番外編1:麓の町の料理対決

「貴様かぁぁぁあああ! 吾輩のレシピを盗んだのはぁぁぁあああ!!!」


 旅から帰ったらちょび髭のおっさんにいきなり因縁をつけられました。こんにちは、高町みさきです。異世界に来たら一年中セーラー服を着る罰ゲームを実行させられている最中の不幸な三十路女です。どーも、しばらくぶりです。って誰に言ってんだろ?


「この方はたしか領主府付きの料理人でございましたね」

「吾輩の名はロー・サンジン。帝国東部でもきっての料理人よ! かつては皇都の料理大会でも3年連続準々優勝を果たし……」


 セーラー服君があまりにうるさいので、なるべく弱そうな瘴気領域の主を倒して麓の町に帰ってきたところなのだ。出迎えに来てくれたサルタナさんをさえぎって、ちょび髭がうだうだと自慢話を続けている。こっちは旅で疲れているので、用事があるなら手短にお願いしたいのだけれど。


「みさきさんが出場していたら、優勝間違いなしでしたね! なんたって、みさきさんは料理の聖女様なんですから!」


 ちょび髭の自慢話にふんすと鼻息を吐いて立派な胸をそらすのはミリーちゃんだ。信頼が厚いのはうれしいけれども、さすがにプロの料理人と対決して勝てるような腕前ではありませんよ。妙な挑発はやめてくだされ。


「なんだとぉぉぉおおお!? この帝国東部の至宝と呼ばれたロー・サンジンを侮るか!」


 いや、1ミリも侮ってないっす。侮ってないのでそこを通してもらってもよいでしょうか? つか、さっきから自慢の内容がいちいち微妙なんですがそこは突っ込むべきポイントなのだろうか。


「ぐぬぬ……それはともかく、本題だ。高町みさきとやら、貴様が吾輩のレシピを盗んだことは明白である。帝国法にのっとり、貴様を裁判にかけることとなった」


 裁判!? なんでいきなりそんな話になるんすか。レシピを盗んだとかさっぱり身に覚えがない話なんですけど。


「とぼけたところで無駄だ。吾輩の石パン煮込みのレシピを盗み、あまつさえそれを市井の定食屋などという下賤な店に売り渡したことはわかっているのだ!」


 ええー!? なにそれ。ぜんぜんおぼえが……ううん? そういえば、だいぶ前にレシピのアイデアを食堂のおばちゃんに話したことはあるな。レシピは思いつきで盗んだものじゃないし、引き換えに報酬をもらったりもしてないけど。あ、食べに行くとちょっとおまけしてくれるようにはなったか。


「ふふふ、語るに落ちたな。平民は三度の食事にも事欠くと聞く。吾輩のレシピを盗み、その報酬で食事代を浮かせていたのだろう」


 うっわー、なんだそのみみっちい設定は。こう言うとマウント返しみたいで大人気ないけど、武術大会の報酬はまだまだ余ってるし、サツマイモアヌームという特産品を持ち帰ったことでサルタナさんの商会からもボーナスをもらっている。言っちゃ悪いが、いまのわたしはなかなかの小金持ちなんやぞ。


『嬢ちゃんは盗みなんぞやっとらんのう。変なイチャモンつけとると、自分の格が落ちるで』

「なっ、その声はまさか!?」


 わたしの胸のあたりから聞こえてきた声に、ちょび髭が驚いている。くぐもって声が聞こえづらいので、襟元から商いの神殿の聖印を引っ張り出した。そう、先ほどの声はメルカト様である。何が面白いのか、南方連合での事件以来、こうやってちょいちょい絡んでくるようになったのだ。


『ロー・サンジンゆうんも知っとるやろうけど、わいは盗みをした者には加護を与えへん。妙な言いがかりはやめたりぃや』

「くっ……ではこの小娘は吾輩のレシピなど知らず、自分で石パン煮込みを作り上げたと言うのですか!?」

『まあ、そういうことやろうなあ。詳しいことは知らんけど』


 石パンを煮込むってそんなにすごい発想かなあ。誰でも思いつきそうなものだけど。まあ、このあたりの人は保存食ばっかりの食生活に慣れすぎたせいで、食事=マズイものを我慢して腹に詰め込むこと、と認識しているフシがある。料理を工夫して美味しくしようという発想に乏しいのかもしれない。


