第七十七話 ごめんなさい……わたし、上手に踊れなくて

「はいっ、1、2、3、はいっ、1、2、3。ほら、みさき君、いま足さばきを間違えたぞ!」

「すみませんっ、先生っ!」


 いまわたしたちは、学院の演習場の隅でガンダリオン先生の手拍子に合わせてダンスの練習をしている。参加者はわたし、ミリーちゃん、サルタナさん、リッテちゃんだ。


 もちろん、ただのダンスではなく魔術の基礎練習である。魔術自体の利便性はそれほどでもないが、基本中の基本だけでも身につければ一通りの魔具が扱えるようになるということで指導をたまわっているわけだ。


 魔術師であれば毎朝この手の鍛錬を欠かさないらしく、演習場のあちこちにキレッキレのダンスをする集団がいる。


「みさき君! 注意が散漫になっておるぞ!」

「すみませんっ!」


 いかんいかん、つい他のことを考えてしまった。昔からダンスとか苦手だったんだよなあ。まず振り付けがおぼえられない。えっと、次は右足を開いて閉じて前に出してそれに左足をそろえ……うぎゃあ!


 ううー、両足が絡まって転んでしまった。この練習に参加して数日経つが、まるで身につけられる自信がない。考えてみれば、音ゲーの1面すら安定してクリアできない人間なのだ。リズム感というものを前世に置いてきてしまったのだと思う。


「ごめんなさい……わたし、上手に踊れなくて」

「いいんじゃよ。わしも魔術師を志したばかりのころはなかなか上手く舞えんでの。同期の何倍も練習してやっと成功したものじゃ」


 あんなキレッキレのダンスができるガンダリオン先生でも最初はそうだったのか。そう思えば勇気が湧いてくる……が、さすがにそんな猛練習ができるほど学術都市に留まるわけにはいかない。


 学術都市に来て、もう10日あまりも経っているのだ。選考会が終わって例の植物学者さんの帰りを待っているのだが、まったく音沙汰がない。出先で何かトラブルでもあったのだろうか。


「「「「はっ!」」」

「あっ、はっ!」


 ミリーちゃん、サルタナさん、リッテちゃんが華麗にターンを決めて右手を突き出すと、その手の前に光る球体が現れる。わたしの前には……当然何も現れない。ですよねー、最後のターンすらまったく揃ってなかったですもんね。


 ちなみに、サルタナさんはもともと基礎的な魔術はいくつか修めていたそうだ。火霊石のナイフ手榴弾を扱えるのもそういった素養があってのことらしい。ただ投げれば爆発するという代物ではなかったようだ。


「さて、今日はこのあたりで切り上げるかの。茶を淹れるから飲んでいきなさい」


 というわけで、ガンダリオン先生からお茶をいただいたらその後は自由行動だ。今日は何するかなあ……。市場や商店はもう回り尽くして、めぼしい作物がないことは確認済みだし、観光地っぽいところもぜんぶ行ってしまった。


 もうやることがほとんどない。リッテちゃんとミリーちゃんの研究を見学させてもらったり、ラーメン屋さんに顔を出して味玉の試食をするくらいだ。


 あの味玉はすごいペースで改良が進められており、すでに正式なメニューのひとつとして加えられている。味も奥までしっかり入っていて、芯は半熟玉子っぽくしっとりしている。


 玉子は半熟でも食べられないはずなのにどうやったのかと尋ねたら、菓子作りに使う注射器的な道具を使って中にスープを流し込んだのだそうだ。なんという発想力……やはりプロは素人料理人とはレベルが違う。


 味玉が評判になって客足もだんだんと上向いている。そして新たに加わった常連の中にはあの天王寺ヒロト熱血変身ヒーローもいる。前世では大のラーメンフリークで、中でも激辛が好きだったらしい。


 こちらもおじさんのアドバイザーにおさまって、激辛ラーメンの開発に邁進している。なるほど、激辛か。それは死角だったぜ。


 王国軍への仕官も無事内定したそうで、もう少ししたら王都へ行って騎士見習いに叙任されるらしい。


「みさきとはしばらく会えなくなっちまうな! でもさびしがることはねえ。宿敵ダチ同士は必ずまた会う運命だからな!」


 とか言っていたがそういう運命とかノーサンキューです。遠く王都でがんばって軍務に励んでください。


 選考会にまつわるアレコレと言えば、ボルデモンのことがあった。建前上、公正がモットーであるはずの選考会であんな横紙破りをした上に、観客にまで被害を出しかけたのだ。当然、処分はまぬがれない。


 だが、ボルデモンは翌日には学院から姿を消していた。それも自分の研究室に火を放ってだ。


 ガンダリオン先生曰く、プライドの塊のような人間だったから自分が処分を受けるということに耐えられなかったのだろうとのこと。研究室に火を放ったのは自分の研究成果を誰かに盗まれるのを嫌ったのだろうという話だった。まったく、みみっちいにもほどがある。


「それにしても、プランツのやつはどうしてるのかのう。いくらなんでもこれほど遅くなっては弟子たちも困っておるだろうに」

「手紙とか、何か知らせも来てないんですか?」

「それが何も来ておらんのじゃ。そんないいかげんなやつではないのだがのう」


 プランツというのが例の植物学者さんの名前だ。ガンダリオン先生と同期で、たしかエルフの森ってところに調査に出かけてるんだっけ。そういえば、エルフの森ってどこにあるんだろう?


「エルフの森はここから北に雷鳴が5つ巡ったくらいのところじゃの。じゃが、みさき君たちの乗り物なら2日もあればいけるんじゃないかのう」


 プランツ先生の帰りを待っている間、地を這う閃光号ソーラーカーは超術由来の魔具としてがっつり調査をされている。元に戻せなくなると困るので解体はお断りしているが、基本性能などはガンダリオン先生の頭にすっかりインプットされているのだ。


 うーん、片道2日か。それならいっそこちらから出向いてしまうのもアリな気がしてきた。


「ご主人、小生もエルフの森に向かうことを推奨します」


 おや、セーラー服君からそんなことを言うなんて珍しい。キミもあれかね、ようやく人情的なものに目覚めたかね?


「この学術都市にいるゴブリンの多くは繁殖能力が失われているようです。また、学者たちはたしかに知的エリートが多いですが、人間種ばかりで効率的な繁殖を見込める相手がいません。これ以上この都市に留まる理由はないでしょう」


 あーそっすか。わかってたけどね。やっぱそういう理由っすよね。

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