【一六七《恋しくて》】:二
家に帰って二人で鍋を突いていると、爺ちゃんと婆ちゃんが帰って来た。
婆ちゃんはニコニコ笑いながら嬉しそうに「凡人、おかえり」と言ってくれたが、爺ちゃんの方はチラリと視線を向けて「帰ってたのか」とつっけんどんな反応をした。
栞姉ちゃんと婆ちゃんはクスクスと笑っていたが、俺はせっかく帰ってきたのにすっきりとしない気分だった。
風呂にも入って、酒を飲む爺ちゃんと栞姉ちゃんと一緒に、俺と婆ちゃんは温かいお茶を飲みながら話をした。
大学やインターンシップのことを話し、爺ちゃんにはしきりに凛恋をちゃんと守っているか、凛恋は楽しく生活しているかと聞かれた。やっぱり、実孫の俺よりも凛恋の方がよっぽど可愛いらしい。栞姉ちゃんと酒を飲んでいる時も楽しそうだし、やっぱり爺ちゃんは女孫が好きなのだろう。
爺ちゃんが先に酔って寝てしまい、その爺ちゃんを部屋に運ぶ時に婆ちゃんも一緒に爺ちゃんと寝た。その後、栞姉ちゃんに付き合えと言われて、お茶をコーヒーに切り替えてダラダラとどうでも良い話をずっと話していた。そして、遂に栞姉ちゃんまで眠ってしまった後、俺は栞姉ちゃんをベッドに運んでから自分の部屋に入った。
自分のベッドなのに、今日は広く感じる。それはきっと、いつも凛恋とシングルサイズの布団で寝ているからだろう。
「ぐぁ~…………寂しい」
いつもなら温かくやわらかい凛恋が居る位置に手を伸ばすと、そこにはひんやりとした布団しかない。冷たい布団のシーツを指先で撫でて見るが、凛恋の来ているルームウェアの肌触りとは全く違うし、当然凛恋の綺麗な肌の触り心地とも全然違う。
大学生活をしている俺は、凄く恵まれた環境に居るのだ。普通は、栄次と希さんの遠距離恋愛とまでは行かなくても、同じ家に住むことはない。だから、毎朝起きた時に凛恋が隣に居て、毎晩寝る時に凛恋が居た俺は、本当に恵まれていた。
「…………エッチしたい」
思わず欲望が言葉に出た。そして、そんな直情的で理性の欠片もない言葉を発したことに自己嫌悪に陥り、俺は枕に顔を埋めて息を止める。しかし、長くは止められなかったし、止めたとしてもなんの意味もなかった。
こんなに自分の理性が弱いものだとは思わなかった。夏だって、帰省している時は凛恋とは別々に実家に居ただろう。それなのに、なんで……。
きっと、冬の肌寒さが寂しさを強めたのだ。
一度考えてしまえば悶々としてしまい。俺は一度寝ようとした体を起こしてベッドに座り込む。
スマートフォンで時間を確認する。もう深い時間で今から凛恋に電話するのは迷惑だろう。それにましてや……。
「俺はアホか」
頭に浮かんだ邪な考えを自分で声に出して否定する。相手は彼女の凛恋なのだから何も悪いことではないが、アホかバカと罵倒しなければ恥ずかしさで死にそうだった。
ドサッと音を立てて再びベッドに寝転んだ俺は、ゆっくりと目を閉じる。
「羊が一匹、羊がに――羊は頭だった。羊が一頭、羊が二頭……」
眠るために羊を数え始める俺だったが、言葉では羊を数えているのに、頭の中では凛恋のことでいっぱいになっていた。
羊を言葉で二〇頭数えた時、俺のスマートフォンが震える。目を開いてスマートフォンを手に取ると、画面には凛恋の名前が表示されていた。
「凛恋!」
俺は凛恋の名前を見て声を上げたが、すぐに咳払いをして心を落ち着かせる。電話口で変にがっついてしまったら、凛恋に引かれかねない。
「もしもし、どうした?」
俺は少し間を置いてから、何も邪なことなんて考えてませんよと伝わるように、何気ない声で電話に出た。
『凡人? ごめん、寝てた?』
「いや、まだ起きてたから大丈夫だ」
また体を起こしながら、俺はベッドから立ち上がって部屋の中をうろちょろと歩き回る。
今から凛恋に会いたい。しかし、夜も遅いし、何よりただ会いたいだけでは済まないのが分かっているからこそ、それを止めようとする俺が居る。
凛恋は俺の彼女だ。でも、凛恋は俺の欲求を満たすためだけの存在じゃない。しかし、凛恋にならそういう欲求も素直に見せられる。見せても大丈夫だと思える。でもでも、やっぱりがっついて「凡人にとって私はエッチしたいだけなの?」なんて思われたくない。いやいや、凛恋がそんなことを思うわけがない。
