【二五一《茨の花》】:一

【茨の花】


『ロニー王子のロマンスの相手は成華女子大学三年生の女子大生で、女性誌レディーナリーでモデルをしている美女です。ロニー王子とは、成華女子大学との交流会で知り合ったようです。ですがこの女子大生、以前、湯元正造(ゆもとしょうぞう)元文部科学大臣の隠し子ではないかと噂された塔成大学の秀才男子学生の恋人だということです』


 長々しい原稿を滑舌良く読んだ女性アナウンサーを画面越しに見詰め、心に一瞬湧き出た思いを抑える。

 画面に映されている週刊誌の掲載写真は、地元で開かれた花火大会の様子を撮られたものだ。


『記事が事実となると、見出しの通り略奪愛になりますね』


 いかにも他人事という風な口振りで、メインキャスターの男性が記事についてコメントした。

 まるで、凛恋が俺からロニーに乗り換えたような話だがそんなことはない。凛恋はロニーの策略で強引に二人きりにされただけだ。凛恋自身はロニーに迷惑してた。


『でも、簡単に男乗り換える女子大生も女子大生ですよね。明らかにお金と顔しか見てない感じが、同じ女として腹立ちます』


 画面に映った女性アイドルのコメントに、俺は堪らずテレビの電源を切って拳を握りしめる。

 何度も何度も経験してきたことだ。人が、自分の知っている情報だけで、あたかもその人の全てを知っているように語るのを見るのは。でもそれが自分のことなら飲み込めるが、俺の大切な凛恋のことを言われたら飲み込めない。

 凛恋は金や顔で人を判断するような人じゃない。凛恋は誰よりも純粋に、人の心を見て動く人だ。もし凛恋が、女性アイドルの語るような人だったら、俺なんかと付き合ってくれる訳がない。


「凡人……私、ロニー王子のこと嫌いだから」

「凛恋、大丈夫。週刊誌の記者が面白おかしく話題になるように書いてるだけだって分かってる。凛恋のことを信じてるから」


 後ろから俺を抱き締めた凛恋に答えて、前に回った凛恋の手に自分の手を重ねる。

 俺はスマートフォンでロニーと凛恋の週刊誌報道について調べる。

 ネット記事に載っているのは、テレビの情報番組で報道されている内容とほとんど同じで、掲載されている写真も全く同じものだった。


 凛恋に向かって爽やかな笑顔を向けるロニーと、それに笑みを浮かべる凛恋。ただその凛恋の笑みは愛嬌があって可愛いが、愛想笑いだというのが分かる。だが、それを分かるのはきっと、凛恋と付き合いの長い人だけだろう。

 丁度、ロニーと凛恋の正面から撮られているその写真を改めて見て、写真に違和感を抱く。


「凡人……私……」

「凛恋、ごめん。凛恋のチャーハン食べないとな」


 後ろから抱き付く凛恋の不安そうな声を聞いて、俺はスマートフォンの画面を閉じてテーブルの上に置く。

 目の前でロニーとの記事を見られたら、凛恋も俺が気にしていると思ってしまう。だから、すぐに見るのを止めた。でも、さっき感じた違和感が気になる。

 凛恋とロニーが写された写真は、観覧席の真正面から撮られていた。しかも、観覧席を僅かに斜め下から見上げるアングルだ。でも、凛恋達が見ている方向には花火が上がっていた。つまり、週刊誌の記者は皆が花火を見ている中、花火に背中を向けてカメラを構えていたことになる。


 周りが花火見物に来ている中、一人だけ花火に背中を向けていたら目立つだろう。そんなことを、スキャンダルを狙う週刊誌の記者がやるだろうか? それに、写真に写っていた、大学まで来て俺に凛恋と別れろと言ったフォリア王室の男性が気になった。

 写真に写っていたフォリア王室の男性は、体も顔も花火の上がっている川を向いていた。でも、目線がカメラの方を向いていたのだ。


 もし、週刊誌の記者が居るのをフォリア王室の男性が気付いていたとしたら、普通は記者に注意をするはずだ。

 ただ視線が向いていただけで、他の何かを見ていたのかもしれない。でも、何となくその目線が気になった。




 凛恋とロニーの報道は、最初に情報番組で見た日から一度もテレビでは報道されなかった。ただ、だからと言って俺の懸念が消えてなくなった訳ではない。

 フォリア王室の男性のことは気になる。でも、俺から相手にコンタクトを取る術はない。それに、仮にあったとしてもまともに取り合うはずがない。そして、仮にフォリア王室の男性にやましいことがあったとしても、正直に話すとは思えない。

