選択2 負傷が+□□□
第58話 選択2 限界はすぐそこ
剣がぶつかる直前に、剣は俺の意思を反映した。
一撃で勝負をつける。
炎はそれに十分足るだけの呪力を内包して激しく燃え、渾身の一撃に勢いをつけた。
行ける! ――体が一瞬信じられないくらい痛みを発したけど、何とか頑張れと鼓舞をして。
勝利を信じて振り抜いた一撃は安住の剣と交差する。
煌炎の剣は、しっかりとそれに足る呪力を籠め、しっかりと剣を振れば、その威力は水晶野郎の武器であっても、一撃で焼き斬ったり、弾き飛ばしたりできた。
今回も行けるはずだ。
「ぐぅ!」
目を見開き俺を見る安住。煌炎の剣とぶつかったはずの安住の剣はぶつかってから動かない。
互角だ。信じられなかった。俺が正気を見出した一撃を安住は真っ向からぶつかって受け止めていた。
「ほう、受け止めるか」
力押しなら勝てる。その認識が甘かったのか?
いくら頑張っても安住を一撃目で倒すという最初の想定は叶いそうにない。そこまで安住の剣は揺らがなかった。
嫌な予感。
安住が剣を片手持ちにして殴りかかってくる。俺は後ろに下がって回避するしかない。結果、俺の目論見は完全につぶされることになった。
あきらめるな。1回すぐに俺に言い聞かせて安住の攻撃に備える。
力強い安住の斬撃の猛攻。大振りなように見えるのに隙が見えない。
研ぎ澄まされたこの剣技がいかに凄まじいものか今の俺にはよくわかる。始まりの日にあいつは逃げたんじゃない。本当に時を待つためだけに退いたんだ。
煌炎、あの水晶野郎をも圧倒しうるこの力でようやく俺が微不利。俺と安住の剣はぶつかっても互いに威力負けして態勢が崩れることはなく、剣に大きな傷もつかない。
それだけの威力を安住は何らかの方法でのせているんだ。人力で打ちあえるわけがないはずだ。
袈裟斬りの直後に安住に向かって剣を突き入れた。
回避され俺の隙だらけな左胴体に向かって剣が振り上げられる。俺は何とかそれを剣で受け止めた。
返しの一撃は安住に届かない。続けて剣を振ったけど安住に弾かれた。猛スピードで俺の後ろに回り込もうとしていたので、俺はさらに炎の剣で安住の邪魔をしながら走り距離をとる。
鳥肌が立っていた。体が言っているのだ。この男を戦えば死ぬと。だけど逃げるわけにはいかない。これはアイツの厚意を踏みにじり、先へ行くと誓った俺の責任なのだから。
一瞬めまいがするのを、首を振ってなくす。
「その剣。総隊長の〈金翼撃月〉に似ている。力も反応も十分。腕を上げたようだ」
「お前に褒められてもうれしくない」
「だが困惑が見え透いていた。その炎が宿った剣であれば俺の剣ごと斬れるとでも思っていたか?」
図星だ。返す言葉もない。
「確かににお前の剣は誇るべき力だ。俺も一撃で終わらせるために相応の呪力を籠めたが、お前が受け止めたことに少し驚いた」
向こうも考えていることが同じだったわけか……!
一瞬見えたレイは俺のことを心配そうに見守っていた。……いやそれだけじゃない、どこかから流れて来る力がさっきより大きくなっている。そんな感じ。
呪力が徐々に彼女を満たしてきているようだ。
俺に最後に立ちはだかった壁は本当に大きい事をさっきの斬り合いで思い知らされた。
信じてと言った手前なんと情けないことかと思うが、場合によってはレイにも手伝ってもらわないと勝てない。
だからまずは生き残る。しっかりとアイツを見て勝つつもりで戦う。それくらいじゃないと勝負にならないから。
安住がさらに2歩下がる。構えた……?
俺の中でとても嫌な予感。何かがこっちに来ると警告が脳を走る。
まだ距離があるこの状況で安住は思いっきり剣を振る。
なぜ? と一瞬思ったが初日のことを思い出し俺は近寄ってくる気配に対して思いっきり炎の剣を振る
〈空割〉だ。斬撃を撃つのではなく、斬撃を呪力で延長する技。
でもこの空間は呪術を使えない空間なんじゃ……?
