魔王クリム=ルアシェイア

作戦会議

 ギルド結成から、早数日が経過したある夜。


「君たちに、一つ提案がある」


 鍛錬から帰り、皆でギルドハウスのリビングでくつろぎながら戦術の打ち合わせなどをしていた時……不意に挙手し、そう告げてきたのはリュウノスケだった。


「ん、何、リュウノスケ?」

「領土の登録と同時に、動画配信機能と、それに連動して観客からの人気でギルドを成長させるために必要なポイントが獲得できるようになったのは覚えているよな?」

「まあ、うん。公式のチャンネルだと凄い勢いで動画出てるよね」

「そうだ。そして、オレらもそろそろ何か打って出たいとこなんだよな、せっかくこう個性の強いメンバー揃いなんだから」

「それは……確かにね」


 皆、珍しい種族が偶然集まったこのギルドは、人数は少ないが見た目のインパクトはある。

 さすがにこれを利用しないのは勿体ないと、クリムも思っていたが……クリムはあいにくと、そうした動画配信の知識には疎く、言い出せずにいたのだ。


「ちなみに……君たちの中で、最も華のあるのは誰だと思っているか、皆の意見を聞かせてほしい」


 華……雛菊もリコリスも眼に入れても痛くないほど我がギルド自慢の可愛らしい少女たちであるが、華があるとなると、真っ先に浮かぶのはフレイヤだろうか。


 サラサラと絹糸のような金の髪に、神秘的な緑の目を彩る長い睫毛と形の良い鼻梁と艶やかなピンクの唇。

 華奢でありながら、女性としての魅力は慎ましくもはっきりと主張している肢体。


 という訳で、クリムは自信満々にフレイヤを推そうと顔を上げたのだったが。


「……え?」


 全員と、目が合う。

 皆の視線が、満場一致でクリムを指していた。



「いや、いやいや、なんで私!?」

「今更何言ってるんだ、専用スレッド立ってるくらいの人気者が」

「私もぉ、クリムちゃんが一番映えると思うなあ」

「私もそう思うです!」

「その……同じくなの……」


 なんと、満場一致。

 皆の熱い視線が集中し、クリムはひくり、と頬を痙攣らせた。


「そう、こいつはとても可愛い、正直画面映えするんだ! だが……いまいち口調というか、キャラがパッとしねえ!!」

「……おーけー、リュウノスケ、そこ動くなよ」


 クリムがいそいそと、ツッコミ用に買い込んだ『絶対にクリティカルしない』エンチャントが掛かっている投擲ナイフを取り出して構える。


 そんな目の据わったクリムから目を逸らし、話を続けるリュウノスケ。


「ちなみに、現在最強と目されている『北の氷河』のギルマスがこうだ!」


 そう言って彼は、一枚の動画を再生した窓を皆に見せる。




『……人気? 関係ないね、私は全ての好敵手を私の足元に跪かせるだけさ。そうして、自らの最強を目指し証明してみせよう』


 それは、公式の注目ギルドに対して行なっている突撃取材からの切り抜きらしい。


 どこかで見た覚えのある角を持つ銀髪の青年が、そう言って、関係ないねと言いながらバッチリとカメラに向けたポーズを決め、髪をかき上げたりもしながらインタビューを受けていた。




 ――先日会ったあの黒服の男じゃないか。


 あまりにキャラが違うことにクラッと目眩を感じながら、そんなことを思い出す。


 だがしかし、確かな自信を感じさせるその様子にはどこか一概に笑い飛ばしがたい雰囲気もあった。



 だが……そんなことよりも、元がクッソ美形なだけに、クリム、フレイ、リュウノスケの三名はあからさまに「イラァ……っ」という雰囲気を醸し出していた。


 一方で……のほほんと笑っていていまいち何を考えているのか分からないフレイヤはさておき、雛菊とリコリスの無垢な少女陣は若干ポーっと見惚れていた。イケメンおそるべし。




 ――イケメン死ねばいいのに。




 そう、クリムは真顔のまま、胸中で呟くのだった。




「……というわけで、恥とかそういうのをかなぐり捨てて人気……いや、ウケか? を獲りに来てるんだよ、他の注目されてるギルドは!」

「えぇ……」


 身体張り過ぎでしょ……そう、クリムは戦々恐々する。


「……ちなみに、一つ言っておくが。こうしたキャラ推しするうえで大事なのは、長所ではない。いや、もちろんあるに越したことはないがな。例えば戦闘が強いとか、歌が巧いとか。その点、君に関しては心配していない。だが……」