「ぐぬぬ……では石パン煮込みの件は忘れてやろう。だが、今度はこれだ! こんな醜い芋もどきを流行らせおって! 保存食にかける領主様の想いを踏みにじるのか!」

「ほう……当商会の商品に何かご不満がおありで……?」

「あ、え、いや、そんなつもりではなく……」


 あ、今度はサルタナさんがキレた。取ってくるのにも育てるのにも苦労した新商品を馬鹿にされては許せない、ということだろう。背後に黒いオーラを背負い出したサルタナさんにちょび髭がすっかりビビってる。うん、君は怒らせてはいけない人を怒らせてしまったようだぞ。


「それに、みさき様の料理の腕前を侮っておられるのも気に入りませんね。みさき様は当商会の保存食の改良にいくつもの助言をなさってくれているのですよ。領主府にこもって料理をされているだけの御仁と比べて、果たしてどちらが優れていると言えるものやら」

「もちろんみさきさんが上に決まってます! そんなに美味しい料理が作れるのなら、みさきさんの料理より先に広まっているはずですもん!」


 サルタナさんの煽りにミリーちゃんが乗っかる。あー、ちょび髭さんの顔が赤黒く変色して血管が浮きまくっているぞ。これは爆発するんじゃないか、物理的な意味で。


「ならば勝負だ! 高町みさき、貴様を吾輩の料理で打ちのめしてくれる!」


 ええー、なんすか、この料理漫画的な展開。勘弁してくれよ、とサルタナさんの方を見るとなにやらにっこにっこしている。あ、これ、サルタナさんの手のひらで転がされたやつだ。


 * * *


 ちょび髭との騒動から10日後。麓の町の広前に特設キッチンが設置されていた。街中の人が集まってるんじゃないかってレベルの大勢の住民に囲まれている。


「本日はご多忙の中、お集まりいただき誠にありがたいことにございます。告知させていただきましたとおり、本日の料理はすべて当商会の負担で提供を致しますので、みなさま遠慮なくお召し上がりください」

「「「うぉぉぉおおお!!!」」」


 サルタナさんの挨拶に、住民たちは予想以上のヒートアップを見せている。質素倹約を旨とする領主の政策のために、この街の住民は食事以上に娯楽に飢えているのだ。そんなところにこんなイベントを持ち込めば、大した催しでなくても盛り上がるということなのだろう。


「続いて、勝負の内容と勝敗の決め方についてご説明をさせていただきます。まず、料理のテーマは『アヌーム』。メインの食材にアヌームを使っていることが条件となります」

「「「うぉぉぉおおお!!!」」」


 いや、そこ盛り上がるところか? 何でもいいから騒ぎたいだけだろ、君たち。


「勝敗がみなさまが食べた皿の枚数で決定いたします。ですので、食べ終わった皿は所定の場所に戻していただけるよう、ご協力をお願いいたします」

「「「うぉぉぉおおお!!!」」」


 というわけで、ちょび髭との怨恨はちゃっかりサルタナさんの商売のだしにされてしまったのだ。現状、この街でアヌームを取り扱えるのはサルタナさんの商会だけである。


 アヌームは美味いのだが、人間というのは食について保守的なものだ。売れ行きは徐々に伸びてはいるものの、メジャーな食材としては認知されていないという状況である。たしか日本でサツマイモが作られはじめたときも、見た目が悪いといってなかなか広まらなかったと聞いた覚えがある。


 そこでサルタナさんが仕掛けたのがこのイベントだ。普段は平民向けに料理なんか作らない領主府付きの料理人と、なんか知らん間に「料理の聖女」の二つ名が広まっているわたしが対決するとなれば、退屈している住民たちは群がるだろうと読んだわけなのだ。


 ちなみに、二つ名といえば「双槌鬼そうついき」の方も順調に広まっているらしい。学術都市を中心に、「ラーメン双槌鬼」というラーメンチェーンが増えているのが原因だ。あのとんこつラーメン屋のおっちゃん、律儀なことに支店にわたしの名前をつけるという約束を守ってくれたわけだが……そういえば本名を名乗ってなかったわ。(※第七十話参照)


「本日は特別審査委員として商いの神メルカト様にお越しいただいています。メルカト様、一言ご挨拶をお願いできますか」

「おう、頼まれたで。今日の催しは商いの神殿も協賛や! 屋台にあるエールはわいらのおごりや。メシと一緒にたらふく飲んでな。そんで、わいらの太っ腹に感心したら、ぜひ入信したってや!」

「「「うぉぉぉおおお!!!」」」


 さすがメルカト様、こんなときでも信者獲得に余念がない。この世界にあまた存在する神様の中でもダントツの信者数を誇るだけはあるぜ。


「では、第1回領主府付き料理人対天突あめつく岩の料理の聖女、料理対決を開始します!」

「「「うぉぉぉおおお!!!」」」


 サルタナさんの開会宣言とともに、特設キッチン前に並べられた料理に人々が殺到する。すぐに提供できるよう事前に作り溜めはしておいたけど、これはガンガン作り足していかないとダメそうだな。


