精霊の少女

 だいたい城内の案内も終えて……社会人であるジェードとサラの二人が、明日も仕事があると言って、何やら疲れた様子でログアウトした後。


 皆と合流しようと庭を歩きまわっていたクリムは……噴水のある広場に多数の子供たちが集まっている場面に出くわした。


「む? 子供たちが集まって、何を……」

「しー、ほら、あっち」


 静かにするようフレイヤに促され、彼女の言う通りにクリムが視線を向けた、その先には……


「む、ダアトか。これは……物語を語って聞かせておるのか?」


 島内に点在する円形の石畳が敷き詰められた広場のひとつ、その外周を巡るように設置された花壇の縁石に腰掛けて、興味津々といった様子で広場中心を見つめる子供たち。よく見ると、後ろのほうで雛菊やリコリスも、一緒に話を聞いている。


 そんな子供たちの中心で、広場中央、枯れた噴水の縁に腰掛けて語っている、緑髪の精霊。




「――こうして、今とは比べ物にならないほど便利な道具、あるいは強くて怖い兵器に溢れていた旧文明でしたが……一方で、私たちがすむこのお星さまはどんどん元気を奪われて、ご飯を作ることさえ難しくなっていきました」

「え……ごはん、無かったの?」

「はい……ほんとうに、ちょっとだけ。皆がお腹を空かせていたから、みんな自分のものにしようと奪い合いの大喧嘩。ついには怖ーい武器まで持ち出したものだから、今度は住む場所までなくなっちゃうのです……」


 おどろおどろしい口調で語るダアトの話に、子供たちの中には怯え、小さな子の中には泣き出しそうな子まで居る。

 だが……そこで語り部の精霊はフッと雰囲気を和らげて、話の続きを語り出す。


「ですが、そんな中、今みんなが居るこのお城から、立ち上がった一人の勇者さまが現れました」

「あ、オレ知ってる! 昔、獅子赤帝へいかが世界中をまわって、その、まどうへいき、っていうのをこわして回ったんだよな、教会の神父さまが言ってた!」

「ええ、その通りです、よく勉強していて偉いですね」

「へへ……」


 ふわりと優しい笑みを浮かべて少年を褒めるダアトと、褒められて嬉しそうな少年。


「精霊に助けてほしいと頼まれて、獅子赤帝陛下はあっちこっちに駆けまわりました。例えば……」


 そこからは、しばらく獅子赤帝の武勇譚が、まるで見てきたような臨場感をもって面白おかしく語られる。

 その話に子供たちはすっかり引き込まれて、目をキラキラ輝かせて話に聴き入っていた。


「――でもね、そんな獅子赤帝陛下でしたが、やはり定命……ええと、みなさんと同じくらいしか生きられない人間だったのです」

「え、そんなすごい人も、僕らと同じくらいまでしか生きられないの?」

「はい……だから、あの方が実際に巡ったのは大陸の南から真ん中ちょっと上あたりまで。そのあとは同じ目的を掲げた子供たちやお弟子さんたちが引き継いで……そうして今、この大陸はこれだけ豊かな環境を取り戻したのですよ」



 そう言って、青空を見上げて遠くを眺めるダアト=セイファート。その目は、今はもう存在しない、懐かしいものを想う、悲しくも美しい慈愛の色をたたえていた。


 そして……他ならぬ自らの半身が、その平穏を侵しているという憂いも。


「……お花のお姉ちゃん?」

「あ……えぇと、ちょっとしんみりしてしまいましたね。今日はここまでにしましょう、今度来た時は、格好いい獅子赤帝様のエピソードをお話ししてあげますね?」


 彼女のそんな言葉に、子供たちは、はーい、と元気な声で返事をして、パラパラと自分たちの遊び場へと散っていった。


 その様子を優しく見守るダアトに、クリムは近寄っていく。


「お疲れ様、良き先生ぶりじゃったな」

「あ……マスター、見ていらっしゃったのですね」


 そう、恥ずかしそうにはにかむ精霊の少女。

 だが、クリムは彼女の語りを聞いていた時から、ずっと考えていたことを口にする。


「ダアト=セイファートよ。もし、お主が興味あるというのならばの話じゃが……お主、学校を開く気はないか?」

「……え? それは、いったいどういう……」


 さすがに戸惑う彼女に、クリムはうむ、と一つ頷き、事情を語り始めた。


「この町の子供たちに読み書き計算を教えていたのは、町の教会の神父が実施している日曜学校なのだが……」


 ところが、僻地の教会に人員が割かれるわけもなく、すでにかなりの高齢の神父一人で切り盛りしている小さな教会だ。

 だいぶ体にガタが来ている、もう日曜学校までは手が回らない……そう神父は言っているが、では誰か代わりに子供たちに勉強を教えてあげられる人物はというと、それも見つからない。


 誰かいたら紹介してほしい……そう、前々からルドガー経由で頼まれていたのだと、クリムはダアトに事情を語る。


「学舎ならば、島の外れに作るスペースもあるじゃろ。何かあった際には避難所となる集会所を作りたいとも、以前から思っておったしな」


 集会所ならば、建物としてはシンプルな構造のため、あまりポイントも消費しない。

 ついでに、避難所として耐火結界を張るオーブを設置するにも都合が良いため、実益としても問題は無い。


「お主ならば、子供たちを安心して任せられる……どうじゃ?」

「わ、私が……先生……」


 何やら葛藤している様子の精霊の少女は……しかしその一方で、興味ありますと大きく顔に書いてあった。


「そ……それじゃあ、私で良ければ……」

「よし、それではそう伝えておこう。協力、感謝するぞ」

「はい……!」


 嬉しそうに笑う彼女に、クリムはうむ、うむと満足気に頷く。


「それと……学校を開くなら、お主一人では大変じゃな。誰か人手を雇い入れるのもありかも……む?」


 誰か良い人材は……そう考えて、クリムが領地管理ウィンドウを開き、雇用可能なNPC一覧をスクロールしていくと……不意に、目に止まった二名。


 ・エルヒム(バトラー)

