【八六《魔法が解ける前に》】:二

 駅前に行くと、既に栄次と希さん、それから萌夏さんと溝辺さん達も来ていて、結構な大所帯で電車に乗り込む。


 女子陣は初対面のステラを凛恋と優愛ちゃんが紹介し、俺と似てコミュ障のステラがしどろもどろになりながら話している。


「カズ」

「どうした?」

「凛恋さん、黒髪になったせいか、浴衣を着ると凄く大人っぽくなるな」

「凛恋はやらんぞ」

「俺は希以外はいいよ」


 栄次はみんなと交ざって話している希さんを見て頬を赤らめる。


「栄次の彼女も美人じゃないか。よく浴衣が似合う大和撫子って感じだ」

「希は渡さないからな」

「俺には婚約者が居るからな」


 俺がそう言うと栄次はニヤッと笑って俺の脇腹を突く。


「今年も来られたな」

「まあ、俺は色々と間にあったけどな」

「でも俺は何が間にあったとしても、みんなでまた花火大会を見に来られたのは変わらない。それに去年よりも人数も増えたし」

「男女のバランスは悪いがな」


 最寄り駅に着くと、みんなでゾロゾロと歩いて花火大会のある河川敷へ向かう。

 電車から降りてすぐに凛恋が俺の左側をキープし、近寄ってくるステラを牽制する。

 それにもめげずに俺の右側に来ようとしたステラは、優愛ちゃんに引っ張られて俺から離される。


「もー、油断も隙もないんだから」

「ステラには断ったんだけどな」

「ステラは好きな気持ちを抑えるとかしない子だからね。凡人は絶対になびかないって分かってるけど、凡人とイチャイチャしてもらおうとするのは見過ごせない。凡人とイチャイチャ出来るのは私だけなんだから」