理性と欲求が頭の中で喧嘩し、俺はパニックになりそうな頭と熱が上がる体で部屋を右往左往する。すると、電話口から少しか細い凛恋の声が聞こえる。
『凡人に会いたいな……』
「会おう! 今すぐ会おう! すぐに行くから待ってろ!」
凛恋の言葉を聞いて、俺はすぐに着替えを引っ張り出して慌てて着替える。その間も、器用に俺はスマートフォンを耳から離さなかった。
『えっ……でも、夜も遅いし……』
「うちはもうみんな寝てるから大丈夫だ」
着替えを済ませて鞄に財布を突っ込み、忘れずに鞄の底にコンドームの小箱があるのを確認する。
『……うちもみんな寝てる』
「迎えに行くから待ってろ。家の前に着いたらまた電話するから」
『うん。……待ってる』
「ああ」
電話を切って、俺は慌てながらも物音を立てないように家から飛び出した。
別にもう大学生なのだから夜に出て行っても何の問題もない。
冷たい夜風が頬を打って肌を刺すような冷たさを感じる。しかし、それでも走る足を俺は緩められなかった。
一秒でも早く凛恋に会いたい。走れる理由は、ただそれだけだった。
走り続けていたのにいつもよりも長く感じる道の途中、前から小走りで駆けて来る人影が見えた。街灯にその人影が照らされた瞬間、俺はより一層足を速めた。
「凛恋っ! なんで家で待――」
家で待ってろと言っていたのに出てきた凛恋に尋ねようとした瞬間、俺の胸に凛恋が飛び込んで来た。俺は言葉を途切れさせながら、凛恋を両手で受け止めた。
「……私も走ったら、早く凡人に会えるじゃん」
「凛恋……」
俺は思わず、嬉しくて凛恋を抱きしめていた手に力が入った。凛恋も一秒でも早く俺に会いたかったのだ。
「寒いしとりあえず、ファミレス行くか」
大好きな凛恋に冬の夜に道端で立ち話をさせる訳にはいかない。そう思って、俺は凛恋の手を握ってファミレスの方に歩き出そうとする。しかし、凛恋は手をしっかり握ったまま俺の手を反対方向に引っ張った。
「凛恋?」
手を引っ張る凛恋を振り返ると、お揃いのマフラーに口を隠した凛恋が顔を真っ赤にして呟く。
「お腹空いてない……」
「そうか。まあ、飯は食べた後だしな」
行き先候補のファミレスを潰されて、俺は凛恋をどこに連れて行こうか迷う。候補がないわけではないが、そこは真っ先に連れて行くには――。
「ホテル、行こ」
「わ、分かった」
凛恋が真っ赤な顔で言った言葉に聞き返すことはせず、俺は凛恋の手を引いて歩き出す。
本当はファミレス辺りでワンクッションおいた後に誘おうとは思っていた。しかし、凛恋はそのワンクッションも必要ないようだ。
「……引いた?」
「引くわけないだろ! 俺だって凛恋と行きたかったし」
凛恋に聞かれて答え、俺は小さくため息を吐く。
ホテルには男側から絶対に誘うべきとは思わない。そういうのは、女性側から誘っても俺は良いと思っている。でも、同じ気持ちだったのなら、俺からリードするべきだったと思った。
「ベッドに一人で横になってたら、いつもなら凡人が隣に居て抱き寄せてくれて、おっぱいとかお尻とか触ってくるのにって思ったら、寂しくなって……」
「そ、そうか……」
いつも自然にやっていることとは言え、改めて言葉として表現されると俺がただの変態にしか思えない表現だった。
「ほんと、希と里奈は凄い。彼氏と一緒に住んでなくても平気なんて。私は、一晩離れただけでこんなに寂しいのに……」
握った凛恋の手が指を組んで俺の手をより強く握る。
「俺も凛恋が隣に居なくてなかなか寝付けなかった」
俺がそう答えると、凛恋はクスッと笑って俺に体をピッタリ寄り添わせた。
「私達、寂しがり屋過ぎでしょ」
「そうだな」
「でも嬉しい。それだけ、お互いが必要不可欠ってことでしょ?」
「ああ。俺には凛恋が必要不可欠だ」
「私も」
凛恋と話しながら歩いて、淡くライトアップされたベージュ色の外壁をしたホテルの前に歩いていく。
もう大学生になって何度も使っているから、初めての時のような戸惑いはない。でも、夜に抜け出して来ているということに、ほんの少しだけの罪悪感と強い背徳感を抱く。
部屋の中に入りドアが閉まると、俺は凛恋の背中を壁につけてがっついてキスをする。家に居る時から悶々としていたのだ。ここまで来て耐えられるわけがなかった。
