第44話 御門霊華

 霊華。


 その名前を俺は聞いたことがある。


「御門霊華。やはり君が、あの口伝の伝説の乙女」


「口伝? 私のことをご存じなのですか?」


「神人としての御門家より前に流れた呪術師の源流。神人が現れる前、呪いを災いとする秩序なき時代に人々を守るため身を捧げた若き当主。彼女の扱う術は敵に破滅を、民に加護を与えた」


「古き英雄みたいですね。私」


「口伝は全部語ると1時間くらいあるけど、その中でその名前が出てくるのはそこだ。この口伝は神人が現れる前の古を知る貴重な情報だ」


「貴重?」


「口伝にはこうある。神人は新たな人々を守り管理する秩序。彼らは自らの秩序を盤石とするため、人間の時代と力を示す記録を封印し、この世界は神人によって築かれたということにした、とね」


 御門さんのその話も気になるけど。


 御門霊華。


 夢の中で夢衣と名乗る金髪の少女と仲が良さそうだったあのレイに似た女の子の名前だ。


 やはり。あの夢の中で見たあれは本物なのだろう。


「礼も、驚かないんですね?」


「響きがいい。いつも通りレイって呼べるから」


 夢でも巫女姿の俺に似た女の子がそう呼んでいた。


 俺としては、素敵な名前だと思う。彼女が華であるのは間違いない。


 ただ、今更『霊華お嬢さま』は流石に距離を感じる。嫌がらないのならその方がいい。


「ふふ。昔にいた親友みたいなことを言いますね。ええ。私もその呼び方が好きです。うれしくなるから」


「見たよ。レイが儀式をしているときに俺に流れ込んできた。君の昔の記憶。夢衣のこと」


「もしかして。そこらへんは共有する必要はないかもですね?」


 いくつかの質問が飛んでくる。すべて夢の中の話だ。あの映像は今も強烈に俺の頭に焼き付いている。だから間違えるはずがない。


「私にも家族がいた。頼れる仲間がいた。それらを見たときに感じた懐かしい気持ちと安心感は、やはり私が過去の人間だったということを示しています。それを見られたのはとても安心でした」


 彼女が見せる、懐かしむような、そう。実家へ帰ったかのような気が緩んだ顔。微笑み。


 なんか、少し、アレだな。アレ。


「まあ、俺より頼りがいありそうな人だったしなぁ」


「礼、もしかして嫉妬してるんですか?」


「いや。いやいやいや。そんなことはない。そこまでじゃない」


「そこまでじゃないということは思うところがあるんですよね?」


「ま、まあ。俺なんかより頼りになるよなぁって」


 う、ちょっと恥ずかしくなってきたぞ。


 まるで彼氏がほかの女の子いいなーと言っているときの彼女みたいなムーブメントでは? やばいやばい。それはだめだよ。そんな乙女回路開いちゃったみたいな。


「私は礼が一番頼りになりますよ? だって今私を一番信じてくれる目の前にいる人はあなたです」


「あはは、さっきのなし。わすれてー」


 御門さんは『僕だけ蚊帳の外って感じだなあ』と残念がっているのが見えた。


 さすがにこの人の前でこれ以上惚気るのは恥ずかしいので本題に戻ろう。


 俺はレイに、レイが儀式を始めた後に流れ込んできた記憶の話をする。俺に、何が起こったのかを。


「なるほど。もしかするとレイにも私が見たものが共有されるのかもしれませんね」


「でも俺には、神の核の情報は流れて来なかった。レイが知っていることを、俺に協力できることを、なんでも共有してほしい」


「それは……」


 数秒、俺から視線を逸らした。何か考え事か、言えないことなのか。


「有益な情報はあれがすべてです。それに記憶がすべて戻ったわけではないんです。神の核は私の代の御門家が数多くの犠牲を払って用意した呪術であるとは言われましたが、当時何をどうやったのか。思い出させてくれませんでした」


 呪術の仕組みさえ思い出せば何かのヒントになるかもとは思ったが、やはりそこらへんは、ダメだということか。


「ですが、やるべきことは教えてくれました。私が神の核を使うには、神の核の現守護者、炎の使い手が同意の上譲渡するか、倒して奪うかして、起動条件の記憶とセットになっている起動権能を得る必要がある」


「なりそこないは倒しても、君に記憶は戻ってくるのかい?」


「御門様。なりそこないは人型とは別格ですが。その中でも、炎を司る神の核の鬼は、なりそこないの中でも別格の力を持っています」


「相手の強さは今更の話だ。君たちの前に出てきた朱王。彼と彼に同意する者たちとの戦いは避けられないだろう。来たらやるしかない。だが、そこにメリットがあるかどうかで、積極的になるかどうか決まるからね」


