ブランの記録――she was pure, and she became pure.

聖願心理

真っ白で、まっさらで、純粋な。

 私は、ブラン。感情を知るために作られたアンドロイドです。

 人間とアンドロイドのより良い共存のために、アンドロイド我々が感情を理解する必要があるという考えから、産み出されました。


 ブランという名は、私の初めての友人がつけてくれた名前です。



 ●



 初めての友人――薫は、私を産み出した研究所の所長の娘でした。


 私が動き出してから、しばらく研究所で最終調整をしたり、基礎知識を学んだりしていました。

 そして、ある日なんの前触れもなく、所長の家に連れて行かれました。


「薫、友人を連れてきたぞ」

「え? 急にどうしたの?」


 薫という名の中学生の娘がいることも、彼女と暮らして感情を学べと言われたのも、ここに来る道中でした。

 薫の様子から、彼女にも話をしていなかったことがわかりました。


「この子は感情を理解でき、上手くいけば感情を感じることもできるようになるはずのアンドロイドだ」

「父さんの研究の一環ってわけね。つまり、一緒に暮らして、感情を教えろってこと?」


 このような研究第一の父と長らく暮らしていたせいか、薫は所長の考えることをよく理解していました。

 所長も満足そうな表情を浮かべ、それ以上は何も説明しませんでした。


「それにしても、この子アンドロイドなんだね。ぱっと見、人間に見えるや」


 薫はそんなことを言いながら、私に近づいてきました。


「私は薫。あなたは?」

「私、ですか?」

「そう。あなたの名前を教えてよ。これから一緒に暮らすんだから」


 そう言われても困ります。

 確かに名前を教ええる必要性は理解できました。親しくなるには必要な手順でしょう。

 しかし、私には番号こそありますが、名前はなかったのです。


「ああ。すまん、薫。この子には名前がないんだ」

「は? じゃあ、なんて呼んでたの?」

「……完成版一号」

「ありえないっ! 完成したなら、名前くらいつけなよ」


 薫の声は今までより少し荒かった記憶があります。今思えば、これは『怒り』というものだったのでしょう。


「仕方がないじゃないか! みんなネーミングセンスがなかったんだから! それにこういうのって、初めての友人である薫が名前を付けてあげた方が、なんかいい感じじゃないか!」


 早口でまくし立てた所長を見て、薫は「わかったよ」と言い、溜息を吐きました。


 しばらく薫は考え、そしてこう言ったのです。


「ブラン、はどうかな」


 その名前は自然としっくりきました。


ブランですか?」

「うん。あなた、まだ何も知らない、真っ白なキャンバスみたいな状態なんでしょ? だから、白、純白なのかなって」


 そこまで告げると、薫ははっとした表情をしました。


「あ、流石に安直すぎだよね。嫌だったら、違うの考えるけど……」

「いえ、大丈夫です。ブランで構いません」

「そう? 本当に?」

「はい」


 由来を安直だとは感じませんでした。

 私の何も知らない、この真っ白な状態を、『可能性』と捉える感性は素晴らしいと思いました。


 しかし、このときの私はこれを上手く伝えることができませんでした。


 そんな私と薫の様子を見かねた所長がこんなことを言いました。


「ブラン、これが『嬉しい』だ」

「うれ、しい」


 これが初めて知った感情でした。


 名前をもらえて、嬉しい。

 一生懸命考えてくれて、嬉しい。


「名前をもらって、『嬉しい』。これが嬉しいってことなんですね」



 ●



 この日から、私と薫は多くの時間を共に過ごしました。


 薫の話から、感情を学ぶこともありました。

 薫の行動から、感情を学ぶこともありました。

 ドラマや映画、絵本を見て、感情を学ぶこともありました。


 そんな日常生活の中で、私に感情があったのかどうか、よくわかりませんでした。

 薫がどのように感じているかは、ほとんどわかるようになりました。

 このとき、こう感じるというのもわかるようになりました。


 でも、私が感情を持っているのかどうかは、わかるような、わからないような、そんな感じでした。はっきりしなかったのです。


 私に感情が芽生えていた、ということがわかったのは、ひとつのことがきっかけでした。

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