【一二五《独り善がり達》】:二
学校では、近付いてきた体育祭の準備が始まり、運動部に入っている一部のやつらが日々の体育にやる気を出している。
毎年毎年、どこの学校でも変わらない風景を眺めながら俺は視線の端に居る凛恋を見る。
合同授業で他クラスと一緒と言うせいか、凛恋はいつもの面々と固まっている。そして、俺の隣に座った小鳥が、凛恋達と一緒に居る溝辺さんの方をボーッと見て呟く。
「凡人は良いなー。彼女と同じクラスで」
「俺が選んだわけじゃないぞ」
「そうだけど、ズルい」
俺には全く関係ない問題で不満を言われ、俺はどうすることも出来ずため息を吐く。
小鳥と溝辺さんは上手く行っているようだ。だが、上手く行き過ぎて、溢れた仲の良さが俺に時々こうやって降り掛かってくる。
大体は、そのまま聞いて飲み込んでやる。そうする以外、俺にはどうすることも出来ない。
「はぁ……里奈ってなんであんなに可愛いんだろ……」
小鳥はため息を吐いて切なそうに溝辺さんを見る。
小鳥の見た目が女子っぽ――かなり中性的だから、知らない人が聞けば女子が女子に片思いしているように聞こえる。しかし、小鳥と溝辺さんは両思いで付き合ってもいるし、そもそも小鳥は男だ。
「あっ……」
溝辺さんを見ていた小鳥は、ふとこちらを見た溝辺さんと目があった。そして、小鳥に手を振る溝辺さんに、小鳥も手を振り返す。
「ちょっとトイレ行ってくる」
「うん!」
俺は小鳥の隣から立ち上がり、熱心に担当種目の練習をする男子達を横目に見て歩きながら校舎に向かう。
「多野」
「ん? 本蔵さん……」
校舎に入った時、後ろから声を掛けられて振り返ると、そこには運動着姿の本蔵さんが立っていた。
今は俺一人、その状況で本蔵さんに声を掛けられ、俺は「しまった」と心の中で思ってしまった。
そう思ったことは、本蔵さんに対してあまりにも失礼なことだった。
「本蔵さん、ごめ――」
俺は罪悪感に苛まれながらも、本蔵さんとあまり関わり合いにならないようにするために、トイレの方に向かって歩き出す。
「なんで避けられているか分からない。私は多野と話をして友達になりたいだけなのに」
「ごめん、俺トイレに来たから!」
そう言って走り出してトイレに駆け込んでため息を吐く。
本蔵さんは何も悪いことはしていない。どちらかと言えば、悪いのは俺の方だ。
本蔵さんは学校で話し掛けてくるだけだ。それも、しつこく食い下がるわけじゃなくて、俺が何か理由を付けて逃げたら、何も言わずに引き下がる。
用を済ませてトイレから出ると、壁に背中を付けて立っている本蔵さんの姿が見えた。いつも俺が避けると居なくなっているのに、今日はそうじゃなかった。
「…………何がダメ?」
「も、本蔵さん!?」
壁から背中を離した本蔵さんは、目からポトポトと涙を流す。それを見て、俺はパニックになる。
どうしよう、泣かせるつもりなんてなかったのに。どうすれば泣き止んでもらえる?
