おめでとう! SSRの召喚に成功した!
まるでコルクの栓が抜けたような、ポン!と耳に心地良い音がした。そして、瓶の注ぎ口からしゅわしゅわとシャンパンが吹き出すように、陣からは白い霧が吹き出す。わたしは白霧の勢いにたじろいで、後ろに尻もちをついた。霧の量は増して行き、部屋中が白い霧で塗りつぶされていく。あわてて駆けて、換気のためにドアを開けた。
(召喚……できた!)
手のひらに残るじんじんとする感触。岩のように重い巨体を、たしかに魔力で引き上げた。
大慌てで陣の方を振り返る。空気の逃げ場を得た白霧がすうと引いていくと、ゆらりとシルエットが揺れた。それがはっきりと人の立ち姿に見えて、胸がドキリと大きく鳴った。
(ゆ、勇者サマが、いる…!!)
にわかに高ぶってきた!
なんて声をかけたらいいんだろう。勇者を召喚できるようにアレコレ考えたけれど、まさか本当に召喚できるとは思っていなかった。召喚後の会話までシュミレーションをしていない。やっぱり「ようこそ」と歓迎するのが適切だろうか。それとも自分の自己紹介を先にするのが礼儀だろうか? 自分が喚ばれた時の対応を参考にしようとしても、興奮でうまく頭が回らない。
というか、勇者を召喚したら、来月のお給金にはボーナスがもらえちゃったりするんじゃないだろうか。だとしたら、今日の夕飯は祝杯だ。スピカ姉さんにいつもお世話になっているし、今夜こそお礼がしたい。お店の大将さんにお願いして、店中のホッチリ芋を煮たり焼いたり揚げたりピリ辛にしてもらわないといけない。今夜は大忙しだ。
(やった!)
わたしは召喚後のだるさが残る体を興奮でねじ伏せて、召喚陣に駆け寄った。
「あ、あのっ!」
影は声に反応して、ゆらりとこちらを振り返った。さっきから鳴りっぱなしの心臓が、ギュッと縮まる。意思の疎通ができる相手であることが、ほとんど直感でわかった。やはり、勇者だ! 「あの、あの」とどもり倒して、やっと続きをひねり出した。
「わたし、召喚士のユウといいます……!」
出した声は思ったよりも上擦っていた。浮かれているのが真っ直ぐ伝わってしまう声色が残念で、しかしブレーキが壊れてしまったように高揚する気持ちを止められない。わたしはせめて、誠意を伝えようと、ガバリと45度のお辞儀をした。そして、大きな声で言った。
「あなたに世界を平和にして頂きたくてお喚びしました! どうかわたしに力を貸してください!!」
そう言い終わると、魔法陣がパアッと一層明るく輝き出した。その光は外の陽気のように明るく暖かな白色をしていて、まるで自分の心の中の色のようだった。眩しくも優しい光は、視界を遮っていた霧を振り払ってくれた。白い幕がスウと地面を滑り引いていく。
そこで、わたしは己の勘違いにやっと、気が付いた。
(あ)
魔法陣の上に現れたのは、見たこともない異形だった。
(……人じゃない……!)
黒い鎧姿がこちらを見ていた。いや、「見ていた」のかは正確には分からない。こちらを覗く風貌には、顔がない。目も鼻も口ない。鎧の手足があり、かろうじて人の形をしているようだったけれど、それも規格外の大きさで、思わず見上げる。天井に頭が付きそうなほど、巨大なイキモノ。
影を厚く塗り固めたよう黒い顔は、光を吸い込むばかりで、空間に穴が空いているようにも見える。その異様な頭部から、同じく黒い二本の角が、ぬうと細く高く伸びている。闇色の鎧は分厚く太く、片足にユウが二人も入りそうだ。表面には脈動に呼応して赤く光る不思議な模様に彩られ、暗い室内を禍々しく赤黒く照らしている。黒と赤の配色は見るからに毒々しく、自らが強者――捕食者であることを本能的に訴えかけている。
蛇に睨まれた蛙の気持ちが今は良く分かる。実力の差が本能的に分かって、逃げ出したいのに足が動かないのだ。圧倒的な覇気に当てられ、足が震え、わたしはペタンとその場に座り込んでしまった。
座り込んだ形から見上げると、まるでそびえ立つ大きい黒い岩だ。狭い召喚室はさらに窮屈に見えた。禍々しいのに、目が離せない。
(こ……これが勇者だったら逆にすごい!!)
