新ギルドメンバー
「本っ当にごめんなさい!」
「い、いいえ……ちょっと驚いただけなので」
喉に引っかかった某一口サイズのチョコをようやく吐き出して、大きな息を吐き出す紅。
そんな紅に平謝りしている理学療法士のお姉さんに、恐縮しながら大丈夫だからと告げると、ようやくお姉さんも落ち着いてくる。
「私、『Destiny Unchain Online』では『ジェード』っていうキャラクターネームで生産職をやってるの」
そう言う彼女のネームプレートには、『島崎翡翠』と名が記されている。
紅は、なるほど
確か、プレイヤーメイドの装備品の説明欄に刻印されている、生産者名の……
「……もしかして、大会の時に私たちの服を作ってくれた、リュウノスケさんの生産職のアテの人……?」
「うん、そう、それ! いやぁビックリしたわあの時は、急に見たことない素材を大量に押しつけられて、『全部使い切っていいから五人分の衣装を至急頼む』って、一緒に遊んでる友達の旦那さんに頼まれたんだもの」
からからと笑いながら、当時のことを笑いながら話す彼女。
――ん?
クリムがふと、先程の話に引っかかりを感じ首を捻る。が、それは無為に指の隙間から溢れて流れていってしまった。
それよりも、大事なことがある。
「あの、このことは……私と『クリム』についてはくれぐれも内密に……」
「もちろん、分かっているわよ、患者さんの個人情報だしね」
そう安心させるように紅へと笑いかけ、その頭にそっと手を載せてくる彼女だったが、それはすぐに真顔に変化する。
「……でも、すぐに他からバレそうな気はするのよね」
「そ、そうですよね、こんな色だし……」
「あー、うん。それもあるけど。それだけじゃなくてね?」
そう、紅の髪を指で梳きながら、困ったような顔をするお姉さん。その様子を、紅はただ首を傾げ、なんだろうと目で問い掛けるが……
「……うん、ごめんなさい。それ、人前であまりしないほうが良いわよって、お姉さんからの忠告ね?」
「……???」
何故か口元を手で覆い明後日のほうを向くお姉さんに、紅はただただ疑問符を頭上に浮かべるのだった。
「それで……聞きたかったんだけど、クリムちゃんのギルドってメンバー募集はしてるのかしら?」
「え? それは、まあ……人手不足が悩みですから」
「それじゃあさ、私も雇ってみない? 前に入っていたギルドが解散しちゃって、同僚の看護師の遊び友達共々フリーになっちゃったのよ」
そう言って、熱烈アピールしてくるお姉さん。
かと思えば……
「全く……あの直結厨どもめ、あんなあからさまな姫プの
となんだか闇が深そうな形相で呟いているのを、紅は、あはは……て乾いた笑いを浮かべて眺めていた。
「あ、あら、ごめんなさい、患者さんの前で私ってば……コホン。それで、私は武器と防具、簡単なお薬は作れるし、最低限だけど採集で鍛えたパワーと堅さはあるわよ、どう!?」
「あっ、ハイ……」
グイグイと寄せてくる彼女の熱心な売り込みに、クリムは思わず頷いていた。
「そ……それじゃ、今夜、ヴァルハラントに迎えに行きますね」
「ありがとう! そうそう、さっき話した看護師の仲間も連れていくから、気が合いそうだったら彼女もお願いね!」
そう言って、感極まった様子で抱きついてくるお姉さん。
彼女からは年下の同性の子供に抱きついている感覚でしかないのだろうが……紅側としては、かっちりした看護師の制服の奥の柔らかいものや、密着した状態で間近から漂ってくる消毒液の刺激臭がすこしだけ混ざった大人のお姉さんの良い香りに晒されて、たまったものではない。
すっかり真っ赤になってふらふらしている紅に、ようやく気付いた彼女は慌てて紅を離し、またもや平謝りするのだった。
