『Destiny Unchain Online』


「ふんふん……なるほど、こういう世界観なのか」


 手元に開いたウィンドウで、アーカイブから再生していたゲームのオープニングを改めて確認しながら、紅が呟く。




 ――ゲームのプロローグ部分の内容を、頭の中でざっと整理する。


 遥か昔、人と魔が相争う戦争の覇者となり、大陸を支配していた巨大な帝国。


 しかし、そんな強大な力を持つ帝国もやがて支配力にかげりを見せ……時の皇帝が民衆の革命により討ち倒されたことで崩壊したその時から、三十年の月日が流れた。


 それまで大陸全てを支配していた巨大な国家体制が崩壊したことで起きたのは……次の覇を競う群雄割拠の時代。

 当初跡を継ぐと思われていた革命の旗手たちは、お互いの見解の相違から分裂。そのため頭を失った世界は、長き騒乱の時代へと突入した。


 ある者は、行く末に迷う民のため。

 ある者は、己が力を誇示せんがため。

 ある者は、新たな秩序の守り手を志したため。

 ある者は、己が欲望を満たすため。

 ある者は、自らの信仰を世に広く伝えるため。


 我こそがと声を上げた者たちによって、毎日新たな国が何十と誕生し……また同時に何十と消えていく日々が続き、疲弊していく世界。


 やがて有力な勢力は揃って共倒れとなり、いつしか小康状態となった世界では束の間の平穏が数年続いた……そんな中でプレイヤーたちは、この世界へと降り立ったのだった。




 ――と、そんな話だったわけなのだが。


 スタート地点として降り立った森の中で……どうやら何者かの墳墓ふんぼらしきその遺跡の塀に座り込みながら、紅は世界観への感想を呟く。


「……なんていうか。皇帝、倒しちゃダメだったんじゃないのかなぁ、これ?」


 結果論ではあるが、帝国が存続していた時のほうがよほど平和だったように思えて、紅は頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。


