(2)図書蔵での調査
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< Side:アイリ >
キラ様が進化をなさると一時的に皆の前からいなくなられてから五か月ほどが経ちました。
アンネリや他の方々と同じように、私も寂しいと思えるようになっていることにホンの僅かな戸惑いがあります。
もっともそれ以上に寂しいという思いがあるので、戸惑ったとしてもすぐに寂しさの方が募って来るのですが。
何故それほどまでに寂しいと考えてしまうのか、その根本にある私自身の想いにはきちんと気付いております。
それでもやはりアンネリを見ているとどこか一歩引いてしまう自分がいるのは、アンネリの想いの深さを知っていることと出会いの時のやらかしがあるからでしょうか。
あの時のことを思い出すと今でも赤面してしまいます。
もし過去に戻ることが出来るのであれば、いますぐにあの時よりも少し前に戻って自分自身の思い上がりを諫めに行きたいほどです。
キラ様曰く「お嬢様然」としていたらしい口調も、思い上がりの影響が多分にあったのでしょう。
今では落ち着いている……と思いたいところですが、自分ではよくわからないことでもあります。
もっともキラ様は「あれはあれで良かった」と仰っているので、口調に関しては無理に直そうとしたわけではありません。
気付けばこうなっていただけなので、私も成長しているということなのでしょう。……多分。
自分自身のことは言いとして、今私はヒノモトのミヤコに来ております。
目的は図書蔵にある神話関連の書物を調べることにあります。
私以外にも幾人かの巫女が同行しておりますが、これは将軍様の許可を得てのことです。
以前から巫女が世界樹様に影響を与えていることを知られておりましたが、キラ様がそれを明言したことにより巫女の立場も上がっております。
その事実に加えて歪みに関しての調査が重要であると文知よりの武士の方々知られたことで、本格的な調査が始まっております。
各地にある社でもそれぞれで貯めていた資料のやり取りが行われるようになって、巫女たちによって活発に歪みの研究が行われております。
巫女たちの同行があるとはいえ、彼女たちが入れる場所は一般的な書物が置かれている所までです。
今回の人員で禁書庫への入室許可があるのは私だけなので、他の方々と別れてそちらへと向かいます。
幾度となく禁書庫へ入っている私ですが、やはり部屋に入る直前は緊張いたします。
この場所はキラ様が進化をなさるきっかけになった場所なので猶更なのでしょうが、それがなかったとしても場の空気に流されがちになってしまいます。
巫女として多くの修行を積んできた私ですらこうなのですから、この部屋に入れる司書の皆さまもやはり特殊な経験を積まれているのでしょう。
もっとも図書蔵の書物を管理されている司書の皆さまも禁書庫へ入ることはほとんど無かったそうなので、意識して訓練されているわけではないのでしょうが。
いずれにしても禁書庫への入室が制限されていることにはきちんとした意味があるのだと、むやみに中へと入りたがる皆さまにも理解していただきたいものです。
今回私が禁書庫へ入ることになったのは、歪みのことというよりも過去より伝わっている神話のことで気になることがあったため。
こうした古い書物はやはり禁書庫で多く保管されているので、私のような入室許可を持った者が調べなくてはなりません。
禁書庫には意思を持った書物だけではなく、幕府が起こる以前の古い書物も保管されております。
そうした古い書物を守るために意思ある書物が存在してるなんてことを仰る司書様がいらっしゃるくらいです。
禁書庫にてある程度調べ物を終わらせると、早速幾人かの巫女に囲まれました。
「――いかがでしたか?」
「まだ数は調べられておりませんが、ほぼ間違いないようです。大樹を始めとして、今では神話として語られているお話が事実として書かれておりました」
「そうですか。そうなるとやはり巫女の役目は、歪みとの関りということでしょうか」
「何を主として祀るかによっても細かい所は変わっているようですが、概ねその通りですね。ただはっきり歪みとは書かれておりませんでした。恐らくその辺りのことは、具体的には分かっていなかったのでしょう」
「そうですね。もしはっきりと分かっているのでしたら、世界樹様が現れる以前の神社でも言い伝えられていたはずですから」
「ええ。かつてのお社では世界樹様ほどに意思疎通ができていなかったからなのかは不明ですが、少なくとも当時の巫女や神職にある者が知らなかったことだけは確かのようです」
「敢えて秘伝として書物に残してこなかったということは無いのでしょうか?」
「無いとは断言できませんが、もし口伝があったとすれば世界樹様が現れるまで残っていなかったことに疑問が残りますわ」
幾人かの巫女と議論を交わしますが、かつてヒノモトに世界樹様が現れる以前のお社に歪みに関する書物なり口伝が残っていないことが議論の中心です。
私たちのような神に使える者としては、たとえ口伝であったとしてもできる限り受け継ぐ以前のままで残そうとするものです。
とはいえ、年月が進めば歪み伝えられることも往々にしてあります。
それでもヒノモト中のお社全てで一切の痕跡も残らず伝承や口伝が途切れてしまうのは考えにくいというのが、ここに集まっている巫女たちの総意になります。
そうしたことを総括して考えて行けば、巫女の舞などをはじめとした歪みに関係すると思われる儀式や修行の数々はそれとは知らずに伝えられてきたと考えるのが自然です。
だとするとそうした舞などは、誰が何の目的で始めたのかということが新たな疑問として浮上してきます。
今、複数の巫女たちが図書蔵に来て調べ物をしているのは、その疑問を解くことも目的の一つとして上がっています。
とはいえ一筋縄ではいかなさそうだというのが、禁書庫で一通りの書物に目を通した私の感想です。
「――そうなると守護様とのやり取りは無かったと考えるのがやはり自然でしょうか」
「どうでしょう。タマモ様の例もあるでしょうから、一概に全くなかったと考えるのは危険でしょう。敢えて伝えていなかったのか、伝える必要がないと考えていたのかはわかりませんが、それぞれの土地の守護として存在していてもそこまで強い繋がりを持たなかったのではないでしょうか」
キラ様曰く「獣のようではなく『意思』や『知恵』のある状態で行動しているが守護とただの魔物との違い」ということらしいですが、そのことはまだ皆様には伝えておりません。
「それにそれぞれの土地の守護様がいたとしても、人の言葉を解していたとは限りませんから伝えたくとも伝えられなかった可能性もありますわ」
「確かに。それだと守護様に向けて音楽や舞を奉納して喜ばれたからこそ続けてきたということも考えられますね」
「あくまでも一つの説でしかありませんから、これが答えだとは思いませんけれど。そもそも本当に意思疎通の出来る守護様が以前のヒノモトにはおられなかったのか、ということも調べなければならないでしょうね」
「そうですね。神話まで行けば幾つかは見つけられるでしょうが……まだまだ調査は必要ということでしょう」
結局はまだ調査不足ということで、この日の調査は終わった。
話が歪みから守護様の有り様に移ってしまっていましたが、それもまた調査した結果から導き出された道ということでしょうか。
一人で調査を行っていれば道が増えた分手間もかかるわけですが、今は人手が確保できているので幾つかのグループに分かれて調査は続けられることになりました。
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新作『漂う島々の中で生きる道』更新中です。
そちらも是非よろしくお願いします。
フォロー&評価よろしくお願いいたします。
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