「……それよりも大事ってのは?」

「ああ、それよりも大事なのは……分かりやすい短所があることだ!」

「短所?」

「そう、完璧超人なんぞ見ててつまらん。逆に短所しかない奴なんぞ見ていてイライラする。だが……ふとした拍子に溢れでる短所、言い換えるとヘタれポイントが、視聴者は大好きなんだ!」


 そう、力説するリュウノスケ。こいつこんな奴だったかなと、クリムがポカンとしていると。


「ほい、クリム。ちょっと読んでみ」


 そう言って、フレイが何やら開いた本をクリムに渡してくる。

 思わず受け取ってしまったクリムが、その本へと視線を落とす。


「え、何、フレイ? えぇと……『初めに、神は天地を創造された。地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。神は言われた。光あれ』ってうわあぁぁああああッ!?」


 思わず、地面に叩きつけた。


「バッ、この、フレッ、このバッ……!?」


 その本……世界で最も売れたという本を、恐ろしいものを見たかのように、顔を真っ青にしてガタガタ震えながら、凝視しているクリム。

 罵倒しようにも、舌が痙攣したように回らず、ついには外套のローブを目深に被ってガタガタ震え出した。その姿に……


「……予想以上の反応だったな」

「後でちゃんと謝っとけよ……」


 さすがに、罪悪感からそんなことをコソコソと話すフレイとリュウノスケなのだった。





 夜遅いからと、雛菊とリコリス、そして夜更かしが苦手なフレイヤもログアウトした、部屋の中。


 残る三人は、未だにああでもない、こうでもないと議論をぶつけ合っていた。


「……いっそ俺っ子路線も考えたんだが」

「正直、儚げ、かつ可憐系の容姿してるコイツにはミスマッチですよね」

「おいこら可憐とか儚げとか言うな!」

「ぶっちゃけ、今のコイツの容姿に一番似合うのって、儚げ病弱美少女ですよ?」

「は? ふざけんな、ぜってぇやんねえからな」

「と、まあ、こんな調子で」


 もはや半分涙目になって二人を睨みつけながら、断固拒否の構えを取るクリム。


「まぁつまるところ、クリムはあんまり女の子っぽい口調は嫌なんだよな」

「そうだよ。儚げとかも私のキャラじゃないし」

「ならば……オレにいい考えがある」

「その言葉は嫌な予感しかしないが……言ってみろ」




「それは――のじゃロリだ!」




 沈黙。


「…………じゃ、そういうことで」

「待て、待て待て待て待て!?」


 しゅぱ、っと手をあげて、そそくさと退出しようとするクリムを、慌てて引き止めるリュウノスケ。


「やだよ! というか何中学生女子にやらせようとしてんだオッサン!!」

「いやいやいや、オレはお嬢様ムーブよりはマシだと思ってだな!」

「キャラの痛さだと、どっちもどっちなんだよ!!」


 渾身の叫びを上げて、ぜぇはぁと荒い息を吐くクリム。

 とはいえ……確かに、ほぼ男言葉でいいのも確かなわけで。


「ほら、クリム。試しにさっきの動画のいけすか……ゲフン、クソムカつくイケメンに罵倒で返答するつもりで」

「えぇ……あとフレイ、全然訂正できてねぇよソレ」


 二人の必死な推しに、まぁ一回くらいはいいか……と諦めて嘆息する。


「仕方ねぇなぁ……んっんっ」


 数回咳払いして、脳裏に思い浮かぶ限り最も「イラッ」と来そうなのじゃロリの例を思い浮かべる。


 ……まぁ、これでいいか。


 身近に良い例があることに複雑な思いを抱きつつ、その言動をアウトプットする。




「――クク、ハハッ、愉快なことをのたまう奴じゃ……良かろう、この我、クリム=ルアシェイア様直々に、貴様を血祭りに上げ、本当の最強が誰なのかをその身に刻んで、貴様程度所詮はザァコ! なのだ! と! 身の程を弁えさせてやろうではないか!!」


 腕を組み、胸を張り、顎を上げて口の端を吊り上げ、斜め45°の角度から見下すように吐き捨てるクリム。


 その姿は……なんというか、非常に、様になっていた。




「よし、これだ。いいぞクリム、素晴らしいメスガキムーブだったぞ!」

「ああ、バッチリだ、正面から見ていてすげぇ殴りたかった、完璧だ!」

「お前らそれ褒めてるつもりなら一回精神科行けやぁ!!?」


 興奮気味に褒め称える(?)リュウノスケとフレイの二人に、今度こそ涙目のクリムが放った本気のナイフ投げが、二人の眉間に炸裂するのだった。

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