【二二五《破壊と造型》】:二

「今日はクリスマスでしょ? だから、お互いにペアリングをプレゼントしよう」

「ごめん、全然クリスマスのこと考えてなくて」

「謝らないでよ。私はクリスマスに凡人の手作りの指輪が欲しいの」


 凛恋がニコニコ笑ってそう言ってくれる。俺は、今日まで色んなことがあり過ぎて、クリスマスプレゼントを用意するという余裕がなかった。でも、凛恋はそんな俺を許してくれるどころか、一緒にクリスマスプレゼントを作ってくれると言ってくれた。


「いらっしゃいませ」


 店に入ると、前に来た時とは違う店員さんが明るい笑顔を向けて対応してくれた。


「予約してた多野凛恋です」

「えっ?」


 俺は凛恋の言葉に戸惑うが、凛恋は可愛らしく舌を出してパチッとウインクする。


「はい。準備しますので、少々お待ち下さい」


 店員さんがそう言って店の奥に行くと、凛恋が俺を振り返ってニヤッと笑いながら、俺の頬を指先で突く。


「凡人、顔真っ赤だぞ~」

「だ、だって多野凛恋って」

「良いじゃん。どうせそのうち多野凛恋になるんだし」

「そ、それは俺もそのつもりだけど、良いのか? まだ名字が変わってないのに嘘の名字で予約して」

「別に身分証とか確認されないし、名前も本人確認のためだから大丈夫よ。凡人ってそういうところ真面目で心配性だよね。でも、そういうところが凡人の良いところだけど」

「こちらへどうぞ」


 凛恋がパチッとウインクをして言うと、店員さんが戻ってきて俺と凛恋を案内してくれる。

 俺と凛恋がペアリングを作りに来た時とほとんど同じ雰囲気の作業場に通され、店員さんの丁寧な説明を聞く。高一の頃は一番安いコースだったが、今回凛恋が予約したのはその店で一番高いコースだった。だから、高一の頃よりも形が凝っていて難易度が高そうだった。

 店員さんが説明を終えて立ち去ると、俺は凛恋と隣同士で椅子に座りながらペアリング製作を始める。


「凡人」

「ん?」

「またみんなで一緒に初詣に行こうって話してるんだけど」

「分かった。今回も俺が運転する」

「ありがと! やっぱり凡人は優しくてチョー頼りになる!」


 凛恋と会話しながら、俺は指輪の素材になる金属棒を糸のこぎりで切って、ペンチを使って輪にする。


「ホント、凡人って指輪を作るの上手いよね。高一に作った時もめちゃくちゃ上手かったし」

「凛恋も上手いな。綺麗な輪になってる」

「でしょでしょ? 大好きな凡人へのプレゼントだから、チョー慎重に曲げたの」

「でも、後で形を整えるんだから、そこは大体で良いんじゃないか?」

「ダメよ~。凡人はずっと丁寧にやってくれてるんだから、私も凡人と同じくらい――ううん、凡人以上に丁寧に作るの! これが凡人の指にはまってることを想像すると、めちゃくちゃやる気出るし!」


 凛恋の明るい声を聞きながら、俺は自分の作る指輪に視線を戻して作業に意識を戻す。

 俺は工作とかは得意な方でない。でも、凛恋のために指輪を作るのは楽しい。

 俺は知っている。相手のことを思って作った物は、ただの物ではなく心の籠もった宝物になると。そして、それはたとえ砕かれてしまっても、何度でも物を変えて蘇らせることが出来るとも今は確信している。


 ペアリングが砕かれた悲しさや辛さは絶対に消えない。あの時、高一の頃に凛恋が作ってくれた指輪は二つ存在しないから。唯一無二の物を失ったという現実が俺の記憶から消え去ることはないのだ。でも、俺は凛恋と一緒ならその悲しさと辛さを乗り越えられる。

 大切なのは物自体じゃない。物に込められた想いだ。たとえ、壊れた物と同じ物を作り出せないとしても、俺と凛恋なら“もっと上質な想い”が籠もった物を作り出せる。


 俺が高一に作ったペアリングより、絶対に今作っているペアリングの方が凛恋に対する想いは濃く熱く強くなっている。俺の隣で一生懸命作ってくれている凛恋からも、俺のために濃く熱く強い想いを込めて作ってくれているのが分かる。