 ただ……一つ、わかったことがある。



 完全スキル制という、プレイヤー間戦闘PvPあるいはギルド対抗戦GvG向けなゲーム構造。


 どこを見てもまともに機能していない統治機構。


 マップを見る限り、やけに大量に分割されている、エリア判定。


 そして……まだどこも埋まっていない、エリア所有ギルド欄。



 群雄割拠の戦乱の時代であるというバックストーリーを考えると、もはや他には考えられない。


「つまりこれは……プレイヤー間で、『国取りゲーム』をしろってことなんだな」


 中々にハードな仕様だ。プレイヤー間で優劣を付ける戦闘に忌避感が強い日本において、ずいぶんと強気な勝負に出ていると思う。


 だが……嫌いじゃない。


 そうと分かれば話は早い。

 何も積極的に対人戦を挑みたいわけではないが……たとえ小さくても、自分と仲間たちの国、一国一城の主というのは、かなり惹かれるものがある。


 そのためには力を付けて、仲間を集めなければならない。


 幸い……というのもなんだが、ログアウトできないために現実世界のことを気にしなくても良くなった今の紅には、時間がいくらでもある。


 先程まで途方に暮れていたのはなんだったのか、目標を得た紅の目は、活力に満ちて輝いていたのだった。





 ……と、いうわけで。


 ログアウト不可、始まりの街じゃない、女の子の体になっていた、の三重ショックから立ち直りはしたものの、新たな問題がまた一つ。


「さて、やりたいことは決まったけど、これからどうしたら……」


 暇なため、体の動作チェック代わりに崩れた柱や壁の上を飛んだり跳ねたりしながら考える。


 てっきり街中からスタートすると思っていたら、あたり一面右も左も分からない森の中。

 これが街中ならばNPCに話を聞けばいいのだろうが、生憎と今はその話を聞く相手がいない。


 途方に暮れたまま、とりあえず公式サイトのフォーラムを眺め、情報を集めていたのだが……このまま現実逃避をしていても、どうにもならない。


 せめて太陽が見えていたら……と願っても、あいにくの太陽も見えない深い森の中。


「……詰んでない、これ?」


 しばらくの間、さてどうしたものかと考えていると……ピクリと紅の耳が動いた。


「……悲鳴、か?」


 不意に耳に入ってきた、切羽詰まっている人の声。

 それを耳にした紅は嬉しそうに、にまーっと相好を崩す。


「何もわからない状況だし……ま、ヒントがないまま彷徨うよりはマシだよね」


 厄介ごとが近寄ってきた気配に……紅はむしろ、嬉々とした様子で遺跡の屋根から飛び降りて、声がした方角へと駆け出すのだった。






『【疾走】スキルが1上昇しました(1/100)』


 視界の端に流れるメッセージ。同時に、微かにクンッ……と体から後ろに引っ張られるような加速感を覚える。


 体が軽い。


 手足の長さから何から変わったはずなのに、自分が思った通りに動く。下手をしたら、元の『満月紅』の体より動きやすいかもしれない。


 それはシステムの補正なのか、それとも別のなんらかの要因があるのか、紅には分からない。


『【疾走】スキルが1上昇しました(2/100)』


 だが今は、凄まじい速度で後方に樹々が流れていく光景に、若干テンションがハイになっているのを、ひしひしと感じていた。


「……見つけた!」


 やがて遠方の木の陰に、今まさに魔物に襲われんとする中年男性の姿が見えた。どうやらこの体は耳もいいらしく、彼が何かを喚いているのがよく聞こえる。


「くそっ、ツイてねぇ……っ!?」


 悪態を吐いているその男性。おそらく、うっかり凶暴な動物のテリトリーに踏み込んでしまったのだろう。

 追われていた彼は、迫るモンスター……今の紅の三倍はあろうかという灰色の熊から少しでも離れようと、尻餅をついたまま後ずさっていた。


 そんな状況下でも、なんらかの植物が満載された籠を大事そうに抱えているのを見ると……あれがどうしても必要なのだろうか。


 だが、そんな彼の眼前で、無情にも熊の腕が振り上げられる。

 男性はそれを目にして……直後、その命を刈り取るであろう魔物の爪から目を逸らし、ぎゅっと瞑る――……




「諦めんのはちょっと待ったぁッ!!」


 ここまで走ってきた勢いそのままに、紅は空中に飛び上がって体を捻り、今まさに振り下ろされんとした熊の腕を横から蹴り飛ばす。


 その衝撃で僅かに軌道がズレた爪は、虚しく男性の横の地面だけを引っ掻いた。


「……大丈夫ですか!?」

「は、ぁ……女の子!?」


 こちらを見上げた男性の驚いた声に、改めて女の子なんだなぁと実感し、紅は内心でがっくりする。


 が、今はそんな些末ごとを気にしている場合でもない。眼前のモンスターに対し睨み付け、全てのプレイヤーが強制習得する「調べる」コマンドを実行する。



 ――エネミー名は見たまんま、灰色熊グリズリー


 対象を『調べ』てみたところ、頭上のネームが毒々しいほどに真っ赤に染まったので――おそらくは『とてもとても強い相手』相当だろうと当たりをつける。




 レベル制MMORPGであれば、即座に絶望するところだが……


「……なんとかするしかないね」

「だ……ダメだ嬢ちゃん、構わず逃げろ!」

「って言われても、どこに行けばいいかすら分からないし……せっかくの情報元に居なくなられると困るんだよね!」


 先程の蹴りでこちらを警戒したらしく、紅の周囲、一定の距離を保ちつつ回っている熊。

 その動きに注意しつつ、手を眼前に掲げて、短かな呪文を詠唱する。


「『シャドウ・ライトウェポン』……!」


 詠唱完了と共に宙に現れた漆黒の短剣を、空中でキャッチする。


 影魔法30で習得する、影を凝縮した軽量武器を作成するこの魔法。

 最優先でこれを欲したのは……製作された武器の特徴として、攻撃力が術者の魔力に依存するらしいからだ。


 そんな得物の感触を、何度か持ち替えたり振ったりして確かめた後、逆手に持って構える。

 それとほぼ同時に、周囲を歩き様子を窺っていた灰色熊も、弾かれたように紅のほうへと突っ込んできた。


「……速いな」


 現実の熊の走行速度が、だいたい時速60km/hだと言う。それにこの巨体。まともにくらえば、軽自動車に撥ねられるようなもの。


 どう考えても、初期ステータスの新米プレイヤーには荷が重いエネミーだ。


「けど……師匠あのクソAIに比べたら、全ッ然!!」


 突進の勢いのままに振りかぶられ、振り下ろされる丸太のような太い腕。

 だが紅は臆することなく、熊が腕を振り下ろすよりも疾くその懐へと飛び込んだ。


 その手にした小さな短剣が……鈍い感触を紅の手元に残すと共に、深い毛皮に覆われた熊の喉元へと、吸い込まれるようにして突き立つ。


「……はぁぁあああッ!!」


 そのまま、小さな少女の身体、その全体重を短剣に掛けるようにして……熊の喉から腹にかけて、一直線に切り裂く。


 空中で縦に一回転するように攻撃を放った後……両足で地面に円を描くようにして、素早く体勢を整え残心を取りながら、熊へと向き直る。


『……グル……ガッ……カッ…………?』


 喉から股間まで、縦一文字に光り輝くダメージエフェクトを刻まれた灰色熊が、呆然と自分の体を見下ろしながら、呻き声を漏らす。


 ――致命的な一打クリティカルヒット


 どう足掻いても絶命しかあり得ない傷を負った熊が、残るライフを無視して死亡判定が下され、地に崩れ落ち、砕け散る。


 後には、撃破されたユニットが残す光の砕片……残光リメインライトだけが残った。


「……ふうっ、こんなものか。そこの人は大丈夫?」


 紅が振り返った先では……商人と思しき姿をした人物NPCが、ポカンとこちらを見上げていたのだった――……





 ◇◆◇


【疾走】

 全力疾走時に、スキルレベルに応じた移動速度システムアシストを得るパッシブスキル。武器納刀中にのみ効果を得ることができる。

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