(13)とある冒険者
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< Side:ダンジョン攻略中のとある冒険者 >
俺の名はトッド。貧乏な家で生まれた少年なら一度でも夢を見る冒険者をやっている。
夢は夢でしかないとすぐに気が付くのは誰しもが通る道で、俺もその例に漏れず英雄譚のような華々しい戦いではなく、地道なダンジョン攻略をメインにして戦っている。
周囲にいるほとんどの冒険者は呆れるような視線しか向けてこないが、有難いことに俺の考えを認めてくれている仲間に恵まれたことが中堅冒険者を名乗ることが出来た理由の一つだと思っている。
どんなに周りに馬鹿にされようが、ダンジョン内では慎重に慎重を重ねて進む。命は大事に。
それが、俺たちのパーティが一番大事にしていることになる。
冒険者も上のランクに上がれば上がるほど慎重さを手に入れるものだというのが俺の考えで、仲間たちもそれを受け入れてくれている。
そんな俺にとって今一番悩みの種になっていることは、とある国のダンジョン攻略に巻き込まれたことだろうか。
その国は色々な理由でダンジョン攻略をしなければならなくなったらしく、最初は騎士だけを使って攻略を進めていたそうだ。
ただいくら強い騎士を揃えているといっても、騎士団はあくまでも対人、集団戦がメインなのでダンジョン攻略を上手く進められるはずもない。
結果として俺たちのような冒険者に頼ったわけだが、この作戦がうまく行って破竹の勢いで攻略が進んでいる……らしい。
『石橋を叩いて渡る』が信条の俺たちが、こんなことに巻き込まれていること自体が不満の一つになっている。
とはいえ金払いは悪くはなく。慣れた魔物を相手にしているだけでそれなりの収入になるので、時折来る上からの指示に従わなくてはならないという状況に目を瞑ればそんな不満も我慢できなくはない。
金の切れ目が縁の切れ目ではないが、金払いが悪くなった時点でおさらばすることになるだろう。
騎士団を使った輸送システムがうまく行っているようなので、よほどのことが無い限りは未払いにはならないとは思うが。
ちなみに『うまく行っている
まだまだ戦闘能力が低い俺たちに最前線に行けという無茶な命令が来ないだけいいのだが、騎士たちの輸送の邪魔にならないように周辺の露払いだけをしている日々も飽きが来る。
俺たちと同じような役割を持たせられている他のグループの中には、時折指示された場所から外れて小銭を稼ぎに行っているところもあるらしい。
普段と違って慣れないことをしているのにさらに余計なことをすると何が起こるか分からないので、俺たちはそんなことをするつもりはない。
そんな不本意な状況ながらも、今日も今日とて指示された場所で魔物の露払いをしていた。
……はずなのだが、今まで全く見たことのない場所に来たと分かった俺は、すぐに仲間全員がいることを確認してから指示を飛ばした。
「転移罠か!? チャド、すぐに周囲の状況を確認しろ! アンガス、ベン、何が来てもいいようしておけ! ティムも魔法の準備だ!」
「リーダー。準備はいいが俺たちに対処できるとは限らないぞ?」
「分かっているよ、そんなことは! だが、何もしないよりはましだろう」
転移罠で飛ばされたと考えると、俺たちでは対処の出来ない階層に飛ばされた可能性もある。
そう考えれば、ベンの言ったとおりに蹂躙されて終わりになることだって十分に考えられるだろう。
そんなことを考えていられたのは、この場所に転移して来てから数十秒にも満たない時までだった。
斥候のチャドが周囲に状況を確認しようと隠密のスキルを発動させるのとほぼ同時に、俺たちの目の前に二人の人物が現れただめだ。
一人はピンク髪のエルフで、もう一人はどこにでもいるような顔立ちをしたヒューマンの男だった。
ただこのヒューマンがただ者ではないことは、油断なくこちらを見ているエルフの態度を見ればすぐに分かることだった。
そんな俺の考えを見抜いたわけではないだろうが、男の方がいきなりニヤリと笑って話しかけて来た。
「おうおう。いい心だけだ。ダンジョン内では何があるか分からん。敵になるのは別に魔物だけではないからな」
「……何者だ?」
「いや。ダンジョン内でこんなことが出来るのは、ダンジョンマスターとその眷属しかいないだろう。ダンジョン探索を生業にしている冒険者なら知っていて当然のことだと思っていたが、違ったか?」
さらりと告げられた言葉に、俺と仲間たちは一斉に動揺を示してしまった。
目の前の男が言ったように、確かにこの訳の分からない空間に導かれた以上はダンジョンマスターが何かしら関係していることは間違いない。
そもそもこの空間に来る前までいたところは、昨日まで何もなかった。
ダンジョンに直接干渉できる力を持っているのはダンジョンマスターだけ――それが常識となっている以上は、少なくともダンジョンマスターが動いていることだけは事実のはずだ。
俺だけじゃなく仲間たちも同じことを考えていたのか、警戒度が最大まで上がっていることが気配で分かった。
それを見て頼もしく思うのと同時に、ダンジョンマスターらしき人物は現れた時と同じ笑みを浮かべたままだった。
「そんなに警戒するなよ。――といっても無理か。一応言っておくが、別にお前らを倒しに来たわけじゃないから安心しろ」
「……その言葉だけで安心できるとでも?」
「いんや、無理だろうなあ。というか、これで警戒心を解くようであれば冒険者失格だろ」
「意味が分からない。だったら何故こんな手間のかかったことをする?」
「俺にとっては、そこまで面倒なことでもないんだがな。まあ、いいや。そんなことよりも、ちょっと言っておきたいことがあってな」
「どういうことだ……?」
ダンジョンマスターであることを否定して来なかった男の言葉に、俺は思わず意味が分からずに首を傾げた。
ちなみに周りにいる仲間たちは、俺が男と会話をしているのを黙って見ていた。
男に気圧されているということもあるのだろうが、それにしても俺に任せきりは止めて欲しい。
こういう時は、リーダーをやっていて損だと考えてしまう。
「何。お前らは折角いいものを持っているように見えるからな。ちょっとばかりアドバイスをしに来た」
「アドバイスだと……? それに、いいものって、なんのことだ?」
「細かいことは気にするな。俺が具体的に言ってしまうと、意識しすぎて折角のいいものが消えてしまうだろう? ――それはいいとして、肝心の助言だ。前衛だろうと後衛だろうと、魔力操作の訓練だけはさぼるな。この世界で生きる者たちにとっては必須の技術だからな」
「……そんな助言を信じろと?」
「別に信じてくれなくても構わないさ。訓練をするかどうかはお前たち次第だ。俺は、また別の冒険者でも見つけて助言をするだけだ」
そう意味不明なことを言った男だったが、その助言に関しては何故か聞いても良いと考えていた。
ダンジョン内でダンジョンマスターがした助言を聞き入れるのはどうかとも思うが、自分の中でもともと魔力操作の訓練をすると魔法の威力が上がるという実感があったからだ。
ただ何故ダンジョンマスターが、ダンジョンを攻略する冒険者に対してそんな助言をするのかが分からない。
そのことを聞こうと口を開こうとした瞬間、目の前から男と女は消えて、さらに俺たちのいる場所も転移罠に巻き込まれる以前の場所まで戻っていた。
あのダンジョンマスターの行動には意味が分からないことが多いが、あの助言だけは聞き入れてみようと皆が一致した意見を持っていたので、催眠なんかを疑ったのは言うまでもない。
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