初配信

「ええと、マギウスオーブのセットはこれでOK? そか、これでいいのか。うん、分かってる、演技は躊躇わずに尊大に、自信たっぷりに、だよね」


 リュウノスケにもう何度目かの確認を取りながら、リビングのテーブルに置かれたマギウスオーブを、そわそわと心配そうに、しきりに配置し直しているクリム。

 それが終わると今度は手持ち無沙汰になったのか、今日は珍しくフレイヤにきっちりセットされ、両耳後ろ、両サイドにひと掬い三つ編みが追加された髪を玩ぶ。


「うう、緊張する……あれ、挨拶ってなんだっけ。あ、『Adyyjaアディーヤ』ね。これって元ネタ何……え、昔のゲーム。へぇ。それで、開始は……え、二十秒後? 急過ぎない!?」


 クリムは慌ててカメラ正面の指定位置に移動すると、服装は大丈夫か最終チェックを始める。


「えー、こほん。3、2、よし」


 自分できっちりカウント取ったクリムが、カメラの前で外套を翻すスタンバイをする。そして……





「……アディーヤこんにちわ! よく来たな人間ども、我はクリム=ルアシェイア! このギルド『ルアシェイア』の主人である!」


 ばさりと真っ赤な外套を翻し、堂々と胸を張って手は胸に。目線はカメラと事前にリュウノスケに受けた指導を意識しながら、ドヤァと不敵な笑みを浮かべてみせる。


 チラッと見る来場者カウンターは配信開始直後にしては意外に多く、それも少しずつ増えてきている。未熟を言い訳にして、時間を割いてくれた彼らをガッカリなどはさせたくない。


 これはゲーム中の配信機能を利用した、クリムの人生初の、ライブ動画配信。もはや始まってしまった以上は引き返せないと、ここで腹を括る。


「……本日は数あるライブ配信から、我らがギルド『ルアシェイア』の所に御足労いただき嬉しく思うぞ。お主らには感謝なのじゃ!」


 ひとしきり挨拶を終えて、こっそりと視界中央付近に配置したコメント欄をチラ見する。



 コメント:これ、明らかに準備中だよな?

 コメント:放送事故?

 コメント:でも初々しくてすこ。

 コメント:っと、始まったみたいだな

 コメント:可愛かった。

 コメント:ポテトちゃん来たーー!

 コメント:可愛い

 コメント:始まった、可愛い

 コメント:クリムちゃんね、覚えた

 コメント:あ、あでぃーや?

 コメント:あれ、これさては本人気付いてなかった奴だな?

 コメント:アルビノ吸血鬼のじゃロリとか情報過多w

 コメント:可愛いからいいんだよ!



「か、可愛……っ!?」


 すでにたくさん流れ出している、予想外の好意的なコメントの数々に、クリムが思わずビクッとなる。



 コメント:かわいい

 コメント:かわいい

 コメント:今コメント見たな、かわいい

 コメント:たまにチラッと覗くちっちゃな牙ほんとかわ

 コメント:照れてるw

 コメント:ポテトちゃん可愛いよ!



 続々と流れていく『かわいい』コールに、ただでさえ緊張状態にあったクリムの頭から、段取りが吹き飛ぶ。

 あわあわと狼狽える中に、見捨て置けぬ言葉を見つけ、時間稼ぎにこれ幸いと食らいつく。


「ポテトちゃんではない! たびたび気になっておったのじゃが、なぜ皆、我のことを『ポテトの子』とか『ポテトちゃん』とか呼ぶのじゃ!?」



 コメント:ポテトちゃん涙目w

 コメント:必死w

 コメント:叫び声がかわいいよポテトちゃんw



 更にヒートアップするコメント。ぐぬぬ……と歯軋りしている間に、どうやら急遽リュウノスケが用意してくれたらしいカンペが、視界端にチラッと見えた。


「……はっ! こ、こほん。本日は、我らギルド『ルアシェイア』発足記念の挨拶に、ほんの少しだけこの場所をお借りしたのじゃ。あとはいくつか質問もしくはリクエスト……という感じでやっていくぞ」


 概ね好意的なコメントに安堵しつつ、当たり障りなく話を進めていく。


「それでなのじゃが、リクエストの方は三件までとさせてもらう。なんせギルド結成の挨拶ゆえ、あまり長い枠を取ってないからの。というわけで、何があればコメントではなくメールのほうにお願いするのじゃ……って早!?」


 説明もそこそこに、ポーン、というメッセージの着信音。やや面食らいながらも開くと、そこには……


「……うわぁ」


 思わず、演技も忘れて素の声で呟く。



 コメント:クリムちゃんドン引きw

 コメント:何送ったんだw



「えーとじゃな、そのじゃな……読み上げればいいのかの? では失礼して……『雑魚って罵ってください。できればゆっくり三回、マイク傍で囁くように』……初っ端からこれとか、大丈夫か主ら人間種ども?」



 コメント:(笑)

