【二五六《銀の弾丸》】:一

【銀の弾丸】


 参加したくなかったロニー主催のハロウィンパーティーだが、古跡さんに頼まれて仕方なく参加することになった。そして、帆仮さんが危惧していた通り、凛恋にもハロウィンパーティーの招待状は届いた。


 俺は凛恋に、パーティーに参加しなくてもいいと言った。しかし、凛恋は俺の言葉には従わなかった。その理由は、ハロウィンパーティーに理緒さんも誘われていたからだ。

 塔成大からは、理緒さんと空条さん、宝田さん、鷹島さん、それから飾磨を含めた多くの人に招待状が送られ、成華女子には凛恋の友人を中心に招待状が送られた。今、凛恋は最初だけは顔を出さないといけないからと、成華女子の友人達に会いに行っている。その間、俺は何をしているかと言うと……。


「田畠さん、大丈夫ですって。似合ってますから」


 俺は、パーティー会場であるホテルのロビーで柱に隠れて尻込みをしている田畠さんに声を掛ける。


 柱に隠れる田畠さんの頭には、黒い猫耳のカチューシャが載っていて、それだけで黒い化け猫の仮装だというのは分かる。ただ、着ている服が可愛らしい猫とはほど遠かった。

 服の種類としては、ミニ丈のワンピースだと言えるのかもしれない。ただ、肩も胸元も大きく開いていて、スカートの裾は普通のミニ丈のワンピースよりも短く太腿の半分以上がさらけ出されている。田畠さんは腰も足も細いから腰元がキュッと締まったワンピースは合っている。それに、足を晒しても綺麗な足だから端から見ても見苦しさは一切感じない。ただ、それが似合っているとしても、大人しい田畠さんの性格上、その衣装で堂々と歩き回れる訳がなかった。ただ、それでは仕事にならないだろうし、俺は根気よく田畠さんを勇気付ける。


「田畠さん、周りの方がよっぽど露出の多い衣装を着てますから、田畠さんは露出が少ない方ですよ」


 意味があるのかは分からないが、俺は周囲を歩く他のパーティー参加者を示して言う。ただ、それは嘘ではなく事実で、田畠さんよりも大胆な衣装を着ている人は沢山居た。


「これは仕事、これは仕事、これは仕事……」


 柱に隠れていた田畠さんが自分を鼓舞する言葉を発しながら柱の陰から出る。すると、ミニ丈ワンピースに付いていた黒い猫の尻尾が小さく揺れた。


「はぁ~……編集部のみんなに凄く写真撮られたし……絶対、しばらくこれでからかわれちゃうよ……」

「まあ、そのうち飽きますって」


 ため息を吐いた田畠さんに声を掛けると、田畠さんは俺を見て首を傾げた。


「多野くんはどこのワンちゃん?」

「……それ、もう何度目ですか」


 田畠さんがクスッと笑って言うのを見て、俺は内心でほんの少し安心する。そして、その田畠さんのリラックスした気持ちを続かせるように、田畠さんにわざとからかわれる。

 俺もハロウィンパーティーに参加することになって、仮装をする必要があった。俺の参加はロニー側からの要望だったこともあり、古跡さんが『必要経費』だと言って俺の衣装代も出してくれた。だから、当然俺の衣装も編集部のみんなに決定されたのだが……。


 俺の衣装は種類で言えば『狼男』だ。しかし、俺の仮装を見た凛恋の感想は「全然怖くない。なんか、可愛いシベリアン・ハスキーみたい」だった。


「多野くんって顔が優しくて全然怖くないから、狼男って感じがしないよね」

「まあ、俺の衣装なんて誰も見ないから別に良いんですよ、似合ってる似合ってないは」

「田畠さん、行きましょうか」

「はい。じゃあ、多野くんはパーティーを楽しんで」


 横縞の囚人服を着たカメラマンの女性に声を掛けられ、田畠さんは表情を切り替えて仕事に向かう。その田畠さんを見送ると、後から肩を掴まれた。


「美人の囚人と可愛い黒猫と知り合いなんて羨ましいな」


 後を振り返ると、飾磨の声をしたアメコミヒーローが立っていた。

 全身青いコスチュームで頭にはマスクを被っている。作りもしっかりしていそうだし、本格的なヒーローのコスプレ衣装なのは分かる。ただ、飾磨が着るとどうしてだろう……チープさが出てしまう。


「なんか弱そうだな」

「なんだと? この五〇〇キロを持ち上げる腕力で繰り出すパンチを食らいたいか」

「その台詞を聞くと、ヒーローよりもヴィランのコスプレの方が合ってたかもな」


 全くヒーローらしくない飾磨と話していると、飾磨の後から二人の女性が近付いてくる。しかし、俺はそのうちの一人を見て思わずたじろいだ。


「うわっ!」


 俺の視線を見て首を傾げて飾磨が振り返ると、飾磨も俺がたじろいだ人を見て驚いた声を上げた。

 破けた服は血だらけで、顔はただれた肌から滲んだ血が痛々しい。それがゾンビのメイクだと分かっていても、あまりにも本格的で不気味の悪さを抱いてしまう。


「多野くんも飾磨も二人して酷くない?」

「く、空条さん!?」「ち、千紗ちゃん!?」


 俺と飾磨はゾンビの仮装をした人の声を聞いて、同時に声を上げた。そして、隣でクスクス笑っている海賊の仮装をした人が宝田さんだと気付いて、またゾンビの仮装をした空条さんに視線を戻す。