 ちょび髭の方を見ると同じ考えのようで、数人のスタッフに指示を出しながらさまざまな料理を作っている。本人はほとんど手を動かさず、指示出しに集中をしているようだ。


 アヌームのポタージュに、スイートポテトのようなお菓子。アヌームを細切りにして油で揚げたものの3品だ。あんなにアヌームを馬鹿にしていたのに、わずか10日で現代日本と変わらないような料理を仕上げてきたのはさすがプロである。


 前2者はともかく、最後のフライドアヌームはちょっと気がかりだな。ちょいとミリーさんや、あっちの料理を取ってきてくれるかい?


「わかりました!」


 わたしがお願いをするとミリーちゃんはよだれを垂らしながら向こうのカウンターへと走っていった。勝負とかすでに頭の中になさそうである。美味しいものに正邪なし、それがナチュラルボーン食いしん坊ミリーちゃんの生き様なのだ!


 ミリーちゃんが出かけている間にも、調理を続ける。向こうと違ってこちらは1品のみだ。四ツ足オークの燻製肉を薄くスライスしたもので棒状に切ったアヌームを巻き、焼くだけである。


 燻製肉にはあらかじめ塩気も香りもついているので追加の調味料は一切不要の簡単レシピだ。日本で言うなら、サツマイモのベーコン巻きってところか。ドワーフ女性陣も加勢に来てくれているので、調理が間に合わなくなる心配は一切ない。


 焼き上がったものを味見という名のつまみ食いをすると、燻製肉の塩気の後にアヌームのほくほくな甘みがやってきて実にうまい。口の中に残った脂を冷たいエールで洗い流すと、舌がリセットされて無限に食べられる。


「あああー! みさきさん、つまみ食いはずるいですよーー!!」


 おっと、ミリーちゃんに目撃されてしまった。勘のいいガキは嫌いじゃないよ……というわけで、そのお口に焼きたてのベーコン巻きを突っ込んで口封じをする。ミリーちゃんがあつあつほくほくしている間に、持ってきてくれた料理を試食する。


 まずはポタージュ。あっさりとした上品な甘さが食欲をそそる一品だ。裏ごしもしっかりしているようで、舌触りがじつになめらかだ。高級フレンチのコースで出てきてもおかしくない味わい。うん、うまい。


 次にスイートポテト風のもの。潰したアヌームをただ焼いただけでなく、荒く潰した石パンを香ばしく炒めたものを入れて風味を加えているようだ。ざくざくした食感もアクセントになっていて飽きが来ない。水気を抜いて焼き固めれば、携帯食としても売れるのではないだろうか。


 最後にもっとも気になっていたフライド・アヌームだ。こってりした味を想像していたのだが、植物油で揚げているのか意外にもさっぱりしている。箸休め的にちょこちょこつまむことを想定したのかな? これも飽きが来なくていくらでも食べられそうな料理だ。


 どれもプロの料理人らしいすばらしい一品である。仮にあのちょび髭が現代日本に転移したとしても、すぐに一線級の料理人として活躍できるのではないかと思わせるレベルの高さを感じた。領主府付きの料理人という看板に偽りはなく、ホテルの最上階に入っている高級レストランも顔負けの味わいだった。


 ……ということは、だ。


「ミリーちゃん、この勝負、もらったよ」

「さすがはみさきさん! あんなちょび髭なんかに負けないですよね!」


 ミリーちゃんが取ってきてくれた料理を食べて、勝利を確信したわたしはミリーちゃんに向かってにやりと笑ってみせた。


 * * *


「な、なぜ吾輩の料理が負けたのだ……」


 山と積まれた皿を前にして、がっくりと膝を落としているのはちょび髭だ。ちょび髭側に置かれた皿に比べるとその差は歴然。2倍以上の差がついているのでもはや数えるまでもない。


 ふふふ、料理人としての君の腕前はたしかに君のほうが数段上だった。だが君は、本当に重要なものを見失っていたのだよ!


