混成チーム出撃

 北の氷河がネーブルに来訪した翌日は、森の中へ戻り、ひたすら皆で連携行動の訓練を行なって練度の向上を図っていた。


 そして、彼らの滞在三日目……ギルドランク決定戦最終日。


 二位のルアシェイア、三位の嵐蒼龍、そして五位の新巻シャケと七位のリリィ・ガーデンは、上への挑戦を辞退。


 八位だった黒狼隊はというと、リリィ・ガーデンが不戦敗。これにより、黒狼隊が七位に浮上が決定している。


 また、六位の東海商事が五位の新巻シャケに挑戦、これを見事に下し、こちらも順位が入れ替わっていた。


 そして今回のランキング決定戦最終試合……四位、Hexen Schussが、二位のルアシェイアに挑戦してきたのだった。





 ◇


 対戦エリアには、町のテレポーター・プラザから転送される。

 そのため、クリムたちは防衛チームを見送るために、皆でプラザへとやってきていた。


「二人とも、任せちゃってごめんね?」

「大丈夫、私たちだって強くなったんだから。頑張ってくるね!」

「は、はい……!」


 意気軒昂といった風情のフレイヤに比べ、まだ不慣れな人とチームということで緊張し、ガチガチなリコリス。

 尤も、彼女の場合引鉄に指を掛ければ別人のように冷静になるのだが……やはり、ちょっと心配になるクリムだった。


「シュヴァルさん、皆をお願いします」

「想定できる可能性はだいたい伝えた。あとは現場の判断で動いてくれ」

「ああ、任せておけ」


 フレイとソールレオンは、向こうで指揮を執るシュヴァルと軽く打ち合わせを終えて、すでに転送準備が完了していた。


 そんな中……


「ほら、あなたも。リコリスちゃんにも何か言ってあげたらどうですか?」

「……え?」


 そんな不意のエルネスタの言葉に、急に会話を振られて驚いているフレイ。


「僕からは特に……いや」


 何かを期待するような少女の視線に、フレイは一度発しかけた言葉を飲み込むと、あらためて口を開く。


「そうだね……僕たちに挑戦してきたってことは多分、何かしら対策を持ってきたんだと思う。気をつけて」

「……はい」

「そして……頑張って」

「……はい!」


 今度は、嬉しそうに笑顔を浮かべながら、光に包まれて転送されていくリコリス。


「それじゃクリムちゃん、私も行ってくるね」

「うん、頑張って。応援してるよ」


 クリムもフレイヤと軽くハグをして、送り出す。

 これであとはもう、残った面々は見守ることしかできない。


「……大丈夫。信じてあげるのもギルマスの仕事だろう?」

「……そうじゃな。我らはギルドハウスに戻って、打ち上げの準備でもしながら観戦するとしようか」

「ああ、それがいい」


 そうして……ギルドランク決定戦に出る五人を見送ったクリムたちは、足早にギルドハウスへと引き返すのだった。






 クリムたちはギルドハウスへと戻り、リビングのソファ前に生配信の映像を呼び出して最大サイズに拡張し、皆で観戦の準備を整える。


 映像の中では丁度、今回の戦場となる廃墟となった街のフィールドへと転送された皆が、行動を開始したところだった。


『なんであいつらがいるんだよ!』

『知りませんよ、傭兵でも雇ったんでしょ!?』


 撮影していたマギウスオーブが、半ば泣きが入っている『Hexen Schuss』の面々の声を拾う。撮影地点が遠いため音声は聞こえ難い中で、彼らの声がここまで聞こえるとはなかなかの声量だ。


 それを聞いていたソールレオンが、思わずといった様子で苦笑していた。


「しかしまあ、二位のギルドに挑んだら一位のメンバーが傭兵に出てくるとか……対戦相手、驚くだろうな。私たちが言うのもなんだが、ちょっと同情するよ」


 そう、愉しげにモニターを眺めているソールレオン。


 だが対戦相手の彼らにしたら、ランキング決定戦で泣かされた相手を避けたつもりが結局また眼前に立ち塞がってきたわけで、正直、同情の余地しかない。


「あはは……しかし、過半数を傭兵に頼ってしまいすまんな」

「まあ、私たちにとっても報酬は美味しかったから気にしなくていいよ」

「……一位のギルドから雇うのは、本当にお金掛かるのう」


 傭兵一人当たりに掛かる人気ポイントあるいはゲーム内通貨の額は、そのギルドの評価によって変わってくる。

 それがランクインしているギルド、とりわけトップ3ともなれば、その額は通常手が出せない額に片足を突っ込んでいた。


 ……毎回頼っていたら、あっという間に破産だ。やはり、団員の確保は急務だなと、あらためてそう思うクリムなのだった。





「さて……どうやらエンカウントしたみたいだぞ」


 フレイの言葉に、クリムとソールレオンも雑談を切り上げて配信に注目する。


 その視線の先で、ステージである市街地の廃墟を包み隠すように、フィールドが白い煙で覆われていく。


 それは……あからさまに作為的な、人工の霧。


「やはり煙幕じゃったな」

「まぁそうだよね、私たちの側には狙撃手が二人居るし」


 相手側にも弓使いが一人居るが……こちら側の弓使い、シュヴァルが所持するメイン武器は射程の長く威力があるロングボウなのに対し、向こうはおそらく接近戦を想定し取り回しやすいショートボウをきちんと用意している。

