【一三一《一生の友達》】:二
俺はベッドの上に座り、ゲームのコントローラーを持っている、凛恋、希さん、萌夏さん、溝辺さんに視線を向ける。
「ちょ! 凛恋手加減してよ!」
「真剣勝負よ、真剣勝負」
「多野くんに鍛えられてるから手強いわね。萌夏、希、三人で凛恋を狙うわよ!」
「分かった!」
「うん!」
対戦ゲームをプレイする四人は楽しそうにワイワイと騒いでいる。それを後ろで筑摩さんと小鳥がニコニコと笑って見ていた。
「みんなでやるとゲームは楽しいな」
隣に座る栄次がジュースを飲みながらモニターを見ながら言う。
「栄次はあんまり好きじゃなかったろ?」
栄次は昔からあまりゲームが好きじゃない。俺とやったのも数える程度だ。
それなのに、ゲームが好きだったとは知らなかった。
「小学生の頃にカズにコテンパンにやられたからな。あれから苦手意識があったんだよ。でも、凛恋さんを除けばみんな俺と同レベルだし」
「小学生に接待プレイが出来るわけないだろ。でも、希さんはセンスあるよな」
「希は別格だ」
希さんは俺の家でちょくちょくゲームをしたことがある。
栄次も同じくらいの経験だが、希さんの方が飲み込みが早い。
「流石に三人は卑怯じゃない?」
凛恋がコントローラーを操作しながら、希さん達を見て不満げに唇を尖らせる。しかし、とても楽しそうだった。
凛恋達の対戦を眺めていると、ドアがノックされる。
俺はベッドから下りてドアを少し開けると、ドアの隙間から爺ちゃんが部屋の中を覗こうとする。
俺はそれを防ぐために、俺だけが通れるだけドアを開けて廊下に出た。
「何かあったのか?」
「もう昼飯の時間だろう。昼飯を用意した」
「いや、昼飯は腹減ったら適当に――」
「とにかく居間に皆さんを連れて来なさい」
爺ちゃんはそう言って背中を向けて歩いて行ってしまう。
俺は小さく息を吐いて、部屋のドアを開けて首を部屋の中に突っ込む。
「みんな、爺ちゃんが昼飯用意したって言ってるんだ。食べてくれないか?」
「「「えっ!?」」」
みんなが同時に驚いた声を上げるが、凛恋が立ち上がって微笑む。
「せっかく凡人のお爺ちゃんとお婆ちゃんが用意してくれたんだから、ご馳走になろ」
みんなは戸惑っていたが、明るい凛恋の声でみんなが立ち上がってくれた。
俺を先頭に居間に入ると、後ろで驚いた声が上がるのが聞こえた。
「…………気合い入れ過ぎだろ」
用意されていたのは、特別な時に出される寿司。だが、今までに見たことがない量になっている。
まあ、今日はいつにも増して遊びに来ている人数は多いが、それにしても随分気合いの入った昼飯だ。
正直、気合いが入り過ぎて実孫の俺でも若干引く。
「爺ちゃん、こんな気合いの入った物を出されたらみんなが食べ辛いだろ」
「気合いなんて入っとらんだろ。普通だ普通」
「妙なところで見栄も張るし……はぁ~。みんな、寿司の消費を協力してくれ」
「で、でも、お寿司って」
「うちの家では良いことがあると寿司なんだ。みんなが来てくれて、爺ちゃんも嬉しいらしい」
戸惑う萌夏さんに言うと、凛恋と希さん、そして栄次以外が黙って頷く。
凛恋達は爺ちゃんの張り切り癖を知っているから、クスクス笑っていた。
それぞれが座卓の周りに座ったのを確認すると、俺が両手を合わせて先陣を切る。俺が食べ始めないと、みんなが食べられるわけがない。
「いただきます」
「「「いただきます」」」
一人前ずつ寿司桶に分けられているから、食べるネタを気にする必要はない。
きっと、一人前ずつ分けたのは、婆ちゃんのアイデアだろう。爺ちゃんなら、大きな寿司桶に数人前ずつ盛ってもらうに決まっている。
「お昼ご飯に気を遣っていただいて、ありがとうございます」
筑摩さんが柔らかい笑顔を浮かべて、爺ちゃんに頭を下げる。
「いえいえ、うちの馬鹿孫と仲良くしてくださってるお礼です。遠慮せずに食べてください」
その馬鹿孫の背中をバシバシ叩く爺ちゃんは、物凄く嬉しそうだった。
筑摩さんは可愛いし、きっと凛恋と同じように可愛い女孫が増えた気分にでもなっているのだろう。
「凡人のお爺ちゃん、凄く嬉しそう」
「みんなが来てくれてるのが嬉しいんだろうな」
隣に座る凛恋にニコニコ笑いながら話し掛けられ、俺は笑みを返して答える。
「思い出すなー。私が初めて凡人の家に遊びに来た日のこと。あの時も、お寿司出されてビックリした」
「栄次以外の友達を連れて来たのはあの時が初めてだったしな」
「こっちは凡人の家に遊びに行っただけでもいっぱいいっぱいなのに、お寿司が出て来て頭真っ白よ」
クスクス笑う凛恋は、美味しそうにマグロの赤身を食べる。
俺は視線をみんなに向けると、溝辺さんの隣でガチガチに固まっている小鳥で視線を止める。
「小鳥、寿司ダメなのか?」
「えっ!? ううん! でも、お寿司をご馳走になるなんて悪くて……」
「遠慮すると爺ちゃん怒るぞ。これでも元警さ――アイテッ! 爺ちゃん、何するんだよ」
「お前が余計なことを言おうとするからだ」
爺ちゃんに小突かれて、俺は頭を押さえながら視線を返す。すると、みんながクスクス笑った。
昼食を終えると、今度は食後のデザートということで萌夏さんの作った手作りケーキの試食会になった。
そこには、当然のごとく爺ちゃんも混ざる。
「これ、お婆さんと田丸さんの分ね」
「ありがとう萌夏さん」
萌夏さんが、箱に婆ちゃんと栞姉ちゃんの分を分けてくれて、俺はそれを持って立ち上がり、台所の冷蔵庫に入れる。
「婆ちゃん、萌夏さんが婆ちゃんと栞姉ちゃんの分を分けてくれた」
「あらあら、ありがとうございます」
「いえ、お昼ご馳走様でした。洗い物もしてもらって」
ついて来た萌夏さんがお礼を言うと、萌夏さんを見た後に俺を見て婆ちゃんがにっこり笑う。
「凡人のお友達は礼儀正しい人ばかりね」
「もちろん。みんな、誰にでも紹介出来る自慢の友達だからね」
萌夏さんと並んで居間に戻ると、広げた箱を爺ちゃんがジッと見ている。しかし、その表情は申し訳なさそうだった。
「こんなに高価そうな物を沢山……本当に申し訳ない」
爺ちゃんは萌夏さんに頭を下げた。それを見て、萌夏さんは両手を振って否定する。
「い、いえ。そんなに材料費は掛かってないので気にしないでください」
「材料費?」
爺ちゃんは首を傾げて萌夏さんに聞き返す。
俺はそれを見て、萌夏さんの隣から口を挟んだ。
「爺ちゃん、さっきの話を聞いてなかったのか? そのケーキは萌夏さんが作ったケーキだ。そのケーキの試食会だって話しただろ」
「て、手作り!? それは凄い!」
爺ちゃんが目を見開いて、萌夏さんの手作りケーキを見下ろす。
「何処かの店で買ってきたものにしか見えん」
「ありがたく味わって食べてた方が良いぞ。萌夏さんが将来プロになったら、爺ちゃんじゃ高くて気軽に食べられなくなるんだからな」
「ちょっ、か、凡人くん!」
「さて、試食させてもらおうかな~」
顔を真っ赤にして照れる萌夏さんは、凛恋の隣に座って小さく息を吐く。
「凛恋~、凡人くんにからかわれるー」
「萌夏がいっつもからかうからでしょ?」
「ぎゃー、凛恋は凡人くんの味方だった~」
「当たり前でしょー」
凛恋に寄り掛かって助けを求めた萌夏さんは、今度は筑摩さんにしなだれかかる。
「あっ!」
「えっ?」
突然しなだれかかられた上に、突然声を上げられ、筑摩さんは戸惑った様子で萌夏さんの顔を見る。
「今から、全員名前呼びね。男子も女子も」
その提案に、みんなは顔を見合わせて微笑む。
「瀬名くん、そのフォーク取って」
「は、はい。栄次くん」
流石と言うべきか、スーパーコミュニケーションマスターの栄次が真っ先に萌夏さんの提案を実践する。
その自然な呼び方の変更に、小鳥はビクッと体を跳ね上げながらも栄次を名前呼びしていた。
「凡人くんも座りなよ」
「ああ、ありがとう。里奈さん」
俺も萌夏さんの提案を実践して、凛恋の隣に座ると、筑摩――理緒さんが俯いているのが見えた。
「理緒、どした?」
萌夏さんが尋ねると、理緒さんは顔を上げながら薄く口を開く。
その理緒さんの表情は少し暗くて戸惑っている表情だった。
「良いの? 私は――」
「ここに呼ばれてる時点で分かりきってるでしょ。理緒が私達の友達だって。もう、私は昔のことなんて水に流してるわよ」
その言葉を遮ったのは、里奈さんだった。そして、立ち上がった凛恋が理緒さんの両肩に後ろから手を置いて微笑む。
「でも、凡人は渡さないからねー。理緒にも、他の誰にも」
「みんな……」
「あっ、さん付けとかしたらダメだからね。まあ、異性を呼ぶ時には呼び辛いだろうから、さん付けくん付けはセーフ」
萌夏さんが腕を組んで満足げに頷く。
「これで、凡人組の仲も深まったわね」
「萌夏さん、その変な名前は止めてくれ」
「え? 凡人組ダメ? じゃあ凡人会? 凡人同盟?」
「俺の名前から離れてくれ……」
萌夏さんに俺がそう嘆くと、理緒さんがクスクス笑った。それを見て、俺はホッと安心しながら、わざとらしく更に嘆く。
「理緒さん、笑わないでなんとか言ってくれ」
「へっ!?」
「ん?」
俺は理緒さんに聞き返され、顔を理緒さんに向ける。すると、理緒さんは腕まで真っ赤にして縮こまっていた。
「ちょ、理緒がこんなに恥ずかしがるのって珍しくない?」
「凡人くんも罪な男ねー」
里奈さんと萌夏さんが笑いながら理緒さんを見る。そして、結局俺のふざけ損みたいな微妙な雰囲気のまま、自然と試食会が始まった。
試食会を終えて再び俺の部屋に戻ってゲームをし始めた。しかし、二時間ほど前はみんなハイテンションで騒いでいたのだが…………。
「凛恋達寝ちゃったね」
希さんがクスクス笑って、俺のベッドの上で寿司詰め状態で寝る凛恋、萌夏さん、里奈さんを見る。
正直、俺のベッドの上に凛恋以外が寝ていることに、若干の落ち着かなさを感じる。
「まあ、あの三人は人一倍騒いでたからなー」
「散々三人は私のことからかってたしね」
理緒さんがクスクス笑って俺の後ろからモニターを見る。
「ほら、栄次と瀬名くん、頑張らないと」
希さんがクスクス笑いながら、コントローラーを持った栄次と瀬名を見る。
「カズにゲームで勝てるわけないだろ……」
「もー、凡人手加減してよ~」
栄次と瀬名がだらけた声を出しながら、コントローラーを操作するのを見ながら微笑む。
「十分手加減してるんだけどな~」
「ゲームになると強気に出るな、カズは」
「俺の数少ない得意分野だからな」
「はぁ~負けたぁ~」
「まただぁ~」
栄次と瀬名が背中から床に倒れ込んで嘆く。
「ちょっと休憩するか」
俺は一旦ゲーム機の電源を落として、少し温くなったジュースをコップに注ぐ。
「卒業したくないな……」
理緒さんが、ベッドで寝ている三人を見て呟く。
「卒業したら、みんなと離れ離れになっちゃう……」
続けて言った理緒さんの言葉に、起きているみんなが少しだけしんみりとした雰囲気になった。
みんな志望校に合格すれば、瀬名と里奈さんは地元に残り、俺と凛恋、希さんは同じ地域、栄次と理緒さんが同じ地域、萌夏さんは一人違う地域だが、一番地元に近い地域になる。
きっと卒業したら、そんなに気軽に会うことは出来ない。
みんなが地元に帰って来られる年末年始か大型連休くらいのものだろう。
「せっかく、みんなと友達になれたのに」
「高校の友達って、一生の友達って言うだろ? だから、違う地域に居ても友達だ。それに、遠くに居ても電話も出来る。地元に帰って来た時も、みんなで連絡を取り合って会えるし」
「うん、そうだね」
寂しそうな顔をしていた理緒さんが、クシャッと笑って頷く。
「きっと、里奈と萌夏が声掛けしそう」
「二人は騒がしいことが好きだからなー」
希さんが凛恋達の寝顔を覗き込んで微笑ましそうに笑った。
俺はジュースを飲みながら、可愛い凛恋の笑顔を眺める。
「また集まった時は、疲れるまで騒ごう」
「きっとお酒が飲めるようになったら、もっと楽しいかもね」
「そうだな。二〇歳になったら、みんなで飲み会しよう」
「今から楽しみだね」
いつの間にか栄次と瀬名まで寝てしまい。希さんがクスクス笑って栄次の持っていたコントローラーを手に取る。
「さて、そろそろ本気の凡人くんに一勝くらいしたいな。理緒、手伝って」
「うん。私も段々コツが分かってきたし、希と組めば勝てそう」
希さんの隣に理緒さんが並び、二人共ニヤッと笑って俺を見る。
「そう簡単には勝たさないけどなー」
俺は自分のコントローラーを持ちながら、モニターの電源を再び入れる。すると、それと同時にベッドから凛恋の声が聞こえた。
「凡人……大好き……」
その凛恋の寝言に、俺はビックリしてコントローラーを落とす。すると、希さんと理緒さんがクスクス笑う。そして、希さんのからかう声が聞こえた。
「動揺してる凡人くんになら、勝てそうかな」
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