【一六八《悲壮は想いに彩られ、ただきらびやかな幸福へと変わる》】:二
恥ずかしがる凛恋を見ていた理緒さんが首を傾げながら里奈さんと萌夏さんを見る。そして、里奈さんはことも無げに答えた。
「普通にアプローチすれば良いのよって言ったの。凛恋にアプローチされて嫌な顔はする男なんて居るわけないと思ってたし。でも、凡人くんって厄介な性格してるから、結構てこずったよね」
「里奈さん、厄介って酷いだろ」
ケタケタ笑いながら俺を見て言った里奈さんに言葉を返すと、里奈さんは笑いながら肩をすくめて言う。
「だって、恥ずかしがりの凛恋がストレートにアプローチしてるのに、凛恋には好きな男が居るって勘違いしてたでしょ?」
「うぐっ……」
痛いところを突かれて思わず押し黙る。
「次の女子会で、凛恋が多野が私に好きな男が居るって勘違いされたどうしようって泣き出して、どんな勘違いしたらそうなるのってみんなで首を傾げたわよ」
「仕方ないだろ。あの時の俺は、凛恋と俺は別世界の人間だって思ってたんだから。凛恋が俺のことを好きになってくれたなんて思ってもなかったんだよ」
「なるほど。お互いに、住む世界が違うって勘違いし合ってたんだ」
瀬名が納得した表情で頷き、俺と凛恋は顔を見合わせて気恥ずかしさではにかむ。
「そこで火に油を注いだのが、私の彼氏でごめんね」
「の、希!?」
希さんが発した一言に、ニヤニヤと傍観者を決め込んでいた栄次が慌て始める。まあ、栄次は色々と言われたって仕方がない。
「凡人くんって今と同じで昔も私達友達のことを大切にしてくれるでしょ? ううん、自分の友達じゃなくても友達ってことを凄く大切に想ってる。だから、凛恋と付き合う前も、友達の凛恋との関係を壊したくないって凄く悩んでて。そしたら栄次が、情けない、がっかりだって言って」
その希さんの話を聞いた瞬間、周りに居た女性陣から栄次に非難の目が向く。栄次はいつも良いところを持っていくのだから、たまにはこうやって責められたって良い。
「だ、だって、俺は凛恋さんの気持ちを知ってたから、背中を押そうとして――」
「栄次くん、それ背中を押して崖から突き落としてるよ」
「……反省してます」
萌夏さんに目を細めながら言われ、栄次が申し訳なさそうに謝る。しかし、希さんはそれで手を緩めなかった。
「栄次は凄く優しいのに本当に凡人くんに対しては遠慮がなくて。私と栄次が今付き合えてるのは凡人くんのお陰なのに、それを栄次は全然分かってない」
そう言い終えると、希さんはパクっと唐揚げを口へ入れてモグモグと噛み砕きながら栄次に視線を向ける。
「希って、昔から凡人くんの評価かなり高いよね?」
「凡人くんは他の男子と全然違ったから。凄く優しい人だし、何より雰囲気が全然怖くなかった」
「まあ、高校生男子なんてエロいことしか興味ない人種だからねー。全身からエッチしたいって下心が滲み出てるし」
辟易した表情で両手を持ち上げて萌夏さんが言うと、里奈さんと理緒さんが口を揃えて言った。
「「大学生も同じでしょ」」
その言葉には、なんだかしみじみとした雰囲気があった。
「私は瀬名が居るからそうでもないけど、周りはよく合コンに誘われてる。合コンの時間もご飯食べてカラオケ行って、その後お持ち帰りって想定してる時間帯だし」
「うちは女子大だけど、大学の周りにあるお店には、うちの学生狙いの人とかよく居る。ノーブリリーの子だよね? って私も声掛けられて。ご飯に誘われるだけなんだけど、目がね……」
「ほんと、あの男のエロいこと考えてる時の目ってどうにかならないんだろ。瀬名に見られる分は良いけど、どーでも良い男から向けられてもキモいし」
矛先が栄次ではなく男という大きな括りに向けられて、栄次は小さく息を吐きながら食事を再開する。
里奈さん達は昨今の男性についての話で盛り上がり始め、俺も止めていた手を動かして食事を再開する。少しみんなと話せたおかげで気が楽になった。
少し落ち着いて椅子に座ると、真弥さんがまだ戻って来ていないことに気付く。
「ちょっと料理取ってくる」
丁度空いた皿を手に俺は席から立って料理を取りに行く。しかし、料理を置いてあるコーナーで周囲を見渡しても真弥さんの姿はない。
「トイレに行ったのか?」
女性が席を立つ時にトイレに言ってくるなんてことは言い辛いだろう。それに、食事中なら尚更だ。しかし、真弥さんは今の俺と同じように皿を持っていた。トイレに皿を持ち込むわけなんてない。ということは、トイレに行く口実のために料理を取りに行ったわけではない。