 だから俺は、凛恋よりも濃く厚く強く想いを込めるために、指輪を作る両手に神経と想いを集中させ慎重に動かした。




 俺は左手を持ち上げて手の甲を自分に向け、薬指にはまった真新しい指輪を見詰める。すると、俺の持ち上げた左手の隣に凛恋の左手が並ぶ。


「凡人の作ってくれた指輪の方が綺麗」

「凛恋の作ってくれた指輪の方が綺麗だよ」

「違うし。凡人が作ってくれた方がピカピカ光ってて綺麗」

「凛恋が作ってくれた方もピカピカだろ? それに俺のより綺麗な輪になってる」

「凡人が作ってくれた方も綺麗なまん丸だし!」


 お互いに、お互いが作ってくれた指輪の方が優れてると言い合う。それが、優劣を付ける必要が全く無いことだとお互いに分かっている。でも、お互いの作ってくれたものを褒めたくて、俺と凛恋は互いに互いの作ってくれた指輪を褒め合う。


 俺が左手を下ろすと、凛恋はすぐに俺の左手に腕を絡ませて、俺の左手を両手で包み込んで握る。その状態で歩くことも、俺と凛恋は長い年月を掛けて自然に出来るようになった。それを今感じて、俺は凛恋と過ごした時間の長さを嬉しくなり、凛恋と長い時間を過ごせている幸せを噛みしめた。


 世の中で、俺達と同じくらい一緒に居る恋人達が居ることも知っている。でも、俺達よりも短い交際期間で別れてしまう恋人達が居ることも知っている。だから、俺達が希有な存在ではないと分かっていても、俺は凛恋と一緒に居られることを感謝する。その感謝は当然、俺と一緒に居てくれる凛恋への感謝だ。


 凛恋への感謝は何度思ったか分からない。でも、何回何一〇回と繰り返し思っても凛恋への感謝の気持ちが尽きる気配はない。むしろ、時が積み重なるに連れて、凛恋へ感謝する気持ちは重なり大きくなっていく。

 この凛恋への大きな感謝の気持ちをどう伝えれば良いのか。どうすれば凛恋に報いることが出来るのか。それを、俺は分かっている。


 凛恋とずっと一緒に居て、凛恋と一緒に楽しいことをいっぱいする。きっとそれだけで良いのだ。それは、俺のおごりじゃないと確信している。

 凛恋は俺に、感謝を伝えるために何かをして欲しいとは望まない子だ。凛恋は俺が存在してることを喜んでくれて、俺が存在しているだけで俺が居ることへの意味を見出してくれる。そういう、俺に対して無欲な優しい子だ。だから、そういう優しい子だと分かっているからこそ、俺は何度だって繰り返さないといけない。


「凛恋、ありがとう。俺と一緒に居てくれて」

「私の方こそありがとう。私と一緒に居てくれて」


 ニッコリ笑った凛恋がそう言ってくれて、俺は自然と凛恋に微笑み返せる。やっぱり、凛恋は優しくて良い子だ。


「ホント、凡人って良い彼氏よね~。真面目で優しくて、礼儀正しくてちゃんと感謝の言葉を言えて、それで私のこといつも可愛い、大好きって言ってくれる」

「そうか?」

「そうよ。それに、チューもエッチも上手いし」

「そ、そうか……」

「凡人、顔真っ赤だよ?」

「不意打ちでそういうこと言う凛恋が悪い」

「だって、凡人がどれだけ完璧な私の彼氏か凡人に伝えたくなったんだもん! キャッ!」


 凛恋とじゃれ合って歩いていると、凛恋がバランスを崩し掛ける。それを凛恋の体を支えて止めると、凛恋はクスッと笑って俺を見上げた。


「凡人はいつだって私を助けてくれる。それも完璧な私の彼氏のポイント!」

「転びそうになったのを支えただけだぞ?」

「そうやって恥ずかしがってはぐらかすのが可愛いのもポイント!」

「もう何でもありだな」


 何でも拾って俺のことを褒めてくれる凛恋の体を、俺はそっと引き寄せる。


「この後どうする?」

「この後は行くところがあるの」

「行くところ?」


 俺が聞き返すと、さっきまで俺を褒めちぎっていた凛恋は、ジトッとした視線を向けて目を細める。


「凡人、さっき今日はクリスマスって言ったばかりでしょ?」

「ああ」

「だったら、今日はみんなでクリスマスパーティーするに決まってるじゃん」

「今年もみんな集まれるのか。何も話がないから、今年はてっきり集まれないのかと思ってた」

「集まらないわけないでしょ。一年でも、みんなで集まれる機会なんてそんなにないんだから。それで、私と凡人は今、萌夏を迎えに行くところ。萌夏は今日フランスから帰ってくるから」

「今日帰ってきてすぐにクリスマスパーティーって、萌夏さんも時差ボケで辛いんじゃないのか?」

「萌夏はチョー楽しみにしてるって言ってた。それに、この後は萌夏と一緒にクリスマスケーキを作る予定なの。それで、駅で萌夏と合流したら、ケーキの材料を買って萌夏の家に行くことになってる。凡人には荷物を持ってもらうけど大丈夫?」