「本当に重要なもの……だと……? それは一体何だというのだ!?」


 それに答えるのは簡単だが、まずはこれを食べてみたまえ。


「くっ、こんな下賤な料理……だが、これに負けたのは事実。一口味わってやるわ!」


 ちょび髭はアヌームのベーコン巻きを口に放り込み、じっくり咀嚼する。その目つきは真剣そのものだ。敗北の理由を探ろうと必死な様子がうかがえる。そして飲み込んだ後、表情を歪めた。


「塩辛い上に口の中に脂臭さが残る。こんな下品な料理に負けたというのか……」


 それはどうでしょうねえ。次、ちょび髭のスタッフさんたち、召し上がってください。


「えっ、私たちもいいんですか?」

「かまわん、食って感想を聞かせてみろ。吾輩のことは気にせず、正直に答えねばクビにする」

「ひっ、ク、クビは勘弁してください! 食べますよ!」


 クビという言葉に焦ったスタッフさんたちが慌ててベーコン巻きを食べはじめる。一口、二口、三口……山とあった在庫がみるみる減っていく。ちょっとちょっと、そんなにいっぺんに食べると喉につまりますよ。こちらのエールでも飲んでください。


「んぐんぐんぐ……ぷはぁー! こりゃあ最高ですねえ!」

「エールを飲んだらもっと食べたくなっちゃった!」

「仕事終わりにこんなつまみが食えるなんて最高だなあ」

「待て待て待てぇえ! 貴様らはこんな塩辛いものが美味いというのか!?」


 青筋を立てて怒鳴るちょび髭に、スタッフさんたちの表情が曇る。こりゃこりゃ、それはパワハラってやつですよ。みっともない真似はやめなされ。


「なぜ、なぜこんなものが美味いなどと……。だいたい、貴様も料理の腕は吾輩の方が上だと認めたではないか!」


 認めましたよう。あなたの方が料理が上手いのは間違いないと思います。でもね、あなたは料理人として一番大切な「あるもの」を忘れてしまったんだ。とはいえ、ノーヒントで気がつけというのも酷だね。まずはスタッフさんたちの服と、自分の服をじっくり見比べてみようか。


「服を見比べろだと。そんなことで料理の何がわかると……はっ!?」


 ふふ、どうやら気がついたようだね。君は料理人の心までは失っていなかったらしい。


「吾輩の部下たちは大量の料理を作るのに忙しく体を動かしていた……だから汗まみれで服まで濡れている。一方の吾輩は後ろから指示を出していただけでまったく汗をかいていなかった……そうか、そういうことだったのか……」


 そのとおり。額に汗をかく肉体労働をした後は、強い塩気と脂っけがおいしく感じられるものなのだよ。ちょび髭くん、たしかに君の料理は美味かった。だが、それは汗をかいて労働をしない上流階級向けの美味さであって、庶民の味ではなかったのだよ!!


 ――ぴしゃぁぁぁあああん!


 そのとき、ちょび髭の身体に雷光走る!!


 ……いや、走ってないんだけどさ。


「料理は食べる人のことを考えて作らなきゃね。ともあれ、領主様もほとんど館にこもりっきりで庶民の生活を見てないみたいだしさ。たまには表に出て視察を兼ねた運動でもしたらいいんじゃないですかね? 保存食ばっかり食べてると身体にもよくないし、なにより美味しくないしさ。食糧危機に備えるのも大事だろうけど、いまはちょっとやりすぎだと思うんだよね」


 膝から崩れ落ちたちょび髭に、なんかそれっぽい言葉をかけてみる。すると、周りにいた住民たちが一斉に歓声を挙げた。そうかそうか、みんな保存食ばかりの暮らしにはいい加減嫌気がさしていたんだなあ。


 これを機に、麓の町では徐々に保存食政策が緩和され、新鮮な肉や野菜も食べられるようになっていった。ちょび髭が領主に進言し、領主も自分の政策が偏りすぎていたことに気がついたらしい。


 これが後に言う、「麓の町の聖女の奇跡」である。


 なお、少し離れた町では保存食ばかりのマズイ食事にブチ切れた双槌鬼が領主府に殴り込んで脅しつけたという噂になっていた。なんでや。


 * * *


メルカト様「わい、なんか審査委員っぽいことしたんかな?」

セーラー服「原始的な情報知性体ごときに出番があったにも関わらず、小生の出番がまったくなかったのはどういうことなのでしょうね、ご主人?」

高町みさき「だって、セーラー服君は味覚ないし、グルメ回だと出番なくない?」

セーラー服「小生のセンサーを侮ってもらっては困りますね。酸味、塩味、苦味、渋味、甘味、旨味の基本6種はもちろん、ご主人がもともといた世界では未発見の7種の味覚成分も完璧に解析できますよ」

高町みさき「ええ、味覚ってまだそんなにあったの!? っていうか、数値で味を言われてもピンとこないわ」

セーラー服「残念ながらご主人には少々難しすぎたようですね」

高町みさき「なんか腹立つわぁ……」

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