第40話-1 トイレに隠れてあいつだけ上に誘導する。(part2-2)

「隠れよう」


 相手が騙されてくれるかとても心配だけど、正直今階段で逃げる余裕はない。


 上にはレイがいるだろう。俺達合流するため階段の近くに来ているかだかもしれない。


 もしも来ていたらあいつを任せるしかない。パートナーとして信じるというべきか、任せきりになって情けないというべきか。


 それでも反省はあとだ。今はこうすると決めた以上やるしかない。


 ランパートは割れた。


 これ以上議論する余地はない。


「よし。それでいこう。悪いがもう少し支えてくれ」


 こちらに銃口を向けている男は林太郎の足を確認したのか、ほんの一瞬笑った。


 林太郎を抱えながらなんとか進む俺たち。


 さっきよりも速度は落ちている。一気に俺たちとあいつの距離は近づき、あのおっかないレーザー弾に当たりやすくなってしまう。


 ……っ! またあの攻撃が来る。


 ふぐぅ、体がうずくけど仕方ない。林太郎のサークルに俺の炎を注入する。


 衝撃がこっちまで伝わってきて、それの威力を物語っていた。


 ハァ……ヤバいつぎはない。


「それが報いだ新人!」


「なんの報いだよ!」


「前の悪霊氾濫の悲劇を見てなお馬鹿な選択をしたからだろう。何人死んだと思ってる。今お前の銃でそいつを撃つのなら命だけは助けてやる。10秒で決めろ」


「なるほど、正義の味方だな……!」


 向こうが譲歩の様子をみせてくれたおかげで、何とか少し時間を稼げている。


 階段の場所とトイレをマップで一応確認する。あいつを騙すにはまず階段を通らなければいけない。


 トイレは少し離れたところにはあるが、今までの防壁の破壊速度をみると十分間に合うはずだ。


 あとは俺達が階段を上がったとあいつを誘導しないといけない。


 でも俺は自分と林太郎の映像なんて準備するだけの想像はキツイぞ。


 林太郎が防壁を準備した。再び時間勝負だ。


「どう誘導すれば」


「夢原、ほんの少しでいい。階段の手前と階段にお前の炎を置いてくれ。ダミー映像なら俺が用意する」


 なるほど。それなら信憑性も高まる。


 頷いて、階段まで呪術で高速移動したあと、残る力を振り絞って林太郎のオーダー通りに炎をおいた。


 ひぃ……体が……。気合はあってももうやばい。


 この作戦が成功しないと無抵抗で俺は殺される。


 再びランパートが壊れそうな音。


 足を動かし、心を強く保ち、体を動かす。


 そしてランパートが壊れる前に何とかトイレに隠れることができた。なんでトイレかなんて、階段のすぐ近くにあった部屋だからというほかない。


 男子トイレに2人、個室に隠れる。


 今の俺の見た目も考えると、普段であればとんでもない蛮行だが緊急事態。あとで報告したときそうはならんやろとは言わないで欲しいものだ。


 とりあえず声を出さず息をひそめる。


「上がったのか?」


 幸いこの階層では激しい戦いはあまり起こっていないようで、耳を済ませたらぎりぎり聞こえる。


「馬鹿な……階段には罠を仕掛けてあったはず」


 コツコツ、と階段を上がっていく音がする。


「突破したのか? だが、俺の装置も壊されてない等、どうやってあいつら! くそぉ!」


 めっちゃ悔しがっている。


 あとは。


 やっぱ下の階に隠れてるかも、とか言って戻って来ませんように……!


「貴様ぁ!」


 さっきよりさらに小さい声量。多分階段を上がったんだ。


 でも貴様……? 誰か見つけたのか? ……! さっきのレーザーを放った音がした。


 あれの威力は半端ない。もしかすると如月とかレイが。でも今援護に行っても俺たちはむしろ足手まといかもしれない。


 無事を祈る。


「……そろそろ大丈夫だよ」


「何が。ってあぁ」


 林太郎は足に応急処置をしていたみたいだ。さっきの血が消えたわけじゃないけど、二本足でちゃんと立っている。


「世話をかけたな。出るか?」


「もう少しここにいたほうがいいんじゃないか?」


「……お前が嫌じゃなければいいけど」


 いやだってそんなこと言ってる場合じゃないだろ。


 ぴぴぴ、と俺のデバイスに連絡が入った。


「礼。終わりました。今どこにいますか? 迎えに行きます」


 レイの声だ。ちょっと安心。だけど終わったって?


「そっちに俺らの敵が」


「その男はもう処理しました。でも念のため合流しましょう。私たちが下がります」


「じゃあ、あの、トイレのほうに……」


「分かりました」


 林太郎にも通信は聞こえていたみたいだ。


「早くないか?」


 そう言われれば確かに……。




 ******




 彼は8年前の百鬼夜行で親を亡くしていた。


 悪霊は滅ぼさなけれればならない。その誓いを胸に戦いの道を選んだ。


 復讐ではなく、もう二度と自分のような理不尽に奪われる者をつくらないために銃を握った。


 だからこそ人死にの原因となる鬼や悪霊を。


 腕輪を受け入れたのは、先日の林太郎の戦いがあってのこと。


 一兵卒に遅れを取るようでは今の自分の力は足りなすぎる。事態は大きく動こうとしているのに。


 腕輪を頼ることは影に加担することを意味したが、女神は言った。


「別に私達、人間をむやみに殺したいわけじゃないよ。私達は神人を倒すために戦ってる。理念は君たち反逆軍と変わらない」


 大きな力を得て、かつ正義を為せるならば多少は目をつむることにした。


 そして今。


 あまりに急ではあったがチャンスは回ってきた。本物の鬼娘がいる。


 階段を登った先で、彼女出くわした。


 そして今自分は最高火力を放つ準備ができている。


 衛星による一斉射撃と同時に八十葉の夜光にも負けないレーザー射撃。


 目があった瞬間引き金を引いた。


 結果は1秒後にわかった。


 衛星の射撃はすべて彼女たどり着く前に燃え尽きた。


 そしてレーザーは止められた。


 跳ね返された。


 はねかえりなど頭になかった枯れはシールドを展開する。しかし、貫かれるだろう。


 その想像を鬼娘は超えた。


 本来今の一撃は真っすぐ進むだけだ。しかし、戻ってきたその攻撃はシールドの前で分裂し、すべてシールドの外側を器用に通って、自分にたどり着いたのだ。


 負けた。


 負けた。


 結局何もできなかった自分の悔しさに涙しながら全身の激痛と恐怖に襲われる。


 レイは一言。


「礼に危害を加えたのです。当然の末路でしょう」


 その男に興味を示すことはこれ以上なかった。




 ******




「ちょっと。トイレで変なことしてないでしょうね」


 如月が向けた疑惑を俺も林太郎も否定する。


 当然だろ、こっちは命の危機だぞ。


 レイは安心した様子で、

「では部屋に戻りましょう」

 と微笑みながら言った。


(41話「3日目夜 自由行動」につづく)

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