第5話 おにれいとみこれい

「おにレイはなにやってんだろうな?」


 なんだその呼び方。


 まあ、鬼とだけ呼ばれるのも彼女の尊厳を傷つけるようで申し訳ないという話から、ちゃんと名前を付けた、との話だったか、妙に胸がざわざわする呼ばれ方だ。


 俺とレイの間であれば困ったことはないが、今後はそこらへんも考える必要があるな。


 それはさておき今レイがやっていることは呪術を発動させる前の準備だ。


 本来呪術とは、紙や木の板に不思議な模様を描いてそれに力をこめることで発動する奇跡の業。模様の書かれた紙や板は生物から呪術の素となるエネルギーを抽出して、目的の現象を発動させるものだ。


 彼女の場合、頭の前方からひょっこり生えている鬼の角がその媒介品の代わりをしているため、彼女は呪文を唱えるだけで力を使用できる。


 巫女である俺もその力を使えたりするのだが、今の俺に期待されてもムリ。情けない限りだな。術を使えるのは現状彼女しかいない。


 団子屋の前に戻ってきたところで今彼女は何かを視ている。と思う。目が緑に光っているのがいい証拠だ。


「てがかりを見ています」


「手がかりってなんだ?」


「言葉にするのは難しいですね……。正確には表すのは難しいですけど、血や悪意がここを訪れた後どこへ向かったのか、この術が示してくれます」


 大門、こいつは基本的に遠慮がない性格なのだろう。疑問を素直に口にしてくれたおかげで俺が何が見えているのか訊く手間まで省けた。


 風……ではない気がする。ゆらゆらふわふわした赤い何かが漂って向こうへと飛んでいく。


「終わりました。後は術が店主さんを殺した犯人がどの方向へと去っていったかがわかります」


「おお、すげえな。いやあ、俺ぁ呪術には疎くてね。こういう方法があるのな」


「大門さん。行けば殺人者にたどり着くかもしれません。行きますか?」


 殺人者。


 その言葉を聞いた時、一瞬身震いしてしまった。


「顔色悪いな。大丈夫か? 巫女礼」


「いや、ストレートに殺人者に会いに行くって聞くとな。少し怖くなってな」


「お留守番でもいいぜ?」


「まさか。レイにも関係のあることだ。なら、巫女である俺が付き合わないわけにはいかないだろう?」


「場合によっては殺し合いになるかもだぜ?」


 ああ、確かに。でも、このまま放っておくわけにはいかない、と俺の心が強く叫んでいる。この件には、逃げずに向き合わなければいけない気がしてならないのだ。


「むしろお前は平気なのかよ?」


 大門はにこやかに、

「俺は慣れてる。まあ、大船に乗った気持ちで頼りな。てか、京都の人間に手を出す敵との殺し合いなんて、この街じゃ普通だろ?」

 曇りなく言い返してきた。


 ああ、これがこの街の恐ろしいところだ、それを久しぶりに実感した。人間たちの楽園を食い荒らす害との戦いに生き残り、この街は保たれてきたってことだ。







「礼、体は冷えませんか。まだ夜は冷たい風が吹きます」


 うーん、気持ちがそれどころじゃない。でも好意はありがたいので無下にはできない。


「大丈夫。それに敵や悪霊が現れたらすぐに反応しないとね」


 京都を覆う結界に寄って視界が良好。だからこそ夜の悪霊討伐に反逆軍や御門家の呪術師が迎撃に精を出せるというものだ。


 街の大通りや店が多く並ぶ活気のある道であれば街灯が点いているのでより見やすいが、今歩いているのはそういう道ではないため、先が見えていてもやや暗くは感じる。 


 街の南部のここは都立高等学校が大きくそびえ立つ。高等学校は公共機関なので、景観保護の対象外。2階までしかない伝統様式の建物が並ぶ中で、広大な土地に巨大な5階建てというのはよく目立つ。


「そういやお前ら、学校じゃ見かけねえよな」


「そりゃ、入ってないからな」


「なんだー、さっきの戦いぶりを見れば、絶対入れると思うんだよな。お前が来てくれれば、ジオラマシミュレーションでのトレーニングバトルで思いっきり戦えるのに」


 レイがなんと話に入っていいか分からない微妙な顔をしている。まあ、俺が何度も受験しているということは彼女も知っているが故の反応だろう。


 まあ、わざわざ昔のことをコイツに言うまでもない。ここは普通に、巫女の礼としての振る舞いを心掛けるさ。『俺』と自称することだけはどうしても直らないけどね。


「受かるかな? 難しいんだろう、きっと」


「あそこは京都に何かあったときに軍以外でも戦いの心得を持つ人間ができるように養成をする学校だからな。強い奴は基本ウェルカムだと思うぜ?」


「まだ強いって印象ないんだけど。それに俺は、レイが一緒じゃないとな」


「なんだぁ、惚気か?」


「違う。俺は巫女だからな。一緒にいられるときは一緒にいないと」


「ちがいねえ。でも、お前も戦う人間なら環境はあった方がいいぜ。あそこは強くなるには最高の環境だ」


「へえ……」


 レイが角を触って口をへの字にしてしまった。もしかすると『自分がいるから』なんて考えてるんじゃないか?


「レイは『たまたま頭に角が生えた式神』扱いでどうだ?」


 レイの場合は自分が原因で俺を含めた他人に迷惑が掛かるのが嫌なはずだ。今だってそういう原動力で、大門の殺人者探しを手伝っているはず。


 なら下手な慰めより、具体的なレイも巻き込める解決策を提示してしまった方が彼女のご機嫌も悪くならないだろう。その方が俺も悪い気分にならないで済む。


「お、そりゃアリだな。よっしゃ決まりだ。お前、今度入学しに来いよ! 楽しく戦おうぜ」


 先に大門が前向きな反応を示した。どんだけ俺に入ってほしんだコイツ。レイもへの字になった口の形がもとに戻ったので良かった。


 赤いゆらゆらが浮かび飛んでいった軌跡をたどると、どんどんと細道へと入っていく。南部は軍の敷地よりも遠く、時に吹く風が嫌な予感を増幅させる。


「目印が濃くなってきましたね。そろそろ警戒しながら進んで。近くにいるかも」


「へへへ……いよいよか。ドキドキしてきたぜ」


 こいつなんでこんなに楽しそうなんだ。こっちはちょっと冷や汗をかいてきたぞ。いつも相手をする悪霊と違って人間が相手なら何してくるか分からないからな。


「礼、平気ですよ。私が術で不意打ちから守りますから」


 へぇ、レイはさすがにこういうことも慣れっこなのかな。


 突如大門が止まる。まだどこかに着いた感じはしない道路の途中だけど……?


「来るな。向こう側」


「後ろの左右からも」


 マジ? 全く何も感じないんだけど……。


「おいおい、巫女礼。不意打ちに気を付けるんだから索敵法くらい身に着けとけよ? この街で生きていけねえぞ?」


 常に不意打ちを気を付ける街というのは飛んだディストピアな気がするが、まあこういうところに首を突っ込んでるだから、一理あるか。


「大丈夫。礼は私がいる限り心配ありません」


 鬼を助けるための巫女の面目は丸つぶれだけどね。


 大門とレイの言う通り、見るからに殺気立ってるヤバイ連中に挟まれた。前に10人以上後ろも同じくらい。完全に虐められる直前だ。


「多人数戦はまだ不慣れですよね。礼、失礼します」


 後ろからレイに抱き着かれ――体から力が抜ける……。


 直後に来た感覚には身に覚えがあるぞ。これは……憑依か。

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