第5話 添い遂げる覚悟はあるか?
そのまま俺は力づくで投げ飛ばされる。地面にたたきつけられて激痛が走った。
「きゃぁ!」
俺の声じゃない。レイの?
それを考える暇もなかった。なんとかひざ立ちになった俺の脳天に拳骨が飛んでくる。両腕でそれを防いだがめちゃくちゃいたい。さらに隙を晒した脇腹に回し蹴り。見えたけど体がついて行かなかった。
声も出ない。めっちゃ痛い。何とか気合を入れて立ち上がろうとする。
「戦い方が若いな。真っすぐ来るだけじゃ、それこそ体を得ても破壊の意志のない悪霊の単純さと同じだ。……ほう? 見てみろ。お前の守りたい彼女を」
言われるがままに、痛みを我慢して彼女を見た。
嘘だ。いったい誰があんなことを。彼女がその場で苦しそうにうずくまっている。そして俺が今めっちゃ痛いところをおさえている。
「契約故か。どうやら痛みを共有しているらしい」
それはつまり俺がやられればやられるほど……?
「俺がこいつを殺せばお前も死ぬかもしれんと。なら……俺も覚悟を決めるときか」
こいつイカれてる。鬼を殺すためなら人殺しも遠慮なしとかサイコパスかよ!
「やめて!」
「鬼、命乞いか?」
こっちを向いてない。俺だって殺されてやるつもりはない。向こうが殺しに来るなら……剣を向けてでも生き残るしかない!
「うおお!」
振り抜く。一応みねうちに――刃を……掴まれてる?
「いい振りだ。だが不意打ちに気を付けていれば防げる」
刀から手を離さなかったのが仇になったと気づくのは、剣を通じで腕をひねられてからだった。掌打を受けて、さらに仰向けにねじ伏せられた。めちゃくちゃ痛い。
「あぁ……がぁ、はぁ」
「ぎゃあ!」
レイの苦しそうな声。彼女の方を向こうを顔を向けようとする。
なんだこの状況は。さっき嬉しかったのは無力を嘆く必要がないからじゃないのか……? これじゃあ、よわよわな男の俺と何も変わらな――?
体に何かが入り込んでくる。それが奴の剣の刃だと分かって――。
「がああああああああああ!」
痛いどころの騒ぎじゃない。左肩が溶ける。ぐちゃぐちゃにされる。無理無理無理!
「ひい……! ぐぅ」
守りたい彼女が苦しんでいるのが分かる。立てよ、痛みなんて気にしないで立てって。死んじゃうんだぞ。
こんなことで立てないなら俺に、窮地の誰かを救える善き味方になる、夢を持つ資格はない! ――でも、立てない……!
「契約を解け鬼! こいつを殺したくないと思っているのならな!」
「やめて、そんなことしたら、死んじゃう……」
「巻き込んだのはお前だ。それに心臓が損傷していても治せる。お前の脅しは通用しない。ただでさえ今は外の神からの侵略が過激化している。お前に付き合っている暇はない」
「く……それは」
「もう諦めろ。神に呪われてまで生きる必要はない。もう楽になっていいんだ。お前にとってこの世は地獄そのものだろう。あとで後悔しないためにもな」
「いや……いや! 私は、悪じゃない! 生きたい!」
初めて叫んだ声を聞こえた。強い意志が籠っている。なら、その声に応えずして……何がヒーローだ!
剣を! ――剣が蹴り飛ばされた。
「があ! ぐぅ!」
完全に俺を殺す気だ。突き立てた剣先を動かすな……! 動こうとした俺の体からまた力がなくなっていく。
「さすが夢原希子の弟。姉と弟揃って狂人とは恐れ入る。こんな状況で他人優先とは、少しは己のことを大事にしろというんだ」
「お前、姉貴、ぐぁ……」
「痛いのはいやだろう。助言しておいてやる。姉孝行するのなら、お前はまっとうな人間に戻ることだ。ヒーローなんてやめておけ。お前の目指すそれは姉同様、殺人者を意味する」
「何……?」
「多くの人々の幸福のために、敵の考えをその命ごと否定する。そこに喜びを得て決して相手に同情してはならない。勝者こそが正義となり、後に英雄ともてはやされる。どうだ、そんな存在が、お前の憧れか?」
それは。それは違う。
俺は『助けて』と言われたらちゃんと助けられる善い人間になりたい。それだけだ!