目の前に立っていた本蔵さんは、遂には廊下にしゃがみ込んでしまい。俺は本蔵さんの前にしゃがみ込んで声を掛ける。
「ごめん本蔵さん。俺は凛恋と付き合ってるから、他の女の子と仲良くするのは――」
「多野は八戸以外の女子とも仲良くしてる」
本蔵さんが希さん達のことを言っているのは分かる。でも、希さん達は凛恋の友達だから、凛恋にとっても安心出来る人達だ。
だけど、本蔵さんは凛恋にとって安心出来る相手じゃない。
「それは……凛恋の友達だから」
「多野の友達じゃないの?」
「いや……みんな俺の友達でもあるけど……」
「多野は八戸の友達としか友達にならないの?」
本蔵さんのその言葉に、俺の心の中ではっきりとした矛盾が突き付けられる。
言っていることは分かる。友達になる線引きが曖昧で、まるで本蔵さんだけが悪い人のように扱っているような状況になってしまっているのも分かる。
それは分かるが、どうしてもその矛盾は、凛恋のことを最優先に考える以上、避けては通れない。
俺が本蔵さんを避けているのは、凛恋が心配しているから。
そして、その心配している理由は、本蔵さんが俺のことを好きだという話があるから。
もし、その話がなければ、俺は本蔵さんと友達になっていた可能性はある。しかし、本蔵さんの気持ちを知った凛恋が心配している以上、凛恋を優先させるべきだ。
今まで、本蔵さんが俺のことを好きだと聞いたことを言わなかった。でも、このままだと断り続けるのも辛いし、断り続けられる本蔵さんも辛いかもしれない。
そう思って、俺は遂に言葉にしなかったことを本蔵さんに伝えた。
「その……本蔵さんが俺のことを……好きだって話を聞いたんだ。それを知った凛恋が心配してて……だから、本蔵さんとは……」
「…………酷いっ」
本蔵さんの消え入りそうな声で言った「酷い」という言葉が、酷く俺の胸の中に突き刺さる。でも、この痛みも罪悪感も背負わなければいけない。
そうしてでも、俺は凛恋を最優先にしないといけないんだ。
「…………誰から? 誰から聞いた?」
顔を上げた本蔵さんが俺に尋ねる。その本蔵さんの目はスッと色がなく、冷たい怒りが見える。
俺が本蔵さんの気持ちを知った切っ掛けになった人物を探ってきている。
それはまるで、重罪を犯した犯人を捜しているような憎しみに満ちた目だった。そんな目をしている本蔵さんに正直に話せるわけがない。
「誰からとかは分からない。凛恋もそういう話を聞いたって言ってただけだから」
「…………」
「本蔵さ――……」
黙って立ち上がり、俺に背を向けて歩き出した本蔵さんに声を掛けようとする。でも、俺は声を掛けるのを止めた。
本蔵さんが言った『酷い』は、誰に向けたものなんだろう。本蔵さんの気持ちを、俺が知るくらいまで言いふらした人? いや……多分俺なんだろう。
知っていて、黙っていて、避けていた俺の行いは酷いと罵られても仕方ない。いや、罵られるのが当然なことだ。
俺は校舎を抜けて校庭に戻る。その足は当然、来る時よりも重かった。
放課後、俺は凛恋とではなく筑摩さんと並んで帰っていた。
理由は、本蔵さんのことだ。
凛恋は筑摩さんから俺のことを好きな人、本蔵さんの話を聞いたと言っていた。
それを俺は本蔵さんには言わなかった。
俺はこんなトラブルなんて経験はないが、好きな人をバラしたバラされたなんてトラブルの話は聞いたことがある。だから、誰かから聞いたなんて個人名は本蔵さんに出さなかった。
もし、俺が筑摩さんから聞いたらしい、なんて言えば、筑摩さんがトラブルに巻き込まれる。
俺は筑摩さんに、誰から本蔵さんの話を聞いたのか尋ねようと思っていた。
そんなことを尋ねても意味がないのは分かっている。でも、あの本蔵さんの『酷い』という言葉が引っ掛かって頭から離れなかった。
筑摩さんが誰から聞いたのかを確認したところで、何か変わるわけでもない。きっとそれは、俺の興味本位という酷い感情のせいだ。
「さ、入って」
そう言った筑摩さんが一軒家の玄関に近付いていく。どうやら、この綺麗な洋風の一軒家が筑摩さんの自宅らしい。
