召喚ガチャ必勝法を考える

「じゃあね、ユウ。終業でむかえに来るから。仕事上がりで晩ごはん食べましょ。行きたいお店、考えといてね」

「やった! じゃあ、わたし、蜥蜴庵とかげあんのトロント煮込み定食が食べたいです」

「蜥蜴亭なら私は揚げリザーどんにしよっかな。ホッチリ芋増々で!」

 スピカ姉さんの嬉しい提案に、わたしは自然に笑顔になった。姉さんは美味しい料理を出してくれるお店をよく知っている。客席は少なく隠れ家みたいな店ばかりで、どこも美味しい惣菜を出す。半年でこちらの世界でも好物が増えたのは、ひとえに姉さんと路地裏店のおかげだ。


「アルさんも、今日は本当にありがとうございました」

「なに、全然いいってことよ」

「そうそう、気にしなくていいって! 王宮付きの騎士なんて、みーんな暇してるんだから、どんどんき使って頂戴」

「そうなんだけどさ、言い方よ……」

 スピカ姉さんの物言いに、騎士のアルさんが苦笑を浮かべる。

「じゃあオレはスライムを詰め所の方に持っていくから。スライムの運用地が決まったらまた連絡するわ。その時改めてこいつらに〈使命〉を下してやってよ」

「はいっ!」

 召喚獣は基本的に主である召喚士の言うことしか聞かない。水質浄化のお仕事なら、運用先に出向いて、スライムたちにお仕事を直々に〈使命〉を下してやる必要がある。地味だけど、忘れちゃいけない最後の工程だ。

「じゃ、この後もがんばれよ」

「ありがとうございました!」

 わたしは手を降って、お辞儀をして、また手を振って、スピカ姉さんとアルさんを見送った。お辞儀の文化はこの国にはないけれど、自分の持ちうる最敬礼をしたい気持ちなのだ。

 結局三人とも、スライムの片付けでお昼ごはんを食べそびれてしまったのだ。姉さんもアルさんも、終業までの五時間を空腹でこなさなければならないのに、嫌な顔ひとつしない。


(二人共、優しいなあ……)


 二人の姿が見えなくなるまでしっかり見送ると、ふうとため息をついて、自室のドアを締めた。




 頭に巻いた頭巾を取り去り、召喚士の正装一式のヘッドドレスを手に取る。一角獣のツノが生えたソレは、召喚された獣に敬意を表すためにあるらしい。額にあてがい、首の後で紐をキュッとリボン結びすると、自然と気合が入る。


(さて……と)


 改めて自分の作業部屋――殺風景な石の召喚室に向きあった。

 二人の優しさに応えるためにも、もう少しマシな成果がほしい。

 勇者の召喚が難しいことはよく分かっている。でも失敗の時にストーンゴーレムくらい役に立つモンスターを喚び出せたら、姉さんにもアルさんにも面目が立つというものだ。でも、どうやったら「マシな」召喚獣をよべるのか、分からない。


 う〜ん、と首を捻る。

 自分の召喚方法は、感覚だけが頼りだ。「ハズレ召喚士」とはよくいったもので、そのやり方はくじ引きに近い。運だ。

(運は、自分では操れないし……)

 スマホゲームのガチャなら、確率を上げるために課金すれば済むけれど。召喚魔法に課金システムはない。

(どうしよう……)


 召喚術が確立しているこの世界では、異世界なんてあってあたりまえの認識だ。わたしが暮らしていた地球の他にも、宇宙にうかぶ星の数ほど、異世界はたくさん存在するそうだ。

 わたしのくじ引き召喚は、その無限に広がる宇宙の中に手をつっこんで、ゴソゴソとひとつの星を選び、ランダムな地域のランダムな住人を引っ張り出しているようなもので、そんな壮大でデタラメな方法では、分母が大きすぎる。いくらクジを引いても、「スカ」が出ても納得なのだ。


「せめて、もうすこし召喚の条件を絞れればなあ……」


 う〜ん、と逆方向に首を捻る。

 スピカ姉さんの言うように、ハズレでも、せめて人型がいい。ハズレはハズレでも、ランクをあげたい。


 何とか召喚を条件付けることが出来ないだろうかと、机から日誌帳を取り出して、ペラペラとページをめくった。

 日誌には、だんだんと懐かしくなりつつある日本語が書き付けてあった。ユウが竹ペンと練り墨で、毎日書いたものだ。

 異世界転移者特典の翻訳能力は黙読リーディングは出来ても筆記ライティングまでは出来ないので、こちらの世界の人が見ても意味不明な暗号の羅列となってしまっている。けれど、誰かに見せるために書いたものではないし、ユウにはそれが都合がよかった。どんなに奇天烈なことを書いても、誰にも咎められることもない。

 

 めくったページには、まるっこいプルプルしたゼリーのようなイラストが描いてある。この世界に来て、初めて召喚したスライムの模写だ。

 あのときは召喚で人やモンスターが現れるというのが怖くて、どうか身の危険がありませんようにと、震える手で杖を握っていた。強大な魔物が来る!と身構えてたのに、かわいいスライムが出たものだから、笑ってしまった。


 ぱらぱらと数日後のページをめくる。スライム召喚の反省を踏まえて、「勇者じゃなくてもいいから誰か人間を喚べますように!」と挑んだと書いてある。結果、喚べたのはゴブリンだった。余白に「確かに二足歩行だけど!」と自己ツッコミが吹き出しの中に書かれ、虚しさが倍増させている。