「違う、という顔だな?」
「俺は、助けられたときに嬉しかったんだ。だから、今度は自分が助ける。本当に生きたいと思っている人に命を諦めてほしくないから!」
「そうか。悪くはないが、アレにも当てはまるのか?」
「だから、俺は! 鬼であっても、彼女を助けるんだ!」
何者かが走ってくる足音が聞こえる。
「はあ!」
蹴り飛ばされた剣を拾って、俺を這いつくばらせた男に挑んだのは、体がないはずのレイだった。めちゃくちゃ痛いだろうに、歯を食いしばって走ってきてくれたのか。
男は俺から剣を抜き、襲い掛かってきたレイに相対する。
俺は何とか立ち上がってレイが挑んでいく姿を見る。
そこからは、なんというか……凄まじかった。安住は俺の時も手加減してたのだとすぐに分かった。
レイの俺とは違う隙なんかほとんどない猛攻を、後ろに下がりながら的確にしのいでいく。1秒に2回もありそうな剣戟が遅く見えるわけがない。
「ほう? 今は実体か!」
「はぁあ!」
踏み込んで水平切り、それを躱して安住が攻勢に出る。
3回の攻撃を、一度は躱し、残りは捌き、突きを後ろへ跳躍して躱す。
「〈
小さな声でつぶやいてすぐ、安住は刀を振り下ろす。刃はレイに届かなくても、レイはその斬撃を横に動いて躱した。
今の俺には見える。剣が振り下ろした一瞬だけ、刃の先から何か透明なものが伸びていた。そしてここからはるか遠くの木を数本両断する。
安住はすかさず斬りかかり、レイがその刃を己の剣で受け止めた。
「なるほど。剣を媒介に契約者の力を吸収して体を実体化できたといったところか」
「彼は……殺させない!」
「人間を演じるのはやめろ。そういうふうに剣で戦って人間らしく振る舞うのも気に入らない。お前はこの男を利用しただけの屑だ」
「でも彼は私を助けると言ってくれた! それが私は嬉しかった! だから彼と生きるためだったら命をかけます」
彼女を弾き飛ばし、安住は恐ろしい顔で鬼を睨んでいる。
「現世はお前が生きることを許さない。どうあれ鬼ならば、この京都を滅ぼす脅威になりうる。それを許す理由はない。お前はここで死ね」
「死ぬわけにはいかない。私は……人間として生きたいから」
「お前の願いは叶わない。今はそれを理解できなくてもいずれは分かる事だ。絶望し人を恨む悪となる前に引導を渡すのが筋と言うものだ」
「私は、自分の願いもかなえたい。だから我が儘に彼を巻き込みました。その責任を果たしながら……」
「御託はいい! 消えろと言っている」
脚が震えている。見ると徐々に体がまたさっきと同じように輪郭がぼやけ始めている。霊体に戻ろうとしているのだ。
それでも俺のために、剣を向けてくれている。
「こんなところで、倒れてられるか!」
体はもうだめだ、おしまいだ、とうるさいことを言っているが、そんなの無視だ。俺だって彼女を助けると決めた。
彼女が生きたいと望むのなら、それを叶えてやるのが、己の憧れるいい人間の務めだろう。
必死に足を動かして彼女の持つ柄を一緒に握った。
「やろう!」
「はい!」
安住を押し込む。分が悪いと見たのか、安住は一度後ろに下がった。
「ほう……どうあっても助けるというのだな?」
「俺が助けると決めたんだ。なら、彼女の悩みや苦しみを解決するまでは助ける。それが、俺のなりたい人間としての責務だ」
「そうか。その無様な体でよく言った。俺もお前を少し侮っていたようだ。だが」
安住は俺を睨む。しかし憎しみではない。それは俺に覚悟を問うかのような真剣なまなざしだった。
「よく考えた方がいい。お前が守ろうとしたその
「なに?」
「彼女は何故鬼になった? なぜ長い間眠りについていた? おまえも使うその力はどこから来たものだ? お前が守ろうとしているのはただの人間じゃない。想像をはるかに超える秘密や闇を抱えている」
間違っているとは思わなかった。俺と契約して流れ込んでくる力はそれほどまで神秘的で恐怖すら覚えるほどだから。
「それは見捨てる理由にはならない。一度助けると決めたら、それを途中で放り出すのは人間のやる事じゃない」
「その子の闇を背負う覚悟があるとでもいうのか? そのために死ねると?」
あいつ、少し笑った。馬鹿にしてるのか?
