第47話 2 お前は関わるな

(2)


*******


 街に不穏が漂う中。それでもこの場所は平穏を感じられる場所だった。


 人々の嗅覚を刺激し、幸福を呼び起こすきっかけとする。それに魅了される者たちが今日も足を運んでいる。ちょうど朝営業が始まったところだった。


「朝もいいなぁおい」


 京都のたぬきうどんは古来より、あんかけのうどんが基本。舌鼓を打っているのはこの店でバイトをやっている看板娘の友人だった。


「いつもありがとねー。焼肉の時に来てくれたときからすっかりうちのリピーターだね」


「いやぁ。ミウさん。グルメな俺を満足させる店はそうないんだぇ? あんかけうどんにおかわりくれー」


「はーい」


 大門の声につられ、『おれも』『こっちも』と周りの常連も同じものを頼む。さらにそれにつられて注文は増えていく。


 端の席に座る女性はそうではなかったようだが。


 それでも藍色の髪色の女性はコーヒーを飲みのんびりしている。彼女も常連ではあるが、歴としては先日の影が落とした大騒動の後からなので比較的新しい。


 この店のことを知る誰もが、今、この街に起きている異変は自覚し、治安が悪くなり始めていると知ってはいた。そしてこの店もいつ危害を受けてもおかしくないかもしれないとも、思ってはいた。


 しかし、本気でこの光景が明日なくなると思っていた人間はそう多くはなかっただろう。


 これまでも反逆軍や御門家の尽力で平和は守られてきたのだ。きっと何とかしてくれる。この場所は壊れないで済むと。




*******




 すぐに大門とその他3人を安全な場所まで運んで横にして、応急処置を行う。


 3人とも俺の知り合いだが、ハッシーがマスターとミウさんに駆け寄って声をかけていて、姉貴と安住が素早く処置を行っている。これ以上行けば邪魔になりかねない。


 俺は大門の方へと行った。こっちも如月と林太郎が先輩2人に比べたらぎこちなくもちゃんと処置をやれている。


「おお、わるいな。少し楽になってきた」


「どうしたのよあんた」


「喧嘩に首を突っ込んだらこのざまだ。へへへ。そうだ。お前らってことはみこれい、いや夢原いるよな?」


「いるけど? ほらそこに」


 大門が俺を見ると、俺の手を握った。強かった。


 真剣な顔で、俺を見る。


「俺のことは心配すんな。無事だ。だけどあの炎が。頼むみこれい。この事件にお前は関わるな。マスターさんの近くにいてやってくれ」


「え?」


 詳しい理由を聞こうとしたが、

「処置が済んだら運んで!」

 いつの間にか緊急車両が近くに来ていたみたいで姉貴の指示が響く。


 大門をこれ以上そのままにはできない。緊急車両に大門を連れて行った。


 3人なら軽々まとめて運べる大型救急車。中で何も言葉を発さずう俯くハッシーと、かろうじて意識があるマスターに合流した。


「ああ……大門君。悪いね。巻き込んで」


「安心しろよマスター。少し離れて客が心配そうに見てたぜ。あいつらは無事だ。けがは俺たちだけだし、あんたの判断は正しかった」


「夢原君も。心配をかけたね。みんな無事だ。店は、またやり直せるさ」


 ――よかった。


 一息ついてようやく抱くべき感情が俺に追いついてきた実感があった。


 ここに来て、マスターとミウさんがけがをして死にかけたのを目で見て。今の目の前の光景がいかに異様かを。


 大切なものが消えそうになっていたことが実感して怖くなった。そしてなぜマスターやミウさんやハッシーのような良い人がこんな目に遭わなければならなかったのか、という理不尽に対する怒りが。