思わず心のなかで突っ込んでしまう。聖の要素がゼロすぎる。いくらなんでも見た目が禍々しすぎるだろう。神様、おかしいよ! 確か「イケメン」て発注しましたけど!?
その黒い得体のしれない者が、鎧を軋ませてこちらに一歩踏み出した。悲鳴をあげそうになるのをすんでで堪えた。本能が「逃げろ」と警報を鳴らしている。
「……お前か」
「……!」
「俺を喚んだのは、お前か」
(しゃべった!!)
異形の声は、意外な事に耳に柔らかく響いた。意思の強そうな語尾だ。次々と起こる驚きに、驚きと驚きが混ざり合って渾然一体となり巨大な驚きになってしまっている。処理しきれず、口をぱくぱくとやった。
黒い異形は、返事をしないわたしに見切りをつけ、様子を探るように顔をぐるぐると見回した。そしてガントレットで覆われた不気味に長い指を数回ワキワキと動かしてみると、もう一歩こちらに歩を進めた。
腰を抜かした姿勢で見上げれば、体が自然と反ってしまう。質量が、圧力が、圧倒的に違う。
「ここは、
ゲヘナ。ヘンキョウ……。言葉が脳を上滑りしていく。
「人族の子」
「!」
問いかけられ、思わず他人のフリがしたくなった。けれど露骨に自分を名指しでご指名しているらしかった。
「あ、あ。ああ、ああの、あああの……えっと………」
わたしは中々浮かんでこない返事の代わりに、バタバタと手足を動かした。
「……こ、ここは、ヴァルハラのヴィロン王宮内、召喚院で……わたしは召喚士のユウ=ヅツ……」
「……人族の王宮、だと?」
異形は、石壁をそっと触れた。そして、そのまま何やら思案でもするように腕組みをして黙り込んでしまった。
(……)
改めて見ると、この魔物……。見た目こそ禍々しいけれど、それなりに会話が成立するタイプのようだった。仕草は不思議とわたし達のそれに似通っているし、言葉が通じる。知性も十分にありそうだ。
見た目はとても同じ人間にはみえないけれど、ひょっとしたら人間に近い、異世界では人間的なポジションで通ってる亜人さんなのかもしれない。だとしたら、〈勇者〉の可能性だって、まだ残されているのではないのか。
わたしは恐る恐る聞いてみた。
「……あの……。……あなたは……、異世界からきた勇者サマでしょうか?」
「…………」
黒い異形は思案した後、黒いだけののっぺりとした顔面を、こちらにずいと寄せた。
「……この俺が、〈勇者〉に見えるか」
「〜〜〜〜、絶対にないとも、言い切れないかなあって思いまして……」
ひきつった愛想笑いを浮かべる自分に、異形は長い沈黙で返答した。そして鎧の音をガシャンと立てて、腰に手をやって見せた。
「俺は、魔王だ」
「ま……??」
頭が、言葉の受取拒否をしている。サラリととんでもない言葉を聞いたような気がした。
(……今、なんて……?)
「俺は、
「う、……嘘でしょ?」
勇者を喚び出すつもりだったのに。
わたしは、またしても召喚術に失敗をして、ハズレを引いて、……よりにもよって。
(敵国の総大将を、王宮に召喚してしまった――!?)
わたしは血の気が引くのを感じながら、どうか夢であれば覚めて!と強く強く願った。
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