「空条さん、随分本格的だね」

「うん。やるなら徹底的にやろうかなって思って、メイクアップアーティストに頼んでゾンビメイクをしてもらったの」


 ニコッと笑って得意げに空条さんは言うが、あまりにも本格的すぎるゾンビメイクのせいでその笑みも不気味だった。


「千紗ちゃんの可愛い顔が台無しに……」

「台無しって失礼ねっ!」


 眉をひそめながら呟いた飾磨に、空条さんは不満の声を上げる。その不満そうな空条さんは、ゾンビメイクの効果もあってか日頃より怒りを強く怖く感じた。


「私はもうちょっと抑えめにしたらって言ったんだけどね」

「奈央ちゃんの海賊コスプレは可愛いね~」

「ありがとう」


 宝田さんを見てにやつく飾磨の言葉を慣れた様子で聞き流した宝田さんは、俺を見てクスッと笑った。


「多野くんは何犬のコスプレ?」

「一応、“狼男”の仮装なんだけど?」

「でも、奈央の言うとおり、多野くん、愛玩犬にしか見えないよ」


 俺をからかった宝田さんに同調して、空条さんもクスクス笑って俺を見る。まあ、似合ってないと言われて傷付くほど、俺は狼男の仮装に自信があった訳じゃないから別に問題ない。


「あっ! 由衣ちゃんは魔女だ! 由衣ちゃ~ん!」


 アメコミヒーロー飾磨が声を弾ませながら右手を挙げて大きく振る。その飾磨の視線の先から、魔女の帽子を被った鷹島さんが歩いて来た。

 長いローブの魔女の衣装ではなく、レディーナリーの会議で見た家基さんのタブレット端末にあった魔女の衣装に似ていた。ただ、その時の衣装よりも露出が抑えられて、露出があるのはミニ丈の裾から伸びた足くらいだった。


「こんばんは。……えっと、空条さん?」


 小走りで近付いて着た鷹島さんは、ゾンビメイクの空条さんを見た瞬間、一瞬ギョッとした表情をする。しかし、すぐに鷹島さんらしく冷静な表情で首を傾げた。


「こんばんは。どう? 凄いでしょ?」

「ええ。本格的なゾンビメイクね。ちょっとビックリしたわ」


 空条さんと鷹島さんの会話を聞いていると、背後からざわめきの声が聞こえて不審に思って振り返る。すると、ロビーの入り口近くで男性の参加者達がホテルの出入り口を見て居た。


「うおぉ……あれはやべぇ~……」


 隣で、飾磨のその心から漏れ出たような感嘆の声が聞こえる。しかし、俺はその声に視線を向けずにロビーの入り口から入ってくる人影に目を向けた。

 目の粗い網タイツとタイトな黒のミニスカートに水色のワイシャツ、黒いネクタイ、そして大きな銀の警察バッジが印象的な帽子を被った理緒さん。理緒さんの着ている衣装は警察官のコスプレだが、ワイシャツのボタンは一つ外されてネクタイも緩く締められている。そのせいか理緒さんの綺麗な首と鎖骨が見えていた。


「みんな、こんばんは」


 俺の目の前まで歩いて来た理緒さんは、ニッコリ笑って挨拶をする。


「理緒ちゃん! 物凄く似合ってる!」

「ありがとう、飾磨くん。凡人くんはどう? 似合ってるかな?」

「あ、ああ……凄く似合ってるよ」


 立ち止まった位置からグッと俺に近付いて来た理緒さんに、俺は少し後退りをしながら答える。

 ロビーの男性達がざわついていた理由が分かった。

 理緒さんの衣装はかなり露出がある訳じゃない。でも、理緒さんの生まれ持った容姿の良さが、警察官の仮装の魅力をより良く見せている。そのせいで男性の視線を集めてざわつかせていたのだ。

 理緒さんの仮装はよく似合っている。ただ、よく似合い過ぎているせいで直視出来ない。


「良かった。本当はミニスカナースにしようかと思ったんだけど、流石にそれは狙い過ぎかなって思って」


 確かにナース服の仮装は仮想としては定番なのは間違いない。しかし、狙いが男に対する印象のことを指すなら、理緒さんがしている警察官の仮装も十分その狙いに合致している。