「お邪魔します」
筑摩さんは、俺が「本蔵さんのことで聞きたいことがある」と言ったら「じゃあ、あまり人目に付かないところがいいね」と言って、筑摩さんの自宅まで案内してくれた。
玄関を抜けて中に入り筑摩さんの後をついて行くと、俺は清潔感のある白い家具で統一された部屋に通される。
「お茶持ってくるから待ってて」
筑摩さんがそう言って部屋を出て行き、ふと筑摩さんの机を見る。
すると、筑摩さんの机の上に写真立てに収められた写真があった。
リュックサックを背負った小学校高学年くらいの子が六人写っている。
四人は満面の笑顔をしていて、一人女の子が作った笑みを浮かべている。
そして、男の子の一人だけが微塵も笑っていない。しかし、その笑っていない小学生男子に見覚えがあった。
「……これ、俺か?」
鏡で毎日見ている俺の顔と似ている小学生を見ていると、後ろからドアが開く音が聞こえる。
「あっ! 女の子の机勝手に見ちゃダメだよー」
「ご、ごめん」
紅茶とお菓子を持って来てくれた筑摩さんは、テーブルにそれらを置くとクスクス笑いながらテーブルの前に座る。
「先に本蔵さんの話をしようか」
「筑摩さんは誰から本蔵さんの話を?」
単刀直入に俺が話をすると、筑摩さんは表情を変えずに俺の目を真っ直ぐ見て言った。
「本人から」
「えっ?」
俺は座りながら聞いた筑摩さんの言葉に戸惑う。本人からというのは、予想していなかった。
「初めて聞いたのは夏休み前、分校の話が纏まった時かな。凡人くんの連絡先を教えてって言われたの。それで、凡人くんの承諾なしには教えられないって断ったら、凡人くんのことが好きだから、どうしても凡人くんと仲良くなりたいって」
「夏休み前……」
「みんなが我慢するしかないって諦めてたのに、凡人くんは諦めずに頑張って、結果みんなを助けてくれた。あんな姿を見せられたら、誰でも凡人くんのこと好きになっちゃうと思うよ?」
筑摩さんはティーカップに入った紅茶を一口飲むと、困ったように眉をひそめた。
「本蔵さんには、凡人くんには八戸さんが居るから無理だよって言ったの。私もダメだったしね。でも、本蔵さんとは分かったって言われたきり、今日まで全然話してなかったんだけど、結構怒られちゃった。バラしたでしょって」
筑摩さんはニコッと笑って舌を出す。やっぱり、筑摩さんに迷惑を掛けてしまったようだ。
「ごめん、俺のせいでトラブルに巻き込まれて」
「ホントだよ。だからキャンプの時に気を付けてって言ったのに」
「忠告してくれたのはありがたいけど、分かりにくかった」
「まあ、凄くぼかしたからね。流石に凡人くん本人に、本蔵さんは凡人くんのこと好きみたいだよって言えないし」
「でも、凛恋には言ったんだろ?」
「八戸さんにもぼかして言ったんだけどね~……」
筑摩さんが凄く渋い顔をしながら、お菓子のパウンドケーキを口へ運んで言った。
「ものすごーく怖い顔で問い詰められちゃって。流石に躱しきれなかった」
「……ごめん」
俺自身ではないが、俺の彼女である凛恋の行いは他人事ではない。だから、凛恋の代わりに謝った。
「凡人くんは悪くないよ。それに、八戸さんの気持ちも分からないでもないし。ほら、凡人くんも食べて」
「いただきます」
筑摩さんに勧められて紅茶を一口飲んでパウンドケーキを食べる。
「本蔵さんに八戸さんが呼び出された時は内心ヒヤヒヤしたよ。でも結局、本蔵さんは諦めなかった」
「でも、今日ちゃんと言ったから」
「本蔵さん、まだ諦めてないみたいだよ? 私に言ってたから、私が余計なことしたせいで凡人くんが警戒しちゃったじゃないって。少しずつ凡人くんと仲良くなるつもりだったみたい。結構冷めた雰囲気してるのに、恋に対しては真面目って言うか正攻法で来る子なんだね、本蔵さんって」
「…………どうやったら諦めてくれるかな?」
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