「凛恋と萌夏さんのケーキが食べられるなら、荷物持ちでも何でもするに決まってるだろ?」

「凡人、ありがとう」


 プロのパティシエになった萌夏さんはもちろん、凛恋が作るケーキも美味い。それに二人は凄く仲が良い。技術もあって相性も合う二人が協力して作るケーキなのだから美味くないわけがない。

 俺と凛恋は駅に辿り着くと、改札前で萌夏さんを待つ。すると、隣で凛恋が小さくため息を漏らしながら話し始めた。


「萌夏も向こうで就職したら気軽に会えなくなっちゃうよね」

「まあ、フランスと日本じゃ距離があり過ぎるしな。でも、萌夏さんの夢が叶うんだから、俺は嬉しいよ」

「うん。それはもちろんそうだよ? でも、気軽に会えなくなるって思うと、気軽に会えてた高校の頃のことを思い出すのよ。毎日みんなで帰って色んなところで遊んでさ。高校卒業する時にも思ったけど」


 まだ年を越したわけではないが、別れを悲しむ時期が近付いてきたということだ。でも、距離が離れても友情が無くなるわけじゃない。


「高校卒業してもずっと仲が良いままなんだ。この先どうなったって、俺達の友情は変わらないよ」


 俺はそんな言葉を言って、そんな言葉を言った自分に笑いがこみ上げる。

 何が、俺達の友情は変わらないだ。ずっと人をクソばかりだと思ってた俺がそんな言葉を言えるなんて笑える。でも、それだけ俺は変わったということだ。


 俺は今日まで、良い意味でも悪い意味でも心を壊されてきた。色んな人が今までの俺の中の常識を打ち破ってくれたり、色んなやつが今まで悪意で俺の心を壊したりした。でも、その度に俺の心をまた作り上げてくれたのは凛恋であり、萌夏さんを含めた沢山の友達と俺の味方をしてくれる人達だ。だから、人をクソばかりだと思っていた俺が、友情を語れるようにもなれた。


 凝り固まった俺の心を壊してまた作り上げるほどの力が友情にはある。だから、距離なんかで薄まるようなものじゃない。


「凡人の言う通り! 私達の友情は一生不滅よ!」


 グッと拳を握って突き上げた凛恋は、俺の方を向いてニッと笑う。


「凡人との愛情は一生過ぎても不滅。来世でも来々世でも、私は凡人と付き合って絶対に何があっても結婚して一生一緒に居る!」

「ありがとう。でも、俺はとりあえず現世で凛恋と楽しみたいな」

「それは当然に決まってるでしょ? 私は凡人と――」

「こら、そこのバカップル。私が目の前に居るのにいちゃいちゃしないでよ」

「萌夏! おかえり!」

「ただいま~」


 いつの間にか目の前に来ていた萌夏さんに、凛恋はすぐに飛び付いて抱き付き、萌夏さんはその凛恋を抱き止める。そして俺は、萌夏さんの荷物を持って抱き合う二人を眺めていた。


「凡人くん、ただいま」

「おかえり、萌夏さん。今日はクリスマスパーティーをするみたいだけど大丈夫?」

「大丈夫よ。今日、楽しみにしてきたんだから」


 相変わらずの明るい笑顔を浮かべる萌夏さんは、クスッと笑って髪を留めているバレッタを指さす。それは、俺達がフランスに行った時に凛恋、萌夏さん、希さんにプレゼントしたものだ。


「クリスマスプレゼント、凡人くんに何買ってもらおうかな~」

「プレゼント交換でもするのか?」

「もちろんそれもするけど、凡人くんに何か強請ろうかなって思って」


 いたずらっぽく笑った萌夏さんは凛恋から離れて、ニヤニヤ笑いながら歩き出す。


「ほら、二人共さっさと行くよ~。今日は凛恋は私のアシスタントで、凡人くんは荷物持ちなんだから、めちゃくちゃこき使おー」


 そんな萌夏さんの後ろを歩き始めると、隣を歩く凛恋がクスッと笑った。


「萌夏、チョー楽しそう」

「まあ、久しぶりの地元だろうし、テンションが上がるのは分かる」

「でも、萌夏が楽しそうな顔してて良かった。もう、フランスでの問題も無くなったんだね」

「そうだな」


 萌夏さんは専門学校の同級生達から、萌夏さんの持っている才能に対して嫉妬を抱かれていた。それで、萌夏さんはあることないことを言われて辛い立場になっていた。でも、それは凛恋の言う通り、爽やかな顔をしている萌夏さんを見る限り、今は解決しているように見えた。


 俺も萌夏さんも凛恋も、沢山の苦難があって心を壊された。でも、それも今はちゃんと笑って過ごせるようになっている。

 それは、俺達のことを好きで居てくれる人達が居るからなのだと、俺は歩きなれた街の道を歩き出しながら思った。

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