視線を周りに見渡すと、料理が置かれたカウンターの端に皿が一枚置かれている。その皿は料理に付けられたソースで汚れていて、その汚れ方は真弥さんが持っていった皿と同じだった。
料理を取りに来た真弥さんは、料理を取らずに皿を置いてからどこかへ行った。
「やっぱりトイレか?」
料理を取る前にトイレに行ったと考えるのが妥当だ。
「凡人くん?」
「真弥さん」
俺が真弥さんの皿を見ていると、隣に真弥さんが歩いて来た。
「どうし――あっ、もしかして心配してくれたの?」
「まあ。ちょっと戻って来るのが遅いと思って」
「ごめん。丁度料理を取ろうと思った時に友達から電話があって。それで、電話をしてたの」
「そうなんですか」
「ありがとう。凡人くんのそういうところ、凄く格好良いよ」
ニコッと笑った真弥さんは、自分の皿を手に取って料理を選びながら話す。
「凡人くんが食べてたローストビーフってどこにあった?」
「ローストビーフならあっちですよ」
「ありがとう。凡人くんが食べてると美味しそうだったから食べたくなって」
明るく笑いながらローストビーフを皿に盛る真弥さんを見ながら、俺は店の壁に施されたクリスマス装飾を眺める。
「みんなで楽しく遊べて最高のクリスマスだなー」
「そうですね。本当に、最高のクリスマスです」
ローストビーフを盛りながら何気なく真弥さんが言った言葉に、俺も何気なくを装って、そう心にある想いを口にした。
みんなで集まると恒例になったカラオケに着き、みんなが歌い出して場が盛り上がって来た頃、俺は萌夏さんに声を掛けられて部屋を出た。
他の部屋から漏れ聞こえるカラオケの音が響く通路で、両手を後ろに組んだ萌夏さんは両手で包装された袋を差し出す。
「メリークリスマス。凡人くん」
「えっ?」
俺は戸惑って萌夏さんが差し出した袋を見る。
俺達は予め、クリスマスプレゼントを用意しないように話し合っていた。それは、みんなの分のクリスマスプレゼントを用意し合っていたら凄い量になるし、一人一人の経済的な負担が大きくなる。だから、俺は凛恋以外にはクリスマスプレゼントを用意していなかった。でも、萌夏さんが差し出しているのはクリスマスプレゼントだ。
「凡人くんには凄くお世話になったから、そのお礼!」
「あ、ありがとう。でも、俺は何も用意してないのに……」
「お礼にお返しはいらないでしょ?」
萌夏さんに握らされた袋を見つめながら申し訳なくなる。俺だけ貰っても良いのだろうか。
「心が折れて凡人くんに電話して、そしたら凡人くんに才能があるって褒めてもらって。私って単純だからさ、それが凄く嬉しくて。この前も先輩に辞めちまえって怒られたんだけど。先輩の言葉よりも凡人くんの言葉があったから思えたの。今に見てろって」
萌夏さんはクスッと笑って両手を手の前で握る。
「努力を努力だって思わない才能なんて聞いたことなかった。でも、やっぱり凡人くんは凄いよね。凡人くんの話を聞いてたら、私に凄い才能があるんじゃないかって勘違いしてきちゃって。それで、今では何言われても乗り越えられるようになった。私には才能があるんだ、みんながびっくりするケーキをいつか作れるって」
「萌夏さんは間違いなく才能があるって。冬休みもめちゃくちゃ作ってたし」
「やっぱり喜んで食べてくれる人が居ると、もっと美味しいケーキを作ろうって思えて」
「一日に作る量も増えたし、アルバイトで身に付けた技術も役立ってるんじゃないか?」
「えっ?」
萌夏さんはキョトンとした表情で俺を見返す。しかし、萌夏さん自身は全くピンと来てないようだ。
「夏の時よりも、試食で出て来るケーキの種類が二種類も多くなってる。それって、今までよりも作業が早くなって二種類もケーキを作れる余裕が出たってことだろ? 数ヶ月でそれだけ成長するって凄いことだ」
「自分では全然意識してなかった。でも、確かに余裕が出たかも」
考え込んでそう口にした萌夏さんは嬉しそうにはにかんだ。きっと、必死にアルバイト先で働いていて、自分が自覚しないうちに上達したのだろう。
「ただ、少しは気を抜かないとダメだ。萌夏さんは頑張り過ぎなんだし」
俺は喜ぶ萌夏さんに軽く釘を刺す。いくら作業が早く効率よくなったとしても、それで負担を増やして体を壊しては元も子もない。
「うん。凡人くん、ありがとう。凡人くんのアドバイス通りに頑張り過ぎないようにするね」
クスクスっと笑った萌夏さんは、前に組んでいた両手を後ろに組み俺を見上げる。その表情は真剣で、少しだけ瞳は揺れていた。