「凛恋は一緒じゃないの?」

「凛恋は少し大学の友達に顔を出してくるらしい」

「そっか」


 集まっている俺達を見た理緒さんの質問に答えると、理緒さんは納得した様子で俺の隣に並ぶ。


「もうすぐパーティーが始まる時間でしょ? 中に入らない?」

「入ろう入ろう!」


 空条さんの提案にハイテンションの飾磨が乗って、その飾磨を先頭にパーティーが行われるホテルの大宴会場の扉を開いた。


「おぉ~すげぇ~」


 大広間の中はハロウィンらしいジャック・オ・ランタンやコウモリをかたどった装飾が施されているが、賑やかさというよりも上品さと豪華さを感じる雰囲気だった。


「料理も美味そう」

「きっとロニー王子が挨拶して乾杯をするから、それまで食べ始めちゃダメよ」

「それくらい分かってるよ~」

「どーだか」


 並べられた料理を見る飾磨に空条さんが釘を刺すと、飾磨は心外だと言いたげに唇を尖らせる。


「凡人くん、可愛い狼男だね」

「まあ、狼男だって分かってくれただけ他の人よりマシだな」

「本当は可愛い大型犬にしか見えなかったんだけどね」


 口を手で隠しながらクスッと笑った理緒さんは、パーティー会場を見渡してまたクスッと笑った。


「女性を物色する男性に、男性を物色する女性。男女の出会いの場としては良いかもね」

「物色ってなんか嫌な言い方だな」

「でも、大学生のパーティーなんてそんなものじゃない?」


 理緒さんが平然とした態度で答えるが、理緒さんの言葉通りなら間違いなく理緒さんも男から物色されているということになる。ただまあ、男の注目を一手に集めている理緒さんに声を掛けられる勇気を持った猛者が何人居るかは分からないが。


「こんばんは、筑摩さん。少し話さない?」


 理緒さんに声を掛けてきたのは、フランケンシュタインの仮装をした体格の良い男性。理緒さんの名字を知っているということはうちの大学の人なのだろうが、全く見覚えのない人だった。


「すみません。今日は多野くんと過ごす予定なので」

「そ、そうか。ごめんね、パーティー楽しんで」


 理緒さんに断られた瞬間、体格の良いフランケンシュタインが俺を睨みながら去っていった。毎度のことながら、完全にとばっちりだ。


「理緒さん、さっきのフランケンシュタインは知り合い?」

「えっと……確かラグビー部の四年だったかな?」


 記憶が曖昧なのか理緒さんは自信がなさそうに答える。だが、大学でも色んな男子学生から声を掛けられているし、いちいちその男子学生一人一人のプロフィールを覚えてもいられないだろう。

 大宴会場は多くの参加者が歩き回っても余裕がある広さがあるはずだが、人の壁で部屋の端まで見通すのは難しかった。これでは、どこに凛恋が居るかも分からない。だから、凛恋も俺を探すのに苦労するだろう。


「乾杯のためのお飲み物を」


 ピエロの仮装をしたウェイターがトレイに乗ったワインの入ったワイングラスを一人一人に手渡す。


「グラスマーカーはロニー王子からのプレゼントになります。お持ち帰り下さい」


 そう言ってウェイターが立ち去った後、俺はワイングラスの持ち手――ステムに掛けられた銀色のグラスマーカーを見る。

 グラスマーカーはキーホルダーのように輪が付いていて、その輪に繋がった鎖の先には弾丸を模した銀色の飾りが付いていた。


「銀の弾丸って……」

「ロニー王子、凡人くんのことが本当に嫌いみたいだね」


 俺のグラスマーカーを見た空条さんが眉をひそめて声を漏らし、理緒さんが小さく息を吐いて呆れた声を発する。


「銀の弾丸がどうしたの?」

「奈央ちゃん。銀の弾丸は、空想上で普通の弾丸じゃ殺せない怪物を殺せる手段として使われるんだよ。たとえば、狼男とかね」

「えっ? でも、誰にどのマーカーの付いたグラスが渡るかなんて――」

「奈央、私達全員のグラスマーカーを見て。凡人くん以外、筆記体のアラビア数字をモチーフにしてる。それなのに凡人くんのだけ、弾丸がモチーフになってる。この会場で働いている人はロニー王子が雇った人達だろうから、指示して多野くんに銀の弾丸のグラスマーカーを渡すのは簡単だと思う」

「じゃあ……多野くんはロニー王子に脅されてるってこと?」

「いや、多分宣戦布告の意味じゃないかな」


 目を細めた空条さんは、俺のグラスに付いた銀の弾丸のグラスマーカーに触れる。


『ただいまより、ロニー王子主催、ハロウィンパーティーを開催いたします』


 空条さんの手が銀の弾丸に触れた瞬間、室内の照明が暗くなり、部屋の奥だけ明るくなる。そして、大宴会場内にスピーカーから発せられた男性の声が響いた。

 男性は大宴会場最奥にあるステージに居るようだが、人混みでその人の姿は見えない。


『では初めに、主催であるロニー王子にご挨拶を頂戴したいと思います。ロニー王子、お願いします』

『ご紹介に与りました。ロニー・コーフィー・ラジャンです。皆さん、今日は私の主催するハロウィンパーティーに参加して下さり、ありがとうございます』


 人混みで全く姿が見えないが、どうやらロニーが挨拶をしているらしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る