「視覚化できるモノとして在るそうなので、御門様がなりそこないを倒せば、それを奪うことができます。御門様が承認してくれれば記憶は私に渡されると思います」


 御門さんはにやりと笑った。まさか、やるつもりなのか……。


 いや、さっき見た限りじゃ御門さんも強いけど……。どうだろう。でも玄武先輩の例もあるし、意外となんとかなったり。


「礼、あまり期待はいけません。玄武先輩も底はしれませんが。玄武先輩が倒したあれは普通のなりそこないです。炎の鬼ではありません」


「え? あれって弱いの?」


 でももっぱらの噂通り、あれが外で暴れたら都市を撃滅できそうなほどには大暴れしてたけど……。


「火力が、というより炎の使い手は厄災に近いと思ってください。単純な破壊力で勝る人もいれば、違った意味であれより遥かに厄介な人もいる。呪術は多様なれば」


 想像もしたくねえよ。多分俺と戦ったときの真白さんってぜんぜん全力じゃなかったんだな。よく俺今生きてるなとつくづく思う。


「礼も見ているじゃありませんか。1人。弱火ではあるけれど目の当たりにしている」


「え……?」


「サキちゃんですよ。大天使使いと戦ったときのあれです。あれが最低ラインだと思っててくださいね?」


 レイのいた時代って? 魔境では? あれくらいできねえと幹部に慣れなかったのかよ。


 ――肌を刺す針のような闘気。


 一瞬だが、御門さん。歯をむき出しに、喜んでいた。


「この時代の神人と、神の核に選ばれし蘇る伝説。あるいは人間が嵐を超えられるか。用意されてしまった地獄ではあるが、人間の楽園のターニングポイントとなりそうだ。気を引き締めてかからないとね」


 うわ、もとに戻った。さっきのあの笑みは……絶対やる気満々だという証だった。


「そういえば、お言葉ながら。朱王の企みを未然に防げなかったのですか?」


「反論の余地もない。御門家は本家四国で外から来る神人の迎撃してて結構手一杯なんだ。さすがに他の家で暴動を起こしていると気づいても、他領に突っ込むだけの戦力がなくてね」


「民はそのあたりの事情は考慮に入れてくれないと思います」


 民、か。なんか女王様らしい物言いだな……。


「それはまあ。そうだろうね。偉大なるご先祖様のご親戚からのご指摘はもっともだ。御門家もいよいよ安泰ではなくなるかもね」






 その後、俺たちと御門さんはやるべきこととその対策の大まかな方針を話し合った。


 俺たちは別の神の核の封印陣への接触をはかることをお勧めされた。


「次に行くのなら、伏見稲荷大社がいい。あそこは御門家が管理する家だ。玄武か白虎のいずれかを連れて行けば話は速いだろう」


 御門さん曰く。そこには葛の葉の再来と呼ばれる白い狐の娘が司り、神人とは違う『現人神』が何たるかと見ることができるという。


「人間に友好的な現人神は珍しい。君たちも会っておいて損はないだろう。規模は小さいが、陣もその中にある。神の核のコントロール権を手に入れられなくとも、収穫はいくらかあるはずだ」


「私たちが勝手に触って大丈夫なのですか? その人のものでは?」


「いいや。彼女は単に御門との契約で宮司をしているだけだ。君が行けば喜んで案内してくれるさ」


 そして御門さんは、御門家の戦力を使ってなりそこない、特に炎を使う鬼と戦う準備を進めるそう。


「まあ仕事だからね。だが、こちらに関してはそう単純に済まなそうだ」


 しばらくの標的は御門を騙り戦争をまき散らし、さらに何かを企む朱王、ということになるだろう。


「朱王の目論見には他の神人も巻き込まれている。最悪の場合、神人同士の戦争すら、その問題と同時並行で対処する必要がある。君たちも、目標に最優先に近づくのならなりそこないとどう向き合うべきだが、神人も狙っているということも忘れないでほしい」


 御門さんは夜の11時には本家に戻らないといけないらしい。そろそろでなければ、と御門さんが言ったことで今回はおひらきになった。てかそんな夜中から京都から四国に行くのか。大変だな。


「君たちも休めるときは体を休めてお大事にね。何かあった時少しでも万全にしておくといい」


 それはその通り。


 俺もレイも今日は部屋に帰って体を休めることにした。


 伏見稲荷に行くのはインターンが終わってからになるだろう。まずはこの期間を全力で生き残らなければ。


 本当は命の危険等、そんな心配しなくていいと願いたいところだが、俺は明日以降も何かがあるに違いない、と思わずにはいられない。


(第45話「4日目:独立魔装部隊と合同任務」につづく)

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