 周りを女子陣に囲まれて居て近くに男性が居ないせいか、凛恋は自然な表情で笑っている。やっぱり、みんなと一緒に来て正解だったようだ。


「相変わらず人が多いわね」

「どっから湧いてくるんだろうなー」


 会場の河川敷に近くなるに連れて、人混みは厚くなり、空の色もどんどんと暗く濃くなっていく。


「よーし、とりあえずそこの恋人同士二組は別行動ね」


 前を歩いていた萌夏さんがクルリと振り返り、俺と凛恋、栄次と希さんを見て言う。どうやら、気を遣ってくれて俺達を二人きりにしてくれるようだ。


「凛恋、俺はみんなと一緒でも――」

「ありがとう萌夏。お言葉に甘えて凡人とラブラブしてくるね!」

「見せ付けちゃってー。希も負けてられないんじゃない?」


 凛恋の反応を見て、萌夏さんが希さんに視線を向けてニヤリと笑う。すると、希さんは凛恋の真似をして真っ赤な顔で言う。


「栄次と、ラ、ラブラブしてくるね」

「二人とも見せ付けるわねー。ほーら、独り身組は女子だけで盛り上がるわよー」

「良い男でも見付ける?」

「夏の終わりに売れ残ってる男なんて、ろくな奴が居ないから止めといたほうが良いわよー」

「でも、それ言ったらうちらも売れ残りじゃ――」

「それ以上言ったら、たこ焼き奢らせるわよー」


 何だかんだと話しながら歩き去っていく一団を見送ると、凛恋と目を合わせて苦笑いを浮かべる。


「相変わらず賑やかな人達だな」

「それが私達の良いところだから。行こ!」

「あっ! 栄次、希さんもまた後で!」


 凛恋に引っ張られながらそう二人に言うと、栄次は手を挙げて応え、希さんは小さく手を振っていた。


「凡人は食べたいものとかやりたいこととかある?」

「うーん、凛恋がやりたいことがあれば」

「じゃあさ……静かな場所に行かない?」

「静かな場所?」




 出店が立ち並ぶ河川敷から少し離れた場所にある公園に行き、来る途中の出店で買ったたこ焼きとジュースを持ってベンチに座る。


「無理してたんだな」

「……せっかくみんなが誘ってくれたからさ。みんなの気持ちを裏切るようなこと、したくなかったの」


 ベンチに座ると、凛恋が俺の腕を掴んで、これ以上近付けないくらい俺の体に自分の体を寄り添わせる。


「大分慣れたけどね。凡人が居なかったら、足がすくんで歩けなくなってた」

「凛恋……」

「凡人が居たから、みんなと花火大会に来られた。一緒に居てくれて、ありがとう」


 凛恋は笑ってたこ焼きのパックを開け、つまようじでたこ焼きを一つ刺す。

 つまようじで刺したたこ焼きを持ち上げた凛恋は、丁寧にフーフーと息を吹きかけ、下に手を添えて俺に差し出してくる。


「はい、あーん」

「あーん」


 凛恋が差し出してくれたたこ焼きを口で受け取ると、目の前で凛恋がニコッと笑い首を傾げる。


「凡人美味しい?」

「美味しい。凛恋がくれたたこ焼きだから尚更美味しい」

「私にも食べさせて!」


 凛恋が顎を少し上げてあーんと口を開けて突き出す。俺は周囲を見渡して他に人が居ないことを確認してホッと息を吐く。

 他の誰かに凛恋の可愛い表情を見させるわけにはいかない。


 俺は凛恋がしてくれたのと同じように、つまようじでたこ焼きを刺し、たこ焼きをほどよく冷ますために息を吹きかける。

 目の前に口を開けて目を閉じる凛恋の顔があるせいで、心臓がバクバク跳ね上がり上手く細く息を吹き出せない。


「凛恋、入れるぞ?」

「はぁーい」


 ゆっくり凛恋の口の中へたこ焼きを入れると、凛恋が口をパクッと閉じてたこ焼きを美味しそうに頬張る。


「おいひい!」


 モグモグと口を動かしていた凛恋はそう言うと、喉を動かし少し頬を赤らめてはにかんだ。


「ただのたこ焼きなのに、凡人に食べさせてもらうとすっごく美味しい! ねえ凡人、もう一回して?」

「はいはい」


 おねだりをする凛恋は可愛くて、俺は同じようにたこ焼きを冷ませて凛恋の口に運ぶ。


「今まではお祭りとかテンション上げて騒がないとって思ってたけど、ゆっくり楽しむのも良いね」


 そう言って、凛恋がペットボトルからジュースを飲む。その様子を見て、心臓が張り裂けそうなくらい高鳴った。


 公園に設置された電灯の光に照らされ、ジュースを飲む凛恋のプルプルと潤った唇がよく見える。そして、うなじに滲んだ汗が見え艶やかさを感じる。


 もう既に日は落ちきっているはずなのに、体の熱は冷めるどころかどんどん高くなっていく。俺はさり気なく胸を触って、切なさを感じて苦しさを伴った心地良い痛みが胸にあるのを感じる。