 どのページを見ても悪戦苦闘の歴史だった。六ヶ月という長いような短いような期間に、濃厚な体験が詰め込まれてる。隙間を埋めるようにスピカ姉さんのアドバイスが書き込まれていて、わたしは思わず微笑んだ。


 「……うーん……とりあえず、声を出していこう」


 わたしの通っていた学校では何かと「声を出せ」と指導されていた。綱引きなら「オーエス!」だし、試合中なら「元気だして行こ!」だ。どんなに背伸びしたって、わたしは教わったことしか出せないタイプの普通の人間なんだから、基本には忠実でいこう。気合は大事だ。

 と、思った矢先に、冷静な内なる自分が茶々をいれてくる。声を出してどうにかなる問題じゃない。精神論じゃなくて、具体的にしないと。

「ん……? 『ぐたいてき』?」

 自分の頭の中の言葉にピンと引っかかる。

「ぐたいてき……そっか、『具体的』にする……」


 もう一度日誌を開いて、スライムの召喚ばかりだった頃のページに戻った。失敗召喚ばかりの日々。めくれどもめくれどもスライムのページが続くある日、具体的に「ニンゲンで!」と発注した日だけ、ゴブリンの召喚に成功しているのに気がついた。ゴブリンは下級召喚獣だけれど、スライムに比べれば、戦力になる。それに……

(人間に、ちゃんと近くなってたんだ……)

 「ニンゲンで!」と発注した日だけ。

(もしかして、最初に思い描くイメージが大事……?)


 異世界の宛先も場所も指定しない、わたしのくじ引き召喚では、「想い」こそが大事、なのかもしれない。

 イメージをもっともっと詳細にしたら、該当勇者が呼び出される確率があがるのかもしれない。ハズレたとしても、ゴブリンよりか役立つモンスターが来るかもしれない……。


 わたしは、椅子を跳ね上げながら慌てて着席すると、大急ぎで反省ノートの一番後ろのページを開いた。そして、竹ペンで大きく「理想の勇者像」とタイトルを書いた。

 具体的に妄想……、いや、こうやって想像を重ねることで、ハズレの精度をあげるのだ。

(理想の勇者を、もっと詳細に思い描く!)

 自分の中の「理想」と向き合うことは、なかなか恥ずかしい作業だけれど。スピカ姉さんやアルさんの期待に応える召喚士になりたい欲の方が勝つ。


「うーん……勇者……。勇者といえば……」

 真っ先に浮かぶのは、ゲームに出てくる勇者像だった。社会現象になるほど売れたという「なんとかクエストIII」。やったことがないけれど、数多くの作品に影響を与えたと、父から聞いたことがあった。たしか、頭に、王冠ともヘッドギアとも言えない飾りをつけて……革の手袋に革の靴、マントに剣。見た目も多分、カッコよかったんじゃないかな。「強い」、「かっこいい」、「清潔感もある」と竹ペンを走らせた。


「それに、やっぱり中身も大事だよね」

 人間、外見やステータスだけじゃだめだ。中身が応援できる人格であること。他人に元気を与える職業なんだから、モラルがないと。竹のペン先をカリカリと鳴らして、「勇気」、「正義のカタマリ!」と書き入れていく。しかし、ふとペンを止めた。


「……とはいえ、行き過ぎた正義心ってのも、争いのもと、だよね」


 ふと、日本のことを思い出した。

 日本は人国ヴァルハラとちがって魔族と争ったりしていない。けれど、争いはいつだって視界の端で、インスタントに行われていた。

 ワイドショーを真似て、クラスにも他人の人格批判をする子もざらにいた。ささいな揉め事をクラスの声の大きい子が大げさに騒ぎ立てて、男子VS女子の構図になったこともあったっけ……。

(やだやだ……思い出しちゃった……)

 争いと不和が嫌いな自分が、一番居心地の悪い時間。それが、わたしのまるごと日常だった。


 自分が正しいと思い込んだ人間ほど恐ろしいものはない。正義は品性が伴わないと、暴力の亜種でしかない。そんな力を振るうのは「勇者」じゃない。「理想の勇者」を追求するなら、ここは外せないことだ。


「真の勇者は、平和を大事にするひと!」


 相手を完膚なきまでにやりこめるタイプではだめだ。争いが嫌いで、平和を退屈だと感じない人。困っている人を率先して助けて、親睦の大切さを知っていていて、周りに元気を与えるタイプの人が来てくれたら良い。


「うん、これは推せる!」

 と我ながら満足して、「平和主義」の文字を二重にぐるぐると丸で囲った。墨で濡れたペン先を布で拭って机に放り出す。そうと決まれば、やることは一つだ。


(召喚だ!)


 イメージが決まったら、ムクムクとポジティブな気持ちが湧いてきた。早く試してみたい。なんだか、今度こそうまくいく気がする!


 卓上から青い小瓶をパッと取り、腰に手をやってグイと飲み干した。エーテルとかいう、魔力回復に効果があると言われているお薬だ。飲めば、シナモンのような香りの強い漢方薬をカモミールティで薄めたような、掴みどころのない風味が鼻の奥を抜けていった。わたしは魔力が弱いので、午後の仕事前にはこれをいつも服用するのが日課なのだ。空きっ腹にエーテルが沁みて、余計に効いた気がした。


(よおし、今度こそ、やるぞお!)


 わたしは壁に掛けた錫杖をとりあげると、ローブの腕をもう一巻きたくし上げた。

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