prologue
prologue 1 ギルドランク決定戦
満月が妖しく照らす、夜の森。
まるで何かに追い立てられるようにして、木々の間を縫うように、五つの人影が疾走していた。
「おい、どうするつもりだギルマス、これ絶対誘導されてるぞ!」
「分かっとるわ! でも他にどうしろと……うひゃあ!」
先頭を走る小柄な人影が、その可愛らしい少女の声に似つかわしくない乱暴な口調で半ば自棄っぱちに怒鳴り返したところで……その頭を掠めるように、火の玉が追い越していった。
「ひぃん、足遅くてごめんなさぁい!」
「気に病むな、向こうはそれを織り込んで作戦をキッチリ立ててきてるんだ!」
「そうじゃ、それよりも足を動かせ!」
やや遅れている女性の声を励まして、隣を走る青年の声と怒鳴り合いながら走っていると……急に、視界が開けた。
切り立った崖に囲まれた袋小路、正面から迫るのは、中央にそびえる巨大な岩塊。
「くっ……お前たち、あの陰に逃げ込め!」
たとえ悪手であっても、他に術はなく。
先頭を走る小さな人影の指示に従って、岩陰に飛び込む五つの人影。
だがしかし……それはすぐに、後を追ってきた人影によって、瞬く間に包囲されてしまうのだった。
―― フルダイブVR大規模多人数同時参加型オンラインRPG『Destiny Unchain Online』
すっかりと記憶も風化した感のあった『Worldgate Online』……その制作スタッフの一部が新参入のベンチャー企業に集い、開発が進められたことで話題となった、その新作VRMMORPG。
その最大の特徴は……レベルというシステムが、完全に廃されたこと。
決められた熟練度の上限内で取得スキルを選び、育て、自由なキャラ構成で育成していくという……ネットゲーム黎明期にあった、完全スキル制を採用していること。
そのため、先行して廃育成をしてもレベル差によるゴリ押しが不可能で、スキル構成……そして何よりも、プレイヤーの技量が物を言うハードな仕様のゲームとなっていたのだった。
「……崖上に二人、入り口に三人か……敵も全員ここに集合してる、完全に囲まれたな」
周囲の状況を覗き込んで索敵していた青年が、やれやれと座り込む。逃げていた側の者たちにとって、最悪だと言わざるを得ない状況だった。
「とうとう追い詰めたぞ『赤の魔王』……! 今日こそ、お前たちをそのランクから引きずり下ろして、俺たちの物にしてやる!!」
そう声高に、意気も軒昂に宣言し、包囲を狭めてくる敵ギルドのメンバーたち。
その非常に高い士気は、彼らがいかに今回のこの一戦……二週間に一度行われる、五対五で競い合うギルドランク決定戦に懸けていたかを窺わせた。
そしてそれは、ここまで緻密に誘導した手際や、執念すら感じさせるこちらのメンバーに対する事前調査からも滲み出ている。
「……だってさ。有名人は大変だねぇ」
「どうしよう、ここ袋小路で逃げ場が無さそうだよ?」
「ふん、ならば決まっておる……正面から、叩き潰してやるだけよ!」
名を呼ばれた少女がそう自信満々に宣言し、隠れていた大岩へと、片手の力だけでひらりと飛び乗る。
「くっ、ふふ、クハハッ! よくぞほざいたな、下等な人間共よ!!」
赤の魔王と呼ばれたその少女が、対外向けのロールプレイを貼り付けて、尊大な口調で言い放つ。
上位ランカーに与えられる称号……その中でも特に、最上位に位置する魔族系プレイヤーのギルドマスターに付与されるのが『魔王』の称号。
その中でも『赤の魔王』と呼ばれている人物……それは、やや小柄な少女だった。
真っ白な髪を靡かせる、大人しく座っていれば人形のように愛らしいであろうその出で立ち。
フリル多めな可愛らしいゴスロリ風装束の上から、紅蓮のマントを羽織っているその少女。
そんな少女が、大岩の上で腕組みして、真紅の目を夜の闇に爛々と光らせて哄笑を上げていた。