疑問は解決されないけど来たものは迎え撃つしかない。炎の剣で安住の長くなった剣を弾き飛ばす。
安住は。
もう目の前だった。
「ぐ……?」
奇襲をなんとか回避したけど、また流れが安住のものだ。
先ほどよりも勢いに乗った斬撃が連続で俺に襲いかかる。躱せるものは躱し、他は煌炎の宿った剣で防ぐ。
速い……! さっきよりもさらに速い。あいつの調子が上がってきているのか煌炎を使っている状態で、水晶野郎の動きもちゃんと捉えられる今の俺でもそう感じる。
一撃一撃、伝わってくる安住の剣は重く、回避がギリギリのときは切っ先が数度俺の肌をかすめた。
逆袈裟斬りを何とかよけ、横一文字を受け流す。
安住の怒涛の攻撃に俺は後ろに下がりながら迎撃に徹する。自分の呼吸で賄える以上の運動を要求されて、徐々に息が上がってくる。
かろうじて行った反撃にも対応され、無理やり行ったもう1回の斬撃も捌かれ、アイツの剣と再び交差する。
対応は向こうが速い。体当たりで無理やりはがされると、俺の反撃を手で押さえられる。
嫌な予感。だけど体が動かない……!
腹が爆ぜた。
「はぅぐ……ぅ!」
ぐぅあ……!
〈煌炎・励起〉でお腹に炎の膜を張っていなければそれだけでノックダウンしてた。体全身が一瞬しびれる。
こうして冷静になっているつもりだけど、正直目から涙がにじみ出ている。強がりで自分を満たしていないと、ぅぐぅ……すぐに意識を飛ばす自信がある。
腹に受けた蹴りの力は、俺がふっとばされたところから分かる。あいつとの距離がもう10メートル弱ある。
ずちゅ。
そんな音がした。自分の体の中から。
肩にアイツの剣が刺さっているのを見て、俺はその痛みもそうだけどあの男の迷いのなさに恐怖すら感じる。
普通剣なんて投げるか?
俺を黙らせる。そのためにあいつのなりふり構わなさは賞賛できる範疇を超えて異常だ。
剣を抜こう。そもそもそんな常識を持っている時点で安住からは一歩遅れていた。安住はもう目の前に。
殴りかかってこようとしてたから、俺は腕で受け止めようとしたけどフェイントだった。また思いっきり体に痛みが走ったけどそれも何とか歯を食いしばり耐える。
ぎゃあ……。剣が抜かれた。いたいぉ……。
体が浮いた。俺は投げ飛ばされた。
地面に激突する。目の前が真っ黒になりかける。直後全身を襲う凄まじい痛みに呻かざるを得ない。
走り寄ってくる音が聞こえる。俺にとどめを刺すつもりだ。その剣を俺に突き立て、殺しに来る。
こわい。だめだちがう。反撃だ。意気だけは負けちゃだめだ。
「礼!」
レイの叫び声。俺は体を動かそうとして。
自分の体に力が入らないことに気が付いた。
もう限界だ。
ヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロ。
命令拒否。
体のいたるところが俺の脳が出した命令を拒否する。
なんで、と自分に問いかけるが、それは命令拒否をしたすべてが訴えていた。
あ。
いた痛い痛い痛いいたい痛いいた痛い痛い痛いいたい痛いいた痛い痛い痛いいたい痛いいた痛い痛い痛いいたい痛いいた痛い痛い痛いいたい痛いいた痛い痛い痛いいたい痛い。
何をしようとしてももうそれしか感じられなかった。
今まで虚勢を張って頑張ってきてたけど、それがもうごまかせなくなってしまったんだ。
体はとっくに限界だった。
安住にとどめを刺されたんだ。
安住は追撃してこなかった。ただ切っ先を俺に向け。
「ここまでだな。そのまま目を閉じろ。次にはもうすべてが終わっている」
その場で踵を返す。
まずい。レイを殺すつもりだ。
動け動け、と命令してももう体は動いてくれなかった。
このままじゃまずい。だけどもう体は動かなくて、聞こえてくる声でしか何をしているか判断することはできない。
レイ。レイ。
「逃げ……」
て、とまでは言えなかった。それは俺が力尽きたわけではなく。
「……私も巫女を。よくも」
「覚醒に近づいたか。その目、漂う妖気。あの時に見た鬼そのものだ。だが、お前はまだ、その上がありそうだな」
旧平安神宮に訪れたときに彼女から感じた負の力と同じ。
絶対に良いものとは言えない呪力が沸き上がっているのを感じる。
「呪力を集めていたようだが、間に合わなかったようだな」
次に聞こえてきたのが、彼女の断末魔だとわかったとき、俺は絶望と共に意識を失った。
生きる希望を失った命が失われるのは早く。致命傷を避けたはずの安住が鬼を始末した後に救出した夢原礼は、なぜかすべての呪力を使い切って意識不明となった。
彼が最後に呪力を使い切った理由は、まるで自分から手放してしまったかのようになんの意味もない呪力の拡散。
安住は手紙を残し、そこで自害する。夢原希子には、鬼の巫女の真実と申し訳なかったという言葉を残した。
悪霊は現れなくなった。
そして神人との戦いに専念できるようになった反逆軍と御門家は今日もこの人類最後の楽園を守り続ける。
人類の楽園はこうして守られたのだ。
めでたしめでたし。
(BADEND とっくに限界だった)
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