【一四八《鳴く蝉よりも鳴かぬ蛍が身を焦がす》】:二

「うっしゃー! 歌うぞ歌うぞー!」


 飾磨が相変わらずのハイテンションで、同じくハイテンションの男子学生達を連れて行く。その後ろに、女子学生の一団が続く。


「多野くんって、彼女さんとどこで出会ったの?」


 女子の一団から出てきた一人の女子学生に話し掛けられる。


「高一の頃、友達に誘われたカラオケで会ったんだ」

「ってことは、高一からずっと?」

「ああ。今年で四年目になる」

「凄っ! どっちから告ったの?」

「向こうから」

「へぇ~!」


 恋愛話が好きなのか、興味深そうに聞かれる。話しても問題ない話だが、なんだか個人的なことを根掘り葉掘り探られている気がして居心地が悪い。


「あっ、そう言えば自己紹介してなかったね。私は空条千紗(くうじょうちさ)。よろしくね」

「俺は多野凡人。よろしく」


 自己紹介を終えると、空条さんは足の動きを遅くして俺達と並んで歩く。


「飾磨と多野くんって全然タイプが違うから、友達って聞いてビックリした」


 空条さんはクスクス笑いながら両手を体の後ろに組む。

 焼き肉屋から出て飾磨の案内でカラオケ店に着くと、パーティールームに入ってみんながそれぞれ思い思いの場所に座る。


 俺は焼き肉屋と同じように、邪魔にならない端っこのソファーに腰掛けると、隣に空条さんが腰掛けた。


「多野くんの隣ゲット~」


 クスクス笑いながら隣に座った空条さんが、テーブルの上に置いてあった期間限定デザートのメニューを手に取って俺に見せる。


「多野くん、このハニトーシェアしない? 流石に一人じゃ食べられないからさー」

「じゃあ、四人で一緒に摘もうか。鷹島さんと本蔵さんも協力して」

「良いわよ」「多野が言うなら」


 鷹島さんと本蔵さんが同時に言ったのを聞いて、空条さんは四人全員に見えるようにメニューを広げる。


「じゃあ、どれにするかみんなで選ぼう」


 俺はハニートーストなんて焼き肉を食べた後に食べられる自信はない。だから申し訳ないが、鷹島さんと本蔵さんに協力してもらうしかない。

 主に空条さん達女子三人で頼むハニートーストを決めて、プレミアムデラックスチョコバナナハニートーストという、なんだか凄そうな名前のハニートーストになった。


「多野くんって趣味何?」

「趣味? 趣味はゲームかな」

「ゲームってスマホのゲーム?」

「いや、俺のはテレビゲームの方」

「そうなんだ! 私ってゲーム得意じゃないの。すぐに負けちゃって」

「まあ、何度かやってれば大抵の人は慣れるけど、時々苦手だって人も居るからね。多分、やってるジャンルが合わないんだと思う」

「私、戦うゲームしかやったことないんだけど、他に私に出来そうなゲームってある?」


 空条さんに尋ねられるが、戦うゲームと言われても漠然とし過ぎていてよく分からない。ただ、女子向けのゲームがないわけではない。


「最近は、育成系のゲームで動物を育てたり、インテリアをいじったりするゲームもあるから、そういうのは出来るんじゃないかな?」

「そっかー。今度――」

「多野、ハニートーストが来た」


 本蔵さんにそう言われながらシャツの袖を引っ張られると、目の前に店員さんが持ってきたハニートーストが置かれる。

 大きさもさることながら、トッピングのインパクトもプレミアムでデラックスなハニートーストだった。もっと分かりやすく言えば、甘ったるそうでカロリーが高そうだ。


「美味しそー!」


 空条さんは人数分持って来てもらったフォークを一本手に取り、立方体に切り分けられたハニートーストの一角を突き刺す。そして、その下に手を添えて俺に冗談めかしたニヤリとした笑顔を向ける。


「多野くん、はい、あーん」

「自分で食べるよ」

「もー、そこは乗ってよ~。ん~美味しー!」


 明るく笑う空条さんは、フォークで刺したハニートーストを頬張って美味しそうに唸る。

 俺は自分のフォークを持ってハニートーストの一角を突き刺すが、突き刺さったハニートーストを見て一瞬固まる。


 フォークに刺さったハニートーストはずっしりと重く、染み込んだ蜂蜜のお陰でテカテカとした照りがある。更に、その上にはチョコレートソースと生クリームも付いている。幸いバナナが載っかっている一角ではなかったが、バナナがなくても十分甘そうだ。