そこには……追い詰められた者の悲壮感などかけらも見当たらない。傲岸不遜なまでの、夜の王としての自信と威厳に満ちていた。
「良かろう、そこまで望むならばこの我、闇よりも昏き紅の主、
「奴は火耐性が低い! 総員一斉に放てぇ!!」
「るって……へ? って熱っづぅあ!?」
良さげな高さの岩に登り口上を述べている最中、容赦のかけらも無く放たれた無数の炎の矢。
「はぁ、はぁ……灰になるかと思った!! おい、フレイ、本当にこれで大丈夫か!? 本当に人気取れるんだろうな!?」
全身から煙を上げて、共に隠れていた青年へと涙ながらに詰め寄る。
「ははは、大丈夫だ。視聴者の大半が期待してんのは、可愛いお前がヘマをやらかしてアタフタしてるシーンだからな」
愉快そうにくっくっと笑っている、長い金髪を肩甲骨あたりで切り揃えた青年……フレイが、至極冷静に宣う。
しかし実際に、右下に流れているチャット欄……観戦者チャットには――
『撃ち落とされたwww』
『囲まれた状況で名乗りとかw』
『言ってやるな、くりむちゃんらしいだろw』
『赤の魔王様炎上して必死www』
と、おおいにウケている様子が見て取れた。
そう……この戦闘は、公式のチャンネルによって生配信されているのだ。当然、今の醜態も全て大勢の視聴者が観ている中でのこと。
近頃のゲームでは標準搭載されている動画配信機能により、視聴数と「いいね」の数によってギルドで買い物や機能拡張に使用可能なポイントが獲得できる。
……ちなみに、以前は収益化され、広告収入が入ってくるという例もあったらしい。
しかし、それが原因となって金銭をめぐるトラブルが頻発し、リアルマネーが関わる行為は全面的に禁止となったそうな。
そのため、人気を得ることはギルド対抗戦に勝つことと並んで大事なことなのだが……
「いやおかしいじゃろ……お主ら絶対『魔王様』ではなく『まおーさま』って呼んでるじゃろ……」
基本的に、VRMMOは感情表現が現実よりもやや誇張して表現される。
そのため悲哀をシステムがややオーバー気味に拾い上げ、半ば涙目となった可愛らしい少女の姿に、さらに盛り上がる視聴者たち。
「くぅ、我、魔王と呼ばれるトップランカーぞ、なんでヘッポコキャラで定着してるのか解せん……!」
「まあまあ、強くて可愛いクリムさんが、時々ヘッポコだから親しみやすくてみんな大好きなんですよ」
ニコニコと優しく笑いながら回復魔法で手当てしてくれているのは、先程の逃走中にやや遅れ気味だった少女。
傍らで肩を震わせている青年と同じく、金の髪をした少女……フレイヤが、のほほんと慰めてくれる。
「ただし……このあと、ちゃんとつよつよな活躍できたらですけどね、ギルマス?」
「くっそ、フレイヤまで好き勝手言いやがって……!」
違った。さらりと無茶振りをしてくる。
先程から火炎魔法による弾幕が張られている一方で、クリムは種族特性で火にとても弱いのだ。
こんな中、むざむざ出ていこうものなら、あっという間にこんがり上手に焼けてしまう。
かといって向こうの魔力切れを狙うにも、崖上の包囲はジリジリと両サイドに向け移動していた。
このままでは数秒後には、上から狙える範囲に入られてしまうだろう。
「はいはい、やればいいんじゃろ、やれば……!」
半ば自棄になり、自身の正面にその小さな両手を掲げる。すると、足下の闇が変化し、ねじ曲がり、やがて一振りの禍々しい大鎌へと変化していく。
――スキル『影魔法』と『変幻』
影を操作する『影魔法』で作り出した武器を、スキルレベル次第で好きに変化させる『変幻』で、巨大化させていく。
わざわざ武器を用意するのにスキル二枠使うため、不人気もいいところなこのスキルだが……しかし、クリムにはとあるアドバンテージがあったため、それを好んで使用していた。
そうして創り出したのは、真っ黒な闇で構成された、あまりにも巨大な大鎌。
