【二二一《レディーキラー》】:二
「じゃあ、早速俺は酒選びに行ってくる! じゃあな!」
「ちょっ、何を食うかを教えてから――……はぁ~」
俺の話を聞かずに走り去ってしまった飾磨にため息を吐くと、俺と一緒に残された鷹島さんがクスクス笑う。
「多野くん、ごめんねお酒を買わせてしまって。でも、楽しみにしてる」
「期待しないで待っててくれ」
「うん。また後で」
俺は鷹島さんと別れ、とりあえずスマートフォンで大学近辺の酒屋を探す。
飾磨は結構飲み会を頻繁に開いていて、酒を飲む機会は多い。だから、確実に俺よりも美味い酒は知っているだろう。それに、今日の飲み会の店を決めるのも飾磨だ。料理に合った酒を考えることも飾磨なら出来る。だから、端から美味い酒を選ぶ勝負は飾磨の勝ちに決まっている。
「美味い酒か分からないけど、凛恋が喜びそうな酒を選ぶか」
美味い酒も分からないし、鷹島さんが喜びそうな酒も分からない。でも、俺は凛恋が喜びそうな酒なら選べると思う。だから、その選び方なら必然的に凛恋と同じ女の子の鷹島さんにも喜ばれるような酒が選べる可能性が高い。
スマートフォンで調べた酒屋に入り、俺は当然のようにスパークリングワインのコーナーに入る。
凛恋はスパークリングワインが好きだ。もっと言えばシャンパンが好きなのだが、大まかな括りとしては合っているはずだ。
沢山の種類のあるボトルを眺め、ボトルの下にある値段とスパークリングワインの説明書きを見る。
二〇〇〇円以内とは言われているが、酒の種類は限定されなかった。しかし、それがかえって酒の知識がない俺には困る。
「女性に人気のイチゴで作ったスパークリングワインか~」
おしゃれなボトルのスパークリングワインの説明書きを読み、一度ボトルを手に取る。見るからに凛恋が喜びそうなスパークリングワインだ。
「プレゼントですか?」
「ええ、二〇〇〇円以内で女性が喜びそうなお酒を探してて」
「そうですか。そうなると、こちらは予算オーバーになってしまいますね。女性人気は間違いなく一番なのですが」
声を掛けてきた男性店員がイチゴのスパークリングワインを見ながらそう言う。イチゴのスパークリングワインは、値段が三〇〇〇円を越えている。かなり高いというわけではないが、飾磨の言った条件には合わない。しかし、やはり女性には人気らしい。
「イチゴの香りと程よい甘さで凄く飲みやすいスパークリングワインです。ですので、お酒を飲み慣れない方でも飲みやすいんですよ」
「そうですか。こっちも買いますけど、予算内で収まって女性が喜びそうなお酒をもう一本教えてもらえますか?」
「ありがとうございます。こちらです」
俺はイチゴのスパークリングワインのボトルを手に取ってから、案内してくれる店員さんに付いていく。
イチゴのスパークリングワインは鷹島さんには予算オーバーだが、凛恋へのプレゼントに出来る。
俺は店員さんの背中を追い掛けながら、イチゴのスパークリングワインを貰った凛恋が喜ぶ姿を想像して顔をにやけさせた。
駅前で集合した俺達は飾磨の先導で店に行くと、かなりおしゃれなステーキ屋だった。
予約をしていた飾磨が個室席に行き、慣れた様子で当然のように奥の席に座る。個人的には俺と飾磨が並んで座り鷹島さんを一人で座らせたかった。だが、飾磨が奥の席でふんぞり返っているからそうも出来ない。
「由衣ちゃんと多野はそっちねー。メニューは好きなの選んで! 由衣ちゃんは俺のおごりだから!」
「自分の分は自分で払うから」
「良いの良いの。由衣ちゃんには無理矢理来てもらったんだからさ!」
俺は鷹島さんにメニューを渡す飾磨の話を聞きながら、色々言いたいこともあったが、黙って視線を横に向けて鷹島さんが広げたメニューをチラリと見る。ステーキ屋の相場は分からないが、びっくりするほど高いというわけではない。飾磨も普通の大学生だから、選ぶ店もリーズナブルなところにしてくれているのだろう。
「じゃあ、私はサーロインステーキにしようかな」
「オッケー。じゃあ、由衣ちゃんは特撰サーロインステーキで、俺はサーロインステーキにしようかな」
「私も普通ので良いわ」
「ダメダメ。可愛い女の子は良いのを食べさせないと男が廃(すた)るんだよ。すみませーん、特選サーロインステーキセット一つとサーロインステーキセット二つをお願いしまーす」
