本日の日替わりハズレ召喚
冒頭より数刻前に
王宮の外れに位置する召喚院、その一角の小さな石造りの部屋に、モウモウと白い煙が広がっていく。新米召喚士のユウ=ヅツは「あいたたたた……」と後頭部を抱えた。
そうしている間にも石床の中央の魔法陣から白煙は吹き出し、続いて青やら赤やら色とりどりのスライムが飛び出してきていた。
「またスライムだ……!」
痛む後頭部をそのままに、慌てて石壁に立てかけている箒をひっつかんだ。
ユウはまだ小柄な少女である。歳は中学三年になったばかりだが、その肩書きはこの世界に移転する前のものだ。今は訳あってヴィロン王宮に仕える召喚士として働いている。日本人にしては色素の薄い猫っ毛の黒髪を、前下がりボブに揃えた外観のせいで、見ようによっては少年のようにも見える。身丈に合わない大きめのローブが、余計にユウの体を華奢に見せていた。
石床に描かれた大きな魔法陣から、丸っこいスライムがぽこぽこと噴水のように溢れている。ユウは慌てて大きく体を回転させ、石床のチョークを箒で払い、陣を切った。円からポップコーンのように弾け溢れていたスライムの流入がぴたりと止まった。
「はー……あぶなかったー……」
と、長くため息を付いて、ことりと箒を置く。召喚士の身分を表すヘッドドレス――着ければ額から一角獣のツノが生えているように見える、ヘアバンドのようなものだ――をぐいと取り去り、代わりに掃除用の頭巾を被った。うぐいす色の
部屋を見返せば、至る所に丸いスライム。赤いの、黄色いの、青いの、緑の、白黒のぶちもいる。それぞれがぴょんぴょん弾んだりもっちもっちと這い回るものだから、殺風景な石造りの召喚部屋は、お祭り騒ぎだ。
「どうしよう、スピカ姉さんにおこられちゃうかも……」
ユウはひとまず手近な一匹をもっちり抱えると、スライムは腕の中でびよよんと体を弾ませた。
「スピカ姉さん」と呼んだ人物は、ユウの上司に当たる同業召喚士だ。二十代という若さなのに召喚院きっての秀才で、過去にスキル持ちの勇者を三人も召喚した実績がある。出来る人は人柄もいいもので、この世界にまだまだ慣れないユウの世話を焼いてくれたり、召喚士としてのノウハウを丁寧に教えてくれる。
召喚術は繊細で難しいのだ。召喚術は千年前に発見されて、その後研究と改良を重ねて今の形になったらしい。長い年月をかけてアップデートを重ねた術は、少しのミスやズレで、二つも三つも別の階層の世界につながってしまうピーキーな術になった。そしてどんな優れた人間にも失敗はある。だから、新米召喚士が、〈勇者〉なんてスーパーレアを召喚しようとして、うっかりスライムの巣にゲートを開いてしまっても、仕方がない。必然だし、自然の摂理だし、何らおかしい所はないのだ。ウン。
木製の扉がバンと無遠慮に開いた。良く知った顔が、あまり見たことのない形相になって飛び込んできた。噂をすれば、スピカ姉さんだ。
「ユウ! 大丈夫!? なんかさっきすごい音が聞こえたけど!」
スピカはいかにも異世界人らしい彩度の高い青色のロングヘアを乱して駆け込んできた。彼女を知的に彩る銀縁のメガネも少しだけズレている。
「〜〜〜、あらぁ〜〜……。またえらいハデにやらかしたね。スライム屋でも開く気……?」
「えへへ。オープニングスタッフ、大募集〜」
「詰め所に行って誰か手の空いた騎士さんを探してくるかあ……。ユウはスライムをなるべく一箇所に集めといて。出来そう?」
「はいっ、がんばりますっ」
詰め所方面にパタパタと走るスピカを見送って、腕に抱いたスライムを、そのへんのカゴにモギュッと押し込んだ。
勇者を喚ぶのは本当に難しい。いつになったら〈ハズレくじのユウ〉の名前から卒業できるのだろう。このまま人に迷惑ばっかりかけてたら、どうしよう……。落ち込みかけて、首をプルプルと横に振った。
落ち込んでてたら、出来ることもできなくなってしまう。
(元の世界に帰れるように、お仕事がんばらなくっちゃ!)
気合を入れるよう、自分の頬を二度叩いた。スライムが、不思議そうな顔でこちらを覗き込んでいた。
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