を捏ねる紅に、だがしかし同情的な視線を向ける女性陣。そんな中、昴の次の言葉は、光明をもたらすものだった。
「まあ、何にせよあのドッペルゲンガーは何故か姿を眩ませて今は見つかっていないらしいからな。帰ったら……」
「うん、私たちで解決しよう。絶対に。他の野郎なんかに任せておけるか」
自分の似姿が見知らぬ男に触れられている図を考えるだけで、たとえ自身のこの身でないとしても怖気が走る。
故に、この件は関わる以上絶対に自分で解決してやる、帰ったら真っ先に討伐にいくぞと、据わった目で決意する紅なのだった――……
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