 故に、こちら側のほうが悪影響が大きいはずだ……そう考えての対策だろう。


「だが、その程度は想定済み……その上で、真正面から受けて立とう」


 そう、悠然と足を組みを悪い笑顔を浮かべながら観戦しているソールレオン。

 その目が、何よりも雄弁に語っていた……全て想定通り、チェックメイトだ、と。


「……お主、魔王が板についておるな?」

「そうかい? でも、これもやってみると案外楽しいな」


 鼻歌まで歌い出しそうなほど上機嫌に、戦場へと目を向けるソールレオン。


 そこでは今まさに、煙幕に紛れてリコリスを狙ってきた敵がリューガーに行く手を阻まれて、足が止まったところを当のリコリスの光弾に撃ち抜かれているところ。その連携は淀み無く、この悪条件下に見事に対応できている証左だった。


「クク、煙幕を迷わず使用した点は評価するが――あいにくと、君たちもその悪条件下での戦闘には慣れていないだろう?」

「僕たちは、それを織り込んで視界が悪い中で演習を繰り返しましたからね」


 計画通り……そんな言葉がピッタリなほど悪い笑顔を浮かべるソールレオンの言葉に、ラインハルトが追従する。

 演習で、クリム達が森の深部で戦闘を繰り返していたのは、まさにそこに狙いがあった。



 鬱蒼と生い茂る樹木の枝葉。

 光の届かない薄暗い空間。

 更には、胞子が充満していてまるで霧の中にいるような視界の悪さ。


 それら悪条件の中での訓練によって、煙幕対策もきっちりと仕込んでいたのだから、むしろ彼ら『Hexen Schuss』は、リコリスたちの狙撃を警戒するあまりに、のだ。


 なお……一応、狙撃にこだわる方法もあるにはある。だが今回に関しては、あえてその選択肢を捨てて、近接戦闘で対処させていた。

 また、組み合わせもリューガーとリコリス、フレイヤとシュヴァルの2チームを軸にエルネスタが遊撃として戦況が不利な側へのサポートに就くなど、あえて同じギルドの組み合わせを避けた編隊で挑戦してもらっている。


 ……対戦相手には申し訳ないが、ソールレオン曰く、これは演習の効果測定。見据えているのはさらにその先なのだそうだ。


「ガチのバトルジャンキーギルド怖……」

「まぁそう言うな、おかげで僕たちの練度も上がったんだ」


 フレイの言う通り、北の氷河というトップの戦闘ギルドとの合同演習でルアシェイア側が得たものは、とても有意義なものだった。


「うぅ……私も混ざりたいです……」

「ふふ、また次の機会にな」


 私の定位置だとばかりにクリムの横に陣取り、ピッタリとくっついて羨ましそうにモニターを見つめている雛菊。こちらは、せっかくの演習の成果を発揮できず少々ご不満の様子だった。

 クリムはそんな少女の頭を撫でて宥めてやりながら、着々とキルを重ねていっている仲間たちを眺める。


 フレイヤもリコリスも、乱戦の中でも以前より視野が広く取れている。常にパートナーの様子にも気を配っており、何かあってもすぐにカバーできるよう余裕を持って行動できているようだった。


「急造チームじゃが、なかなか息も合ってるのではないか?」

「ああ、完成度としては悪くない。二日間の演習の結果も上々だな」


 傍らのソールレオンに尋ねると、そんな満足げな答えが返ってくる。

 そんな二人の視線の先で、『Hexen Schuss』最後の一人であったリーダーが、リコリスの放った光弾とシュヴァルの放った矢に貫かれ、消えていく。


 そうして……蓋を開けてみれば危なげなく、ルアシェイア・北の氷河混成チームは勝利を収めたのだった。






 配信が終了し、クリム達が防衛に参加したメンバーを迎えるための支度を整えていると……


「できれば演習の総仕上げに、何かいい感じの強敵と戦闘できるといいんだけど」


 ……と、ソールレオンがポツリと呟く。


「強敵……あ」


 その言葉に、思わずと言った感じでクリムがポンと手を叩いた。


 ――居る。


 うってつけの相手に、心当たりはあった。

 無我夢中でなんとか倒したけれど、正直あれを勝利と呼ぶのは気が引ける、運が良かったとしか言いようがない手段で下した『あいつ』が。


 仲間を得て、自分自身も成長した。果たして今の自分であればどのような戦いになるかも興味がある。


 あれから、もう早二か月。きっと暇を持て余して巣穴に居るだろうと、クリムは悪い笑顔を浮かべる。


「何か、思い当たる節がありそうだね?」

「ああ……居るな、強敵。あやつは――」


 どうやらリベンジできる時が来たようだ……そう、クリムは好戦的な笑みを浮かべるのだった――……

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