はじめての吸血
「ここは……」
クリムが目を覚ますと……目の前には、見慣れた天井。
「……帰ってきてたんだ」
ここ数日で、すっかり見慣れた離れの客室。
いまだ体に残る熱が魔獣との死闘に勝利したことを教えてくれるが、その後の記憶がプツンと途切れている。
どうやら気を失って、誰かがここまで運んでくれたのかと納得し、起き上がってベッドから降りようとした時――
「へぶっ!?」
床に着くはずだった足が空を切り、予想外の出来事に咄嗟に対応できなかったクリムが、顔から床に激突して変な声を上げる。
「ってて……いったい、何……が……」
あれ、何がおかしい。
座り込んだ自分の目線の高さくらいにベッドがある。このベッドはこんな高かっただろうか。
それに、部屋が妙に広い。いや、部屋が広いというよりは。
訝しげに、自分の手足を見る。
確かに元々小柄ではあったが……ここまで小さくはなかったはずだ。これは、まるで……
「な……なんじゃこりゃあああっ!?」
自分の姿を見下ろした先……そこに8〜9歳くらいの体型へとさらに縮んだ、ここまでくるともう小柄などという言葉では誤魔化せない完全な幼女姿の自分を認識し、絶叫を上げるクリムなのだった。
「……それじゃ、あんたは間違いなくクリムの嬢ちゃんなんだな?」
「はい……お騒がせしました……」
「親父、だから言っただろうが。こいつはクリム本人だって」
クリムの叫び声は、町中へと響いていたらしく、すぐにルドガーとジョージが飛び込んできた。
なんでも、魔獣を討伐したあの後すぐに、街の人たちが助けに来てくれたらしく……腰の抜けていたジョージと、その近くで倒れ伏していた
「ところで、その姿はいったいなんなんだ、なんで嬢ちゃんは縮んでいるんだ?」
「それは……」
当然の疑問だ。
そして、クリムは先程こそ取り乱したものの、理由は見当がついている。
「黙っていてごめんなさい。私は『ノーブルレッド』という種族……人間ではありません」
その特性は、摂取した血を使用して専用魔法が使用できること。
そして……魔獣との戦闘中に使用した『ブレイズ・ブラッド』の魔法によって初期に充填されていた血を全て使ってしまったため……いわば今の状態は、ガス欠なのだろう。
「私は、血を摂取しないと元の姿を保てない、元の姿を保つには誰かの血を貰わないといけない魔族です。気持ち悪いというならば、すぐに……」
「そんなん、関係ねえよ!!」
突然、ジョージがそんな大声を上げたため、クリムは驚いて目を瞬かせる。
「お前は、それでも助けに来てくれたんだろ……!」
そんな、涙まで浮かべてクリムを睨みつけるジョージと、静かに見つめるルドガー。やがて、ルドガーのほうが口を開く。
「そうだな。ジョージが言う通り、関係ねえよ。お前は俺の子供たちを助けてくれた恩人の嬢ちゃんで、それ以上も以下もない」
「そ、そうだぜ、助けてもらったんだ……人間じゃなかったからって……その、気にしねーよ!」
二人が、詰め寄るようにして強く主張する。
その様子に一瞬ぽかんとなるクリムだったが……すぐに、なんだかおかしくなって表情を緩める。
「うん、ありがとう、二人とも」
クリムは二人に対し、ニコッと屈託の無い笑顔を浮かべ。礼を述べる。
それを見ていた二人が、何故かしばしボーっとしていたことに……なんだろうと、クリムは首を傾げるのであった。
「……ゴホン。さて、後の問題は嬢ちゃんのその姿だが。血が足りねえってことは、吸えば戻るのか?」
「……多分」
内心でぎくりとしながら、渋々と肯定する。
「んじゃ、さっさとやっとくか。コップでいいか? それとも直接噛みつく必要があるのか?」
「い、いえ、特にそういう制限は……」
「なら、コップで良いな」
「あ、俺がやる。元はというと俺のせいなんだ、こんくらいの礼はさせてくれよ」
そう言って、何故か止める暇もないほど躊躇いなく自分の手首を切り、器を満たすジョージ。
その器に注がれた真紅の液体を見て、ゴクリと喉を鳴らす。
……『ノーブルレッド』の本能なのか、器に満たされた真っ赤な液体が、とても美味しそうに見えてしまう。
だがその一方で、過去、幼なじみを傷つけてしまったトラウマが蘇り、嫌な汗がじわりと額に滲む。
「あの……私、前に言った通りベジタリアンで……」
「そうは言っても姉ちゃん、その姿のままでいいのかよ?」
「うぐっ」
回復薬で、先程切った手首を止血していたジョージの突っ込みに、クリムは言葉に詰まる。
――それは困る。さすがに手足がこう小さくては、ろくに戦えもしないだろう。
「だからほら、目と鼻塞いでグッといっちゃえよ」
「う、うぅ……」
――ええい、ままよ。
クリムは覚悟を決めて……ジョージの助言通り目を瞑り、鼻を塞ぎ、一息に飲み干すのだった――……
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