その後……なんだかんだでゲーマー同士、同じゲームの話題ですっかり意気投合し、話に夢中になっているうちに……いつのまにか紅は病室へ帰る時間となっており、迎えに来た別の看護師のお姉さんに呆れられてしまうのだった。
◇
「なるほどな。急に新メンバーを加えたいって言うからなんだと思ったが」
「不思議なところで縁ができるものねー」
新たな仲間を迎えるために皆で訪れた、無制限交流都市ヴァルハラント。
並んで歩く中でそんな事を感心しているのは、両隣を歩くフレイとフレイヤだ。
「新しい方は、鍛冶屋さんなんですね!」
「雛菊、嬉しそうじゃな?」
「はいです、これで整備も楽になりますです」
そう言って、スキップせんばかりな上機嫌な少女に、ふっと表情を緩める。
――刀は、整備に手間のかかる装備だ。
いちおうは雛菊も自分で研げるくらい鍛冶を習得していたが、最近の高性能な刀はそれでは足りず、街へ頻繁にメンテナンスをしてくれる人を探しに出ていた。
それが必要なくなるのだから、彼女としては実に嬉しいことだろう。
「それで、合流場所は……」
「ええと、三階にある、カフェのチェーン店の向かいじゃな」
「ってことは、あれか」
ほとんどのお洒落なカフェは四階層にある中で、ファーストフード店が並ぶ三階に存在する、某出てくる軽食が軽くない事で有名な喫茶店のテナント。
その店の前に、錬金術師じみたローブ姿の、青い髪の猫系ワービースト女性と、赤いストレートロングの武装した女性が仲良く談笑している姿が……
「……ママ!?」
「「「「……へ?」」」」
リコリスの急な発言に、皆、驚く声を上げて固まった。
だがその間に彼女は走り出し、一目散に赤い髪の女性のほうの懐へと飛び込んだ。
「ええ。楽しそうで何よりだわ」
「それじゃ、加入希望者ってママなの?」
「そうよ、もっとも志望理由は問題を起こさないように彼女の監督だけれど」
そんな母親と娘の和気藹々とした空気の中、一人陰鬱なオーラを放っているリュウノスケが、ジェード女史に詰め寄っている。
「おいジェード、謀ったなてめぇ……」
「えー、なんのことかなー?」
「いや、だってな……なんで家内をあえてオレんとこに連れてくんだよ!?」
焦って青髪の女性に詰め寄るリュウノスケと、それを意地の悪い笑みをうかべて、にしし、と笑っている女性。
その必死な剣幕に、クリムは躊躇いながら、こっそりリコリスへと尋ねる。
「あの、リコリスちゃん、ご両親の仲は良くないの……?」
「え、いやそんなことは……ただパパは、趣味は誰にも邪魔されず一人でふらふらしたいって言ってる人だから……」
困ったように苦笑しながら語るリコリスの言葉に、あー、と納得するクリム。
クリムの場合は二人の幼なじみが居たから、一人で趣味に没頭したいとまでは思わなかったが……もし友人二人が居なかったら、多分リアルの知り合いとはゲームで一緒に居なかったと思う。
「えぇと、クリムさん。そんなわけで私も、皆様のギルドに加入させていただけると嬉しいのですけれども」
ボーっと考えこんでいたら、そう言って、大きなポールアックスを掲げてみせる彼女に慌てて正気に返る。
どうやら前衛職構成であるアピールらしい。ずっと前衛不足だったルアシェイアとしては、その時点で断る理由は無い。
「あ、うむ、よろしく頼む……あの、リアルで会ったことは」
「何度か病院内ですれ違いはしたけど、それだけですね」
その言葉に、なるほど、と納得する。
ジェードさん……翡翠さんは、今回連れてくるのは同じ病院で働く同僚だと言っていた。
つまり……紅の入院している病院に、リコリスの母親、リュウノスケの奥さんが勤務していたのだ。
――世間って狭い。
そんなことを、呆然と考えるクリムなのだった。
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