遠慮する鷹島さんの言葉を聞かず、飾磨はさっさと注文を済ませてしまう。勝手に確認せず俺のメニューまで頼みやがったが、どうせ飾磨と同じサーロインセットにしようと思っていたから、文句は口に出さずに飲み込む。
「飾磨は強引なやつだからな。もう素直におごられてた方がめんどくさくなくて良いと思う」
「でも……」
「まあ、飾磨の言ってることは正しいからな。飾磨が都合も考えずに誘ってごめん」
「多野くんが謝ることじゃないわ。それに、久しぶりに多野くんと飲みたかったから」
鷹島さんの「久しぶり」という言葉に、俺は苦笑いを返す。確かに、鷹島さんと飲みに行くのは久しぶりだ。それは、前に酒に酔った飾磨と揉めたことが原因なのは分かっている。
いくら酒に酔っていたとしても、大切な友達二人を軽く見るような飾磨の言葉は許せなかった。そして、それで冷静になった飾磨も俺に悪いと思ったのか、俺と飾磨はお互いに距離を置いていた。だから、いつも飲み会を主催する飾磨が動かなくなったから、俺は鷹島さんと飲む機会がなくなった。
「そういえば、ちょっと前に空条さんとは飲みに行ったんだよね? この前、講義終わりに空条さんと話した時、鷹島さんと女子会したって言ってた」
「ええ、空条さんに誘われて行ったの。おしゃれなダイニングでディナーを食べながら楽しく話が出来たわ。その時にも空条さんと話してたの。多野くんとまた飲みたいって」
「そう? 俺は別に居なくても良いと思うけど」
「そんなことないわ。多野くんは物知りだし、それに聞き上手だから」
鷹島さんと話をしていると、案外早く注文したステーキが運ばれてくる。ステーキ皿の上でジュウジュウと音を立て、香ばしい肉の焼けた香りを漂わせるステーキに思わず口の中で唾液が溢れ出す。
「美味そうだな」
「当たり前だぞ? 俺が女の子を連れてくる店だ。不味いわけがないだろ」
「まあ、そりゃそうか」
飾磨は大体誰に対しても乗りが軽く適当だが、女性を喜ばせることに関しては外さない。特に、女性が参加する飲み会を行う店は外れがないのだ。
「よーし、じゃあ早速俺と多野で勝負だな。まずは俺のこれだ。すみませーんお願いします!」
ニヤッと笑った飾磨はまた店員さんにそう声を掛ける。すると、店員さんが俺達のテーブルに赤ワインのボトルを一本持って来た。そして、手慣れた手付きでコルクを抜いてボトルと一緒に持って来たワイングラスに赤ワインを注ぐ。
「飾磨、まさか」
「そのまさかだ。このワインは、この店の店長が肉に一番合うワインだって押してる赤ワインだ。しかも値段も二〇〇〇円を割っているという安さがある」
誇らしげに胸を張って飾磨は言うが、ここまで大人げないというか、ズルイやつだとは思わなかった。
「俺と酒を選んで勝負するんじゃなかったのかよ」
「そうだぞ? だから、俺はステーキに合う赤ワインを探したんだ。そしたら、ステーキに合う赤ワインを出してくれる店を思い出してここにした」
「それはもう、酒を選んだんじゃないだろ……」
別に勝つつもりはなかったし、勝てるとも思っていなかったが、ここまでズルイというか卑怯な手を使ってくるとは思わなかった。ただまあ、飾磨のニヤッという笑いを見ると、飾磨なりのジョークのつもりらしい。
「これで、由衣ちゃんを送る権利は俺かな~」
勝ったも同然という態度で笑う飾磨はグラスを持ち上げる。それに、俺は苦笑いをしながらグラスを持ち上げ、鷹島さんはクスクスと笑いながら同じくグラスを持ち上げた。
「「「乾杯」」」
何に対しての乾杯かは分からないが、とりあえず乾杯した俺達は赤ワインに口を付ける。酸味と渋みのあるワインで、俺はすぐにステーキと一緒にまたワインを飲んでみる。すると、赤ワインの酸味が上手くステーキの脂っこさを消し、肉の甘味がワインの渋みを上手く消し去っていた。つまり、互いの良さが互いの悪さを消し合ってバッチリと合っていた。
「美味しい」
「良かった~」
ステーキを食べてワインを飲んだ鷹島さんの感想を聞いて、飾磨は嬉しそうに微笑む。そして、俺に明るい笑顔を向けた。それは勝ち誇った笑顔ではなく、本当に楽しそうな笑顔だった。
飾磨は人の笑顔が好きなのだろう。いや、きっと女性の笑顔が好きなのだ。だから、飾磨は面倒な幹事を一手に引き受けて飲み会を開くのだろう。そして、その結果で鷹島さんが美味しいと笑ってくれたことが嬉しかったのだ。
ワインに合うステーキと、ステーキに合うワインを楽しみ、ステーキもワインもなくなってきた頃、ワインに酔った飾磨が俺を指さす。