 何も出来ないしやりようがない。それでも、俺の心には懸念があり続ける。


 週刊誌で略奪愛だと言われていたロニーは、公人としては良くない話なのだから大人しくしているべきなのに、凝りもせず凛恋へ電話を掛けてくる。それに、凛恋は迷惑した顔で電話に出ずに、メールを返してそのメールも短く済むようにしている。それだけされれば、めげたり察したりしそうなものだが、ロニーはそうじゃない。あくまでも凛恋に対しては紳士的に接しようとする。


 フォリア王室の男性が俺に凛恋と別れろと言って来たということは、国を挙げてロニーと凛恋をくっつけようとしているのが分かる。きっと、ロニーが指示を出しているのだ。だから、俺は花火大会の日に不自然な連行もされたし、フォリア王室の男性から接触もされた。そう考えると、週刊誌の報道もロニーの自作自演の可能性がある。だが、そう考えると、なぜ印象が悪くなるような報道のさせ方をしたのかは分からない。


「凡人、私の話聞いてくれる?」

「凛恋の話なら何でも聞く」

「お布団の中が良い」


 凛恋が手を引いて寝室へ行き、俺を先に入れてからゆっくりとドアを閉める。

 薄暗い部屋で、凛恋は寝間着のTシャツと短パンを脱ぐと、下着姿のままで俺の手を引いて布団の中に入る。


「凡人と話したいことがあるの」

「何でも聞く」

「凡人、ずっとロニー王子のこと気にしてるでしょ? でも、凡人が私の気持ちを疑う訳ないし。だから、何かあったんじゃないかって」

「最後の補講の日に、フォリア王室の人が大学に来たんだ。それで、凛恋と別れろって言われた」

「なんで……なんでそんなこと、赤の他人に言われないといけないのよ」

「もちろん、そんな話を聞く訳ないから断った。それも気になるんだけど、週刊誌の報道もタイミングが良過ぎるような気がして」

「凡人は、週刊誌の記事はロニー王子が自分でやったと思ってるの?」


 布団の中でしがみつく凛恋に、俺は即答で「そうだ」とは答えられなかった。

 人という生き物は、時に何をするかは分からない。特に、色恋沙汰になると理性のたがが外れたやつらを俺は沢山見てきた。だから、ロニーも凛恋を手に入れるために何でもするかもしれない。だけど、そう言い切れない自分が居た。

 ロニーのことを俺は嫌いだ。誰だって、自分の彼女を奪おうとするやつのことなんて好きな訳がない。でも、ロニーは多分……真面目に凛恋のことが好きなんだ。


 俺はロニーが凛恋を好きだと知ってからロニーと凛恋を会わせたくなくて、出来る限り凛恋とロニーの接点を消してきた。それにロニーが怒ったから、ロニーは強引にでも凛恋と接点を持とうとした。だけどもし、俺がロニーの邪魔をしなかったら、ロニーは凛恋ともっとゆっくり仲良くなろうとしたはずだ。


 ロニーは凛恋に対してだけは紳士だ。そんなロニーが、週刊誌に自分と凛恋の写真を売るだろうか。週刊誌に写真を売れば、自身の社会的評価が傷付くだけじゃなく、凛恋が酷く傷付くことになるのは簡単に予想出来る。それを、ロニーが自ら進んでやったとは言い切れない。


「もしかしたら、本当に偶然撮られただけかもしれない。でも、違和感があるのは無視出来ない。それにやっぱり、どっちにしてもロニーに巻き込まれて凛恋が傷付いた。それは絶対に許せない」


 自分で写真を売ったか本当に隠し撮りされたか、そのどちらにしてもロニーは凛恋を自分の騒動に巻き込んだ。それは、いくら日頃紳士的に接していようとも黙認出来るようなことじゃない。それにやっぱり、何より凛恋を俺から奪おうとすることを許せる訳がない。