 コメント:大丈夫じゃない問題だ



「そもそも、こんな年端のいかぬ女子に雑魚となじられて嬉しいのか主ら? ……そうか、嬉しいのじゃな……そうかぁ……」


 コメントに乱舞する「嬉しい」の嵐に、クリムは遠い目をして考えるのをやめた。大人って大変なんだな……とむしろ優しい気分ですらある。



 コメント:ガチ憐みw

 コメント:ああ、くりむちゃんが遠い目に……

 コメント:初手ドン引きとかおまえらヤバ過ぎだろw



 だが、やると言った以上は、センシティブなどで規約に触れない限りはなるべく期待に応えねばなるまい。

 そう決心しグッと頷くと、配信装置である卓上のマギウスオーブを両手で持ち上げて、口元へと寄せる。


「では……行くぞ?」


 そう宣言し、すう、はぁ、と数回深呼吸した後、マギウスオーブへと口を寄せてそっと囁く。


「……ざーこ、ざーこ、ざぁ〜……こっ?」


 ――瞬間、コメント欄が、止まった。


 何かマズかったろうかと、途端に狼狽し始めるクリム。


「こ、これで良かったかの? やってみると本当恥ずかしいのじゃが、満足してもらえたじゃろうか……?」



 コメント:最高です

 コメント:待ってヤバい召される

 コメント:天使か。いや吸血鬼だった。でも天使だ

 コメント:ウィスパーボイス助かる

 コメント:唇のアップこれはえちちですわ

 コメント:チラチラ覗く可愛い牙これは間違いなくセンシティブ

 コメント:三回目の吐息部分の色気ヤバい、達する



 先程の沈黙が嘘のように、今度はクリムの動体視力でも追いきれない速さでドッと流れ出したコメント群。

 そのほとんどは好意的なものであり、どうやら満足してもらえたようでホッと安堵の息を吐く。


「それじゃ、次は……」


 そう、新たなメールを開くクリム。

 そこの文面に目を走らせ……みるみる、その顔が真っ赤に染まっていく。


「だ……ダメに決まってるじゃろ!? 馬鹿か、お主ら馬鹿なのか! バカなのじゃな!?」


 真っ赤になって、きつく自分の体を抱きしめるように、起伏の少ない胸部と、全身きっちり着込んだ衣装の中で唯一素肌の太ももがチラチラ覗くスカートの下腹部分を手で押さえるクリム。


 その様子だけで、視聴者にはもはや何が書かれていたのか明白だった。



 コメント:あぁ〜この若干涙声の罵声が心地良いんじゃぁ〜

 コメント:これは間違いなく事案。

 コメント:声がね、ほんと良いの。脳が溶ける。

 コメント:このピュアっぷりと初々しさ、クセになりそう



 真っ赤になって恥じらうクリムを燃料に、更に加速するコメント群。

 その様子に、クリムは視聴者が居るであろうカメラの向こうをキッと睨みつけるが……再び「かわいい」で埋まるコメント欄。

 クリムにとっては甚だ心外ではあるが、全くの逆効果であった。


 ――というか、いつの間にかもの凄く人増えてない?


 配信開始時からいつのまにか五倍以上に膨れ上がっている視聴者数に、戦慄を覚えるクリムだった。


「つ……次じゃ、これでラストじゃからな!?」


 僅かに震える声を叱咤して、上から三番目のメールを開封する。


「えぇと……『何才ですか?』……良かった、今度は普通じゃな。年齢は十四……あ、いや、もう十五に……ん、なんじゃ?」


 当たり障りない質問にホッと安堵しながら、気楽に答えてしまうクリムだったが……カメラの向こうで、リュウノスケがやけに慌てていることに首を傾げる。

 そんなリュウノスケは、新たなカンペを用意して、クリムのほうへと見せてきた。


「……っ!? しまっ……無し、今のはナシじゃ!! 我は今年でもう齢百五十歳の大人な吸血鬼じゃ、良いな!?」



 コメント:なん……だと……

 コメント:ガチ違法ロリババア……?

 コメント:今までセクハラ発言してた視聴者さん通報しますね^^



 騒然となるコメント欄に、あちゃあ……と両手で顔を覆う。

 年齢バレは痛いが……かと言って、今更どうなるものでもない。

 ちょっとウザ絡みが増えるかもしれない心配はあるが……まぁ、今のクリムとリアルの紅を結びつけるのも無理だろうと気を取り直す。


「良いな、我は百五十歳の大人な吸血鬼。くれぐれも間違えるでないぞ!?」



 コメント:了解

 コメント:くりむちゃんはおとな、覚えた。

 コメント:こちらのログには何も残ってません!



 特に指示せずとも訓練されたコメントに、これでよしと頷く。


「本当は、ギルドメンバーの紹介もしたかったのじゃが、今は情報を極力秘匿する時期ゆえにまた今度な。次にこうして会うのはギルド対抗バトルロイヤル後になるが、それではまた会おうぞ、視聴者諸君!!」


 そう言って締めの言葉まで語り終え、撮影中のマギウスオーブを外套で包み込む。それを合図としてリュウノスケが撮影完了したのを確認し……


「はぁぁああ……つ、疲れた……」


 崩れ落ちるように部屋の隅のソファに倒れ込むと、そう肺から絞り出すように、安堵の息を思い切り吐き出した。


 ……心のどこかで、ダイレクトに視聴者の反応が返ってくる先程の時間が、予想外に楽しかったという感情も同時に抱きながら――……

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