「じゃあ、今度は私からアドバイス。……凡人くんが最初に頼るのは凛恋。それは絶対条件。でも……その後の何番目でも良いから、私のことも頼ってね。私は凡人くんみたいに強い心は持ってないし頭も良くない。でも、凡人くんのために何かしたい、凡人くんの力になりたいって気持ちは、それだけは凛恋にも負けてない自信があるから。それだけは覚えててほしい」
「……ありがとう萌夏さん。今日はごめん」
「謝らなくて良いよ。どうせ、凛恋なら凡人くんを引っ張り出すと思ってたし。それに、凛恋が行かなくても絶対にみんなで行ったから。私達は多野組なんだから、凡人くんが居ないと始まらないし」
ニッと笑った萌夏さんはクルリと振り返って部屋へ戻って行く。俺は萌夏さんが戻るのを見送って、貰った袋の封を開けて中を見る。
革紐を編み上げたシンプルなキーホルダー。でも、もの凄く格好良くおしゃれで嬉しかった。
部屋に戻ると、萌夏さんと里奈さんが二人で女性アイドルの歌を歌っていて、それにみんなが手拍子をしている。
「凡人くん、少し良い?」
「ああ。良いよ」
部屋に入った瞬間、立ち上がった理緒さんに声を掛けられ、俺は入ったばかりの部屋を再び出て通路に戻る。
「萌夏からクリスマスプレゼント貰ったんだ」
「あっ、ああ。俺は用意してなかったから凄く申し訳なかった」
「良いんじゃないかな? 萌夏は凡人くんにあげたくてあげただけだろうし。それにしても、萌夏も諦めきれないならアタックすれば良いのに」
クスッと笑った理緒さんは、俺の正面に立って上目遣いで見上げる。
「私、男の人の誘い全部断ってるから。好きな人が居るからって」
「…………」
「困ってる困ってる」
俺がなんと言えば良いのかと考えていると、それを見た理緒さんがクスクスと笑う。どうやら、からかわれたらしい。
「誘いを断ってるのは本当だよ? それに、私に好きな人が居るのも本当。まあ、その人と両思いになれるかは分からないけど」
「俺は凛恋が好きだから」
「分かってる。でも、私ってそういう恋の方が燃えちゃうタイプだから。だから、片思いの遠距離でも最後まで諦めない。だけど、凡人くんの迷惑にならない程度にするつもり」
明るく笑った理緒さんは、背中を通路の壁に付けて天井を見上げる。
「高二の頃を思えば今は凄く楽しい。だって、友達が増えて、好きな人にいつでも電話出来るんだよ? 本当に良かったって思えてる。ただ、高二の時に凡人くんに振られた日の夜は、人生で一番どん底で一番泣いた日だったけどね」
ペロッと舌を出した理緒さんは、両手を握りながら自分の指に触れる。
「私ね。アナウンサーになるのが夢かもしれない」
「えっ? 夢かも、しれない?」
夢かもしれない。その不思議な言い回しの言葉に、俺は理緒さんに首を傾げて聞き返した。
「高三の、凡人くんを退学させるなんて話が話題になった時にも思ったの。ニュースを読む人って、淡々としてるなって」
「淡々としてる?」
「うん。出された原稿を噛まずに読むことしか考えてないとしか思えなかったの。その人がテレビカメラに向かって話して全国に報道される言葉が、人を傷付けたり人の人生を変えちゃったりすることなんて何も考えてないんだろうなって思ったの。高三の時も、今日も」
壁に背中を付けた理緒さんは、握った手にギュッと力を込めた。
「あんな無責任な人達に、私の好きな人のことをとやかく言われたくないって子供みたいに頭に来て。私がアナウンサーになったらそんな無責任なことはしない。ちゃんと大切に、伝えるってことを重く大事に扱えるって思ったの」
「まあ、確かにマスコミってところはやったもん勝ちに見えるところがあるからな」
俺の考えは偏見だ。世の中には公平に報道するところもあるのだろう。でも、今回マスコミは売れれば良い、視聴率が取れれば良いと、何も顧みないところばかりだった。
「ちゃんと報道してくれるところもあるのは確か。それで高三の時は救われたこともあった。でも、声が大きいところはみんな、やっぱり無責任なところばかりだって印象」
「そういう理緒さんが報道の現場に立ってくれたら、これから報道で悲しい思いをする人が減って、みんな幸せになれるな」
「まあ、かっちりと決まってるわけじゃないけどね。今は淡くそう思ってる。次は本題ね。……はい、メリークリスマス」
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