第百十話 セーラー服ドライバーじゃぁぁぁぁああああ!!!!

 カマキリ女の変貌はそれだけではおさまらない。全身の筋肉が盛り上がり、皮膚が破れ、その下から金属のような光沢を持つ外骨格が現れる。両腕が長く伸び、身長も一回り大きくなる。


 これはもう……カマキリ女なんてもんじゃない。二足歩行の巨大カマキリだ。


「こレでもう、あんタごときに負ケたりしなイしー」


 シャアシャアと何かをすり合わせるような異音を発しながら巨大カマキリがこちらに向かってくる。両手脚の関節の構造は変わっていないようだが、どこか昆虫めいた動きを連想するのは見た目のせいだろうか。


「シャアッ!!」


 異形が突進してくる。咄嗟に横へ飛んで回避する。通り過ぎる風切り音。手の甲に生暖かい感触。ちらりと目をやれば、血が流れ出している。かわしきれなかったのか……!


「あイ変わラず勘がいイじゃん。でモ、次はよけレるかなー?」


 カマキリ女がギチギチと首を回し、こちらに複眼を向けてくる。言葉とは裏腹にまるで感情が読み取れない黒い瞳孔と目が合う。つか、首180°回ってんじゃん。エクソシストを呼ばなきゃいけないやつじゃん。


 次の瞬間、身を捻ったカマキリ女が再び突進してくる。先程よりも距離が近い。横へかわしたら間に合わない。戦鎚を構え、防御姿勢を取る。殺到する風切り音。連続する金属音。カマキリ女の両手の鎌が絶え間なく襲いかかる。あまりの圧力にじりじりと後退を強いられる。


「セーフティ解除!」

「了解、ご主人」


 セーラー服が光の泡になり、白銀に輝く鎧へと変わる。とても温存できる状況じゃない。変身完了を待たずにミスリル戦鎚を引き抜き、両手での防御に切り替える。


 これで防御はできる。だが反撃の糸口が見えない。暴風のように迫りくる連撃に防戦以外の選択肢が取れない!


全身鎧フルプレートモードなら耐えられる!?」

「数撃であれば」

「なら変更!」


 再びセーラー服が光の泡へと変わり、全身を包む分厚い鎧になる。動きが鈍い。1撃、2撃、甲高い金属音とともに身体に走る衝撃。戦鎚で捌けなかった攻撃だ。だが、体勢を崩すほどではない。黒戦鎚を放り捨て、ミスリル戦鎚を両手で全力で振り回す。手のひらに伝わる衝撃、衝撃、衝撃。すべて鎌で受けられているが、確実に押し込み返している。衝撃、衝撃、衝撃。鎌ごと叩き折る勢いで全力で戦鎚を振り続ける。


 たまりかねたカマキリ女が後ろに飛び下がって距離を取る。よし、狙い通り。これでワンテンポ稼げるぞ。


「サくっと奥の手出すんダねー。でも、そレって長続きシなかったシー。時間切レまで眺めさせてもラ……」

超高速フルスピードモード!」


 カマキリ女の台詞が終わるのを待たず、セーラー服君のモードを切り替えて一目散に逃げ出す。セーラー鎧モードの時間制限のことなんてこっちは百も承知なんじゃい。おまえに指摘されるまでもなく、時間切れを意識した上で動いとるんじゃ。


「あっ、ハァっ!? こコで逃げルとか信じラレないシー!!」


 うるせえ馬鹿野郎。命あっての物種じゃい。誇りにかけて命がけで戦うとかは漫画や小説の中でだけやっておけぇい!!


『嬢ちゃん、長生きするわあ……』


 メルカト様が聖印から声を発するが返事をする余裕はない。逃げる先はメガネチャンダイオーだ。超高速フルスピードモードなら一気にハッチまで駆け登れるはずだ。


 カマキリ女が全力で追いすがってくるが距離が詰まることはない。メガネチャンダイオーの足下までたどり着いたところで一気に跳躍する。凹凸に足をかけ、跳躍。跳躍、跳躍。ハッチの中に顔を突っ込んでミリーちゃんとサルタナさんにお願いごとをする。


「わかりました、みさきさん!」

「お安い御用でございます」


 ハッチのさらに上まで移動し、じっと動きを止める。カマキリ女はメガネチャンダイオーに張り付いてじわじわと登ってきている。急激に変化した身体に慣れていないのか、以前のような軽やかさを感じない。


 っつーか、よくメガネチャンダイオーに張り付こうなんて思えたな。いまは動きを止めているとはいえ、私だったら恐ろしくて近づこうとすらしないだろう。新たに得た力に酔っているのだろうか?