限界まで鍛えた『変幻』の、限界の大きさまで肥大化したその大鎌を、クリムが全身を使用して大きく振りかぶる。
「二人とも、しっかり屈んどれよ……!」
一閃。
規格外の大きさの鎌が、一瞬で振り抜かれた直後……数秒遅れて、全周囲の物体がまるで風景写真を真ん中から切ったかのように、地上一メートルくらいの所からズレた。
慌てて屈んでみせた敵リーダーは流石だが……背後の二人は、反応が間に合わずに避け遅れた。
「くっ……障害物ごと真っ二つか、化け物め……っ」
「お主こそ……よくも、不意打ちしてくれたの。ちょっと我の衣装が焦げてしまったではないか」
ライフがゼロになり砕け散った、周囲の「仲間だったもの」である光の破片が舞う中で、ギリギリと歯噛みする相手のリーダー。
そんな這いつくばった体勢の彼を前に、クリムは精一杯の小憎らしい表情を浮かべて、改めて半分の高さになってしまった岩の上に腰掛けてみせる。
……ふんぞり返り、見下ろしながら。先程までの余裕がない様子など、まるで嘘だったように。
「それに……お主ら、我にばかりかまけておるもんじゃから、背中がお留守じゃな?」
スッとその目が細められた瞬間、クリムの雰囲気が、ガラッと冷たいものへと変化した。
ククッと笑いながら、スッとその小さな手を上げると……次の瞬間、周囲の崖上から二人分の悲鳴が上がる。
そこでは、新たな魔法を唱えていたはずの敵ギルドの後衛二人が落下し……地面に落ちる前に、無数の輝く砕片となって消えていった。
そのそれぞれの背後に佇むのは、クリムのギルド『ルアシェイア』メンバーの姿。
姿を隠し別行動を取っていた彼らが崖上に陣取っていた後衛を始末したのを、クリムは満足気に頷いて眺めていた。
これでもう、残る相手は目の前の一人のみ。
「バカな……お前たち、五人一緒に追い詰めたはず……!」
「あ、これか?」
安全が確保できたため、岩陰から出てくるクリム以外の人影が四人。
ただしフレイとフレイヤ、双子以外に残った二人は……全身真っ黒な、クリムと同じシルエットをしたのっぺらぼうだった。
「影魔法の分身よ。『
パチンと指を鳴らした途端、形を失って闇に溶ける人影。
それは、本来術者に追従し身代わりとして主人を攻撃から守る……防御魔法。
だが……先程、真っ先に姿を見せたのが術者であるクリム本人だったものだから、敵ギルドのリーダーはその可能性を考慮から外してしまっていた。
『うわ、防御魔法がブラフか、えげつねえ』
『弱点にあえて身を晒すとか、幼女の胆力じゃねぇ』
『くりむちゃんかしこい』
『たしかに夜ステージじゃわからんぞ、あれ』
観戦者チャットに流れる称賛の声に、ふふんと自慢げに胸を張る。
「というわけですまんな、ここまで皆、我の手の内じゃ」
ここまで追い詰められたのも、全て計算の内。
その光景を呆然と見つめる相手リーダーの首へ、そっと元の大きさ……それでもクリムの身長からすると身の丈を超える大きさの大鎌が、添えられる。
「……くっ、どうやらお前にだけ固執し過ぎたか、『赤の魔王』……っ!」
「まぁそうじゃな、我に対するメタ戦術はなかなか肝は冷えたがの。ではまた次の挑戦、待っておるぞ」
――ザンッ
小さな音を上げて、最後の一人であった敵ギルドのリーダーが地に崩れ落ちた。直後、他の仲間たちと同様に無数の輝くポリゴン片となって、宙に舞う。
――ギルド『ルアシェイア』 WIN!
ファンファーレと共に、眼前に踊る勝利を告げる文字。それを眺め……
「はぁ……望まれたキャラを演じて振る舞うのも、楽じゃないなぁ」
……実際のところ、全てが掌の上だなとというのは強がりで、今になって冷や汗がドッと溢れ出す。
カメラやマイクに拾われないように呟くと、クリムはようやく、肩の力を抜くのだった――……
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