「レイ、剣を貸してくれ」
「でも」
「もう霊体になりかけで力が出ないんだろ。なら、俺がやる。大丈夫。次は信じてくれ」
恐る恐る差し出された剣を俺は受け取って駆け出す。
これは俺の始まりの一歩だ。今まで何も成し遂げられていなかった俺の初めての大一番。やれるだけやってやるとも。
「うおお!」
あいつは強い。斬りかかっても油断はしない。一振り、躱されたらすぐに後ろに下がる。胸の一寸先を刃先が通ったが当たってない。
今度は腕を掴まれないように機敏に動くことを意識した。その甲斐あって、今度はちゃんと戦いになっている。不利ではあるが先ほどのような無様は晒さない。
剣を振りかぶった。あれは先ほどと同じ〈空割〉を放つ合図かもしれない。
こちらも想像する。あの恐ろしい斬撃に対抗するための力を。
俺とあいつは同時に剣を振り切った。俺が放ったのは先ほどと同じ飛ぶ斬撃。しかし先ほどとは違い三日月には稲光が走っている。
2つの斬撃波ぶつかり爆発した。地面を巻き上げ砂煙を発生させて拡散する。
何も見えねえ。
「いいだろう。ここまでは及第点だ」
声がする。でもどこから話しているか分からない。レイは……?
背中にどう考えてもあいつのではない肌の感触がした。見るとレイが背中合わせで俺にピタッとくっついていた。悪くない感触……いや、今は邪念を持っている場合じゃないだろ。
「夢原礼。お前には試練が訪れる。鬼を恨む者からの攻撃、鬼を利用しようとする連中からの悪意、世界を変えようとする神人の襲撃。お前に耐えられるか?」
「何……?」
「その鬼に手を差し伸べた以上、お前はいずれ、絶望しながら処断される。それ以外に道はない。相応の覚悟をしておくことだ」
煙が飛びようやく視界が開ける。既にその男も、倒れていたはずの部下もいなくなっていた。
とりあえずは勝ったか。一安心だ。
レイはそんな状況になっても離れなかった。
「ありがとう。礼さん」
「え……?」
抱き着かれた。ふと、顔が近くにあるのを見て、男のときよりも若干身長が縮んていることをようやく自覚する。そして――なんといい気分だろうか。
いや、抱き着かれていることじゃない。否、それで伝わってくる感触は満更でもないけれど、それよりも弾んだ声は喜びを示していて、その声でお礼を言われたことが何よりも嬉しかった。こんな俺でも、助けることが、できたんだと実感する。
「私、嬉しかった。こんな頭に角がるいている悪霊を本気で助けてくれる人がいて」
「君は助けてと言ったんだ。それを助けるのは当然のことだよ。でも、何とか生き残れてよかった」
「ふふ、可愛らしい。素敵です、笑っている顔も」
「かわい……えぇ……」
そう言われるのだけは非情に複雑な心境だ。嬉しいというより恥ずかしいような、でも悪くないような。
「失礼しました。……お礼は必ず。私、人間に戻れるまで、貴方の式神になります」
「式神ってのは、その、俺にこれからも力を貸してくれるのか」
「元々霊体ですから相応しい在り方だと思います。だからあなたは私の力を十分に使ってください。私を、生かしてくれる報酬として受け取ってください。私もできる限り、貴方を守ります」
この力をまだ使っていいという条件ということか。悪くない条件だと思う。俺も彼女もそれで望みが叶えられるのなら。
そしてそれは俺にも責任が生じるだろう。でも、迷うべくもない。誓いの言葉を俺は、彼女に向かい合って宣言する。
「人間として生きたい。その願いが叶うまで、俺はレイと一緒にいるよ。君の力になり続ける。俺は、この力で、まずは君のヒーローになってやる」
「嬉しいです、けど、それだけじゃだめですね。なら私はあなたの味方になる。貴方は私の力を使って、困っている人々を助けてください。ヒーローになる夢を一緒に追わせてください」
嬉しいことを言ってくれるな。なら、遠慮なくそうしよう。
鬼の力がどんなものであるかはまだ未知数だ。そこには俺の知らない深淵があるのかもしれない。
でも、この力で助けを求める誰かを救えるのなら、そして俺を頼ってくれた彼女を助けられるのなら、俺は喜んでそうする。
だって俺は、そんな善い人間になりたいから。
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