 ・アドニス(メイド)


 それを目にした瞬間、クリムの顔が真顔になった。

 なぜ、過去の英雄である騎士が……そう愕然としていると。



「あ……エルヒム君とアドニスちゃんは、獅子赤帝様の側仕えから騎士になった変わり種ですからね」


 後ろから興味津々といった様子で覗き見ていたダアトが、そんな補足を加えてくれる。


「そうなのか?」

「はい、元は獅子赤帝陛下の身辺警護も兼ねていたのです。だから有事の際の戦力として数えても大丈夫だと思いますよ?」


 そう元同僚を推す彼女は……そわそわと「喚んでくれるの?」オーラを発していた。

 以前にも思ったが、なぜかやけに小型犬っぽいオーラを発している精霊だな……と、なんとなく思うクリムだった。


「むぅ、なるほど……何かあった際に申し分ない戦力となるのは魅力的じゃが、やはり高いのぅ……」

「うぅ、そうですよね……」


 英雄クラスの NPCだけあって、ひと月あたりの雇用契約費用はかなり高い。

 つい口に出したそんなクリムの言葉に、明らかにシュンとした様子で下がる精霊の少女。



 だが、細やかに自分で考えて動けるNPCは住人に欲しい。町には守衛として、有事の際に自立稼働する魔導人形兵は配置したが、その指揮を任せられるならばこれほど心強いこともそうそう無い。


 つまり、ダアトへの情を抜きにしても、クリムたちには充分なリターンが見込める選択肢だ。


 ――どうする?


 背後に居るフレイとフレイヤに、視線で問い掛ける。

 二人は……仕方ないなといった感じで苦笑しながら頷いた。それを受け、クリムはよし、と雇い入れるボタンをポチ、ポチと押した。


 直後、眼前に現れる召喚陣。そこに二人の男女が姿を現した。


「……お呼びいただき、ありがとうございます」

「……あなた方が、私たちのマスターですね。今後、どうぞよろしくお願いしますわ」


 そう言って、優雅な礼をしながら現れた、執事服姿の金髪の青年エルヒムと、クラシカルなメイド服姿の金髪の少女アドニス……以前死闘を繰り広げた騎士二人。


 やがて、彼らはゆっくりと頭を上げ……


「うむ、二人とも、よろしく頼……」

「――ヒッ!?」


 よろしく頼む――そうクリムが言おうとした瞬間、クリムの姿を見たアドニスが顔を真っ青にして引きつった悲鳴を上げた。

 ちなみにエルヒムも、おそらくはソールレオンの姿がないか警戒しているのだろう、完全に腰が引けた様子で周囲を見回している。


「ごめんなさいごめんなさい痛いことしないでくださいお願いします靴くらいなら舐めますから……っ!?」

「おい、落ちつけアドニス、もうあの時の戦闘は終わっただろう!」

「待て、待つのじゃ我は戦うつもりはない! というかお主の中で我どんな扱い!?」


 ガタガタと顔を真っ青に染めて震え出した元英雄のメイド少女を、慌ててなだめるクリムとエルヒム。

 しかし、逆効果にしかならず、さてどうしたものかと悩み始めた頃……


「――アドニスちゃん……エルヒム君……っ!!」


 ……不意に、割り込んできたダアトが感極まったように、二人に飛びつくようにして抱きついた。


「……え、あれ? ダアト?」

「お前……そうか、まだ我々の墓を守っていたのか」


 それで我に返ったアドニスと、少女のこれまでの働きに労いの言葉をかけるエルヒム。


「……そう。相変わらず寂しがり屋な精霊さんね、あなたってば」


 先程の醜態はどこへやら、優しく背中を叩いてなだめるアドニス。そんな彼女の胸に顔を埋め、永い刻を一人生きてきた精霊の少女は、静かに肩を震わせていたのだった。





 ……そうして、ようやく落ち着いた頃。


「騎士アドニス、我はなにも、お主を怖がらせたくて呼んだわけではないのじゃ。お主らには、こやつのサポートを頼みたくてな」

「あ……そ、そういう頼みなら、聞いてあげても良くってよ!?」

「それは、こちらとしても願ってもないことです。謹んで拝命いたしましょう」


 何やら照れ隠しにキャラ崩壊してツンデレっぽくなっているアドニスと、ダアトの背を叩いて宥めてやりながら、穏やかな表情で一礼するエルヒム。


「うむ、仲良くな」

「あの、マスター!!」


 クリムはあとを任せて立ち去ろうとした時……呼び止めたのは、ようやく少し落ち着きを取り戻したダアトだった。


「こんなに良くしてくださって……本当に、本当にありがとうございます……っ!」


 今だけは顔から憂いが消え、喜色に満面の笑みを浮かべる樹精霊の少女に……クリムもただ、優しく微笑んで頷き返すのだった。








【 NPC『アドニス(メイド)』と雇用契約を結びました。以後エリア『セイファート城』にて指示を出すことができます】


【 NPC『エルヒム(バトラー)』と雇用契約を結びました。以後エリア『セイファート城』にて指示を出すことができます】






【後書き】

二人とも、実は戦力としては、何気にレイドボス時のステータスを保持してるやべーNPC。相応にお高い。着々と整っていくルアシェイア領の戦力。

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