 そう。俺にとってもあの店はきっと戦いの日々の中にはない日常の光景だったんだろう。


 そしてハッシーに先ほど驚かれた理由を理解した。そりゃ、身近な人がここまで傷ついて、あるいは居場所が破壊されて、あんなに冷静なのは、おかしいよな……。


 俺は、悪い意味で傷を受ける環境に慣れてしまったのかもしれない。今俺が同じことをされたら、確かに『こいつ人の心あるのか』とか思いそうな気がする。


「おい。いつまでそこにいる。お前には仕事があるだろう」


 安住に呼ばれた。


 大門が俺を止めようとした。


 でも、俺の中にある恐怖と怒りがそれを許さなかった。責務に近い。俺はまだ動ける。そしてこうした相手を追える立場なら。


 俺は行くべきだと感じた。


「ハッシー。みんなを任せた」


 ハッシーは静かにうなずいてくれた。


 俺は救急車を降りる。


「何をすればいい?」


「ここで暴れたやつを特定し悪であれば殺す。それが俺たちの仕事だろう。そのために中で何があったかを見なければならない。中に入るぞ」


「でもまだ燃えたままだし大丈夫なのか」


「だからまずは消火からだ。だがよく燃えている。一体どこから手を付けてものか……」


 レイが俺の肩をとんとんした。見なくても手の感触と叩き方で分かる。


「レイ、どうしたの?」


「平気ですか? 礼。さっき、その、怖い顔をしてたので」


 そうなのか? 全然気が付かなかった。


「俺は大丈夫だよ」


「無理はしないでくださいね?」


「もちろん」


 レイが建物のほうを見る。一瞬レイから強大な呪力が放たれると、炎が完全に静まった。


「すげー」


「私が指定した領域で炎を禁ず。そういうルールを付与したのです。この方が手早いでしょう」


 安住もこれには『ほう』と感心している様子。


 いずれにせよレイのおかげで中に入れそうだ。





 ああ。真っ黒になっているところが多い。もう店舗としては使い物にならないだろう。


「妙だな。あの大門の様子を見るに中では戦闘があったはずだが。思ったより綺麗に残っているな」


 建物の外側が玄武先輩の結界が守ってくれているけど、中はプライバシー保護の観点から障壁が張られていない。今回の火事はおそらく内側から発火した形で間違いない。


 大門の言う通り火事による被害者はいないみたいだし、ひどい損壊は天井をぶち破って外に出て去っていった未確認飛行体が開けた穴くらいだ。


「この空間。呪術による監視結界がかけられているみたいです」


 レイが俺の知らない呪術のことを話題にあげた。


「なにそれ?」


「この空間で何があったかを記録して対象者の脳に直接送る結界術です。高度な呪術ですね」


 安住が首をかしげる。


「そんな呪術誰が。それは御門家でしか使われていない古流呪術だぞ」


「さあ。多分襲撃がある前までの映像はマスターさんの記憶にあるはずです。後ほど視てはどうでしょう。それにまだ手掛かりはつかめそうです」


 レイが穴の下にたつ。


「先ほど上から逃げた敵の残した呪力の軌道を読んで、彼がどこへ逃げたのかをできる限り追ってみたいと思います」


「そんなことできるの?」


「はい。今ならできるかと」


 目を閉じて空を見上げるレイ。少し時間がかかるみたいだ。


 俺はもう少し周りを見てみることにしよ――。


「なんだこれ……?」


 1枚のチラシ、いやたぶん冊子型の薄いパンフレットかな?


 そこには『リバーンカンパニー』の会社名と、次の一言。

『近況、京都は未曾有の危機を迎えています。本当に軍や御門家を信じますか? 我々は新たな選択肢を皆様に用意しています。ただ災厄に身震いする時代はもう終わりです!』


 巷ではこんなのが流行っているのか。


 ぱし、と安住にそれを奪われた。


「……奇妙な縁だな」


「何が」


「ここは今日。お前と俺が独立魔装部隊と共に捜索に入る任務を請け負っている」


「え? そうなの?」


「おととい旧神宮のホテルで怪しい穴を見つけただろう。この会社はそのうちの1つだ。危険性が高い場所と判断されたため、対神人特化の部隊である独立魔装部隊とエキスパート選抜で突撃することになった。お前たちは補佐だ。前みたい危険な前線には出ないから安心しろ」


 なるほど。そういうつながりあってか。


「この会社、何かヤバいことやってるの?」


「それは任務の時に説明されるだろうさ。おい、終わったみたいだぞ」


 安住の手にも1つ、機械のがれきみたいなのが握られている。


「それは?」


「いやな予感がするものだが。まずは解析班に回して確認だな。おい、向こうも終わったみたいだぞ」


 レイが深呼吸。


「行き先が分かりましたが、なんといえばいいのでしょう。マップが必要です」


「なら一度要塞に戻るぞ。俺たちが集めた手かがりの正体を確認する」


 反対意見はない。ほかにここにめぼしいものはない。


 もう一度周りを見渡す。


 俺だけでなくハッシーの、そして多くの人々の憩いの場だったこの場所。故意に破壊したというのなら。


 なんとしてでも。


 俺はその元凶と戦わなければならない。それが、この店で唯一真相に迫れるかもしれない俺のやるべきことだ。

(第48話「3 独立魔装部隊本部にて」につづく)


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