失墜の魔獣

 ――ちょっと最強の魔獣を狩りに行こう。


 祝勝会の最中にまるで「ちょっとカラオケ行こうぜ」くらいの気安さで放たれた、そんなソールレオンの提案。

 そんなわけでルアシェイアと北の氷河、二つのギルドは総出で森の中にある魔獣の巣である洞窟内へと来ていたのだった。





「……で、あれが?」

「うむ、そのはずなのじゃが……」


 隣で質問してくるソールレオンに、自信なさげに答えるクリム。

 視線の先に居たのは、以前クリムが戦った漆黒の魔獣……ではなかった。


 全身から溢れる血で身体を真っ赤に染めて、涎をダラダラと垂らしながら徘徊するその姿は明らかに尋常ではなく、そこに森の生態系の頂点という誇り高い姿は見受けられない。


 嫌な予感に駆られて、クリムはその魔物を調べてみると……




 ———————————


【墜ちた魔獣】

 『シュヴァルツヴァルト』に生息する熊系魔獣の中でも、最大の巨体と腕力を持つ頂点。


 ……だったのだが、敗北によってその座を失った魔獣の成れの果て。手負いだが、以前にも増して凶暴であり、その力はむしろ大きく増している。


 強さ:推し量れそうにないほどの相手だ。


 ———————————




「うわぁ……」


 クリムの口から思わず漏れた、そんな嫌そうな声。


「いかんな……奴め、我が倒した時よりパワーアップしておる」

「ほぅ!」

「お主めちゃくちゃ嬉しそうじゃな!?」


 ビビるどころかむしろ少年のように顔を輝かせるソールレオンに、思わずツッコむクリムなのだった。






 ◇


「んじゃ、こっからはカメラ回すからな、不覚を取るなよ?」

「はい、ありがとうございますリュウノスケPさん。よろしく頼みます」


 リュウノスケの言葉に、ラインハルトが礼を述べる。

 リアルでの仕事を終えてログインしたリュウノスケが同行しているのは何故かというと、今回のこの戦闘は、二つのギルド合同で生配信することになっていたからだった。



 配信されているというのは若干緊張するが、まあこのくらいの緊張感ならば問題ないだろうと、屈伸運動していたクリムが飛び起きる。


 皆、装備は本気装備に着替えてきた。

 こうして十人でフル装備というのはなかなかに壮観で、今、リュウノスケはその姿を逃すのは勿体ないと撮影している。



 ……やがてそれも一段落し、いよいよ準備も完了する。





「クリム君、君はまだ魔法レベルが足りないのだろう、武器は大丈夫なのかな?」

「うむ、心配要らぬ。来い、『ブラッディブレイド』!」


 そう言って掲げたクリムの手の内に、その手から湧き出た血が集まって大鎌の形を成していく。


 ――血魔法70『ブラッディブレイド』。


 己が血を刃とする魔法で、斬った相手の体力を少し吸収する効果がある。


 それを数回振り回してから肩に担ぎ、心配そうに見つめていたソールレオンにドヤっと笑ってみせる。


「……大丈夫みたいだね。それじゃ、皆、行くぞ!!」


 総指揮を務めるソールレオンの号令に、皆一斉に「応!」と答えると、それぞれ持ち場へと散開するのだった。




 配置は、魔獣を挟むようにして後衛の反対側に位置するのがメインタンクであるリューガー。彼に何かあった際のサブタンクには、ソールレオンが就くことになっていた。


 また、魔獣と後衛アタッカーの中間には、何かあった際にカバーできるよう、フレイヤが陣取っている。


 その他、クリムたち前衛アタッカーは後衛の射線を塞がぬよう魔獣の横を状況を見ながら遊撃し、ただしリーチが長いエルネスタには周囲に雑魚の湧きなどがないかを俯瞰で監視してもらうために、少しだけ距離を空けてもらう。


 フレイたち後衛アタッカーはフレイヤの背後、離れた場所へ。


 ……つまるところ、特に変哲もない対ボス戦の基本陣形セットである。




 そんな陣形を取った中、調子のおかしな咆哮と共に、魔獣の禍々しい爪を備えた丸太のような腕が、霞むような速さでメインタンクであるリューガーへと振り下ろされた。


 ズンッ、という重々しい音と、盾で攻撃を受けたにもかかわらず、その足元の岩盤にヒビが入るほどの衝撃。


「ぐっ、ぅ……」


 攻撃を盾で受けたリューガーが、呻き声を上げる。そのHPを示すバーが、三割ほど目に見えてグッと減少した。


 ……強化しすぎだろ!?