「はぁ~凡人のチューだ……」
唇を離すと、うっとりとした表情で見上げる凛恋が言った。その色っぽい声に、俺の興奮は収まるどころか逆撫でられた。
俺は風呂の準備をしてから、腰を抱いて部屋の奥に凛恋を連れて行く。そして、暖房を点けてからベッドに座りまたキスをした。
「凡人ばっかりズルい」
キスの途中で唇を離した凛恋が、そう言いながら唇を尖らせて俺の肩を押す。
ベッドに押し倒された俺は、仰向けのまま上から覆い被さってくる凛恋を受け入れる。
凛恋のマフラーを解き、凛恋が着ている防寒着を脱がす。そして、さっきよりも薄着になった凛恋を引き寄せる。
「凡人、いつもよりチューがやらしい」
「凛恋だっていつもよりもエロいだろ」
「だって、凡人といちゃいちゃしたくて堪らなかったんだもん。我慢出来なくて、凡人のこと呼び出しちゃったし」
「俺はめちゃくちゃ嬉しかった。……ごめんな、俺から誘わなくて」
「そんなの気にする仲じゃないでしょ? もう何一〇〇回エッチしてると思ってるのよ」
ニヤッと笑った凛恋は、俺を上から抱きしめて俺の頬に自分の頬を当てる。凛恋の火照った頬から、凛恋の熱が強く伝わる。
「私の凡人~」
嬉しそうにそう言う凛恋の手が強く俺の体を締め付けるのを感じながら、俺は優しく凛恋を抱き寄せる。
風呂の準備が整うまでしばらく抱き合って待ってから、俺と凛恋は二人で風呂に入った。そして、風呂で今日あったことを互いに話してから上がる。
凛恋は部屋の照明を薄暗く落とした後、バスローブ姿でベッドの端に座った。
俺は凛恋のバスローブを肩から脱がしながら、完全に我慢の限界を通り過ぎて、剥き出しになった欲望のままに凛恋をベッドに押し倒した。
触れ合う凛恋の肌と体温を感じて、俺はホッと落ち着く感覚を覚えた。もちろん、可愛い凛恋に触れることが出来ているという感動と興奮はある。でも、それと同じくらいしっくりと来て、ピッタリと収まりが良い心地良さがあった。
風呂上がりで火照り少し湿っている凛恋の肌は、俺の肌に張り付いて離れない。そして、凛恋の手が、当然のように俺の羽織っていたバスローブを押し退ける。
凛恋の手が、手繰り寄せるように俺の背中を這うのを感じて俺は堪らなく嬉しくなった。凛恋が自分にがっついてくれることが、際限なく凛恋への愛と感謝を膨れ上がらせる。
可愛らしくもあり色っぽくもある綺麗な顔立ち。スラリとしていて女らしく滑らかな曲線を描く胸にお尻。すべすべとしていながらもしっかりと張りと弾力のある太腿。触れる度に漏れ聞こえる愛らしい声。
どこから見ても、どう切り取っても、どの要素を評価しようとしても、最高で完璧としか言えない凛恋が、世の中に腐るほど居る男の中で俺を選んで俺だけを求めてくれている。それ以上の幸せがこの世に存在する訳がない。
それに、そんな最高で完璧な凛恋に触れることを許してくれていることに、俺は恐れ多さを感じていた。でも、その恐れ多さを跳ね除けて欲情に走れるくらい、凛恋は魅力的過ぎた。
ピッタリと体を重ねて凛恋と抱き合う。
抱き合う度に俺は思う。いつしか、互いの熱で互いが溶け合って、俺と凛恋はたった一つの存在になってしまうのではないかと。でも、そんな考えが浮かんでも恐れは感じなかった。
世界一可愛くて綺麗で、世界一大好きな凛恋と一つになれるなら、それでも良いかもしれないと思ってしまえる。むしろ、一つになれるならなりたいとさえ思えた。
一つになれれば、四六時中、俺は凛恋を感じ続けられる。そんな幸せが得られるなら、俺の存在が消えても良いと思えた。
耳をくすぐる凛恋の愛らしい声と、頬を撫でる甘い吐息を感じながら、俺は必死に凛恋の体を抱き寄せる。
そして、もう何百回と思ったことを凝りもせず俺は頭の中で強く想う。
凛恋は誰にも渡さない。凛恋は俺だけの凛恋だ。
綺麗な凛恋に向けてはいけないような、そんな醜い独占欲を……俺は恥ずかしげもなく凛恋へ必死にぶつける。
そんな醜い独占欲も、凛恋は俺のひたむきな愛だと昇華してくれる存在だと信じているから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます