【一三三《波乱の後の大嵐》】:二
「みんなおめでとうっ!」
学校にみんなで揃って行くと、校門に待っていた露木先生が駆け寄ってくる。そして、露木先生は俺の頭に優しく手を置いて撫でる。
「多野くん、おめでとう」
「ありがとうございます」
「ほんと凄い! 私、みんなの先生で良かった! みんなは私の自慢の生徒だよ!」
満面の笑みの露木先生は、集まった全員一人一人の頭を撫でて微笑む。
「これでやっと、みんな安心出来るね」
「俺は正直疲れました……」
「さっき塔成大学が謝罪会見してたけど、見ててムカってした。多野くんに辛い思いさせておいて、ごめんなさいじゃ済まされないよっ!」
「さっき、家にも電話があったみたいで、爺ちゃんが担当者を怒鳴り散らしたらしいです……」
これから入学する大学なんだから滅多なことはしないでほしいが、でもまあ……本気で心配して本気で怒ってくれたことは嬉しかった。
「これからみんなは合格祝いパーティー?」
「それが~、凛恋がちょっと用事があるから今日はパスさせてって言うんですよ。なんでも、凡人くんと大事な用事があるって~」
露木先生の言葉に両手を広げて、これ見よがしに俺と凛恋を見ながら萌夏さんが言う。しかし、俺はその“大事な用事”について全く何も聞いていない。
「いったい二人で何をするんだか~」
「いや……俺、何も聞いてないんだけど?」
「あれ? 凡人くんも知らないの? じゃあ、凛恋のサプライズ?」
萌夏さんがキョトンとした顔をして凛恋を見ると、凛恋はクスッと笑って人さし指を唇に当てる。
「そんな大したことじゃないけど、秘密」
「何よそれー」
萌夏さんが凛恋にじゃれ付いて抱き付くと、二人して楽しそうに笑い声を上げる。
「じゃあ、その合格祝いの時は私も――」
「何言ってるんですか? 露木先生は嫌って言っても誘いますよー」
言い掛けた露木先生の言葉を遮り、萌夏さんがニヤニヤ笑って言う。
それを聞いて、露木先生はニコッと微笑んだ。
「ありがとう。でも、予定だけ合わせて、行く場所は私に決めさせて。合格祝いにご飯をご馳走したいから」
「やった!」
「ご馳走になります」
ピョンと飛び跳ねて喜ぶ萌夏さんを見ながら、俺は露木先生に頭を下げる。
「じゃあ、気を付けて帰ってね」
「はい! 露木先生、私に空いてる日をメールで送って下さい。その中で調整するんで!」
「うん、ありがとう、切山さん」
露木先生と萌夏さんの会話を聞いてから、みんなで校門前から歩き出す。
「とりあえず、露木先生の空いてる日が分かったら、合格祝いね。あと、全員ゴールデンウィークは帰って来てよ。てか、連休あったら必ず帰って来ること!」
歩き出してすぐ、里奈さんがみんなを見ながら言う。
「もちろん!」
「大学生になると徹夜で遊べるしねー。カラオケで朝までってやってみたかったんだー」
凛恋の返事の後に、萌夏さんの不穏な言葉が聞こえた。
今、徹夜って言ったのか、萌夏さんは……。
「凡人くん、萌夏からは逃げられないと思うよ?」
隣から理緒さんがクスクス笑いながら肩に手を置く。
まあ、諦めた方が良いのは確かだ。
今までは、高校生という縛りがあったから、夜遅くまで遊ぶということを避けてきた。しかし、大学生になればそういう口実は使えなくなる。
萌夏さん達は遊びになると底なしの体力を見せる。だから、徹夜でカラオケをやっても元気に歌っていそうだ。
自然と、みんな静かになった。
卒業式が終わり、合格発表も終わり、残されるのは新しいそれぞれの生活だ。
卒業には負けない。離された距離には負けない。でも、卒業は寂しいし距離を離されることも寂しい。
ずっと友達で居るのは分かり切っている。決める必要もなく決まっている。でも、今までと全く同じ友達の関係ではない。
何でも一緒にやっていつでも一緒に居る友達ではなく、必要な時に集まれる友達。
必要としている時に、助け合える友達に変わる。
「じゃあ、私達こっちだから」