 それを見て、思わず内心でツッコミを入れるクリム。当時の自分など、あの一撃だけでぺちゃんこになる自信があった。


 すぐさま回復魔法がフレイヤとラインハルトから飛んできて、彼のHPバーは元の長さへと戻ったが、そもそもあまり堅くないクリムや、今はHPが減少している雛菊などがまともに受けたらまずい類の減り方だった。


「君、よくあんなのを一人で倒せたね!?」

「いやいや、あんなん無理じゃろ、めちゃくちゃ強化されとるんじゃがー!?」


 ソールレオンの引き気味の声に、クリムがそんな訳あるかと怒鳴り返す。


 まさかソロ討伐されたのが悔しくて、思いっきりテコ入れしたんではなかろうな、と内心で運営に文句を言うクリムなのだった。




 ……だが、基本は変わらない。


 高い身体能力から繰り出される破滅的な威力の攻撃と、もともと鋼のようだったが更に堅くなった強靭な毛皮による防御。

 しかし基本的な能力こそ高いが搦め手などはあまり無く、このままいけば落ち着いて捌いていけば問題は無い。



 ……と、そう思った瞬間だった。




『――グゥルア゛ア゛ア゛ア゛ア゛アァァッ!!?』


 血の泡混じりの咆哮と共に、魔獣の赤い毛皮に黒くのたうつような紋様が現れて、さらには魔獣の足元に、禍々しい赤黒い魔法陣が浮かび上がったのは。


「魔法!?」


 あまりに似つかわしくない外観の魔獣が魔法を使用したことに一同が驚愕の声を上げる中で、魔獣の周囲に外に向かって流れるように、赤く波打つ攻撃予測線が表示される。


 ――距離減衰型のフィールド全範囲魔法!


 それを見た皆が、咄嗟に後退する。

 直後、魔獣から広がった漆黒のドームのようなものが、洞窟内を全て飲み込んでいった。





「えぇい、行動パターンまでめちゃくちゃ強化されとるのじゃがー!? 皆、無事じゃな!?」


 憤慨しながらも真っ先に飛び起きたクリムの呼びかけに、同じく起き上がってくる皆の返事が返ってきた。

 ざっと確認しても、ライフがゼロになったメンバーは見当たらない。


「回復、いくよ! 『エリアヒール』!」


 フレイヤが、広範囲治癒魔法を唱え始める。だが、それより一瞬早く動いた者が居た。メインタンクである、リューガーだ。


「……『フラッシュ』!」


 一瞬で発動する神秘魔法の初期魔法『フラッシュ』……対象の目を一瞬くらませ、ヘイトを上げる魔法が彼から放たれた。


 魔獣が眼前に突然炸裂した光に目を抑えた直後、皆の全身が淡い緑色の光に包まれる。


「「……『朧薙』!」」


 範囲回復が発動しHPの回復が始まった瞬間、盾役であるソールレオンとリューガーの二人が、突進系戦技で離れてしまった距離を再度詰める。


「……『ナハトアングリフ』!」

「……『臨』!」


 それに追従するように、ワンテンポ遅らせてクリムと雛菊も魔獣へと急接近した。これは、全体範囲魔法直後にヘイトリセットが行われている可能性があるために、あえてワンテンポ遅らせているのだ。


 なんにせよ、魔獣の立ち位置は変わらぬままに、ヘイトはガッチリとリューガーが握っている。その安定感は幾多の修羅場を潜っている熟練兵の頼もしさを感じられた。


「ソールレオン、次は我に任せるのじゃ!」

「……分かった!」


 対処手段はある。

 クリムはそのことを確認しソールレオンに告げると、改めて魔獣へと斬りかかるのだった。


 どうやらこの『墜ちた魔獣』は、HPが75%を切るとこの真の姿となるらしい。

 闇色のエフェクトを纏い苛烈さを増した攻撃をギリギリで躱しつつ地道にダメージを重ねながら、そんな考察をする。




 ……なるほど、殺された恨みから、何か呪いのようなものを獲得して蘇ったのか。いわば眼前の魔獣は、祟り神のようなものなのだろうな。


 すっかりと悪魔のような形相へ変貌した魔獣の様子に、クリムが独りごちる。

 完全に理性の消失した目を見るに、知能が残っているようには見えない。

 おそらく魔法を使ったのは纏っているなのだろう。



 ――だがしかし、



 そんな湧き上がる疑問を、今はそんな時ではないと首を振って頭から締め出して、眼前の脅威に視線を戻す。


 そこでは今まさに、再度魔獣が魔法を放とうと準備を始めたところだった。




「――スタンバレット!!」


 親指の人差し指で銃の形をとったクリムの指先から放たれた、闇色の弾丸……深淵魔法、最初期魔法『スタンバレット』だ。


 無詠唱で即時放てる一方で、リキャストは30秒とやたら長いこの魔法。


 効果は一瞬だけ相手の動きを完全に止めることのみ。

 だがしかしその発動率は、状態異常を受けるたびにそれに対しての耐性が上がっていくボスモンスターでさえも、三回程度ならば完全に入るくらいに極めて高い。


 スタンを受けたことで、発動途上にあった魔獣の魔法が発動を停止する。


 ――よし、止まる!