『凛恋が欲しい』


 頭にその言葉が浮かんで、俺は必死にその言葉を頭の中から押し流す。

 夏休み中なら、この時間帯は風呂も終わって凛恋の部屋か俺の泊まっていた部屋でまったりしていた時間帯だった。

 だから、凛恋を抱き寄せたければ抱き寄せられたし、凛恋とキスをしたければキスが出来た。でも、明日からはそんなことは気軽に出来なくなるのだ。


 そう考えてまた一層切なくなる。ただいつも通りに戻るだけなのに。まるで、魔法が解けるのを焦るシンデレラになった気分だ。

 花火大会が終われば、俺に掛かっていた凛恋と一緒に住める魔法は解ける。明日からは普通に戻るのだ。だから、求めても得られないことにだってまた慣れなきゃいけない。


「凛恋、そろそろ花火が始まる時間だぞ」


 タイミングが良かった。時間を確認するためにスマートフォンを見たら、丁度みんなと合流する時間が近付いていたのだ。

 凛恋も自分のスマートフォンで時間を確認し、あっと驚いて電話を掛け始める。萌夏さん達と連絡を取っているのだろう。

 凛恋の手は俺の手を握っていて、その手を握り返しながら、俺はまだ心に残る切なさの余韻に苦しんだ。




 河川敷の土手の上には、沢山の人が集まっていた。恐ろしい人混みの中でも何とか合流出来た俺達は、塊を作って花火が始まるのを待つ。

 真っ暗な夜空を見上げると、小さな火球が上り、パッと明るい花火を咲かせる。


 花火はいくつもいくつも夜空へ打ち上がり、音と光で暗い夜空を明るく彩る。でも、それが堪らなく切なかった。


 明るく盛り上げれば盛り上げるほど、終わりを見てしまう。この花火大会は地方の小規模な花火大会。大規模な花火大会のような花火の数はない。

 終わらないでほしい。もう少しだけ粘ってほしい。もうちょっとだけ…………。


 心の中で何度も子供みたいなわがままを言っても、打ち上がる花火はどんどんとクライマックスへ向けて盛り上がっていく。

 花火が終わったら、俺と凛恋はまた別々の家で…………。


 繋いでいた凛恋の手が、ギュウっと握り締められる。俺はその手の感触にハッとして凛恋を見ると、凛恋は空を見上げながら泣いていた。


 ポトリ、ポトリと凛恋の頬を伝い涙の雫が落ちる。それを見て、俺の頬にも涙が伝った。




 花火大会が終わって駅でみんなと別れた俺は、凛恋の腕を引っ張って歩き出す。凛恋の家とは反対方向へ。


「凡人、ママに少し遅くなるってメールしたから」

「ああ」


 凛恋の声にも俺の声にも元気はなかった。俺と凛恋の行動だってただの悪あがきでしかない。魔法の終わりを、無理矢理引き伸ばしているだけだ。いずれタイムリミットは来る。


 凛恋の手を引いて向かった俺の家。そして、庭にある俺のプレハブ小屋の中に入ると、俺は凛恋を真正面から抱き締めた。


「凡人……帰りたくない」

「帰すか。凛恋はずっと俺と一緒に暮らすんだ」

「嬉しい……」


 そんなこと出来ないことくらい、高二の俺達じゃなくても誰だって分かる。でも、分かっていながら、現実を逃避するために二人とも空想を口にする。

 凛恋を抱き締めたまま、エアコンのリモコンを操作して冷房を掛ける。そして、俺は凛恋の唇を塞いだ。

 ずっと堪えていた感情を、やっと解き放つ。ここなら、誰にも凛恋を見せずに済む。


「んんっ……」


 凛恋の苦しそうな声を聞きながら、俺はがっつくようにキスを続ける。凛恋は俺の首に手を回し、俺のシャツの背中を握り締めてキュッと目を閉じていた。

 キスを続けたままの凛恋をベッドに連れて行って座らせる。ベッドの上にあひる座りをした凛恋は、浴衣の裾から太腿を晒す。


「凛恋……凄く色っぽい」


 凛恋の太腿に手を触れると、凛恋は俺の頬を手で撫でて、勢い良く凛恋から唇を重ねた。


「んっんっ!」


 俺の時よりも、更にがっついた様子で凛恋がグイグイと唇を押し付けて俺の唇を押し広げる。僅かにたこ焼きのソースの味が残っていたが、すぐに甘く濃厚な凛恋のキスの味で消し去られる。


 ゆっくりと凛恋の肩に手を伸ばし、肩に掛かった浴衣を指先に引っ掛けて肩から落とす。

 綺麗で滑らかな凛恋の肩を撫でながら、凛恋の背中に手を回した。


「凡人、寂しい……」

「凛恋の寂しさ……俺が全部埋める」

「埋めて……凡人でいっぱいにして」


 凛恋の体をベッドに押し倒して、上からゆっくり凛恋の唇をついばむ。

 凛恋とピッタリ体を重ねてギュッと抱き締め、耳をくすぐる凛恋のくぐもった声を聞く。

 俺は必死に凛恋に近付こうとした。迫るタイムリミットを、魔法の終わりを怖がりながら、俺は必死に凛恋を自分に抱き寄せた。


「かずとっ……だいすきっ……」


 俺は強く凛恋を感じる。凛恋と俺の魔法が解ける前に。

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