凛恋が俺の手を引いて分かれ道でみんなとは違う方向に一歩歩く。
「お疲れ。合格祝いパーティーの話は凛恋にメールするね」
「いつもありがとね、萌夏」
「いいのよ。私が好きでやってるんだから」
ニッと笑った萌夏さんが俺を見て手を振る。
「凡人くん、良かったね」
「萌夏さん、ありがとう。それと、みんな心配掛けてご――」
「「「全然心配してなかった」」」
みんなが揃って言うと、みんなが揃って笑う。
それを見て凛恋もクスクス笑い、俺は少し恥ずかしくて笑った。
俺は立ち止まって、楽しそうに歩いて行くみんなの背中を見送る。
その俺の隣に立つ凛恋は、指を組んだ手に抱き付きながら俺の頬を突いた。
「そんな寂しい顔しなくても、またすぐに会えるじゃん」
「そうだよな。さて! 凛恋の大事な用事とやらに行こうか。それで? どこに行くんだ?」
「ん? 凡人の家」
「俺の家?」
歩き出す凛恋の隣をついて行きながら首を傾げる。
俺の家に行くなら、別に秘密にする必要はないはずだ。
「あれ? でも、こっちは俺の家の方向じゃないぞ?」
歩き出してから、凛恋が歩き出した方向が俺の家とは違うことに気付く。
今歩いている方向は、凛恋の家に向かう方向だ。
「私の家に寄ってから凡人の家に行くの」
「じゃあ、最初から凛恋の家に行く、でいいだろ」
「目的地は凡人の家だから間違ってないの」
凛恋は勢いよく俺の体にドンッと自分の体をぶつけてクスっと笑う。
「やったね」
「ああ。凛恋は本当に頑張った」
「はあ? 凡人の方が頑張ったし!」
「いや、凛恋の方が頑張った」
「もー、じゃあ二人共頑張ったってことにする! チョー嬉しい!」
「一時はどうなることかと思ったけどな……」
俺は、今ではなんとか笑い話に出来る合格発表ミスを思い出して乾いた笑いを浮かべる。あれが本当にミスで良かった。
ただ、合格だと思って不合格だった人も居るだろうから、その人達のことを考えると、素直には喜べないが。
「凡人は自分に自信がなさ過ぎよ。凡人のお爺ちゃんも凡人が落ちたなんて信じてなかったんでしょ?」
「八回確認した時には泣きかけてたから、多分爺ちゃんも落ちたって思ってたと思う」
「私は違うと思うな。絶対間違ってるものを出して何してるんだって思ってたと思う。だって、凡人が落ちるわけないじゃん。凡人は成績もチョー優秀だけど、人としてもチョー優秀で完璧なんだから! そんな凡人を落とす大学があるわけないし!」
「凛恋は俺を褒めてくれるけど、いつも大袈裟だよな」
「大袈裟じゃないし!」
凛恋はそう言って嬉しそうに俺の腕に頬を付ける。
「これで、一歩近付いたね」
「そうだな。これから大学で勉強して、それで就職して――」
「「結婚」」
同時に言って、顔を見合わせてはにかむ。少し照れくさかった。
きっと、まだ一八の学生が結婚なんて口にしても、他人から見たら笑われるんだろう。でも俺は本気だし、凛恋も本気で受け止めてくれる。
「正直、今すぐ結婚したいけど」
「俺もそうだけど、約束は守らないとな」
「勝手に結婚したらママに怒られるからなー。パパはいきなり結婚したって言ったらビックリして固まりそうだけど」
クスクスと可笑しそうに笑う。しかし、現実に起こったら笑い事じゃない。
凛恋の方は怒られるだけで済みそうだが、俺の方は爺ちゃんにボコボコに殴られるに決まっている。
凛恋の左手薬指にはまったペアリングを見て、俺はその指輪が婚約――いや、結婚指輪に変わることを想像する。
「凡人、手が熱くなったけど、どうしたの?」
「えっ?」
「もしかして、変なことでも考えてたのー?」
「違うって」
「本当にぃ~?」
「本当だって」
凛恋にからかいの混じった疑いの目を向けられて笑顔で否定する。
ここで強く否定したら余計凛恋にからかわれるに決まっている。
学校を出て、二人で並んで手を繋いでふざけ合って話しながら凛恋の家に行くと、家の前で凛恋のお父さん、お母さん、そして優愛ちゃんが待っていた。