 意を決して口を大きく開けてハニートーストを頬張ると、口の中にプレミアムデラックスな衝撃が走る。

 甘い。とりあえずめちゃくちゃ甘い。もはや、甘過ぎて蜂蜜が甘いのか生クリームが甘いのかチョコレートが甘いのかが分からない。理由は分からないけど、とにかく口の中が甘い。


 俺は平静を装って、口の中に広がったただ甘い何かをコーヒーで流し込む。あまりにも口の中が甘過ぎて、ブラックコーヒーの苦さが際立って、コーヒーの味も分からなくなる。

 こんな甘ったるい物の処理に巻き込んでしまい、俺は鷹島さんと本蔵さんに申し訳なくなって視線を向ける。しかし、俺は視線を向けた先の光景に驚愕した。


 鷹島さんも本蔵さんも平然とした表情でハニートーストをパクパクと食べている。まるで、衝撃的な甘さを全く感じていないような食べ方だった。


「美味しい! もう一つくらい別のハニートーストを頼めば良かったわね」


 鷹島さんがニコニコ笑いながら俺に視線を向ける。それに、俺は内心で「一欠片で十分だ」と思いながら愛想笑いを返した。


「そ、そうだな」

「じゃあ、これ食べ終わったらもう一つ頼も!」


 横から空条さんが明るい声でそう言いながら、次の一角をフォークで刺す。

 女性がみんな甘い物好きなわけではないだろうが、少なくともこの三人は甘い物が好きな女性達らしい。俺は二つ目にフォークを伸ばすか躊躇っているというのに凄い。


「多野くん、口に付いてるよ」

「えっ? あっ、ごめん」


 空条さんに指摘されて俺は慌てて紙ナプキンで口を拭く。


「大学で見掛ける多野くんってクールな感じだけど、凄く話しやすくて良い人だね」

「ありがとう。でも、大抵の人は話し辛いと思ってるんじゃないかな」

「多野くんはかなり頭良いって噂になってるから、みんな話し掛け辛いとは思うよ。私も今日の食事会がなかったら話し掛けられなかったと思うし」


 俺は空条さんの言葉を聞いて驚いた。俺が、学内で噂されているなんて知らなかったからだ。


「それでも、普通に話し掛けられる飾磨は凄いわよね。あのコミュニケーション能力には感心する」

「何も考えてないようで、結構考えてやってるからな、飾磨は」


 俺はマイクを持って熱唱している飾磨に視線を向けながら呟く。

 飾磨は、主催者だからということもあるだろうが、今日はずっと色んな人に気を回して立ち回っている。俺も、その気を回された一人だ。


 不愉快な絡み方をしてきた男子学生が俺に話し掛けることは二度となかったし、俺からその男子学生を遠ざけたのは飾磨だ。

 その遠ざけ方も誰も不快にさせないやり方だったし、その後、飾磨はその男子学生に女子学生と話すように仕向けていた。

 それは、俺から……いや、俺の彼女の凛恋から男子学生の興味を、女子学生に向けさせるためだったのだろう。


 俺にはそんなに自然に人をコントロールすることなんて出来ない。だから、その点は飾磨を尊敬した。


「多野! お前も歌えー」

「俺は良いよ」

「仕方ないやつだなー。じゃあ――」

「多野くん、一緒に歌おうよ」

「えっ?」


 マイクを二本持った空条さんに笑顔で手渡される。それを思わず受け取ってしまい、俺は手にあるマイクから視線を空条さんに向ける。


「これ知ってる?」

「あ、ああ、知ってるけど……」


 空条さんに見せられたカラオケのリモコンに表示された曲は、最近流行りの曲で知らない曲ではない。時々、凛恋と希さんの三人で行くカラオケでも凛恋と希さんが歌っているのを聞いたことがある。ただ、女性歌手の曲で俺では声の高さが合わないと思う。


 結局、断るまでもなく曲を入れられ、俺は空条さんと一緒に歌わされる。音程を何とか合わせるのに必死で、歌い終わった後は若干喉が痛かった。


「多野くん、めっちゃ上手いじゃん!」

「あ、ありがとう」

「多野! そんな隠し芸を持ってたなんて知らなかったぞ!」


 飾磨がそう言いながら俺のマイクを手に取る、その時、飾磨は小さく口を動かした。

 声は発していなかった。でも、少し申し訳なさそうな表情から『すまん』と言ったのだろうと思った。多分、無理矢理歌わされた形になったことを謝ったのだろう。


「次のハニトーどれにする?」


 いつの間にかプレミアムデラックスなハニートーストがなくなっていて、隣から空条さんがメニューを持って俺にまた尋ねる。その時、さり気なく触れた空条さんの体を避けるように、俺は体を反対方向に傾けた。


