第十話 異世界物において約束された勝ち確料理であるカレーも作ってみたが

 あのアヒージョ・ナイト・フィーバーの日から体感で1ヶ月くらいが経った。体感で、というのはこの世界は「1日」という基準からして根本的に地球と異なるのだ。1日の長さが違うとかそういう次元の話ではなく、日の出、日没がそもそも存在しない。


 空には複数の太陽が輝き、そしてそれがまた複数の真っ黒く光を放つ何かとせめぎ合っている。この何かは「太陰」と呼ばれているそうだ。黒い光ってなんだよと思うが、そうとしか表現しようがない。黒い球体が中心にあって、そこから闇が放射されているのだ。セーラー服君曰く、「この世界における闇は光の当たらない場所という意味には限りません」とのこと。人の心の闇とかそういうのですかね。上手い! 座布団一枚。


 日の出や日没が存在しないのに日時をどうやって把握しているのかというと、まったく都合のいいことに、東西南北から一定の間隔を置いて雷鳴のようなものが轟くのだ。ドワーフの集落は地下なので聞こえなかったが、地上にいれば世界中のどこにいても聞こえると言われているらしい。


 そんなわけで、日時を決めて人と約束をするときは「西の雷鳴が3つ轟いた刻に」などと言うのだそうだ。うへぇ、これは慣れるまでたいへんそうだ。まあ、ドワーフ村にいる限りはこの手の約束をする機会はなさそうだけれど。


 そう、わたしはあれからずっとドワーフ村に滞在している。あのアヒージョの一件以来、わたしは「料理の聖女」として讃えられ、厨房での新作料理の開発を一任されているのだ。うへへ、わたし異世界で聖女になっちゃいましたよ。ローガンさんも「嬢ちゃんと出会ったのは妻と結婚できたことと、ミリーを授かったことの次に幸運だった」と喜んでくれている。


 ちなみにローガンさんの奥さんはミリーちゃんがいまよりずっと幼い頃に亡くなったそうだ。ってことは、きっと十年や二十年は過ぎてるんだなあ……。そんなに経つのにまだ奥さんとの結婚が一番の幸運だったなんて、ローガンさん愛妻家すぎる。精神的イケメンか。ヒゲモジャ樽型マッチョのくせに、ヒゲモジャ樽型マッチョのくせに。


 一年という単位にも太陽と太陰が絡んでいる。わたしはまだ見たことがないが、なんでも周期的に空が灰色に染まり、太陽と太陰の位置が入れ替わる現象が起きるそうだ。それを以って、この世界の人々は時節の区切りとしているそう。


 セーラー服君によれば、「東西南北」とか「日」とか「年」とかいうのはあくまで意訳だそうだ。直訳するなら東は「すべてを遮る地の果ての方向」、日は「雷鳴の一巡り」、年は「天が灰に染まる刻」とか「陽陰の入れ替わる刻」って感じになるらしい。まったくもってわかりづらい。セーラー服君の翻訳機能、グッジョブだ。


 それはともかく、今日も今日とて新作料理の開発だ。フライパンなどの調理器具を作ってもらったことで、ドワーフ村における料理のレパートリーは飛躍的に向上した。ドワーフ村では伝統的に手づかみで食べるスタイルだったので、椀から直接では飲みづらいとろみのある汁物や、手づかみでは食べづらい具材を細かく切った炒め物などの調理が発達しなかったようなのだ。


 フライパンの他に、スプーンやフォークも作ってもらった。手づかみは不衛生だし文明的でないから……なんてこまっしゃくれた理由ではもちろんない。そういう食器があった方が食べやすくて美味しい料理がたくさんあるからだ。


 というわけで、ドワーフ村のグルメ事情は急速な改善を見せているわけだが、正直に言うとわたしは行き詰まっていた。これ以上料理を作るにしても、食材が足りないのである。


 醤油や味噌がないので和食系はほぼ全滅。生魚どころか干し魚も手に入らないので魚料理もなし。砂糖はあるが、高価なのでそうそう気軽に使えない。野菜も鮮度がいまいちだし、生で食べるには衛生面で不安が残る。玉子はあるが、生食では毒ということで茹で卵しか入手不可能。そして何より、最大の問題がある。


 主食となる炭水化物がないのだ。


 地球世界において、日本における米ほど圧倒的な存在感を占める主食は珍しいが、それでも地球世界の食文化ではパン、麺、イモ類、蕎麦の実にトウモロコシ、その他穀類・豆類など、主たるエネルギー源となる食物がほとんどに存在するのだ。魚と肉が食のほとんどを占めるエスキモーのような民族もいたが、それは稀な例外といって差し支えないだろう。


 何が言いたいかというと、地球料理のレパートリーは「炭水化物の主食を前提としたおかず」として存在してるものがほとんどであり、それ単体で成立するものは案外少ない。これに納得いかない人はぜひ一度ローカーボン・ダイエットを試してみよう。食事が一気に味気なくなることを実感いただけること請け合いだ。


 たいていの異世界物において約束された勝ち確料理であるカレーも作ってみたが、お米やナンなど、ベストタッグとなるパートナーが不在であるために反応はイマイチであった。唐辛子とクミンっぽいものさえあればカレー風の何かは割と簡単に作れるのだが、それを至高の大衆食に引き上げるためには相棒の存在が欠かせなかったのである。


 食料の備蓄が乏しくなってきたので、そろそろ麓の街への買い出しが行われるはずだ。その一行に交ぜてもらって、街にある食材を直接視察して来ようか。岩山から見下ろす限り、小麦畑のようなものはあるので、穀類のたぐいが一切ない可能性は低いと思う。


 とはいえ、問題はこの服装である。ドワーフ村では支障なく受け入れられたセーラー服だが、いわゆるの住む麓の街でセーラー服の三十路がイタい子呼ばわりされない保証はない。


 転移時に現れたあのイラッとする爆乳スウェット自称女神的存在の口ぶりからしても、この世界に転移してきた地球人はわたしだけではなさそうだ。街についた瞬間、指をさされて「ぷーくすくす」される可能性も一定程度ある。


 ミリーちゃんからポンチョを借りて羽織ってみたことがあるが、セーラー服君的にはお気に召さない模様。各種探査機能の精度が低下し、エネルギー充填の効率も下がるのでできればやめてほしいそうだ。


 不満を数えればキリがないが、セーラー服君がこの世界におけるわたしの生命線であることに間違いはない。その性能が下がることは率直に言って好ましくない。索敵能力が下がっているときに、万一岩ゴブリンの奇襲に遭って拐かされでもしたらその時点で苗床ルート確定だ。それなんて鬱エロゲ?


 気は進まないが、もうセーラー服のまま街に降りる以外の選択肢はなさそうに思える。未知の食材が待っていると思えば、テンションが上がらないこともない。


「ご主人、肝心の使命をお忘れではありませんか?」


 セーラー服君、せっかく上がったテンションを下げないでくれるかな?

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