「凡人はやっぱり考え過ぎ。ううん……心配し過ぎ」

「凛恋……でも――」

「凡人に心配してもらえるのは嬉しいし、凡人のことが大好き過ぎる私にとってはチョー幸せなこと。でもね、やっぱり凡人は心配し過ぎて考え込み過ぎて、それで……凡人は悲しくて辛そうな顔してる。それは嬉しくないし凡人大好き人間の私は幸せじゃない」

「ありがとう。凛恋にそう思ってもらえる俺は幸せ者だ」


 布団の中で凛恋を抱き返し、俺は凛恋の頬に自分の頬を付け、体を凛恋の体にピッタリとくっつけて凛恋の温もりを自分の体に染み込ませた。




 今日、凛恋は希さんと二人で遊びに出掛けている。それは希さんから誘われたものだが、実は俺が希さんに凛恋を連れ出してほしいと頼んだのだ。

 俺が希さんにそんな頼み事をした理由は、どうしても今日は一人で行動しないといけなかったからだ。


 もうすぐ凛恋の二一回目の誕生日が近付いて来ている。でも、その誕生日当日はロニーが主催のパーティーに凛恋は参加しなくてはならない。正直言うと、それは物凄くくやしい。だけど、俺が凛恋の誕生日を祝いたいという気持ちは変わらない。


 誕生日当日にあるパーティーは午後からだ。でも、色々とパーティーに参加するための準備が必要だろうし、誕生日当日は凛恋をどこかに連れ出すことは出来ない。だからせめて、誕生日プレゼントだけでも当日に渡したい。


 デートに連れて行けない分、プレゼントに懸ける思いを強くする。毎年同じくらい一生懸命選んでいるが、今年はロニーというライバルが居る。

 確実に、ロニーはパーティーで凛恋へ誕生日プレゼントを贈るだろう。それがどんな物かは想像出来ないが、きっとロニーが持っている財力を惜しげも無く使うのは間違いない。


 どちらが高価な物かという単純な価値の比べ合いでは負けるに決まっている。でも、想いでは負ける気はしない。一生懸命、凛恋にプレゼントする物を選べば、きっと凛恋は喜んでくれる。


 ただ、選ぶと言っても、今日、一からプレゼントを決める訳ではない。もう、去年の凛恋の誕生日から次のプレゼントはどんな物にしようかという候補は決めている。

 まずは、以前飾磨と鷹島さんに合ったお酒選び対決で使った酒屋に入る。前に来た時とレイアウトの変わらない店内を歩き、俺は迷わずシャンパンが置かれているコーナーに行く。


 凛恋はお酒の中でもシャンパンが凄くお気に入りだ。それはいわゆるフランスのシャンパーニュ地方産ではないスパークリングワインでも凛恋は美味しいと喜んで飲む。でも、誕生日プレゼントなんだから、ちゃんとシャンパンという名前で、それに安価なものではなく日頃飲ませられない物を飲ませてあげたい。

 両腕を組み、目の前の陳列棚に並べられたシャンパンを眺める。安価な物から、いわゆる高級品と呼ばれるような物まで種類は結構多い。でも、全部を一つ一つ吟味しても、並んでるシャンパン達には失礼だがパッとしない。


 誕生日は一年で一度しかない。しかも、二一歳の誕生日は一生に一度きりだ。だから、誕生日プレゼントにも特別さが欲しい。

 並んでいるシャンパンはきっと他の店にも並んでいるだろうし、この店に来ればいつでも買えるだろう。だから、特別さを感じるにはちょっと弱いと思う。


「何かお探しですか?」

「彼女の誕生日にシャンパンを送りたいんですけど、ちょっと特別なシャンパンが贈りたいんです」

「特別なシャンパンですか」


 声を掛けてくれた男性店員に話をすると、男性店員は一度並べられたシャンパン達を見た後にハッとした表情をした。


「では、名入れのシャンパンか生まれ年のシャンパンはどうですか?」

「シャンパンに名前なんて入れられるんですか?」


 生まれ年のシャンパンも気になったが、その前にシャンパンに名前を入れるということにイメージが着かなく尋ねる。


「ラベルをオリジナルの物にして、プレゼントする方のお名前を入れたり短いメッセージを入れたりすることが出来るんです」

「そうなんですか。確かに、名前とメッセージが入ってると特別なプレゼントに出来ますね」

「はい。うちの取引先では、生まれ年のシャンパンに在庫があれば、それに名入れが出来ますよ」

「本当ですか!?」

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