 一滴もアルコールが入っていないにも関わらず、ほとんどの人がハイテンションで歌を歌いまくる。

 そうなると、端っこでジッとしている俺は存在感を消せて楽になった。


 歌わなくてもよくなったと言っても、流石にジッと座り続けるのも辛くなってきて、お手洗いを口実にパーティールームの外へ出る。

 通路は他の部屋からの僅かな音漏れはあるものの、ひっきりなしに大音量の音楽と歌声が響いている部屋の中より静かだった。


 お手洗いに行って出てきた後、壁に背中を付けてスマートフォンを取り出す。そして、凛恋に『今はカラオケ。何もしてないのにめちゃくちゃ疲れる』とメールした。するとすぐに凛恋からメールが返ってきた。


『凡人が早く帰って来てくれないと、私、寂しくて死んじゃう』


 その泣き顔の絵文字が付いた凛恋のメールに、思わず嬉しくなって微笑む。俺はそのメールに『早く帰れるようにする』とメールしようとした時、目の前に人の気配を感じた。


「多野くんも息抜き?」

「空条さん。ああ、あまり大人数で行動するのに慣れてなくて」


 手早く凛恋に返事を打って送信し、スマートフォンを仕舞う。それを見届けた空条さんは俺の隣に背中を付ける。


「今日、飾磨から多野くんも来るって聞いたから参加したの」

「俺?」

「そう。多野くんと話してみたかったんだー。でも、思った以上に良い人だった」


 空条さんは小さくはにかんだ後、横から俺の顔を見上げる。


「二人で抜けちゃわない? 喫茶店でゆっくり話したいな」

「ごめん。彼女が居るから、女の子と二人でっていうのはダメなんだ」」


 俺はそうはっきりと断る。

 相手が本蔵さんでなかったら別に二人でコーヒーを飲んで話をするくらい、凛恋も怒らないとは思う。でも、今日初めて会ったばかりの空条さんと二人っきりでというのは、凛恋も安心出来ない。

 それに、会って数時間の関係しかない空条さんと喫茶店で二人にされても、俺は何を話せば良いのか全く分からない。


「そうなの? 多野くんの彼女さん、優しそうな人に見えたけど怖いの?」

「いや、彼女を心配させるようなことをするのが個人的に嫌なんだ」

「そっか。飾磨の言ってた通り真面目だね」


 空条さんはクスッと笑って俺の顔を横から見上げる。


「じゃあ、大学で会った時に話し掛けて良い?」

「まあ、それくらいなら」

「多野くんにおすすめのゲームとか聞きたいし」


 ニコニコ笑う空条さんはスマートフォンを取り出して、通販サイトの画面を見せる。


「動物育てるゲームってどれ?」

「あー、シミュレーションゲームのジャンルにあるよ。でも、今人気なのは、このスローマイライフっていう生活シミュレーションの方かな。自分の分身のキャラを作って、架空の街で生活するやつ」

「へぇー、詳しく教えて」


 空条さんがゲームに興味を持ったようで、俺は自分のスマートフォンでスローマイライフのプロモーションムービーを見せる。

 プロモーションムービーは、購買意欲を高めるような過大な演出もあるが、一目見ればどんなゲームか分かるようにも作られている。だから、あれこれ口で説明するよりも手っ取り早い。


「へぇー! 服とかもいっぱいあるし、家具もいっぱい! 凄く面白そう! 多野くんもこれやってるの?」

「ああ。彼女と一緒にやってる」

「そうなんだ。仲良いね。私もやってみようかなー」

「でも、ゲーム機本体も買わないといけないから、よく考えてから買った方が良いよ。人が使った後の物でも良いなら、安い中古品も売ってるけど」

「ありがとう。ちょっと考えてみるね」


 スマートフォンを仕舞った空条さんは、体の前で両手を組んでチラリと俺を見る。


「今日、食事会に参加して良かった」

「飾磨が聞いたら喜ぶよ。結構色々と準備したみたいだし」 

「多野。もうお開きにするって飾磨が言ってる」


 空条さんとの話が一段落した時、通路の奥から歩いて来た本蔵さんに声を掛けられる。


「ありがとう本蔵さん。すぐ戻る」


 お礼を言って歩き出した時、俺はふと本蔵さんの視線が気になった。

 俺が返事をした本蔵さんの視線は俺ではなく、俺の後ろに居た空条さんにジッと向けられていた。

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