「多野! もう俺の勝ちは決まったが、ここで追い打ちを掛けてやる!」
「追い打ち?」
「そうだ! ここはデザートもステーキなんだぞ」
「デザートもステーキ?」
俺が上機嫌な飾磨の言葉に首を傾げていると、店員さんが俺達の前にステーキ皿をまた三枚持ってくる。しかし、そのステーキ皿の上に乗っているのはステーキ肉ではなかった。
甘く香ばしい香りを漂わせきつね色のスライスされたりんご。
「りんごのソテーです」
店員さんが運ばれてきたデザートの名前を言うと、丁寧に頭を下げて部屋から出て行く。おそらく、りんごのステーキではないという飾磨へのメッセージだったのかもしれない。
「りんごのソテーって初めて」
ステーキ皿を見下ろす鷹島さんは素直に感想を言う。その鷹島さんの反応を見ながら、俺もステーキ皿の上のりんごを見下ろす。
りんごを焼くという料理は焼きりんごが真っ先に思い浮かぶが、俺は焼きりんごを食べたことがない。アップルパイに入っているりんごと同じような状態であると考えると、きっと美味しいのだろうが、あれはパイ生地のサクサク感と合わさっているから美味しいのであって、火を通されてしなっとしたりんごを単体で食べても美味しく感じるのかは不安がある。しかし、りんごが出てきたことで、俺はもしかしたら飾磨との勝負に勝てるかもしれないと思った。
「さあ多野、そろそろお前の酒も出さないとダメだぞ~。観念しろ」
「分かってる。俺が買ってきたのはこれだ」
俺は自分の鞄から一本のボトルを取り出す。それを見て、飾磨が眉をひそめた。
「シードル?」
フランス語で書かれた酒の名前の一部を読んだ飾磨は首を傾げる。すると、鷹島さんも首を傾げた。
「確か、日本で言うとサイダーだっけ?」
「日本ではサイダーを、炭酸水にシロップを入れて甘くした炭酸飲料のことを言うけど、イギリスではサイダーはりんご酒のことを言うらしいんだ。それで、俺が買ってきたシードルはフランスのりんご酒。酒についてよく分からなかったから、酒屋の店員さんにアドバイスを貰って女性が飲みやすいお酒を探したんだ。これ、りんご系のデザートと一緒に飲むと最高らしい」
「なっ、なんだって~! りんごのソテーと相性バッチリってことじゃないか~!」
大げさに仰け反ってわざとらしい声を発した飾磨に、鷹島さんが小さく笑い声を発する。
「とにかく飲もう」
俺は店員さんがテーブルに置いていたワインオープナーでシードルのボトルを空ける。そして、鷹島さんと飾磨のグラスにシードルを注いだ。
「ありがとう」
「どういたしまして。俺も初めて飲むから分からないけど飲んでみて」
自分のグラスにシードルを注ぎながら鷹島さんに勧めると、鷹島さんはフォークでスライスされたりんごのソテーを刺して口に運び、りんごのソテーと一緒にシードルを一口飲んだ。
「美味しい!」
「うめえっ!」
前から飾磨の声も聞こえ、俺もりんごのソテーと一緒にシードルを飲む。
りんごの爽やかな香りが鼻を抜け、口の中に広がるシードルの味も甘味があって強い酸味もなくまろやかだった。これは酒屋の店員さんが言っていた通り飲みやすい。そして、シードルの控えめな味が、上手くりんごのソテーの味を邪魔せず数段上に引き上げていた。
シードルを飲みながらりんごのソテーを食べ切ると、飾磨が背もたれに背中を付けて小さく息を吐く。
「はぁ~美味かった~」
「飾磨くん、ありがとう。こんな美味しいお店に連れて来てもらって」
「良いって良いって! それじゃあ、由衣ちゃんに決めてもらおうかな~。俺と多野とどっちが好きか」
「えっ?」
調子に乗った飾磨の質問に、鷹島さんはキョトンとした顔をして飾磨を見返す。俺は、鷹島さんを困らせた張本人の飾磨に冷たい視線を向けた。
「飾磨、違うだろ。どっちの酒が美味しかったかだろうが」
「おう! そうだったそうだった! ごめんごめん」
素で間違えたのかわざとなのかは分からないが、飾磨は軽く咳払いをして作った真面目な顔で似合わない堅い口調になる。
「では、俺の赤ワインと多野のシードル、どっちが美味しかったか選んでくれ」
飾磨の問いに、鷹島さんは赤ワインのボトルとシードルのボトルを交互に見る。そして、シードルのボトルを手に取った。
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