 稀に特殊耐性持ちで全く効かない相手が居たりするが、今回はそうではないらしい。


「皆、範囲魔法はあと二回、我が止める!」

「よし、物理攻撃に気をつけて、攻撃に専念しろ!」


 クリムの発言を受けたソールレオンの指示に、皆の攻撃が激しさを増す。


 戦っているうちに、その攻撃の全容は大体見えた。

 中でも厄介だったのが、後衛一人を目掛けて振り下ろした爪から斬撃を飛ばしてくる技。

 それが、結構な頻度で放たれて後衛が攻撃するのを阻害していたが……射線上で誰か別の者が被弾したら消えることが判明してからは、堅牢なフレイヤかエルネスタが射線に割り込むことで容易に対処可能となった。



 ……そうしてもう二度ほど範囲魔法を妨害し、ジリジリと削り続けた魔獣のHPがレッドゾーンに突入した、その時だった。



『グルゥゥヴヴ……ッッ!!』


 これまでとまた様子の違う唸り声を上げた魔獣が、猛烈な闘気を周囲に放出しながら両手を組んで握り締め、頭上に構える。

 同時に、メインタンクであるリューガーの周囲に、四方を囲むような攻撃範囲予測が表示された。


「頭割り攻撃だ、前衛は集まれ! 後衛アタッカーはそのまま手を緩めるな!!」


 頭割り……一人ならば数回は死ねるダメージを受ける強力な攻撃を、範囲内に居る皆で分かち合い耐え凌ぐタイプの特殊な攻撃だ。


 ソールレオンに言われるまでもなく、皆ヘイトを取っているリューガーのもとへ集まり、各々の武器を構えて衝撃に備える。

 また、フレイヤからは、範囲ダメージ軽減である神秘魔法80『セイクリッドウォール』の魔法が皆の周囲に展開され、ラインハルトは相手の攻撃終了のタイミングを予測して、すでに回復魔法の準備をしている。


 その間、皆が一か所に集まった今がチャンスとばかりに、誤射の可能性も考慮して控えていた強力な魔法まで使用しひたすら魔法を放ち続けているフレイと、撃ち続けているリコリスとシュヴァル。


 その猛攻に、魔獣のHPは今まで以上に削れるペースが上がるが……だがしかし、倒し切るまでには至らない。


『ォオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オッッ!!』


 憤怒の声と共に、魔獣が貯めに貯めた力を解放し、爆発して集合している皆へと振り下ろされる。



 ――ズ……ンッ!!



 洞窟内を震わせるほどの衝撃が、叩きつけられた。


「ぐっ……!」

「うわ!?」

「きゃあ!?」


 あまりに重い衝撃に、思わず漏れる皆の悲鳴。頭割りに参加した皆のHPが、ぐっと激しく減少する。

 本来ならば全員で受けるはずのところを、攻撃に人員を残すために少数で受けたため、そのダメージは甚大で……特にHPが脆い雛菊など、イエローを通り越してレッドゾーンに突入した。だが……それも一瞬のこと。


「……『リザレクション』!!」


 直後ラインハルトから放たれた回復魔法90『リザレクション』の眩い光。その上位範囲回復魔法によって、減ったHPは皆安全域まで持ち直す。


 そして……今、渾身の一撃を放った直後の魔獣は、無防備を晒していた。


「クリム君!!」

「言われんでも!!」


 そんな隙を見逃すようなクリムとソールレオンではなく、二人はすでにその腕を駆け上がり、魔獣の頭上へと躍り掛かっていた。

 また、地上では二人に僅かに遅れたものの、すでに腰だめに居合いの構えを取っている雛菊の姿。


「……『ギロティン』!!」

「……『スマッシュブレード』!!」


 重力加速も乗せて上空から降り注ぐ、クリムの大鎌とソールレオンの二刀の剣閃が交差する。そして……


「……『列』、ですッ!!」


 下から、身体を独楽のように回転させて掬い上げるように放たれた雛菊の神速の居合斬りが重ねられた。


 上下から同時に放たれた強烈な斬撃は、狙い違わず魔獣の首へと襲いかかり――


『ガ、ァ……!?』


 その硬い筋肉と毛皮に覆われた首の、八割方をズタズタに引き裂き、断ち切った。

 状況が飲み込めない様子の凶獣は……そのまま、大きな地響きを上げて洞窟内に倒れ伏し、もはや起き上がることなく残光へと還っていったのだった――……






『エリア【シュヴァルツヴァルト】のボス【墜ちた魔獣】が、初めて討伐されました』






【後書き】

 完全一人称視点のFF14と考えた場合、死ぬほど難しそう。

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