「このデかぶつかラはもう力を感ジないしー。それに、こいつが動かせルんなラわざわざあんたが出てくルわけないしー」


 ありゃ、意外と冷静だった。力を感じないっていうのはよくわからんが、この世界特有のシックスセンス的なものがあるんだろうか。カマキリ女がハッチの少ししたくらいまで登ってきたところで声をかける。


「ロッククライミングごくろうさまー。そろそろ一休みしたら? 

「はぁ?」


 カマキリ女がわたしの声に反応して顔を上げる。よし、ここだ、まずはサルタナさん!


「お土産を差し上げますねっ!」


 ハッチから身を乗り出したサルタナさんが両手に持った火霊石のナイフ手榴弾を一斉に投げつける。爆音とともに炎が渦巻き、カマキリ女の上半身がメガネチャンダイオーから引き剥がされた。これで落っこちたかな?


 あー、ダメだ。炎が晴れると両足でなんとか張り付いているカマキリ女が見えた。というわけで、ミリーちゃん、お願いしやっす!


「はいっ! きっちり叩き落としますよ!」


 サルタナさんに代わってハッチから身を乗り出したミリーちゃんが魔法銃で立て続けに撃ち、カマキリ女の両足を撃つ! こちらに出発する前のわずかな期間であったが、魔法銃の改良は加速度的に進んでおり、現在は2連射まで可能になっていたのだ。


 現代火器のたぐいをコックピットに持ち込んでいればそれを叩き込めばよかったのだが……誰もメガネチャンダイオーの苦戦を予想していなかったのでわざわざ持ち込んでいなかったのだ。うむ、これは今後の反省点だ。この神も魔法もある世界では「何があってもおかしくない」という気構えで挑まなければ。


「ちくシょう! こノ卑怯者ォぉォーーー!!」


 人質を取ったやつがいまさら何を言っているのか。カマキリ女がメガネチャンダイオーから完全に引き剥がされ、落下をはじめた。セーラー鎧モードの時間切れはもう近い。アレが落っこちただけで死ぬとは思えないし、ここできっちり片をつけてやる!!


「セーラー服! 一瞬超高速フルスピードからの全身鎧フルプレート!」

「了解、ご主人」


 フルスピードモードでメガネチャンダイオーから駆け下りる。ほとんど垂直に落ちていく格好だ。空気が破裂する音が聞こえる。あれー、これ音速超えてませんかね!?


「切り替えます」

「おぉぉぉーーーけぇぇぇいぃぃぃ!」


 セーラー服君の合図とともに最後の加速を行い、逆さまに落っこちているカマキリ女に飛びつく。両足を腕でロックし、胴体に足をからみつける。カマキリ女がばたばたと鎌を振るって切りつけているが、こちらはフルプレートモードだ。こんな不安定な体勢の手打ちの攻撃ではびくともしない。


「ごめっ、ごめ! やメっ! 許シてぇぇェエええ!!」

「誰が許すかぁぁああ!! くらぇぇぇいいい!!! セーラー服ドライバーじゃぁぁぁぁああああ!!!!」


 絡み合ったわたしとカマキリ女はそのまま地面に激突して土煙を巻き上げる! 脳天から大地に突き刺さったカマキリ女から離れ、わたしはふらふらと尻もちをついた。


 はぁはぁと息をつきながら、セーラー服君をねぎらう。


「完璧な切り替えタイミングだったよ、セーラー服君」

「小生のサポートは常に完璧ですが、それをやっとご理解いただけたのは進歩ですね。それでは、エネルギー切れです。おやすみなさい、ご主人」


 あー、もう! たまに褒めれば憎まれ口を! 貴様にデレるという概念はないのか!

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