魔王アシトの奇略

 前線は混沌としていた。


 コボルトたちが雄叫びを上げ、レイスたちがそれを冷静に仕留める。


 そのレイスを獅子の頭を持つ戦士が、豪快に屠る。


 三者はまるで生態系の一部かのように機能していたが、それも永遠には続かない。


 コボルトは有限であったし、レイスはさらに少ない。


 遠からず戦線は崩壊するだろう。


 それは現実の物となった。最後のレイスがサブナクに駆逐されたと同時に、俺にコボルトが襲いかかってくるが、彼らは俺の魔法の犠牲となる。


 正確には体術か。


 強化魔法によって強化された体躯で彼らの攻撃をかわすと、そのまま拳に魔力を付与し攻撃する。


 一撃でコボルトどもを蹴散らすと、獅子の頭の戦士は、


「ほほう」


 と唸った。


「ここには青びょうたんしかいないと思っていたが、なかなか……、さてはお前、アシュタロトだろう」


「お初にお目に掛かります、とでもいえばいいのかな」


 戯けてみせるが、サブナクは笑わない。


「部下から報告は受けている。線の細い魔術師風の優男が新しく生まれた魔王だと。人相が貴様そっくりだ」


「なかなかに美男子だと思わないか?」


「そういう冗談に付き合う気分ではない」


「だろうな」


「お前は俺の面子を潰した。俺を利用し、人間どもにけしかけ、その間に宝物庫を襲うなど、小賢しいを通り越して卑怯千万」


「守ってくれとはお願いしたが、従属同盟は正式には調印していない」


「紙の約束がなければなにをしてもいいと?」


「そうだな。……ってまるで俺が悪役のようだな」


 自嘲気味に笑うと、俺は転がっているショートソードを取る。


 先ほどまでコボルトが持っていたものだ。


 すでに死んでいるようなので無許可で借りてもとがめられることはないだろう。


「この期に及んではこれで語り合うしかない」


「なるほど、すでに首を跳ね飛ばされる覚悟はできているということか」


「さて、それはどうかな。もしかしたら胴と首が離れるのはそちらかもしれないぞ」


「お前の剣術は素人以下だ。負ける気がしない」


「しかし、俺の魔力はなかなかのものだぞ」


「剣技対魔法、というわけか。面白い」


 サブナクはそう言い切ると、大剣を上段に構えた。


 ゆっくりとした動作だが、懐に忍び込んで攻撃する気は起きない。そのようなことをすれば頭から真っ二つにされるような気がしたのだ。


 その想像は完璧に当たっていた。


 一秒後、サブナクの大剣が振り下ろされると、俺は真っ二つになる。


 頭頂から腰まで見事に切り裂かれるが、俺はしゃべることができた。


 なぜならばやつが切り裂いたのは分身だったからだ。


 これを予期していた俺は、《幻影》の魔法で身代わりを用意していたのである。


 手応えで俺の生存を即座に察したサブナクは、


「ちいッ!」


 と表情を歪める。


「小賢しい真似を!」


「賢くてなにが悪い」


 と、俺は陰から攻める。


 やつの死角に回り込んでいた俺は、ショートソードをやつの腹に突き刺す。


 ――はずであったが、それはやつの化け物じみた反射神経で回避される。


「猫のように素早いやつだな」


「俺様は獅子だ! 獅子の王だ!」


 猫扱いされた獅子王サブナクはそのまま力任せに剣を振り回す。


 その剣圧はすさまじく、真横をすり抜け、地面を叩き付けられた一撃は、まるで《隕石落とし》のような威力であった。


 横には大きな穴がうがたれる。


 その様子を見て、恐怖さえ覚えたが、俺は現実主義者だ。


 冷静に戦力を把握する。


 一騎打ちの能力は相手が上。


 そう感じた俺は、距離を取り、遠方から魔法攻撃しつつ、玉座付近に残しておいたオーク兵を呼ぶ。


 彼らはサブナクに圧倒されつつも、盾を構え、前衛を務めてくれた。


「馬鹿め、オークごときになにができる」


 即座に場を支配し始めるサブナクであるが、意外と魔法攻撃には苦戦していた。


 一騎打ちの能力は半端ないが、やはり遠方からの攻撃、それも魔法攻撃には弱いようだ。


 このままの情勢を維持できればもしかしたら勝てるかもしれないが、サブナクは余裕の笑みを浮かべていた。


 その笑みが気になった俺は尋ねる。


「余裕じゃないか、まるで勝利を確信しているようだな、サブナクよ」


「まあな。お前は時間稼ぎをしているようだが、時間を稼がれて有利になるのはどっちかな」


「どういう意味だ?」


「この城の堀は急ごしらえにしては上等であるが、城全面にあるわけではない。後背は無防備のようだな」


「なぜそれを」


 驚いた振りをする。


「馬鹿ではないのだ。斥候から報告を受けている」


「なるほど。それでもしかして、隠し部隊を後方に迂回させて挟み撃ちさせる気か?」


「それ以外に聞こえたのなら俺の言い方が悪かったのだろう」


 サブナクは自信ありげに言うが、その自信は過信ではない。


 たしかにアシュタロト城の後背には堀がなく、兵士がいない。もしも裏を取られたら、そのまま城までなだれ込まれて、一巻の終わりだろう。それくらい後背は無防備であった。


「あと一刻、いや、もうじき、俺の虎の子の部下どもがここになだれ込んでくるぞ。コボルトの中でも選りすぐった強兵、ハイ・コボルトどもがやってくる。お前のコアを破壊しにな」


「たしか玉座の間にあるコアを破壊されたらゲームオーバーなのだよな」


「そうだ」


「ならば破壊されるわけにはいかない」


「選ぶのはお前じゃない」 


 と、サブナクは懐から水晶球を取り出すと、それを投げる。


 床に叩き付けられたそれは、魔力をともなった光を放つ。


 どうやら水晶には魔力が込められており、魔力を持たないものでも一回だけ魔法が使える道具のようだ。


 それは《遠視》の魔法が付与されていたようで、空中にアシュタロト城の裏門が表示される。


 俯瞰映像、まるで鷹が撮影したかのような映像に切り替わると、その裏門めがけてハイ・コボルトの一団が攻め寄せてくるのが分かる。


「この映像は十数分遅れている。つまり、もうじき我が部下がここにやってくるということだ」


「なるほど、遅れているのか。おかしいと思った」


「おかしい? どういうことだ? 気でも狂ったのか?」


「まさか、至って冷静だよ。魔王サブナクよ、お前の遠視は弱々しいから俺のものに変えていいか?」


 一応、許可は取ったが、同意を受ける前に短縮魔法を詠唱し、《遠視》を完成させる。


 新しく映し出された映像は、コボルトが城の門の前にいる映像だった。


 それを見たサブナクは驚愕する。


「な、なんだと!?」


 サブナクが驚愕した理由は、ハイ・コボルトの過半が、城の中ではなく、城の手間にある大穴に落ちていたからである。


 そう、俺は工兵たちにわざと城の裏手を手薄にさせ、そこに落とし穴を掘ったのだ。


 サブナクはそれにまんまとはまってくれたというわけだ。


 魔王サブナクの表情を見るが、やつの肩は振るえ、怒りに満ちていた。


 今にも俺の喉笛を掻き切りたい衝動に駆られているようだ。


 知略によって一泡吹かせた俺は、清々しい気持ちでサブナクを見下ろす。


 謀略家が快楽を覚えるのはこういう瞬間であると改めて思い出すことができた。

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