「凡人さん!」
「優愛ちゃん、こん――」
「凡人さん凄いっ! 塔成ですよ! 塔成! おめでとうございます!」
「ありがとう。優愛ちゃん」
優愛ちゃんがピョンピョン飛び跳ねて、満面の笑みでまるで自分のことのように喜んでくれる。
その後ろで、お父さんとお母さんが笑顔で俺を見る。
「凡人くん、おめでとう」
「おめでとう、凡人くん」
「お父さん、お母さん、ありがとうございます」
お父さんとお母さんにお礼を言うと、お父さんが俺の両肩に手を置いて、笑顔で力強く肩を叩いてくれる。
「凛恋、ところで今から凡人くんと一緒に行きたいところというのはどこだ?」
「うん。パパに凡人の家に連れて行ってほしいの」
「凡人くんの家に? 凡人くんのご家族には――」
「大丈夫。さっき凡人のお爺さんに電話して、行って良いですかって聞いたら、良いって言ってもらえたから」
お父さんに笑顔で答える凛恋を見て、俺は眉をひそめる。
お父さん、お母さん、そして優愛ちゃんを連れて俺の家に何しに行くつもりだろう。しかも、何のために行くかをお父さん達にも話していない様子だ。
「さ、早く行こう!」
「そ、そうだな。もう電話をしているのなら、待たせてしまっているかもしれないし」
凛恋に急かされるお父さんは、当然戸惑っている。
俺もまだ何のために集まるのか分からないから、正直不安で仕方がない。
「優愛ちゃん優愛ちゃん」
俺は車の方に歩いて行く凛恋とお父さんの背中を見ながら、優愛ちゃんに声を掛けて呼び止める。
「優愛ちゃんは何か凛恋から聞いてない? なんで俺の家に行くのか」
「え? 凡人さんも知らないんですか?」
優愛ちゃんは目を見開いて驚いた表情をする。どうやら、凛恋は優愛ちゃんにも何も話していないらしい。
「凛恋は私に似て直情的なところがあるからねぇ……」
「お母さん、何か知ってるんですか?」
凛恋の背中を見て何だか呆れた表情で呟いた凛恋のお母さんに、今度は声を掛ける。すると、お母さんは呆れ笑いを俺に浮かべた。
「いいえ、何も聞いてないわ。でも、ああいう時の凛恋は、突拍子もないことをするの。だから、少しだけ不安で――」
そう言い掛けたお母さんは、フッと嬉しそうに笑って体の後ろで手を組んで言った。
「少し楽しみね」
八戸家の車で家まで帰ってきた俺は、居間で正座して座る。
座卓の左側には爺ちゃん、婆ちゃん、栞姉ちゃんが座り、その三人の向かい側には凛恋のお父さん、お母さん、そして優愛ちゃんが座る。
俺は、凛恋と並んで多野家と八戸家を左右に見る位置に座っていた。しかし、何故俺がこんな位置に座っているのか全く分からない。
「凛恋さん、大事な話とは何かな?」
相変わらず、凛恋には過剰に優しい口調の爺ちゃんが話を切り出す。
俺が話を切り出そうかと思っていたが、爺ちゃんが聞いてくれたならその手間が省けた。
俺は隣に座る凛恋に視線を向けて言葉を待つ。
「はい。でもその前に、私と凡人はみんなの応援のお陰で、無事にそれぞれ志望大学に合格出来ました。ありがとうございます」
「それは、凡人と凛恋さんの頑張りだ。本当におめでとう」
「ありがとうございます」
「ありがとう」
凛恋の後にお礼を言うと、凛恋は正座をしたまま全員が視界に入るように顔を動かしてから、正面を向いて言う。
「私も凡人も無事に志望校に合格出来たので、大学生になって家を出た後、凡人と同棲させて下さい」
はっきりとした凛恋の言葉。真っ直ぐ向けられた凛恋の表情は凜としている。
俺はその凛恋を横で見ながら、しばらく今がどういう状況か頭の中で思い返してみた。
凛恋が用件を言わず、俺の家の今に多野家と八戸家の全員を一堂に会させ、大学合格のお礼を口にした。
そして、凛恋が無事に合格出来たから俺と同棲させてほしいと言った。
…………――ッ!?
「「「同棲!?」」」
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